【完結】桜便り~十年越しの教師と生徒~

上条左腕

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第四十四話【浴衣】

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 花火が終わり、祭り会場から人々が一斉に帰り出す。その光景は正に民族大移動だ。その人混みに紛れながら、私たちも帰路を進む。空いた屋台で焼きそばやらたこ焼きやら、つまみになりそうなものを買い、コンビニでお酒を買ってアパートに帰宅する。
 漸く気温も落ち着いて来たのか、夜風が涼しかった。

「やっぱり、似合う!」

 アパートに着くと私は早速、隆康さんに浴衣を着せた。この日の為に隆康さんにプレゼントしようと用意していた浴衣。祭りでは着てくれなかったけれど、今、こうして着てくれるならそれで充分だ。
 紺のしじら織りの浴衣に、灰色の帯。絶対、隆康さんに似合うと思って選んだ。この浴衣を着た彼がかっこよすぎて、着付けをしている最中もドキドキしてしまった。

「……そう?」
「来年はこれ着てお祭り行きましょう?」
「わかった……ありがとう」

 約束ですよと私たちはお互いの小指を結んだ。普段は可愛く思う恥ずかしそうに笑う彼の顔が、浴衣の所為で色っぽく見える。何をしていても暑い夏という季節が苦手な私だが、案外、夏も悪くはないなと思う瞬間だった。
 隆康さんが着替え終えると、さっき買って来たつまみとお酒をテーブルの上に並べ、二人だけの宴会の準備をする。昨日、適当に漬けたきゅうりの浅漬けも冷蔵庫から出して来る。
 カーテンを開け、明かりを間接照明のみにすると、なんだかそれらしい雰囲気が出た。冷房をガンガン効かせながらも、もっと雰囲気を感じたくて窓を開ける。かなり勿体ない贅沢なことをしていると思いながらも、これは換気なのだと自分に言い聞かせればギリギリ納得出来るような気がした。

「じゃあ、乾杯」
「乾杯」

 外はまだ帰りの人々で賑わっている。こんな時でしか遅くまで起きていられないのであろう子供たちの賑やかな声も聞こえる。普段、夜に子供の声なんて聞こえないから、それだけで今日は特別な日という感じがする。外の賑やかさを肴に、お酒が進む。
 暫く飲み続けていると、良い感じに酔いが回って来た。ふと隆康さんの方を見ると、彼も丁度こちらを向いて目が合った。隆康さんはビールの缶をテーブルに置き、私の腕を引いた。

「……隆康さん?」

 私はそのまま彼の腕の中へ収まった。浴衣姿の隆康さんはいつもと雰囲気が違って妙に緊張してしまう。ゴルフの時は何も思わなかったのに……いや、あの時は下着のことしか考えていなかったからかもしれないけれど。
 隆康さんは私の髪を優しく撫でると、そのまま後頭部を掴み、唇を塞いだ。優しい口付けは段々と激しいものに変わり、隆康さんの舌が私の口内を犯す。それに応えると、隆康さんの手が腰に回される。思わず声を漏らしそうになるが、窓を開けていることを思い出しなんとか堪えた。

「……さくら、浴衣、似合ってる……」

 そっくりそのままの言葉を隆康さんに返したかったが、私の口は再び塞がれた。唇と唇が触れ合う音が外の喧騒を打ち消すかのように、私たちの耳には大きく、いやらしく聞こえる。
 唇が離れると、隆康さんは私の項に唇を這わせた。

「……んっ」
「綺麗だ……」

 耳元でそう囁かれ、全身に熱が広がる。

「……お願いがあるんだけど」
「何ですか……?」

 隆康さんが珍しいことを言う。何だろうと顔を覗き込むと、彼は恥ずかしそうに口を動かした。

「今日はこのまま……抱かせて欲しい……」
「え……」

 さっき沢山汗をかいたので、出来ればシャワーを浴びたい。しかし……そうなると、私も隆康さんもせっかくの浴衣を脱ぐことになってしまう。非常に難しいお願いだった。

「……汗、かいたから……」
「そう言うと思ってた……」

 予想通りの答えが返って来たからか、隆康さんはクスッと笑った。そんな仕草にもいちいちキュンとしてしまう。

「……でも、俺……我慢出来そうになくて……駄目?」

 少し苦しそうな顔をして冗談っぽく言う隆康さんが凄く色っぽくて、私の脈はどんどんと早くなって行く。狡い。そんな顔で強請られたら断れない。

「わかりました……」
「……本当?」
「はい……」
「……やったー」

 隆康さんの喜び方が子供のようで、思わず笑ってしまった。彼も恥ずかしそうに笑うと、いそいそと窓を閉めに行く。そして、私をソファに座らせると、自分は床に膝立ちになった。

「あ……でも、浴衣、皺になっちゃうかな……」

 やる気満々だった癖に変なところで気を使う。でも、そういうところが好き。

「洗濯機で洗えるから大丈夫ですよ……お好きなように」
「……そっか」

 隆康さんは安心したように笑うと、再び私の唇に自分の唇を重ねた。ヌルッとした舌の感覚とお酒の味、隆康さんの汗の匂いが私の頭を掻き乱す。どうして、この人の香りは私をこうも惑わすのか。不思議だ。
 唇を離すと、隆康さんが私の浴衣の合わせに触れ、懐に手を滑らせる。

「あ、和装ブラ付けて……」

 私はそう言いかけた瞬間、思い出す。違う。和装ブラじゃない。和装ブラはタンスを漁ったのに何故か見付からなくて、結局……

「……えっと」
「――っ……!」

 遅かった。隆康さんは私の浴衣の合わせを、肌襦袢ごとグッと勢いよく開いた。その瞬間、彼の目の前に、頂に絆創膏が貼られた二つの胸が姿を現した。
 和装ブラが見付からないので、乳首に絆創膏を貼って凌いでいたのを直前になって思い出すなんて……私の顔は恥ずかしさのあまり沸騰しているのではないかというくらい熱かった。きっと真っ赤になっているだろう。あまりの恥ずかしさに、顔を手で隠す。
 しかし、その手は隆康さんによって退けられてしまう。

「これは……?」
「……わ、和装ブラが見付からなくて……でも、普通のじゃ胸が目立っちゃうから付けられなくて……応急処置で……」
「あ……そういうことか……」

 他にどういうことがあるというのか。勝手に一人で納得した隆康さんはホッとした様子で口を開く。

「怪我したのかと思った……」
「そんなわけ……」

 どうやったら両方の乳首だけ怪我をするのか。変な反応をする隆康さんに私は思わず笑ってしまったが、本来なら私が笑われる側だ。
 すると、隆康さんはその絆創膏が貼られた胸を凝視する。なんだか少し息が荒い気がするのは気のせいだろうか。

「……どうかしました?」
「……さくら、俺さ……」

 少し溜めて、隆康さんは言った。

「……変な性癖に目覚めそうかも」
「……は?」

 気のせいではなかった。顔を真っ赤にしてそう言う彼に、私も少し興奮を覚えた。
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