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第九十三話【記憶の扉】
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最近、さくらの様子がおかしい。見た目や態度は変わらないけれど、時々、ふと遠くを見ているような目をする。何か悩みでもあるのだろうか。考え事でもあるのだろうか。そして、俺も彼女と同じような目をしてしまっているようで、川崎先生に指摘された。
「そんなに気になるなら直接聞きなよ。何でも話せる関係なんだから」
川崎先生にはそう言われた。確かに俺たちの間に隠し事なんてない……ない筈。
「さくら」
「……はい?」
日曜日の俺の家。また遠くを見ているような目をしているさくら。その理由が何なのか、彼女に聞いてみることにした。
「……何か悩み事とかある?」
「え……どうしてですか?」
「気の所為だったら申し訳ないんだけど……最近、なんか様子が変だなって」
「……変、ですか」
さくらは驚いたように目を丸くしたが、すぐにまたどこか虚ろな目に戻ってしまう。やはり変だ。彼女の様子から察するに自分でもどこか変だと感じているのだろうと思う。悟られないように隠していたつもりなのだろう。それがバレて驚いたのか。
「俺に何か出来ることある……?あ、話し難いことだったら、全然……」
何でも話して欲しい。さくらのことは何でも知りたいし、何か助けになるなら何でもしたい。俺の言葉に彼女は暫く黙り込んだ。沈黙が少しだけ怖かった。
「隆康さんの……」
そんな重い沈黙をさくらが漸く破った。
「隆康さんの元奥さんって、どんな人だったんですか……?」
ゆっくりと遠慮がちにさくらが言う。その言葉に俺は少し息苦しくなった。
俺たちの間に隠し事なんてない……いや、あった。隠し事というよりかは、話したことのない知らない事。俺も敢えて話さなかったし、さくらも聞いて来たことはない。しかし、ひょっとしたら、いつかは聞かれるのではないかとは思っていた。婚約もして、結婚の話も進んでいる。彼女が元妻のことを気にするのも普通のことなのだろうか。
「何で、急に……?」
「……実は、前に翠ちゃんに聞いたんです」
さくらは花園先生から聞いたという俺の離婚理由を話し始めた。ここ十年で赴任して来た先生は、俺の離婚理由なんて知らない筈。何故、花園先生が知っているのか。それは、おそらく俺と川崎先生が先日、給湯室で話しているのを聞いたのだと思う。話し終わった直後に挨拶されたので、聞かれてしまったかと思っていたが……本当に聞かれていたとは……。
「……それ、聞いてどうするの?」
「どうもしませんけど……聞いたら駄目ですか……?」
「……うーん」
駄目ではない。聞きたいと思うのが普通だ。これから結婚する相手はバツイチで、しかも、結婚して二ヶ月で離婚。理由を知りたくない筈がない。
正直、非常に情けない話で、あまり人には話したくない。しかし、さくらには聞く権利がある。寧ろ、聞いて貰わなくてはいけないのかもしれない。
「元妻は、大学の時の同級生なんだ」
さくらは下を向いて黙って俺の話を聞いていた。臥せられた目の長い睫毛が綺麗だ。こんな話をしながらも、彼女に見惚れてしまう。それ程までに、俺は彼女に焦がれている。
「付き合ったのは二十六の頃……たまたま合コンで再会して」
再会。思えば、さくらとも再会で恋に落ちた。
「背が低くて、ほわほわしていて可愛い感じの子だった」
彼女の前で過去の女性を褒めるのもどうかと思ったが、この際、全て正直に話そうと思った。
「たまたまこっちに就職してて、合コンの幹事も大学の同級生だったから……それで……」
話しているうちに、自分の手が異様に震えていることに気付く。手汗も酷い。拒否反応を起こしているのかもしれない。細かく思い出したくないのだ。俺は両手を繋ぎ、強く握り締めた。すると、不意にさくらが俺の手に触れた。
「……大丈夫ですか?」
さくらが心配そうに俺の顔を覗き込む。彼女の顔を見て、手の温もりを感じ、少し震えが治まった気がした。俺は気持ちを落ち着かせる為、彼女を抱き締めた。
「……隆康さん?」
「ごめん、ちょっと……落ち着かせて……」
「私の方こそ、ごめんなさい……無理に話さなくても……」
