9 / 15
愛を誓うならヤドリギの下で 9
しおりを挟む年が明けてすぐに行われた進級試験を無事に通過して新学年での新学期を迎えたシュカは、おずおずと覗き込んだ教室にアッシュがいることに気付いて駆け寄った。アッシュの鮮やかな赤毛はどこにいても見つけやすい。
「アッシュ君、また同じクラスになれたね」
「そうみたいだな。また一年、よろしく」
「うん。僕のほうこそよろしく」
新しい学年になって生徒の入れ替えはあったものの半分ほどは見知った顔だ。
何となく緊張も解れ、シュカはアッシュと一緒に講堂へと向かいながらこれからの一年に思いを馳せていた。
去年は魔術の知識を学ぶため筆記での授業ばかりだったが、今年からはいよいよ実地での授業がはじまる。何よりシュカが楽しみにしているのは自分専用のロッドを手に入れることだ。
ルクシウスのロッドを持たせてもらえてからというもの、魔術師の証でもあるロッドへの憧れは日増しに強くなっていた。
「ロッドってどうやって作るのかな…ドキドキするね」
「ああ。柄にもなく緊張してしまいそうだ」
講堂に入りクラスごとに割り当てられた席へ座ったが、まだあちこちから密やかな話し声が聞こえている。シュカもアッシュと小声で会話をしながら教師達が壁際に並ぶのを横目で見た。
校長が壇上に上がったことで講堂は静まり返る。
始業式より一足早く入学式を済ませた新入生への激励と新学期に対する意気込みを語った校長が、続いて新任教師を紹介する。クラスごとの担任教師が簡単な挨拶をし終わると、次は担当クラスのない各教科の教師達が壇上に上がった。
何となしに隣に座ったアッシュの横顔を見たシュカは驚いた。どうしたことかアッシュは顔を蒼褪めさせ、膝の上で握り締めた拳を小刻みに震わせている。
「アッシュ君、どうかしたの?」
「いや…気分が、少し…」
「ど、どうしよう…医務室に行こうか?」
微かに首を横に振ったアッシュは睨むように壇上を見つめている。シュカもそちらに目を向けてみるが、新しく赴任してきた精霊学の教師が淡々と挨拶をしているだけだ。
やや長い黒髪をひとつに括った男性教師はにこりともせずに挨拶を終えると次の教師にその場を譲る。しかしもうシュカの耳には教師の言葉など入らなかった。
始業式が終わり、生徒達が連れ立って教室に向かう波に乗ることもせず、シュカは隣で顔色を悪くしたままのアッシュから目を離さない。やがて立ち上がったアッシュに付き添い、ゆっくりと講堂を後にする。
「アッシュ君、医務室に行こう。まだ少し顔色が悪いよ」
「…大丈夫だ。教室に戻ろう」
「でも…」
心配で足を止めるシュカを振り返ったアッシュは辺りに目を向け、ひと気の少ない廊下の隅へと移動する。
「心配をかけてすまなかった」
「ううん、気にしないで。それよりも本当に大丈夫なの?」
「ああ。少し…動揺しただけだ」
「動揺?」
彼が何に動揺したのかわからず首を傾げるシュカを見て仄かに苦笑したアッシュは壁に背中を凭れさせ、無言で床に視線を落とした。
新学期にはしゃぐ生徒の声が微かに反響して聞こえてくる。
「赴任してきた精霊学の教師…」
「えーっと、ジークフリート先生だったっけ?」
「そう。あの男…ジークフリート・クーガーは……俺の婚約者なんだ。まさかこんな場所で顔を合わせることになるなんて…」
本来なら婚約者と学校で顔を合わせられるなんて喜ばしいことのはずなのに、アッシュは顔中に苦悩の色を浮かべている。
両手で顔を覆い隠したアッシュにかける言葉が見つからないまま、シュカは俯いてしまった彼の肩におずおずと手をかけた。
年に数度しか顔を合わせず会話もほとんどしたことがないというアッシュの婚約者が新任教師としてやってくるなんて、偶然にしてしまうには出来すぎのように思う。
「…すまない。そろそろ本当に教室に戻ろう」
「大丈夫?」
「ああ」
少しだけマシになった程度の顔色のアッシュがぎこちない笑みを浮かべた。
教室にはまだ教師は来ておらず、誰も遅れて戻った二人を気にしていない。そのことにシュカは少しだけ安堵して、疲れたように椅子に座るアッシュの傍にしゃがみ込んだ。
「よりにもよってアイツが精霊学の教師だなんて、皮肉もいいところだ」
「どうして?」
「俺は精霊魔術が使えないんだ。何故なのか理由もわからない。ただ、どうしても精霊は俺に力を貸してくれない…」
以前ルクシウスから聞いたことがある。
精霊と相性が良すぎる人もいれば、その逆にどう足掻いても精霊から好かれない人もいるのだと。
「やはり俺は…相応しくないんだな」
「そんなことないよ」
気休めにもならない言葉をかけることしかできないまま、シュカは教室に入ってきた教師を見つけて渋々自分の席に戻る。
教師は今日からはじまる一年間の大まかな予定を告げたあと、生徒達を教室から連れ出した。
これから自分専用のロッドを選ぶのだと興奮するクラスメート達に紛れてシュカはアッシュと並ぶ。顔色の悪さは変わらず、思い詰める表情にシュカまで胸が痛い。
案内された広い教室には既にロッドの職人らしき人が集まっていた。
職人が一人ずつ生徒につき、ただの木の枝にしか見えない棒を端から順に持たせている。その光景に、シュカは以前ルクシウスと一緒に出かけた商都で立ち寄った宝飾品店でのことを思い出した。
先にアッシュが呼ばれてとっかえひっかえ木の棒を持たされているのを眺めていると、程なくしてシュカも呼ばれ、まだ加工されていない木の棒を代わる代わる持たされた。
全体が緩くくねっている棒を持った時、シュカはもしかしたらと思い付いて顔を上げる。
「もしかして、これってツタですか?」
「ええ、そうですよ。よくおわかりで」
「ツタのロッドを持っている人が身近にいるので覚えてたんです。これ以外はわからないんですけど…」
「そうだったんですね。ツタは巻き付いて生長する植物で、形状に合わせて柔軟に形を変えるところから、どんな状況にも柔軟に対応できるロッドになると言われています。それに比較的、従順な子が多いですね」
職人にとって丹精込めて拵えたロッドは子供のようなものなのか、シュカの対応をしてくれている女性は、今はまだただの木の棒でしかないロッドの元を手にしてにこやかに微笑んだ。
ルクシウスも自分のロッドを従順だと言っていたし、まさにそのとおりだ。
「うーん、そうねぇ、あなたには……若いシラカバの枝がいいかしら」
シュカが手にしている棒は白い木肌に散った小さな黒い斑点が特徴的だった。幾つか持った他の枝よりもしっくりと手に馴染んでいるように感じるのは気のせいだろうか。
「私達が責任を持って、あなた専用のロッドに仕上げますからね」
「はい、よろしくお願いします」
相性診断が終わった順に教室に戻り、全員が揃うまでは実習だと教師に言われているが、実際には実習とは名ばかりの自由時間だ。
廊下に出るとドアのすぐ傍にアッシュが立っていた。待っていてくれたのかと気付いて嬉しくなる。顔色も少しは回復したようだ。
「シュカのロッドは何だった?」
