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第12話 炎の将軍
しおりを挟む彼と目が合った。当時の面影の残るその顔で、彼はニヤリと笑った。
その笑みはもはや彼が当時のままでないことを痛烈にダーシェに実感させた。
「久し振りだな、ダーシェ」
低く、威厳に満ちた声だった。もはや文官としての影はなく、実績のある勇猛な帝国軍将校がただそこにあった。
「随分と、変わったね、エンキ」
「そっちは何も変わらんな、まあ当然か」
ダーシェは肩を竦める。目の前にいる少将の階級章を軍服の襟に付けた燃えるような赤い髪の男は紛れもなく、体格など容姿は大きく変われどそれはかつてのダーシェの友人、エンキ・グラスノートだった。しかし、ダーシェにはそれとわかっても違和感がどうしても拭えなかった。
「さて、顔合わせもこれくらいで良いだろう」
背後の頭上からムンクドレスの声が響く。
「此奴こそが帝国における最高にして最強の男、エンキ・グラスノート少将だ。お前と同じように特異な能力を操ることができる」
ムンクドレスは口端を吊り上げダーシェを見下ろす。
ダーシェは言葉を発さず無言で、ムンクドレスを睨みつけた。
「ククク、そう睨むな裏切り者。貴様の友人がこうなったのも元はお前のせいだろう?」
そうきてムンクドレスは炎髪の将に事の顛末を話すよう指示を出した。
エンキもまた、それに従う。
* * *
それは、ダーシェが城を出てから一年ほど経ってからのことだった。
皇宮からダーシェが失踪したという話はもうその頃には当時、文官の下っ端であったエンキの耳にも届いていた。
「ダーシェ………どこに行ったんだよ…」
ダーシェ失踪後のエンキは暇さえあれば仕事中ですらこんなことを呟いていた。
その頃のエンキは長身でこそあれ、細身で肌も白く、人生の大半を皇宮で中央勤めするための勉強に費やしてきた人間だった。ダーシェとエンキの出会いというのは偶然ではあったが、彼らは意気投合し、実に互いに親友と呼べる仲だった。
実際はエンキとダーシェの付き合いは半年のみと短い期間ではあったが、その時間はどんな友人関係よりも勝るものだとエンキは思っていた。それだけにダーシェの失踪は衝撃が強く、彼の仕事の質にも多大な影響を及ぼした。
そんな精神的に不安定になり、仲間からも疎まれつつあったエンキにとある誘いがかかったのだ。
「君がかのダーシェ・レインコートと親しい仲にあったことは知っている。そんな君に一つ、面白い話があるんだが、聞いてみないか?」
当時、エンキの勤めていた役所の上司からだった。ダーシェの名を出されたエンキは一も二もなくすぐさま飛びついた。
その話こそ、三年前にダーシェと帝国軍の将校をしていたリーザ・ベルローグによって潰された計画についてだった。
その計画とは、人為的に魔術を行使することを可能にする研究のことで、実際に成功した暁には軍から破格の扱いを受けある意味では最強の兵器として、そしてある意味では最高の英雄として人間を生まれ変わらせるというものだった。
エンキはダーシェが超人的な能力を持っていることを知っていた。
ダーシェのその能力は帝国にとってとても存在価値が高く、性質上エンキにとってそれは喉から手が出るほどに羨むものだった。
だからこそエンキは考えた。
彼のような能力を手に入れることができれば、今のちっぽけで無力な人間から脱却することができて、およそ全ての人を救うことが可能になるのではないか、と。
そう考え、即答ではい、と答えたエンキに上司は言った。
「死ぬかもしれないし、これはあくまで実験だぞ? 俺は君を人体実験の被験者にしようとしてるんだぞ」
「もし、そうだとしても、私は友人のように大勢の人を救える人間になりたい。そのためには今のような無力ではダメだ。強い、そう彼のような強力な力が必要なのです。ですから、あなたには感謝します。私にこのような機会を与えてくれて」
上司は何度もよく考えるようにエンキを説得した。けれど、エンキはもう決めたことだと一歩も下がらず、結局、上司がすまない、と謝罪を述べ折れることとなった。
それから一週間後、エンキに転属の命令が来た。転属先は第一兵科研究科。
エンキにとっては全く畑違いである、軍の一部書だ。軍の中でも最重要クラスの機密を扱う部署で、謎が多いこと有名だった。
* * *
「そうして、俺はそこで実験の被験体となり、成功した」
エンキは淡々と締めくくった。そこに後悔などというものは一切見えなかった。
「つまり、君は力を得た、ということなんだね……」
「そういうことだ。何十人と俺と同じ被験者がいた。その中でも成功者は俺だけだった。悲しいことだが、力を得るには生まれ持っての資格がいるらしい」
語るエンキの表情は変化がない。ダーシェはそんな彼に薄気味悪さを感じた。
「失敗した、ほかの被験者は……どうなった……?」
「ああ、彼らか。彼らは不幸にも死んだ。力を受け止められない、かあるいは精神がそれを拒絶したからか。そのどちらかだ」
人の死に対し、エンキは全く表情の変化もなくさも当然のごとく語る。室内に異様な静寂が張り詰める。
ひどく居心地の悪い、最悪の言葉をそのまま描いたような空間だった。
「しかし、まあ、ダーシェ」
エンキの表情が僅かだが柔らかくなる。一瞬ではあるがダーシェの知る友人のエンキがそこに見えた。
「ついさっき報せが来たんだが、お前の連れてきた少女、素晴らしい適性を持っているらしいぞ」
「ムンクドレス、お前!!!」
玉座に座る老人に向かいダーシェは叫ぶ。
「テレサに手を出したのか!」
「手など出してはおらぬよ、まだな。しかし、そうだな。お前にはまだ特に何も制裁は下していないし、今のお前への制裁はこれが一番堪えよう」
ダーシェは駆け出した。やはり、失敗だったのだ。
テレサは宿に置いてくるべきだった。焦りのみが先を走る。感情に置いていかれた身体を、ダーシェの腕を何かが掴んだ。
「悪いが、ダーシェ。向こうへは行かない」
エンキだ。エンキがダーシェの腕を掴んでいた。
「エンキ、離せ!」
振り払おうとするも、エンキの腕はビクともしない。ダーシェはすぐに切り替え、
「切り裂け!」
地面から刃がエンキの腕目掛け、伸びていく。それにはエンキも腕を離さざるを得なかった。
「使い慣れてるな、さすがだよ、ダーシェ」
玉座の間の扉目指して走るダーシェの背にエンキはそう言葉掛けた。軍人としての冷静さのためだろうか、焦りの色はない。
「陛下、ここであれを使用してもよろしいでしょうか」
「外でやれ」
「………はっ」
* * *
ヤバい。これは想定以上だ。テレサ、どうか無事でいてくれ。頼むから、間に合ってくれ。
広い皇宮の廊下を全力で走る。
大した距離はないはずのその道が恐ろしく長く感じた。
「行かせない、と言っただろうに」
背中のほうから聞こえた声と同時に目の前が突如として炎に覆われた。
「殺しはしない。足止めさせてもらうぞ、ダーシェ」
「エンキ………。これが君の力なのか」
「そうだ。自在に操ることのできる炎。これが、俺の力だよ」
指先に炎を灯し、自在に形を変えるかつての友人。
「宣言通り、足止めさせてもらう!」
槍状に形成された炎をエンキはダーシェ目掛け、投じた。
「絶対にテレサは守る!」
迫り来る槍を前にダーシェはそう叫んだ。
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