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第8話 帝都への道程
しおりを挟むフィルシの街で読んだ新聞の内容はダーシェにとってあまりに衝撃的な出来事だった。話題となった人物、将軍エンキはダーシェとは旧知の仲だ。
しかし、ダーシェの知るエンキは新聞に書かれたような勇猛果敢で豪快な策を用いて正面から相手を叩き潰すような真似のできる男ではなかった。というよりも、そもそもの話がエンキは将軍ですらなかった。実際、皇室に仕えてはいたものの、役職は文官で、しかもかなりの下っ端であった。
そんな彼が武官として働いている、という事実だけでもダーシェにとっては驚きなのだが、エンキは将軍となり、北の神殿を制圧した。
北の神殿を拠点にする北の部族。彼らは帝国が領地を統一して尚、神殿を拠点に武力抗争を度々引き起こしてきた。帝国としては迅速に解決したい問題ではあったが、北の部族が拠点とする北の神殿の立地がそれをことごとく防いできた。その理由は北の神殿のある山脈の気候である。一年中、溶けることなく山肌を覆う分厚い雪と氷、そして不規則に吹き荒れる猛吹雪が屈強な帝国の兵士の足をことごとく絶えさせてきた。
そんな自然の不破の要塞を元文官であるエルキは破り、完全に制圧してしまったのだ。
この事実はダーシェにただならぬ衝撃を与えた。そして同時に、何か裏があるのではないか、とダーシェに勘付かせることとなったのだ。
* * *
「いやぁ、兄ちゃんたち。あんたら本当に幸運だったなぁ!」
馬車の前方で御者が笑う。
ダーシェとテレサは今、シャルマーニ帝国は首都、通称『帝都アバレン』へと向かっていた。
「そうなんですか? 案外すんなりと馬車に乗れたのでそんなことは感じませんでしたが」
「あんたらは早い方だったからな。あんたらの後ろはもう帝都までの足を手に入れようと躍起になった奴らが沢山だろうよ。なんせ、ついに帝国最大の悩みのタネが潰れたんだからな。これで完全に帝国は領地を統一したってもんだ」
御者はそのことが相当に嬉しいのだろう再び声高らかに笑った。それに反応するかのように馬も短く嘶いた。
「そうですね。それだとかなり俺たちはラッキーだったようですね。本当、ありがとうございます」
「いいってこった。俺はきちんと代金さえ貰えればそれでいいからな」
「あはは……」
ダーシェは愛想笑いで会話を終わらせる。商人堅気はもうこりごりだ、と言いたげでもあるが、彼の事情を知らない御者はそんなことを知る由もない。
御者との会話が途切れると後に残るのはガタガタ、と小さく揺れる荷台の音と、時折どこかの木で囀る鳥の鳴き声くらいになる。
フィルシから帝都までは馬車であれば朝に出て昼には着けるほどの距離である。昼食後にフィルシを出たダーシェとテレサが帝都に着くのは日が沈みかけるころになる。
ダーシェは計算して、城へ出向くのは翌日になるだろうと考えた。
「ねえ、ダーシェ」
テレサが声をかけてくる。つい今まで外の景色に見惚れていた彼女は今も視線はそのままにダーシェの名を呼ぶ。
「帝都ってどんなところなの?」
「どんなって?」
「この国の真ん中なんでしょ? ってことは、なんでもあるの?」
「んー、そうだね。この国の中心だからね。国内の名産品や特産品は大体集まっていると思うよ」
ダーシェがそう答えてやるとテレサは荷台の縁から器用にくるりと反転してダーシェの方へ体を向ける。その表情は眩いほどに輝いていて、これから見られる新しい世界への期待に満ちていた。
「本当に⁈ それはとっても楽しみね!ダーシェは帝都に行ったことがあるんでしょう? 着いたら色んな場所に案内して欲しいな!」
「それはいいけど、今回は観光が目的じゃないからね。本来なら帝都に寄る予定は今はなかったんだけど、俺に寄らなきゃならない用事ができてしまったから」
「けれど、行けるようになったのだからもっと喜んでいいと思うの!」
テレサはどうやら帝都に行けること自体が凄い事だと思っているらしい。
そこは田舎で生まれた彼女と帝都で生まれたダーシェだからこそ生まれた認識の違いだった。
「そう、だね。テレサは十分に楽しんでいけばいいと思う。むしろ、帝都には色々なものがあるから沢山のものを見てきてって思う」
「私も色んなものを見たいと思うんだけど、ダーシェが一緒じゃないと……」
テレサの表情に陰が差す。見た目上では回復したように見えるが、やはり年端もない少女にとってはたかだか一週間では回復し切れない出来事だったのだ。
「わかった。なら、帝都を見て歩く時は一緒に行こう。俺もいくらかは案内できると思うから」
「それはとっても嬉しいわ! 約束ね!ダーシェに大事な用事があるのは知っているけれど、約束ね!」
「うん、約束だ。ところでテレサ。一つ伝えなきゃならないことがあるんだけど」
「なに?」
「今、帝都に向かっているんだけど着くのは日が暮れる頃になると思うんだ。だから、その約束は俺の用事が終わってからでもいいかな」
「ええ、ダーシェが約束を守ってくれるなら私は待つわ」
「ありがとう。君は本当にいい子だ」
ダーシェはテレサの頭を撫でる。テレサもくすぐったそうにそれを受け入れる。
それから幾らかの時を馬車の荷台の上で過ごし、日が傾いてきた頃。
道の奥にダーシェの見慣れた石レンガ造りの高い壁が見えてきた。
帝都アバレンを囲む城塞である。
ダーシェの表情が無意識に固くなる。旅を始めてからあえて一度も寄り付かなかったそこは外見は過去と変わらずともそれが放つオーラはダーシェを緊張させるのに十分だった。
気がつくとダーシェの左手はテレサの頭に乗っていた。隣で心地好さそうに眠るテレサの寝顔を見てダーシェは自分に大丈夫だと言い聞かせた。
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