「僕はシラカバだって言われたよ。アッシュ君は?」
「ヤナギだそうだ。互いに、どんな仕上がりになるか楽しみだな」
「うん」
先に戻っていたクラスメート達の話し声が聞こえてくると、アッシュは小さく息を吐き出した。それが聞こえたシュカは彼に視線を向ける。
自分の前では笑ったり照れたりと歳相応の豊かな表情を見せてくれるようになったけれど、他の誰かがいる場所ではアッシュは依然としてフォール家の人間らしい高貴さを漂わせている。
「そんなに心配しなくても俺は平気だ」
眉尻を下げていたシュカの髪をわざとぐしゃぐしゃに撫で回したアッシュが教室のドアを開けた。伸ばされた背中には、先ほど見せた苦悩など微塵もない。
どんな時でもそつのない振る舞いをし続けることは重すぎる枷になっているのではないだろうか。そう思ってもシュカには何かができるわけでもない。
「たまに愚痴を聞いてくれるだけでいい」
少しだけ振り返ったアッシュがそう囁く。シュカは頷いて、滲みそうになる涙を堪えた。どうしてアッシュだけがこんなにも苦しまなくてはいけないのだろうか。
その日はロッドの材質を選んだだけで他に授業はなく、シュカは早々に帰っていったアッシュを見送ると足早に図書館に向かった。
本の整理をしていたルクシウスを見つけるなり背中に抱き付くと、ルクシウスは少し驚いた様子で、けれどすぐにへばりついているのがシュカだと気付いて体勢を変える。
正面から向き合うようにやや膝を折ったルクシウスの瞳が優しい気遣いの色を湛えていることに気付くと、シュカの目には耐え切れず涙が滲んだ。
「何かあったんだね?」
「はい…」
人目を憚る余裕もなく、短く頷いた声が引き攣る。
ルクシウスは関係者以外入れないはずの書庫へとシュカを入れてくれた。
「私に話せることかい?」
「はい…。あの…いきなり抱き付いたりしてごめんなさい。他の人がいるかもしれなかったのに」
「気にしなくても大丈夫だよ。それよりも何があったか話してごらん。私はシュカが泣きそうな顔をしているほうが気になって仕方がないんだ」
何となく情けない気分になったシュカは膝の上で拳を握り、勝手に話してしまうことを申し訳なく思いながらも口を開いた。
新しく赴任してきた精霊学の教師がアッシュの婚約者だったことと、アッシュが精霊魔術を使えないということを話すと、ルクシウスはやや難しい顔をする。
「そうか…彼の心情を思うと随分と複雑だね」
「はい。でもアッシュ君は本当にもう諦めてしまってるみたいで、何とかしてあげたいのに、僕には何もできないし…」
精霊から好かれない体質はルクシウスにだって変えることができない。なのに、アッシュが弱々しく吐き出した声が耳の奥に甦ると、どうにかしたいと切望する気持ちばかりが膨らんだ。
「しかし、そこまで精霊に好かれない体質になるには、それなりに理由があってもいいはずなんだが…」
「理由?」
鸚鵡返しに聞くと、ルクシウスが小さく頷いた。
「わざと精霊が嫌がることをしただとか、精霊との約束を反故にしただとか、余程酷いことをしない限り精霊は人間に対して友好的な存在なんだよ」
「そういうところは人と同じなんですね」
「ああ、そうだね。あのヤドリギの精霊も、人に枝を折られたにもかかわらず私には最初から好意的だったからね」
「そう言われてみれば…!」
ルクシウスだけでなく、たくさんの人の命を救ってくれたヤドリギの精霊は、元はと言えば人が枝を折ったことで消えてしまう寸前にまで弱っていたのだ。
「アッシュ君が精霊魔術を使えないのは、アッシュ君が嫌われるような何かをしたんじゃなくて、別の理由があるのかもしれないってことですね」
「そのとおり」
生真面目が過ぎて不器用ではあるけれど、アッシュが優しい心を持っていることはシュカもよく知っているし、そんな彼が精霊から嫌われるようなことを故意にするとは思えない。
僅かながらに希望を見出せた気がして顔色を明るくしたシュカは勢いよくルクシウスに抱き付いた。シュカのそんな現金な態度にも動じず、ルクシウスはしっかりと抱き止めてくれる。
入った時と同じようにこっそりと書庫から出ると、シュカはまだたっぷりと余裕がある閉館までの時間を精霊について書かれている本を読み漁ることに費やした。
精霊に愛された少年の物語や、精霊からこっぴどく嫌われた強欲な王様の話。
古来より人と精霊が強い結び付きで共存してきたことを書き残した本は無数に存在する。
夢中になって読み耽ったシュカはルクシウスから閉館時間が近いことを告げられると、もう少しで読み終わりそうな本の貸し出し手続きを慌てて済ませた。
空にはまだ冬の星座が輝いているが、それもあと二ヶ月ほどで見えなくなるだろう。
丸々と着膨れているラランを見て呆れた顔をするジアスにも手を振り、シュカはルクシウスと共に歩き出した。
「何か解決のヒントになりそうなものは見つけられたかい?」
「やっぱりルクシウスさんが言ったとおり、すべての精霊から嫌われた人は相当ひどいことをしてました。アッシュ君がそんなことをしたとは思えないし、別の理由で精霊魔術が使えないんだろうってことだけは確信しましたけど、今はまだ何とも言えないです」
「そんなにも手放しで信用しているシュカを見ていると少し妬けてしまうな」
言葉の意図が読みきれずに傍らの恋人を見上げたシュカの頭を大きな手のひらが撫でた。そうされてようやくシュカはルクシウスの言葉の意味を微かに理解する。
シュカは慌ててルクシウスに抱き付いた。
「僕が一番好きなのはルクシウスさんですっ」
こういったスキンシップにももう随分と慣れたものだが、相変わらずルクシウスへの想いが色褪せることはない。それどころか日ごとに強くなっている気さえするのに、他の誰かに目移りするなんてありえない。
「アッシュ君は大切なお友達です」
「…すまない。大人げないことを言ったね」
「いいえ、いいんです。そんなふうに言ってもらえて、実はちょっと嬉しかったから」
さっきの言葉の元になったのが嫉妬と言えるほど強い感情ではなかったにしろ、ルクシウスが自分に対して独占欲のような気持ちを持ってくれていることには違いないはずだ。
むずむずした気分で込み上げる笑いを堪え、シュカはしがみ付いた腕に力を込めた。
自分ばかりが好きなのかもしれないと泣くほど悩んでいた頃が懐かしく感じるほどに、今のシュカはルクシウスから愛されている自覚を持っている。そういう意味では自分が大人になれたように感じられた。
ルクシウスの家のドアを潜るなりシュカは真正面から抱き竦められ、閉じ込めるように力が篭る腕の中であたふたと顔を火照らせる。
「ルクシウスさん…?」
このくらいのことで動揺してしまうなんて大人にはまだ程遠い。
ついさっき少しは大人になったのではと考えたのにこの様だ。いとも容易く動揺してしまう自分が情けないと思うのに、シュカはジャスミンの香りにときめく鼓動を静めることもできなかった。
「…すまなかった。一先ずお茶でも飲もうか」
「は、はい」
