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第10話 得たものとその代償
しおりを挟む「で! 将軍が先陣を突っ切ってよぉ!」
レストランで女性店員にキレていた兵士、左眉の上の傷が目立つバルカが声高らかに話し始める。
何件目かのハシゴ、いく度目かわからないほどに聞いた話。
しかし、その話は決してダーシェにとって、無益な酔っ払いの妄言ではなかった。
テレサを先に帰して正解だったな。
すでに、兵士たちと行動を共にしてそこそこな時間が経っている。
おかげで五人全員の名前も覚えることができた。一人はバルカ。階級は二等兵で、五人の中で最年少だ。二人目は髭の濃い、ジョード一等兵。三人目は五人の中で最も階級が高いリディオル曹長。四人目は目つきの鋭い盗賊のような見た目をしたヒットビルト上等兵。そして最後に、今は酔って赤ら顔だが五人の中で最も容姿が整っている、金髪の レルムアン伍長。年齢は全員バラバラだが、いくつもの戦場を共にしてきているために、その絆はとても強く感じられた。
夜も深くなり、客の数もだんだんと減って来た頃になっても、彼らの高まったテンションが下がることはなく、また彼らの喉を過ぎる酒の量も変わらなかった。そして何よりも、兵士たちはテレサの嫌うタバコを何本も吹かせるのだ。
その場の雰囲気はダーシェも決して好きなものではなかったが、兵士たちの口から語られる話はダーシェにとって有益な情報を多量に含んでおり、多少の我慢程度ならお釣りが来るほどだった。
「帝国にそんな将軍がいたとは…それほどの人ならばもっと有名なはずでは?」
「それがなぁ…………?」
ここだけの話なんだけどよ、とバルカが声を潜める。他の兵士たちはニヤケながらも周囲に目を配っていた。
「今回、指揮を取ったエンキ少将なんだが……実はあの作戦が実施されるひと月前に少将に突然、格上げされた謎の多い奴なんだよ」
この言葉に他の兵士たちも揃って頷く。
「噂によれば、元々は軍属じゃなく文科省の下っ端だったとかいう話もあるから政治ってのは本当に訳がわかんねえよ」
まあ、実力のある奴がそういう重要な役に就くってんなら俺たちは何も文句ないんだけどな。
と言ってバルカはガッハッハと大声で笑う。
「本当にな! 貴族ども推薦の奴に指揮を取らせてみろよ。軍が壊滅するなんて冗談じゃなくなるからな!」
五人全員が同時に笑い出し、それはまさに爆音と呼べるほどだった。
その後もまた、代わる代わる同じ話を聞かされ、気付けば日は昇り東の空が白んで来ていた。
「やっべ、朝じゃねえか! おい、お前ら飲みすぎた! 帰るぞ!」
リディオル曹長が他の四人を慌てて叩き起こす。
結局、ダーシェ含め全員が酔い潰れ店内で夜を明かしてしまった。
「ん…………って、朝⁈」
リディオルの慌てる声にダーシェも跳ね起きる。
六人全員が起きた時、タイミングを測っていたかのように店員が会計を持ってきた。
兵士五人の飲んでいた量が凄まじかったため、合計金額は相当な額となり六人の持ち合わせ全てを足すことでどうにか足りた。
* * *
宿に帰るとテレサが私、怒ってますと言いたげな表情をしてダーシェの帰りを待っていた。
「待ってたのに………。何、してたの…」
「ちょっと色々あってね……。悪いとは思ってる。ごめんよ、テレサ」
キリ、とダーシェを睨み見上げるテレサの目の下には薄っすらとクマが浮かんでいた。テレサが眠らず、夜通しダーシェを待ち続けていたことがそこから察せられた。
「テレサ、もしかして寝てないの?」
テレサは変わらずダーシェを見上げて睨みつけている。
が、それももう、長くは続かなかった。
口元が歯を食いしばるように歪み、眉間にシワが寄って、ついに堪え切れなくなってテレサの瞳からボロボロと涙が溢れ始めた。
「こんなに怖い夜はもう嫌なのっ………。寂しくて寒くて、心細くて…………っ!!」
両手でテレサは顔を覆う。テレサの細い指の間からテレサの涙がこぼれ落ちていく。
「ごめん…………」
回復したと思っていたダーシェの予想はそれが全くの外れで、彼の読みの甘さを痛烈に実感させた。テレサの指の間から溢れる涙の雫の一粒一粒がダーシェの心に小さな槍となってチクリチクリ、と突き刺さる。
「ごめん、テレサ」
そう言ってダーシェにはそっと彼女を抱きしめた。
テレサを抱き締めてしばらくの時が経った。上着に染みる体温を伴ったテレサの涙はいつしか熱を失い、時折聞こえていた彼女の嗚咽も聞こえなくなっていた。
そして気付けば、テレサはダーシェの腕の中で寝息を立てていたのだった。
テレサが目を覚ましたのは昼前だった。ダーシェはテレサが目覚めるまで傍にいた。
「おはよう、テレサ」
「ダーシェ、おはよう………ふぁ」
テレサは欠伸をする。
「テレサ。今から少し出掛けるところがあるんだ。すぐに出たいから顔を洗って出掛ける用意をしてくれるかな」
まだ眠たげな表情のテレサにダーシェは告げる。彼の表情には微かな緊張の色が伺えた。
出掛ける用意を終えたことをテレサに告げられたダーシェはゆっくりと椅子から立ち上がる。
「じゃあ、行こうか。きっと、今から行くところには君も驚くと思うよ。」
「どこに行くの?」
秘密めかしたダーシェの言葉にテレサは目を輝かせる。
「今から、この帝都の中心。皇帝の住むところ、皇宮に行く」
本当は連れて行きたくなかったんだけど、とダーシェは心の中で呟く。
あそこは確かにとても豪奢で華やかで、一般の者の立ち入りなど余程でない限り不可能で、一般市民からそこに立ち入りたければ帝国直属の官僚とならなければならない。それはテレサも知っている。
けれど実際それはただの表向きで内側はそんな華やかな場所ではない。貴族階級の人間の陰険な裏工作。権力や私腹を肥す為にどんな薄汚いことも平気でやってのける者たちの巣窟だ。
ダーシェの顔見知りも少なくはないはずなので、そこに自衛の出来ない無防備な少女を連れ込むなどできるはずもなかった。
が、結局はテレサの泣いた姿を見せられたために連れて行くことを決心したのだ。
「こ、こここ皇宮、なんて……そんな、わ、わたわ、私…………っ!」
予想通りの反応だ。帝都にすら始めて足を踏み入れる少女にいきなり皇宮に行くなんて言えば、年端のいかない少女でなくとも緊張で言葉も出なくなる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。君なら何の問題もない。自信を持って。礼儀なんかも一般的なものだけ出来れば問題はないから」
ダーシェはテレサの頭をいつものように撫でる。
「ダーシェがそう言うなら………」
「じゃあ、行こうか」
テレサを落ち着かせ、彼女が落ち着いたのを確認したダーシェはテレサを促し、皇宮へと向かうのだった。
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