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第13話 離別
しおりを挟む「ゲホッ………、コホッコホッ……」
息を吸い込むごとに肺が焼け付くような痛みに襲われる。額を伝う汗も絶え間なく、身体から水分が際限なく奪われていく。
「案外、お前も呆気ないものだな。昔は遥か彼方の存在だったはずなのに、いざ正面から向かってみればこれだ」
エンキの顔に失望の色が浮かぶ。それはまた、彼の目の前で膝をつくダーシェに対する憐れみにも見えた。
周囲は炎の壁に覆われている。そのため外の様子は分からず、その逆で外から壁の内側を伺うことはできない。
ダーシェとエンキを中心に円を描くように燃える炎は着実にダーシェの体力を奪っている。
「どう見ても…………これ、足止めする気………な、いよね………」
炎の熱が肌を焼く。全身がチリチリと熱で炙られ、絶え間ない痛みが全身を襲い続ける。
「いや、足止めだ。俺自身、お前がどれだけの実力なのか知りたかったこと、それとこうでもしなければ止まらんだろ」
さすが、中央勤めのエリートは違う。容赦ないな。ダーシェは内心、苦笑する。
「けれど……まあ、君がこうして立ち止まってくれてある意味幸運だったさ」
パチン、ダーシェは右手の指を鳴らす。すると地面から壁が生まれ、それはエンキの周囲を完全に覆ってしまった。
「守るって言ったでしょ……絶対に」
ダーシェは進行方向を遮る炎の壁を土のドームを生成し、道を作り出し中を抜けた。
* * *
突如、部屋の中に入ってきた大人の男たち。視線、動き、彼らの仕草一つ一つから過去のトラウマが想起される。
ソファに腰掛けていたテレサは読んでいた本を持つ手の力が抜け、床に取り落とし、身体が硬直してしまった。
が、彼らの対応はテレサの予期したものとは全く違った。統一された白の制服を着た彼らはテレサを取り囲みはすれど、丁寧な言葉遣いで彼女に話しかけた。
「初めまして、レディ。我々は帝国軍第一兵科研究科の者です。この度、貴女をお迎えにあがりました。時間がありませんので詳しい話は道中で」
「で、でも………ダーシェが………」
「レディ、あの男との関係は切りなさい。あれは帝国で重要な地位を得ながらもその恩を仇で返した大罪人なのです。いずれは貴女も限りなく残酷な形で裏切られることになるでしょう」
「でも…………」
ダーシェと過ごした日々を思い返す。あれは嘘だったのか。彼の自分へ向けられた温もりや優しさはすべて偽りだったのだろうか。
途端に寒気を感じた。テレサは自らを抱え込むように腕を組んだ。
「我々は貴女を裏切りません。むしろ、今よりも恵まれた生活を保証します。毎日好きな服を着て、最高級の食事を堪能することも、我々についてくれば実現するのです」
目の前の彼らは自分をダーシェから保護するのだと言っている。けれど、なぜなのか私にはわからない。ダーシェが本当に私を騙しているのならわざわざあんなところで助けないし、一緒にいるなんてことはまず考えられない。
「仕方ないな………、とりあえず行きましょう。貴女はダーシェ・レインコートを知らなさすぎる」
「え、あっ…………」
思い悩むテレサを他所にテレサに話しかけた白衣の男はテレサの手を掴むと無理やり立たせて、部屋の外へと連れ出した。
* * *
バンッ、扉が外れるのではと思えるほどの勢いでダーシェは客室の扉を開けた。
が、しかしそこはすでにもぬけの殻。手遅れだった。しかし、誰が連れて行ったかはわかっている。
ダーシェはすぐに再び走り出した。が、すぐに膝をついてしまった。
炎によって囲まれた空間にいたせいだろう。
「気にしてる、場合かよ………」
一度、大きく息を吸い、勢いをつけて立ち上がる。頭痛とめまいはこの際気にしてはいられない。
ダーシェはもう一度、前に足を踏み出した。
「テレサ!」
ダーシェは連れて行かれようとしている少女の背を見つけ、名を叫んだ。
その声はダーシェが思っていたよりも掠れ、頼りなく感じた。
けれど、少女は反応した。ゆっくりと後ろを振り向き、一瞬驚きの表情を浮かべ、自らを追いかけてきた青年の名を呟く。
「ダーシェ………」
「ん、追いついたのですか。なら、丁度いいじゃないですか。彼に聞きたいことは今の時間でいくつかできたはず。問い質して来てはどうです? その上で我々と来るか、彼と共にここから去るか決めていただこう」
白衣にモノクルを右目にかけた男がにこりと微笑みテレサを送り出す。
テレサは小さく頷くと肩で息を切らす、満身創痍の青年の元へ歩み寄った。
「ダーシェ………」
「ケガは……してな、いか、テレサ?」
「してない。ダーシェは、大丈夫なの?」
立っていることすら苦しそうな彼にそっと手を添える。そしてテレサは問いかけた。
「ダーシェ、あなたのことを穴人たちから色々聞いたわ」
「そう………」
「ダーシェが不思議な力を使えるって本当なの?」
「本当だよ。俺は精霊と契約していて、今は彼らの力を借りてる状態なんだ。あくまで予想だけど、この世には俺の他にあと三人、いると思ってる」
「その力を使ってダーシェは何をしたいの?」
「俺は、大切な人を守りたい。だからこの力を使う。どんなことをしてでも守るつもりでいる」
「それで、そんなにボロボロになってダーシェのその大切な人ってどう思うと思ってるの?」
「………………」
「素直に喜べると思う? そんなボロボロの姿を見せられて、何も感じないと思う?」
「まさか………、同じことを言われるなんて、思ってなかったよ…………」
「彼女にも、言われてたのね」
テレサは言った。ダーシェはそれに頷く。
「彼女、リーザにも言われたよ。自分はあんたを傷つけるために一緒にいるんじゃないってそんなことのために恋人になったんじゃないって。ごめん、テレサ」
「ううん、謝るのは私のほう。今から私はあなたを裏切る」
「え…………」
「ごめんなさい、ダーシェ。私はあなたに人生を救われて、本当に感謝してる。でもね、私はただあなたに守られるだけの存在にはなりたくない。あなたの話を聞いてそう思ったの。だから、ごめんなさい」
テレサの瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。
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