唇を指先で撫でられて、再び鼓動がひとつ期待で跳ねる。なのにルクシウスはそれ以上近付こうとはせずにキッチンへと向かおうとした。
シュカは咄嗟に、ゆったりと翻ったローブを捕まえる。
「し、しないんですか…? その…き、キス…」
きっと耳まで真っ赤になっているはずだ。いたたまれなさに俯きながら、それでも紡いだ声はルクシウスに届いただろうか。
「それなら、この間みたいにシュカからしてくれるかい?」
「えっ?」
飛び上がるほど驚いたシュカは目を丸くする。
ルクシウスの誕生日には唇の横にキスをするのが精一杯だったのに、クリスマスの翌日、予定を随分と早く切り上げて帰って来てくれたルクシウスが愛しくて、シュカは初めて自分から彼の唇に唇で触れた。
身体から愛しさが溢れてどうしようもなくて、その時ばかりは羞恥心もすっかり忘れていた。
でも今はそうではない。
仄かに笑いを含んだ瞳で見つめられて首まで真っ赤にして俯いたシュカの視界に、キスを待つために床に膝をついたルクシウスが映り込む。
「目は閉じておいたほうがいいのかな」
「ぅ……」
ブルーグレーの瞳が目蓋に隠された。
だからと言ってすんなりと唇を寄せるなんてできず、シュカは不機嫌な仔犬のように小さな声を上げて葛藤する。
ルクシウスのことは好きだ。彼に触れることも触れてもらうことも好ましいし、触れ合ったところから体温と喜びが広がって胸の奥がふわふわする。
隙あらばルクシウスとくっついていたいし、恋人同士の愛情の篭ったキスの心地良さだってもう充分に知っているけれど、それを自分から仕掛けるとなると難易度は一気に高くなるのにルクシウスは目を閉じたまま待っている。
血流に乗って指先にまで流れ込む羞恥心で全身から汗が吹き出そうだ。身体のあちこちで鼓動が激しく脈打っている。
「っ…」
ごくりと息を飲んだシュカはおずおずとルクシウスの肩に手を置いた。膝をついたことで位置が低くなったルクシウスにゆっくりと顔を寄せる。
目を伏せた恋人の顔をこんなにじっくりと見つめたことはない。
最近、自分よりもずっとずっと年上の彼を可愛いと思うことが増えただなんて場違いなことを頭の隅で少しだけ考える。今日だってやきもちを焼いてくれた。それを思うと、きゅうきゅうと甘酸っぱい感情が胸を満たしていく。
シュカはますます身を屈めて顔を近付けた。
(ああ、僕…この人のことが世界で一番好きだ…)
シュカは切ないほどに溢れる気持ちを込めてルクシウスの唇にささやかなキスをした。皮膚がほんの少し掠めただけのキスだったが、今のシュカにはこれが精一杯だ。
目を開けて立ち上がったルクシウスは、泣き出しそうに眉を下げたシュカの真っ赤な頬に手のひらを滑らせる。
「好きだよ、シュカ」
「ぼ、くも…」
固く握り合って重なった手のひらから、触れ合った唇から、この世界の幸福をすべて集めたようなあたたかさに満たされていく。
呆気ないほど簡単にお茶のことなんて忘れて、時間の許す限り、シュカはルクシウスとキスを交わし続けた。
それでも学校に行けばシュカはアッシュのことばかり気になった。
アッシュはとうとうはじまった精霊学の授業があるたびに何かしら理由をつけて、その時間だけ欠席するようになり、シュカの心配はますます募る。
そんなふうにしてひと月ほどが過ぎた頃、ついにロッドが完成したと学校に届けられた。
一学年分のロッドを拵えるのは相当骨が折れるだろうに、職人が総出で作り上げてくれたロッドはどれも丁寧に作り込まれていて、握ると想像以上に手に馴染む。
自分のためだけに作られたシラカバのロッドは目立つ木目もなく柔らかな印象だった。
シュカは抑えきれない興奮を隠せないまま視線を巡らせてアッシュを見る。ヤナギを使ったアッシュのロッドは黄色みが強く、シュカのロッドよりもずっと硬質な印象だ。
「ロッドは授業以外で使わないように」
教師は何度も繰り返し同じことを言って、真新しいロッドを手に騒いでいる生徒達を諌めた。
授業が一区切りつくと、シュカはアッシュの席へと駆け寄った。
次は精霊学の授業がある。この一ヶ月、アッシュは精霊学をまともに受けたことがない。どんな理由であれ、単位が取れないと進級することができなることくらいアッシュも知っているのに。
「…アッシュ君」
ただ名前を呼ぶことしかできないシュカに向けて笑いかけてくれたが、疲れきった人のような覇気のない表情に不安は膨らむばかりだ。
「そんな顔をするな。授業くらい、ちゃんと受けるさ」
ロッドが手元に届いてからは実際に魔術を使う授業が増える。しかし精霊魔術だけが使えないアッシュが感じている不安はシュカの想像を遥かに凌駕しているだろう。
時間は無情にも過ぎて、精霊学の教師であるジークフリートが教室に入ってきた。
始業式で見た時と変わらず黒髪をひとつに括った彼の姿を見つけた女子生徒が色めき立つ。以前アッシュが「綺麗な人だ」と言っていたとおりの外見だったが、その表情が緩んでいるところを一度も見たことがない。
表情に乏しいせいで作り物めいて見える顔立ちのジークフリートは、授業がはじまると毎回決まって教室をぐるりと見回した。
名前を呼んでの出欠を取らないのが彼の流儀のようだ。ジークフリートに名前を呼んでもらいたい女生徒からは密かに不満の声が上がっているのだが、直接それを抗議するほど勇気のある者はまだ現れていないらしい。
さらにジークフリートの授業は独特だった。板書はしないし質問も受け付けず、淡々と教科書に書かれている精霊の説明を話し、呪文を読み上げて生徒達にも復唱させるだけ。
もっとも初歩的な精霊魔術の呪文を教えられると、皆それぞれのロッドを手にして教えられたばかりの呪文を口にした。
四大精霊の力の発露が目の前で起こり、あちこちから歓声が上がる。
シュカも自分の机の上で小さな旋風が渦を巻いて、やがて静かに消えていくのを呼吸も忘れて見守った。
教室の中でただ一人アッシュだけが強張った顔をしていることに誰も気が付かない。
「すみません…気分が、悪くて…」
ざわめく教室が一気に静まり返る。
集まる視線を赤毛で遮るように顔を伏せたまま、アッシュはジークフリートの答えも待たずに教室から飛び出して行った。
「ぼ、僕っ、様子を見てきます!」
「ああ、頼む」
アッシュを追いかけようと立ち上がったシュカの背中にジークフリートの声がかかる。
教室を出たシュカはアッシュが行きそうな場所を幾つか頭の中に思い浮かべながら音を立てないようにこっそりと廊下を小走りで進む。
ジークフリートは「頼む」と言った。それはアッシュのことを気にしていなければ出ない台詞だ。
教師という立場から出ただけの言葉かもしれないが、それでも少しでも希望があるのなら掴み取る努力をするべきだと思う。いや、そうしてほしいと切に願う。シュカは何ともやるせない気持ちで強く拳を握り締めた。
よく二人で隠れるようにして話をしていた音楽室近くの廊下にアッシュはいなかった。始業式が終わってから弱音を吐き出してくれた廊下の隅にもいなかった。
