土の魔法使い

前田有機

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第7話 北で

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 ────シャルマーニ帝国最北端、ヒラル山脈。
 そこは大陸北部一帯を支配する帝国の領土の中でも特に気候の厳しい、絶対零度と呼ばれる氷の世界。
 そこにある男の部隊が陣を張り、駐屯していた。その部隊には一つ、不可思議な点があった。部隊、というよりその部隊の周囲、の方が正しい。
 永久凍土に相応しい一面が雪と氷の世界なのだが、彼らの周囲のみ、半球状に雪も降らなければ、地面につもる雪すら見えない。

「少将閣下!」
 一人の兵士が斥候から戻り、報告にやって来る。
「戻ったか。で、どうだった?」
 燃えるような赤髪に赤地に金色の太陽の刺繍を施されたマントを隆々としたその身に纏った男が静かに問いかける。
 男の名前をシャルマーニ帝国軍、大隊長を務めるエンキ・グラスノートと言う。
「とりわけ吹雪の激しい地帯を発見しました。恐らく、そこに『神殿』があるかと」
「よし、よくやった。ではすぐに出よう」
 少将と呼ばれた炎髪の男はスゥッと息を吸い、溜めると、
「全軍、吹雪の激しいところへ進軍開始! 先鋒は俺が行く! 俺の作った道に全員続け!」
 炎髪の男の身体からブワッと熱気が溢れ出す。それにより、雪との境目から水蒸気が一気に立ち昇る。
 エンキは馬の無い戦車に飛び乗ると馬の繋がれていない手綱を振るった。 
 すると、そこから炎を纏った馬が一頭、姿を現し、一度激しく嘶くとエンキの乗る戦車を引きつつ走り出した。

 * * *

 そこは帝国領、西部にある港町。帝国の玄関とも呼ばれるフィルシの街。
 ダーシェとテレサは今、その街に訪れていた。
「号外! 号外だよー! この最新版の新聞を見てくれ! 帝国軍少将のエンキ閣下がまた大戦果を挙げたぞ!」
 新聞屋が声を張り上げ、新聞を通りの人々に売り込みをかけている。
「ダーシェ、号外って何?」
「……………」
「ダーシェ?」
 テレサがダーシェの袖を引っ張る。新聞屋の新聞を見つめ、何やら思考に耽っていたダーシェはそれによりふと我にかえる。
「あ、ごめんねテレサ。少し考えごとをしていたんだ」
「あ、そうなの…。ごめんなさい、邪魔をしてしまって」
「いや、謝らなくていいよ。ところで、どうしたの?」
「号外とは何か、と思って。新聞と言うのは確か、朝と夕に二回新聞屋が発行して売るものでしょ?」
「そうだよ。テレサ、君は本当に賢いな。物覚えがとても早い。その中で号外と言うのは、何か特別なことをすぐにでもみんなに伝えないといけない時に例外として発行されるものなんだ」
 ダーシェはテレサの髪を優しく撫でる。くすぐったそうにテレサは目を瞑る。
「ダーシェに撫でられるのはやっぱり好きだわ」
 愛おしそうに自分の頭に乗せられたダーシェの左手を両手で包み込む。
 親に奴隷として身売りされたせいか、ことテレサという少女は愛に飢えているところがある。それだけではないだろうが、どこか歳の割に幼い部分がある。
 ダーシェもそれを知りつつ彼女とこの放浪を続けている。本来ならばどこか養ってくれるところに預けるのがいいのだろう。けれどそれはダーシェの無自覚の意思がさせないのだ。
「ところでダーシェ。考えごとをしていたと言っていたけど何を考えていたの?」
 テレサの興味は尽きることがない。元々、好奇心に溢れる性格だったようでダーシェとの生活に馴染むにつれ、その質問の頻度は二次関数のごとく増えていった。
「少し、気になることがあったんだ。よし、テレサ」
「ん?」
「あの号外の新聞を買ってみようか」
「本当に?!」
 テレサの表情がパッと明るくなる。
「俺も気になる記事なんだ」
「じゃあ、私が買いに行きたい!」
「わかった。俺はそこのベンチに座ってるから買ってきてくれる? これは新聞を買うためのお金ね」
 ダーシェは麻袋からコインを一枚取り出してテレサに渡した。
「ありがとう!」
 テレサはそう言ってパタパタと号外の売り込みで声を張り上げる新聞屋の方へ駆けて行った。
 かなり明るくなったな。ダーシェはテレサの走っていく背中を見て思った。
 最初の頃は今とは違って口数も少なく、どこか遠慮がちな面があったが、二人の出会い方、そしてその後すぐにあった事件からテレサは比較的すぐにダーシェと打ち解けた。まだ完全に一人で行動するまでは回復していないが、ダーシェが近くにいる場合のみ一人で行動することはできるようになった。テレサは今、とても順調な回復過程を進んでいる。けれどまだ、ダーシェから離れることができない。もし離れてしまえば恐らくまた振り出しに戻ってしまうだろう。
 ダーシェがテレサを側に置いておく理由の一つである。

「ダーシェ、買って来たわ!」
 ふふん、これくらいはもう出来るのよ。と言いたげな表情で自慢げに購入した号外をダーシェに突き出す。
「よくできたね。ありがとう」
 ダーシェはテレサからそれを受け取るとそこに書かれている記事に目を通した。
 記事には新聞屋の言っていた通り、エンキ少将に関する記事が一面を飾っていた。ダーシェの表情が厳しくなる。
「テレサ。これから帝都に行かなきゃならなくなった」
 ダーシェはそれだけを言うとスッと立ち上がり、傍に置いた荷物を抱える。
「帝都に行くの?」
「うん、本当は行くつもりなかったけどすぐに行かなきゃならなくなった」
「帝都は行ったことないから私、楽しみだわ!」
 嬉しそうに手を叩くテレサ。それに反してダーシェの表情は険しく強張っていた。
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