「いや、大丈夫……話すから……」
彼女から離れると、俺は深呼吸をし、再び話し始める。ゆっくりと当時を思い出しながら、心の奥の黒い扉に向かって行く。久々にその扉の鍵穴を見た気がした。
「そんなに気になるなら直接聞きなよ。何でも話せる関係なんだから」
川崎先生にはそう言われた。確かに俺たちの間に隠し事なんてない……ない筈。
「さくら」
「……はい?」
日曜日の俺の家。また遠くを見ているような目をしているさくら。その理由が何なのか、彼女に聞いてみることにした。
「……何か悩み事とかある?」
「え……どうしてですか?」
「気の所為だったら申し訳ないんだけど……最近、なんか様子が変だなって」
「……変、ですか」
さくらは驚いたように目を丸くしたが、すぐにまたどこか虚ろな目に戻ってしまう。やはり変だ。彼女の様子から察するに自分でもどこか変だと感じているのだろうと思う。悟られないように隠していたつもりなのだろう。それがバレて驚いたのか。
「俺に何か出来ることある……?あ、話し難いことだったら、全然……」
何でも話して欲しい。さくらのことは何でも知りたいし、何か助けになるなら何でもしたい。俺の言葉に彼女は暫く黙り込んだ。沈黙が少しだけ怖かった。
「隆康さんの……」
そんな重い沈黙をさくらが漸く破った。
「隆康さんの元奥さんって、どんな人だったんですか……?」
ゆっくりと遠慮がちにさくらが言う。その言葉に俺は少し息苦しくなった。
俺たちの間に隠し事なんてない……いや、あった。隠し事というよりかは、話したことのない知らない事。俺も敢えて話さなかったし、さくらも聞いて来たことはない。しかし、ひょっとしたら、いつかは聞かれるのではないかとは思っていた。婚約もして、結婚の話も進んでいる。彼女が元妻のことを気にするのも普通のことなのだろうか。
「何で、急に……?」
「……実は、前に翠ちゃんに聞いたんです」
さくらは花園先生から聞いたという俺の離婚理由を話し始めた。ここ十年で赴任して来た先生は、俺の離婚理由なんて知らない筈。何故、花園先生が知っているのか。それは、おそらく俺と川崎先生が先日、給湯室で話しているのを聞いたのだと思う。話し終わった直後に挨拶されたので、聞かれてしまったかと思っていたが……本当に聞かれていたとは……。
「……それ、聞いてどうするの?」
「どうもしませんけど……聞いたら駄目ですか……?」
「……うーん」
駄目ではない。聞きたいと思うのが普通だ。これから結婚する相手はバツイチで、しかも、結婚して二ヶ月で離婚。理由を知りたくない筈がない。
正直、非常に情けない話で、あまり人には話したくない。しかし、さくらには聞く権利がある。寧ろ、聞いて貰わなくてはいけないのかもしれない。
「元妻は、大学の時の同級生なんだ」
さくらは下を向いて黙って俺の話を聞いていた。臥せられた目の長い睫毛が綺麗だ。こんな話をしながらも、彼女に見惚れてしまう。それ程までに、俺は彼女に焦がれている。
「付き合ったのは二十六の頃……たまたま合コンで再会して」
再会。思えば、さくらとも再会で恋に落ちた。
「背が低くて、ほわほわしていて可愛い感じの子だった」
彼女の前で過去の女性を褒めるのもどうかと思ったが、この際、全て正直に話そうと思った。
「たまたまこっちに就職してて、合コンの幹事も大学の同級生だったから……それで……」
話しているうちに、自分の手が異様に震えていることに気付く。手汗も酷い。拒否反応を起こしているのかもしれない。細かく思い出したくないのだ。俺は両手を繋ぎ、強く握り締めた。すると、不意にさくらが俺の手に触れた。
「……大丈夫ですか?」
さくらが心配そうに俺の顔を覗き込む。彼女の顔を見て、手の温もりを感じ、少し震えが治まった気がした。俺は気持ちを落ち着かせる為、彼女を抱き締めた。
「……隆康さん?」
「ごめん、ちょっと……落ち着かせて……」
「私の方こそ、ごめんなさい……無理に話さなくても……」
「いや、大丈夫……話すから……」
彼女から離れると、俺は深呼吸をし、再び話し始める。ゆっくりと当時を思い出しながら、心の奥の黒い扉に向かって行く。久々にその扉の鍵穴を見た気がした。
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