「…アッシュ君!」
遠目からでもすぐにわかる特徴的な赤毛は、授業で使う薬草を育てている温室の陰に隠れるようにして蹲っていた。ズボンが汚れてしまうことを気にする余裕もなかったのか、アッシュは地面に座り込んで膝に顔を埋めている。
「頼むから放っておいてくれ…」
「ごめんね。それだけはできないんだ」
こんな状態のアッシュをひとりにするなんて絶対に嫌だ。アッシュの心情を思えばシュカの胸も酷く痛む。
精霊魔術の教師として赴任してきたジークフリートは、婚約者であるはずのアッシュにほんの少しの興味も持っていないかのように振る舞った。
例えば廊下を歩いている時に擦れ違っても紫色の瞳がアッシュに向くことはなかったし、一度だけアッシュが勇気を振り絞って声をかけた時もジークフリートは一瞬足を止めこそしたが、そのまま何事もなかったかのように歩き去ってしまったのだ。
その出来事があってからアッシュはもうすっかり自信をなくしてしまった。
婚約者からまったくの他人のように扱われて平気なわけがない。長い年月の間に既に諦めに傾いていた気持ちは見るも無残にズタズタにされたのだ。婚約を破棄するつもりだと言っていたが、このままだと本当にそうなってしまうだろう。
彼のために何もできない悔しさを飲み込みながらシュカはその場にしゃがんで、アッシュの気分が落ち着くのを待つことにした。
不規則な間隔で鼻を啜る音が聞こえる。俯いたままのアッシュに並んで肩をくっつけるように座り直したシュカはぼんやりと空を見上げた。嫌味なくらいよく晴れた空を白い雲がゆっくりと流れていく。
それを幾つ見送った頃か、アッシュがようやく顔を上げた。彼の目は赤く充血していて痛々しい。
「付き合せてすまなかった。今日は、このまま早退させてもらうことにする」
「そっか…うん、わかったよ。先生には僕から伝えておくから」
「すまないな…」
「お願いだから謝らないで。ね?」
縋るようにシュカが言えば、アッシュは一瞬だけ泣き出しそうに口の端を震わせて、それから弱々しく頷いた。
しかし次の日、アッシュは登校してこなかった。
その次の日も、さらにその次の日も、アッシュは学校を休んだ。
「お見舞いに行こうと思うんです」
恒例になった週末のお泊りの夜、シュカはゆらゆらと白い湯気が立ち上るお茶を飲みながらそう呟いた。ルクシウスは無言で書類に向けていた視線をシュカに向ける。
「アッシュ君が怪我をしてるって聞いて…」
「怪我を?」
「はい…。どこを怪我したのかとか、怪我をした理由まではわからなかったから余計に心配で」
アッシュのことが気になって教師に聞いてみたシュカは、彼が怪我をしたせいで休んでいると教えられて心底驚いた。
ジークフリートとのことを気に病んでいるからだと勝手に思い込んでいたせいだ。
「明日、一緒にお見舞いに行こうか」
顔を上げたシュカの頭をルクシウスが撫でる。
「あの屋敷までは距離があるし、せめて馬を借りられればいいんだが」
「ぼ、僕、馬になんて乗れません」
「私と二人乗りすればいいさ」
さも当然のように返されてシュカは目を丸くした。
とんでもなく博識で魔術にも精通していて、さらには馬にまで乗れるなんてすごすぎやしないだろうか。自分の恋人は、もしかしなくてもとんでもない人なのではないかと考えたシュカは、穏やかに微笑するルクシウスの顔を見つめたまま動けなかった。
翌日、ルクシウスは自らの提案に従い、顔見知りらしい農夫から馬を一頭借りた。濃い栗色の馬は、おとなしくて乗り手の言うことをよく聞いてくれると農夫から太鼓判を押された牝馬だ。
慣れた動きで馬に跨るルクシウスに手を引っ張ってもらって生まれて初めて馬に乗ったが、思っていた以上に馬上からの景色は高くて恐怖心が沸いたシュカは不恰好にルクシウスの背中にへばりついたまま動けない。ルクシウスの胴に回した腕には無意識に力が入りすぎてしまう。
「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ、シュカ」
「は、はい…」
怖がっている気持ちが馬にも伝わってしまうと言われてしまっては余計に緊張感が高まる。それでも牝馬は気分を害したり足を乱したりすることもなく、機嫌良く蹄の音を響かせていた。
以前アッシュの送迎の馬車に乗せてもらった時とは違う道順で馬は進んでいく。
少しだけ周りを見る余裕が出てきたシュカがそれを口にすると、ルクシウスは肩越しに振り返ってブルーグレーの瞳を優しく細めた。
「馬に乗りながらのデートなんて洒落ていると思わないかい?」
音を立てそうな勢いでシュカの頬は熱く火照った。大人な恋人は本当に心臓に悪いことばかりする。シュカは恥ずかしさに染まった頬を隠すために広い背中に顔を押し付けた。
砂利道を抜けて川に架かる橋を越えればアッシュの住む屋敷があるレンガ造りの道へと出る。
ルクシウスの背中にくっ付いて体温と振動を感じながら馬上からの景色を見ていたシュカの目が見開かれた。
「…っ、あれ、ルクシウスさん、あれ見てください!」
シュカはルクシウスの背中から身を乗り出して腕を伸ばした。
指差した先、川の中にはシュカが見慣れた赤毛がいる。間違いない、アッシュだ。アッシュは懸命に川底を浚っているようだった。
ルクシウスもそれに気付き、急いで馬を止めた。
馬の背から滑るように降りたシュカは橋の欄干から落ちそうなほど身を乗り出して声を張り上げる。
「アッシュ君! すぐに川から出て!」
ここは水が澄んでいるために浅く見えるが、流れが急に速くなっている場所があることもシュカは知っている。
川の水音の中でもシュカの叫び声に気付いたのか、アッシュが緩慢な動きで顔を上げ、そして泣き出しそうに表情を歪めて首を横に振った。春になったとは言え雪解けの水が多く流れ込んでいる川はまだ相当冷たいはずだ。その証拠にアッシュの顔色はすでに血の気を失っている。
「シュカ、君まで入ったら危険だ。すぐにロッドを取ってくるから、私が戻るまでここで待っていなさい。いいね」
「はい…」
今にも川に入ってしまいそうなシュカに何度も強く言い聞かせてから、ルクシウスは馬の鼻先を自宅へと向ける。放たれた矢のように走り出す馬の蹄の音はあっという間に遠ざかった。
アッシュは水の中でしゃがみ込んで、絶え間なく揺らいではっきりと見ることができない水底を両手で探り続けている。
「アッシュ君、ルクシウスさんが何とかしてくれるから、お願いだから川から出て!」
何度呼びかけても、もうアッシュは顔を上げることさえない。
シュカはどうすれば良いのか必死で頭を巡らせる。けれど良い方法なんてひとつも思い付かなくて、自分の無力さに打ちのめされながらもシュカは諦めずアッシュに呼びかけ続けた。
冷たい水に四肢をつけて這い蹲い、アッシュはまるでもがくように水底を確かめている。
「何か探してるの? だったら僕も手伝うから。だから、お願いだから川から出てよ、ねえ、アッシュ君!」
呼びかけるシュカの声にはいつの間にか涙が混じっていた。
