煙の旅人

さい

文字の大きさ
17 / 17
忘れた世界

16.取捨選択

しおりを挟む

 迷宮の帰り道、森が浅くなる頃だった。

 魔獣の咆哮と金切り音。誰かが、魔獣の討伐依頼でも受けているようだ。
 走り、人が倒れる重たい音。近づいてきている。
 魔獣の横取りは実質ご法度。パーティ外の人間が手を出せば、揉め事の種だ。
 
 音から避けるように歩みを進めたが、後ろから切羽詰まりの声がかけられる。後ろからは、二体のファングボアが迫る。
 
 狂化している。
 体格は増大し、牙が二本に増え、付近に黒く瘴気を散らす。目には理性など感じられず、獲物だけを見据えていた。
 片方はそれなりに追い詰めたのだろう。胴体には傷が刻まれている。
 
 煙で二体の動きを抑え、状況を聞く。

「おいっ! あんた、助けてくれよ!」
「お前らの依頼はこいつらの討伐か?」
「ああっそうだよ! どうでもいい事いってねぇで早くしろよ!」

 まったく助太刀を頼む態度ではない。
 助けを求めた男は、腕と足に牙で裂かれた傷。他の男女二人も同様の傷を負っている。
 
「依頼譲渡と素材の権利が条件だ。カードの討伐記録は、お前らも載るからな」
 
 今日はファングボアを狩れていないから、ちょうどいい。後はこいつらが、ギルドで譲渡の報告をするだけだ。

「そんなの無理に決まってんだろっ! 傷を負わせたのは俺らだ!」
「なら解く。三つ数える」

 一。牙が床を削る音。二。男の喉が鳴る。
 
「っ、わかった。それでいい!」

 ファングボアを纏う煙を、そのまま刃に変えて斬り落とす。交渉通り二体とも亜空間にしまい、北の春風に納品する肉を手に入れた。

「歩けるな? ギルドに報告しに行くぞ」
「……ああ、わかった」


 
 ギルドでの依頼譲渡と達成報告をしようとした時に、それは起こった。

「こいつが俺らの獲物を横取りしたんだっ!」

 こちらを睨み付け、さも自分らが正義であると宣言する男。

 フィリカは訝しげに、こいつらと俺を見比べる。
 獲物の横取り。ギルドにいた冒険者からは俺に、困惑の目が向けられていた。

 判断を誤った。肉より静穏を優先すべきだった。

「では、お二方の言い分をお聞きしましょう。シガーさんからどうぞ」
「狂化したファングボア二体から撤退中の彼らに、救援依頼を受けた。俺は、依頼と素材の譲渡を条件に承諾した」
「狂化ですか……わかりました。死体を出してもらっても?」
「構わないが、かなりでかいぞ。解体受付に置く」

 二体のファングボアを出すと、フィリカと周囲からどよめきが走る。

「かなり大きいですね……。それに牙が二本、間違いなく狂化個体です。街に来る前に倒していただき、ありがとうございます」
「狂化個体は美味いからな」
「ふふ、そうですか。あ、それではあなた達も状況の説明をお願いします」

 思い出したかのようにフィリカに促され、男は時折吃りながら説明を始める。

「こ、こいつがっ、俺らが戦っている時に急に出てきて、横から掻っ攫ったんだ! 後少しで倒せそうだったのに!」
「撤退はしておらず、二体とも討伐間際でシガーさんが止めを刺した、という事ですか?」
「そ、そうだっ! そのまま素材まで奪われた!」

 フィリカはギルドカードを機械にかざし、確認する。

「あなた達に二体目の討伐記録はありません。それに、狂化ファングボア二体の推定ランクはCからB。あなた達パーティはDランク。本当に倒せたんですか?」

 ギルドカードの判定は、効果的な攻撃を与えた場合につく。フィリカは彼らを疑わしく思っているようだ。
 
「だ、だとしても、横取りはルール違反だろうがっ!」
「それはあくまで、冒険者間のマナーです。明確なルールはありません。そこが気になるなら、冒険者の皆さんに聞いてみますか? 皆さん! 今回の横取りに関して、どう思われますか?」

 フィリカのよく通る声で、野次馬をしていた冒険者たちに尋ねる。待ってましたと言わんばかりに、次々と声が上がる。彼らにとっては一つの娯楽になったようだ。

「狂化個体に遭遇して命があっただけ、ありがたく思えよ!」
「いやあ、シガーは横取りなんて真似しねぇだろ」
「Dパーティじゃ無理だろ。あいつらぼろぼろだぞ」
「シガーもまだCランクだぞ」
「えっ、あいつまだCなの!? 詐欺じゃん!」

 冒険者の反応はさまざまだ。
 どうやら、それなりに信用は得られているらしい。
 
 反応を受けて、フィリカが決定を下す。

「今回は、ギルドでシガーさんに依頼変更を行います。シガーさんは、彼らに危険補正と治療代として、素材の四分の一を譲渡して下さい」
「ああ、わかった」

「贔屓だろっ、こんなの!」

 まだ納得ができない様子で、男たちはフィリカに食ってかかる。
 
「あなた達は以前、依頼人に対して依頼品の誤魔化し行為をしましたね? 今回の結果は、贔屓ではなく信用の差によって決定しました。今後は、依頼に対して誠実にお願いします」