やがてアッシュは力なく頭を垂れて、水の中で動きを止める。橋の上にいるシュカにもわかるほどアッシュの全身が激しく震えている。
強く地面を蹴り上げる馬の足音が耳に届き、シュカは弾かれるように顔を上げた。
「ルクシウスさんっ!」
ローブの裾を翻して馬から飛び降りたルクシウスがロッドを振るよりも一瞬早く、欄干から身を乗り出していたシュカの背後から飛び出した影が弧を描いて川へと落ちた。
派手な飛沫を飛び散らせた影は括った黒髪の先を馬の尾のように揺らし、寒さに凍えて動けなくなったアッシュを力強く抱き上げる。穏やかとは言いがたい川の流れをものともせずに岸に上がってきた人を確かめたシュカは息を飲んだ。
「ジークフリート先生…」
全身から水を滴らせたジークフリートはやはり表情を変えることもなく、抱えていたアッシュを川辺へ下ろした。
シュカは足を縺れさせながらアッシュに駆け寄ると、激しく震えている肩に自分の上着をかけて包む。
「怪我してるのに、どうしてこんなことしたの!」
「……」
シュカがいつになく強い口調で問いただしても答えないアッシュは、それどころか被せられた上着をシュカに押し返すと這うようにして川に向かおうとする。冷え切った身体はすぐにでもあたためなくてはいけないのに再び川に入るなんて自殺行為だ。
「死にたいのか」
それまで沈黙を守っていたジークフリートが口を開く。
放たれた声は厳しく責める色に染まりきっていて、一気に張り詰めた空気に狼狽するシュカの肩にルクシウスが手を置いた。
「答えろ」
なおも迫るジークフリートから顔を背けたアッシュの顎の先から落ちた雫は、川の水かそれとも涙か。
焦れたジークフリートが無言を貫くアッシュの手首を掴んだ途端、アッシュの口からは苦痛を訴える声が漏れた。右の手首を押さえる左手の隙間から、緩んで解けた包帯の端が覗いている。
「もしかして、怪我…って、そこ?」
そこは婚約者と揃いの痣があるのだとアッシュが言っていたのと同じ場所だ。嫌な予感がする。シュカの頬からは血の気が引いた。
ルクシウスがアッシュの袖を捲ると、そこには目を背けたくなるほど状態の酷い火傷が姿を現した。真っ赤に爛れた傷口には剥がれかけた表皮が辛うじて残っているだけで、今にも破裂しそうな歪な水脹れが幾つもできている。
アッシュはルクシウスの手を振り払うと睨むように川を見つめた。
「自分で焼いたのか。俺と揃いの痣を」
「あんたとの婚約は破棄する。そう言ったはずだ。…俺はあんたに相応しくなかったんだから」
睨むように開かれた目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
よろけながらも立ち上がったアッシュは頑なに川に近付こうとする。
「あれさえあれば…生きていけるんだ。あの指輪さえ、あってくれれば……」
「そっか、川に指輪を落としたんだね? そうなんだね?」
シュカの問いかけにアッシュは頷いた。何度も何度も頷いて、そのたびに頬に涙の雫を散らした。
あの指輪に込められたアッシュの想いを考えるとたまらなく切なくなる。寒さのせいだけでなく肩を震わせるアッシュにもう一度上着をかけ、シュカはそのままアッシュを強く抱き締めた。
そんなシュカの肩に手をかけたのはルクシウスだった。
「落としてしまったのはどんな指輪なのかな」
「銀色の…オモチャの指輪だ。古くて、子供だましの作りの…。だが、俺にとっては唯一の、大切な思い出なんだ」
ロッドを片手にしたルクシウスを見上げたシュカは息を吸い込んだ。ドキドキと鼓動が勝手に速度を増していくのがわかる。
俯いて涙を零すアッシュの肩を力強く掴んで顔を覗き込んで視線を合わせたシュカは、高鳴る鼓動に頬を染めながら確信を持って言った。
「アッシュ君、大丈夫。指輪は見つかるよ。だってルクシウスさんがいるんだから!」
ルクシウスが掲げたロッドの先に仄かな光が灯り、幾つもの光の玉になって川の水面へと散った。
「失せ物探しは風の魔術の得意分野だからね」
緑から白へ、黄色から青へ。目まぐるしく色や濃淡を変化させるたくさんの光の玉が、水底を探るように浮遊を繰り返して飛び回る。
やがて水面に触れるか触れないかの高さを飛び交っていた光の玉は動きを止め、一箇所に集まってひとつになった。そのままゆっくりと水中に沈んだ光の玉は、少しして水面まで戻ると鳥の形に変化して軽やかに羽ばたき、固唾を飲んで岸で見守るアッシュの元へと真っ直ぐに飛んでくる。
輪郭だけの光の鳥はアッシュが差し出した手のひらの上で泡のように弾けて消え、あとには指輪が残った。
「これ…これだ。これさえあれば、もう充分だ」
顔を歪めて涙を零しながらそれだけを繰り返すアッシュに、シュカはそうじゃないと言いたかった。
本当にアッシュが心の底から望んでいる幸せは指輪ではないはずだ。けれどそれをどんな言葉で伝えれば良いのかわからず、シュカは悔しさを噛み締めながらアッシュの肩を抱き締める。
「それにしても随分と変わった婚約者殿だ」
「わかるのか?」
「まあ、多少はね」
シュカはアッシュを抱き締める腕から力を抜かないまま頭上を飛び交う会話に耳を澄ませた。ルクシウスの落ち着いた色の瞳と視線が交わり、大きな手のひらがあやすように頭を撫でてくれる。
その一方でジークフリートは身体を震わせているアッシュを静かに見下ろしていた。
「その指輪、まだ持っていたんだな」
「当たり前だ。だってこれは…!」
憤慨して顔を上げたアッシュは、傍に膝をついたジークフリートの懐かしそうな、驚くほど穏やかな眼差しに言葉をなくした。
アッシュと共にシュカの心臓までどきりと跳ね上がる。慌ててアッシュから離れたシュカは訳知り顔の自分の婚約者にしがみついた。アッシュを抱き締めたせいで濡れた服の冷たささえ忘れてしまうほど胸が騒いで苦しい。
しかし、これはきっと良い予感のざわめきのはずだ。
「指輪を贈るのは俺の役目のはずなのに、まだ子供だったお前に先を越された俺の悔しさがわかるか」
拗ねた子供のような台詞を吐いたジークフリートを見上げるアッシュは、ただただ困惑を顔に浮かべている。今までほとんど接触もなく、学校でも他人と同じ振る舞いをされ続けていればそんな反応になるのも仕方がない。
「婚約者殿。話が通じていないようだから、まずは説明しては?」
「ああ…そうか。アッシュは俺の特異体質については聞いていないのか」
「特異体質?」
図らずもシュカとアッシュは声を揃えるが、アッシュがくしゃみをした途端ジークフリートが顔色を変えた。
「濡れたままだったな、そのままでは風邪を引く」
言うが早いか、ジークフリートはアッシュに向けて微かに息を吹きかける。
雫が滴るほど濡れていたアッシュの全身を熱を孕んだ風が包み込み、それが消えるとアッシュは目を白黒させながら自分の身体を確認した。濡れそぼって束になっていた赤毛の先まですっかり乾ききっている。
「あんなに濡れてたのに、どうして…」
「魔術、なのか?」
「これは魔術というより、精霊の恩恵かな」
アッシュの問いかけに答えたのはルクシウスだった。
頷いてそれを肯定したジークフリートが話を続ける。
「俺は生まれつき精霊の力を肉体に宿していたそうだ。そのために幼い頃は力を抑えきれずに周りを傷付けることも多くて、屋敷に閉じ込められて育った。外に出ることは一切許されず、俺の世話をさせられていた使用人はもちろんだが、両親でさえも俺を恐れて必要以上に近付こうとはしなかった」
淡々と語られるには重苦しいジークフリートの生い立ちを知らなかったのだろう、アッシュも黙って耳を傾けている。
「寂しいとか、そういう感情はなかった。俺の周りにはいつも精霊達が集まっていたからな。それがますます俺の周りから人を遠ざけてもいたが…。身体が成長するにしたがって次第に力を制御できるようにはなっていたが、学んだところで他人は俺を恐れるだろうと思い込んでいた俺はあまり熱心にその力をより抑える術を学ぼうとは思っていなかった」
そこまで言って一旦口を閉ざすと、ジークフリートは静かにアッシュの頬に手を伸ばす。
アッシュは逃げることもなく、伸ばされた手が自分を傷付けるはずがないと確信しているように、指先に躊躇いを残したジークフリートの手を受け入れた。
「だが、生まれて初めて招かれた本家でのパーティーで、俺はお前に出会った」
「俺の…八歳の誕生日パーティー?」
「そうだ。お前は俺がどんな人間かも知らないのに、無邪気に駆け寄ってきて、手首に浮かんだ俺と揃いの痣を見せてくれた」
その日のことを思い出したのか、ジークフリートが目を細める。
アッシュがずっと大切に記憶していた出来事はジークフリートにとっても強い記憶のはずだ。ただでさえ精霊が選んだ者同志に浮かぶ痣を分かち合う二人なのだから。
「俺にオモチャの指輪を差し出して、結婚式の練習をしようと言った時のお前はまるで天使のように愛らしかった。その時、俺はお前に一目で恋をしたんだ」
「嘘、だ…」
「嘘なものか」
否定されたジークフリートは不機嫌に眉間にシワを寄せる。
そんなジークフリートの手を掴んだアッシュは涙を滲ませた瞳で彼を睨み付けた。
「なら、なぜ俺に会ってくれなかったんだ! 年に数回しか顔も見せに来ないし、会話をしたことなんてほとんどなかったじゃないか。学校でだって、あんたは俺を見もしない…!」
「あの頃はまだ精霊の力を完全には制御できていなかったんだ。その状態でお前に会って、万が一お前を傷付けるようなことがあったら…そう考えると会うことさえも怖かった。それでもどうしようもなく会いたくて精霊の力が弱まる日にだけは顔を出したが、お前の声を聞いてしまったら理性が飛びそうで話すことを我慢していた」
真剣な顔でそう言われて、蒼白かったアッシュの頬が赤くなる。
つられてシュカも薄っすらと頬を染め、ルクシウスは「おやおや」と呟いて小さく笑った。
「学校でも声をかけないようにしていたのも同じ理由だ。何年も思うように近付けずにいたお前が、手を伸ばすだけで簡単に触れられる場所にいる。この一ヶ月は毎日、理性を大鍋で煮込まれている心地だった。そんな状態で少しでもお前に触れてしまったら、俺は教師であることを一瞬で忘れるぞ」
あまりにも生々しくて熱烈すぎる台詞にアッシュは言葉を失い、シュカは「ひゃあ…」と小さく声を上げて真っ赤になった顔を両手で覆った。
そんな恋人の初な反応に苦笑を浮かべたルクシウスは馬に蹴られない内に退散すべきかと半ば真剣に考えるが、遠くから少しずつ近付いてきた馬車の音に気付いて顔を上げる。
馬車の扉にはフォール家の紋章が刻まれていて、アッシュの迎えだということは一目でわかった。
「アッシュ様、こちらにおいででしたか!」
御者台から転がるように降りてきたノーランドが彼らしくなく慌てた様子でアッシュの様子を確かめる。ジークフリートの力で服も髪も乾いてはいるが、アッシュの身体はまだ冷えていたようだ。ノーランドは馬車から毛布を取り出してアッシュを隙間なく包み込む。
「お怪我をしているのに部屋を抜け出して…! 皆がどれほど心配したとお思いですか!」
「それは…すまなかった。すぐに戻る」
「待て」
立ち上がりかけたアッシュを引き止めたジークフリートは、緩んだ包帯が絡むアッシュの右手をそっと握る。
「良い機会だ。特訓の成果を見てもらおう」
「特訓とはなんだ?」
「見ればわかる」
言うなり、ジークフリートがアッシュの火傷の上にそっと手のひらを翳した。
仄かな赤い光がジークフリートの手のひらから溢れ、小さな火花のように周囲に弾ける。生命というものが肉眼で見ることができたらこんな色をしているのではないかと思ってしまうくらい、とてもあたたかい光だった。
不意にシュカは先日の精霊学の授業中、誰かが使った火の魔術で似た色の光が迸っていたのを思い出す。
「っ…」
傷が痛むのかアッシュの肩に力が入る。それでも彼はジークフリートの手を振り払いはしなかった。
繋がれた二人の手は、精霊によって結ばれた固い絆のようだった。
随分と遠回りして拗れたアッシュの気持ちはようやくジークフリートに届いたのだ。アッシュの恋の成就を見届けた喜びが沸々と溢れている。そんな自分の心を見透かしたみたいに肩を抱いてくれるルクシウスにシュカはそっと寄り添った。
しばらくして光がゆっくりと消えていく。ジークフリートが手のひら退けると、あんなにも酷かったアッシュの手首の火傷は気配すら残さずに消え去っていた。
精霊が付けたという痣も、シュカが見せてもらった時と変わりない形で元に戻っている。
「これはどういうことだ…?」
「俺の身体に一番強く染み付いている火の精霊の力を使った。命の源である火の力を流し込んで、生き物が本来持っている治癒能力を高めることで怪我を治せるようになった」
「どんな怪我でも治せるのか?」
「それは当人の体力次第だな。たとえ小さな怪我でも、活性化された治癒能力に肉体がついて来れなければ意味はない。まったくの逆効果になることだってある」
「なるほど…。その力をもう少し加減することができれば、体力の落ちた瀕死の怪我人や高齢者の治療もできるかもしれないね」
司書長ではなく魔術師の顔付きでルクシウスが呟いた。
アッシュの怪我が完全に治っていることを念入りに確認したノーランドが小さく咳払いをする。
「皆様、一先ず屋敷へお越しください」
「そうだな、いつまでもここにいるわけにもいかないだろう。馬車には…全員は乗れないか」
「僕はルクシウスさんと一緒に馬に乗ってついていくよ」
シュカがそう言うと、アッシュは頷いてジークフリートと共に馬車に乗り込んだ。
ノーランドが操る馬車に先導されてフォール家の屋敷に着くと、屋敷の使用人達がそれぞれに心配を浮かべた顔でアッシュを出迎えた。
「坊ちゃん、本当に、本当に心配したんですからね!」
シュカも会ったことのある恰幅の良い料理人がおいおいと声を上げて泣いている姿に圧倒されながらも、アッシュは集った使用人達をひとりひとり見回し、そして微笑んだ。