 何も言えなくなった男たちは、ただこちらを睨み付けている。
 また絡まれたら堪ったものではない。さっさと解体をしてもらい。彼らの素材分を渡して、ギルドを後にする。

 外に出ると、後ろからティネルに声をかけられる。
 
「シガー! 災難だったな!」
「そういえば、お前も野次馬をしてたな」
「面白かったー! あれ、ざまあって言うらしいぞ? 俺あれから勉強したんだ。王都で流行ってるらしい!」

 最初にギルドで絡まれた時の事か。
 ティネルの勉強の方向性は、だいぶ変わっているようだ。

「そうだ、この前礼に飯を奢ると言ったな。気晴らしに飲み行くか」
「やりぃ、行く行く! 行きたい店があるんだ、案内する!」


 ティネルに連れられた店は、賑わいながらも、落ち着いた雰囲気だ。あまり、若者向けには見えない。入ると奥まった席に通され、つまみがすぐに出される。

 店員に酒と料理をいくつか頼み、ティネルに視線を戻す。

「ティネル。高級志向の店に連れてきたな?」
「へへ、ばれた? 俺らのパーティじゃ、こんな店で食事なんて肩肘張ってできないからさ。シガーはなんか雰囲気? みたいなのあるじゃん」
「雰囲気か。まあ、多少はあるのかもな」

 周囲に馴染むよう努力はしているが、身についた立ち居振る舞いは、そう隠せるものではない。
 平民が貴族に嫁ぎ、マナーを身につけても、ふとした瞬間に粗は出る。たまに見る光景だった。もちろん、その逆も然りだ。

「なあ、詮索とかしない方が良いんだろうけど、貴族だったのか? 嫌だったら答えなくて良いけどさ」
「別に詮索が嫌って訳じゃない。意味がないだけだ。家名は言わんが、俺は確かに貴族だったな」

 この世界において、俺の背景など意味をなさないだけ。

「やっぱそうだったんだ。なーんか違うと思ってたんだよなあ。シガーってあんまり他の奴と連まないじゃん? そのせい?」
「そうか? お前やレオとはたまに話してるだろ」
「門が狭すぎんだよー。今まで友達いなかったのか?」

 呆れたようにティネルは言った。
 部下なら大勢いたが、友達か。

「あまりいないな。戦友ならいたが」
「ほらー。今度俺らのパーティと一緒に飯食お? そんで友達つくろ?」
「人脈に困ってはないが、まあいいか」

 はあ、と肩を落とすティネルを横目に、運ばれてきた料理を眺める。
 ティネルも料理をきらきらと見つめ、機嫌は治ったようだ。目にも楽しい、凝った料理が多い。

「うまそー! ね、ナイフはこうでいいの?」
「こう、少し立てた方が切りやすい」
 
 こっちのマナーは知らないが、品がよく見える食べ方をたまに教える。ティネルも楽しそうに貴族ごっこを始めた。
 先も思ったが、変に学習意欲がある奴だ。

「これからもっと昇格して、貴族との食事の機会もあるかもだし! 覚えておいて損はなし!」
「冒険者は貴族と食事する機会があるのか?」
「ランク上がるとあるって聞いた。迷宮産の珍しいもん欲しがるって。なんなら、高ランクは貴族と同じような扱いだし」

 スタンピードを防げる冒険者が自領にいれば、それだけ領地の寿命は伸びる。
 自領地に迷宮がある領主は、冒険者には高待遇で、長く留まって欲しいのだろう。

 ティネルは奢りだからと、最後にデザートを頼み、全てを綺麗に平らげた。いっそ遠慮がなくて気持ちが良い。

 
 夜も遅くなりティネルと別れ、帰路に着く。
 歩いていると、後ろでざっと足音がした。

「奇襲のつもりか?」
「バレたならしょうがねえ。あの後俺らは笑い者だ。あんたは強いかもしれねぇが、傷も治したし、こっちは三人だ!」

 ギルドでの目線。腹に何か抱えていると思ったらこれか。報復に対しては、どれほど傷害を与えて良いのか、聞いておくべきだったな。

 男二人は剣を持ち駆け出す。女は魔導具を構え、詠唱を始めた。

「死ねええっ!」
「火よ、彼の者を打ち払え!」
 
「落ち着けよ。こんな夜更けに迷惑だろ」

「! ん゙んっーー!」

 三人の体に煙が纏い、身動きを封じる。ついでに口も塞いでおく。
 
「気になってたんだ。ギルドカードには人の死は記録されない。じゃあ、狂化した人間は。ってな」
「んん゙ー!」
「あの森に二日も放置すれば、お前らはどうなるか知ってるな? それとも試すか?」
「っんん゙ーーっ!」

 うごうごと虫のように体を捻る三人。目には涙が浮かび始めている。
 脅しすぎたか。もちろん、そんな手間のかかる事など、こちらもしたくない。
 
「俺に“信用”があってよかったな。次やれば、あのファングボアと同じ末路を辿らせるぞ」

 こくこくと頷いたのを確認して煙から解放する。地に降ろすと、三人は脇目も振らず走り出す。
 もうあいつらが絡んでくる事はないだろう。
 
 せっかく気分が良かったのに台無しだ。部屋に戻ったらまた一杯やるしかないな。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...