「皆すまなかった。俺はこのとおり無事に戻ったから、もう心配はいらない」
アッシュは後ろのほうに控えていたジークフリートを振り返り、彼に走り寄ると手を引いた。
「皆は知らなかったと思うが、この人はジークフリート・クーガー。八歳の時に見つけた…俺の婚約者だ」
高らかに宣言したアッシュをジークフリートがやや驚いた表情で見つめる。
初めて出会った時と変わらない美しい紫色の瞳を見つめ返してアッシュは微笑んだ。その頬に零れ落ちる雫は透明で、まるで宝石のように光を反射する。
「ジークフリート、やっと…俺を見てくれたな」
その一言に詰め込まれた気持ちはどれほど大きいだろうか。
見ているだけでも胸がいっぱいになり、シュカは軽く鼻を啜った。それから控えめな拍手を贈る。
シュカに倣ってルクシウスが拍手をすると、それはあっという間に広がっていった。
「アッシュ様、おめでとうございます」
「坊ちゃん、本当に良かったですねぇ!」
春の光に満ち満ちた庭園には祝福の言葉と拍手が響き渡り、手入れを欠かさない庭のあちこちで咲き綻んだ花の香りが寄り添う二人を包んだ。
シュカは何となく、意思を持った風がわざと庭の花を揺らして香りを運んだのではと考えた。ジークフリートの身体に宿った精霊の力か、もしくは彼の近くに寄って来た精霊が二人のことをお祝いしてくれたのかもしれない。
もちろんこれはシュカの気のせいかもしれないが、どうしてかそんな気がした。
「アッシュ様、先ほどは随分とお身体が冷えておりました。ジンジャーティーをご用意いたしますので、皆様もどうぞ、お召し上がりください」
ノーランドの言葉に促され、シュカはルクシウスの手を引いて屋敷の中へと足を踏み入れる。
アッシュが着替えをしてくると言って私屋に戻っている間、三人は開放的な作りの部屋へと通された。
大きなガラスの窓から入る光のおかげで室内は上着がいらないほどにあたたかく、シュカはルクシウスと肩を並べてソファに座ってミルクと蜂蜜を垂らしたジンジャーティーを飲んだ。乾燥させたジンジャーを使っているおかげで思ったよりも辛味は少なく、蜂蜜の甘さも相まってとても飲みやすい。
一杯を飲み干す頃には身体の芯からすっかりあたたまっていた。
「ジークフリート先生」
呼ばれたジークフリートが視線だけをシュカに向ける。
「アッシュ君のこと、ずっと好きだったんですね」
「まあな」
ジークフリートはカップから口を離して、ほんの僅かに口の端を吊り上げた。あまり表情が変わらないのは素らしい。
それでもアッシュへの想いを伝えられたことで満足したのか、今のジークフリートはシュカが知っている中では一番人間らしい顔付きになっている気がした。
「すまんが、名前は?」
「シュカ・カレットです。アッシュ君とは去年から同じクラスでした」
「そうだったのか。で、そっちは…?」
「ルクシウス・ブラッドナイトだ。学園の隣にあるリアンフェール図書館で司書長をしている」
「司書長? 魔術師かと思ったが違うのか」
「ルクシウスさんはとっても優秀な魔術師だったんですよ」
ルクシウスの魔術を初めて目の当たりにした興奮が甦り、シュカは頬を微かに赤く染める。
「待たせたな。盛り上がっているようだが、何の話だ?」
ゆったりとした部屋着に着替えたアッシュが顔を出した。
ノーランドはすかさず彼のためのジンジャーティーを淹れてテーブルに置くが、それはジークフリートの隣に座らなければいけない位置で、アッシュは意図的にそこに置いた執事に物言いたげな視線を向ける。
そんなアッシュの手をジークフリートが掴んだ。
「ここに座ればいい」
「あ、ああ…」
躊躇いがちにジークフリートの隣に座ったアッシュは落ち着かない表情で視線を彷徨わせながらもジンジャーティーに口を付けた。
そわそわしているのが丸わかりな彼の様子にこっそりと笑いを漏らしたシュカは、傍らのルクシウスを見上げる。
「さてと、私達はそろそろ失礼しようか」
とうにカップを空にしていたルクシウスが言い、シュカを促して立ち上がる。それに慌てたのはアッシュだ。
「も、もう帰るのか?」
「今日中に片付けなければいけない用事を思い出したのでね」
まだジークフリートの傍にいることに慣れないアッシュが自分達を引き止めようとしているのはわかるが、今の二人には話をする時間が何よりも必要だとシュカも思う。
屋外に出ると、ルクシウスが借りた栗色の馬がすぐに連れてこられた。
素早く馬に跨ったルクシウスがシュカに手を伸ばすより一瞬早く、追いかけてきたアッシュがシュカを呼び止める。振り返ったシュカはアッシュに抱き締められた。
「ありがとう」
短い一言に詰め込まれた気持ちが痛いほどにわかって、シュカは頷きながらアッシュの背中を抱き返す。
「本当に良かったね」
「シュカのおかげだ。感謝している」
「僕は何もしてないよ。でも、アッシュ君が幸せになりますようにってお祈りはしてた。大切な友達だもん」
「友達だと、思ってくれていたのか…」
「うん! 僕はずっとそう思ってたよ」
シュカが力強く頷くと、アッシュは目を丸くした。それからくすぐったそうに目を細めて笑顔を浮かべる。
「友達というのはこんなにも嬉しいものなのだな。シュカ、改めてよろしく」
「僕のほうこそ、よろしくね」
もう一度アッシュと親愛の抱擁を交わしてから、シュカはルクシウスの手に引っ張り上げられて、彼の後ろに座る。
屋敷の敷地から出て、完全に互いの姿が見えなくなるまで、シュカもアッシュも手を振り合っていた。
「丸く収まって良かったね」
「はい。本当に…本当に良かったです」
アッシュの苦悩をずっと見てきたシュカはが感極まって泣き出してしまうと、ルクシウスは胴に回っているシュカの腕をそっと撫でてあやしてくれた。
「ルクシウスさん、急ぎの用事があったんですね。僕が一緒にいると邪魔になっちゃいます、よね…?」
「いや、あれは帰るためのただの口実さ。あの二人には話し合う時間が必要だと思ったからね」
「じゃあ…」
「シュカを構うことが用事といえば用事かな」
「もうっ」
笑いを含んだ声が聞こえ、シュカは子供っぽく頬を膨らませた。
農夫の家に立ち寄り馬を返すと、二人は春の色を濃くした並木道を歩き出す。勝手に弾んでしまう気持ちを隠しきれないシュカの様子にルクシウスが目を細めた。
「僕、ルクシウスさんが魔術を使ったところを初めて見ました」
「そういえばそうだったね。風の魔術はどうだった?」
「すごかったです。もう、それ以上の言葉が見つけられない自分が嫌になるくらい、本当にすごかった」
興奮に震えそうになる声を押し殺しながらシュカは、ぎゅうっと自分の手を握り締める。
優しい色をした光の玉が水面すれすれを飛びまわる光景は幻想的で、自分の目で見ていることが信じられないほどだった。
それからふと思い出す。
「ジークフリート先生のことを変わってるって言ってましたけど、何が変わってたんですか?」
「彼が言っていたとおりのことだよ。彼の周りにたくさんの精霊が集まっていたのが見えていたんだ。生まれつき精霊から極度に好かれやすい体質らしいが、そのせいで随分と苦労したようだね」
「もしかして…先生の体質とアッシュ君が精霊魔術が使えないのって関係あります?」
ルクシウスはシュカを見て意味ありげに口の端を動かした。
「彼があまりにもアッシュ君のことを好きだから、精霊達がやきもちを焼いていたんだよ」
「そう、だったんですか」
シュカは複雑な心境で視線を落とした。
精霊が嫉妬するほどジークフリートはアッシュのことを好きでいたんだと思うと、当事者でないはずのシュカまで気恥ずかしくなる。
「精霊は嫉妬深いところもあるからね。好いた人間には惜しみなく力を貸すけれど、少しでも機嫌を損なえば、アッシュ君のように少しも力を貸してもらえないこともある」
「じゃあ…これからもアッシュ君は精霊魔術だけ使えないんですか…?」
「どうだろうね。これはあくまでも憶測でしかないが、アッシュ君の怪我が治ったところを見ると、火の精霊はアッシュ君のことを受け入れたんじゃないかな。すべての精霊魔術が使えるようになるかはわからないが、少なくとも火の精霊だけはアッシュ君に力を貸そうとはしてくれるはずだよ」
「今のを聞いたら、アッシュ君きっと喜びますね!」
「そうだね。きっと喜んでくれるだろう」
頷いてくれたルクシウスを見上げて、シュカは満面の笑みを浮かべた。
「僕、毎日寝る前にお祈りしてたんです。アッシュ君の恋がうまく行きますように、悲しい顔で笑わなくてもよくなりますようにって」
「そうか、もしかしたら夜の女神が願いを聞いてくれたのかもしれないね」
「夜の女神、ですか?」
聞いたことのない名前に首を傾げたシュカの髪をルクシウスが指先で弄ぶ。
「ここから随分と遠い国の言い伝えだよ。人間が嫌いな昼の神と、人間を愛する夜の女神の物語さ。昼の神は強い光で世界を照らして干上がらせようとしたけれど、助けを求められた夜の女神は暗闇や雨雲を呼んで人々を癒したそうだ。その地域では今でも夜の女神が願いを叶えてくれると信じられているんだよ」
「知らなかったです…。もしそうだとしたら、夜の女神様に感謝しなくちゃ」
そう言ったシュカの言葉を遮るようにルクシウスはそっとシュカの唇を撫でた。
「シュカ、あまり純真なことばかり言わないでくれ。今度は私が精霊に嫉妬される立場になってしまいそうだ」
あまりにも真剣な顔でルクシウスがそう言うものだからシュカはついつい笑い出してしまった。
精霊に好かれてみたい気持ちは否定できないけれど、一番に好きだと思ってもらいたいのはルクシウスなのだから。
シュカが素直にそれを告げると、ルクシウスはブルーグレーの瞳を瞬かせて額を押さえた。
「その願いならもうとっくに叶っているよ」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている
春夜夢
BL
「――誰にも言うな。これは、お前だけが知っていればいい」
王国最年少で宰相に就任した男、ゼフィルス=ル=レイグラン。
冷血無慈悲、感情を持たない政の化け物として恐れられる彼は、
なぜか、貧民街の少年リクを城へと引き取る。
誰に対しても一切の温情を見せないその男が、
唯一リクにだけは、優しく微笑む――
その裏に隠された、王政を揺るがす“とある秘密”とは。
孤児の少年が踏み入れたのは、
権謀術数渦巻く宰相の世界と、
その胸に秘められた「決して触れてはならない過去」。
これは、孤独なふたりが出会い、
やがて世界を変えていく、
静かで、甘くて、痛いほど愛しい恋の物語。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜
中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」
大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。
しかも、現役大学生である。
「え、あの子で大丈夫なんか……?」
幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。
――誰もが気づかないうちに。
専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。
「命に代えても、お守りします」
そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。
そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める――
「僕、舐められるの得意やねん」
敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。
その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。
それは忠誠か、それとも――
そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。
「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」
最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。
極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。
これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。
過去のやらかしと野営飯
琉斗六
BL
◎あらすじ
かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。
「一級になったら、また一緒に冒険しような」
──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。
美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。
それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。
昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。
「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」
寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、
執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー!
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる