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愛を誓うならヤドリギの下で 12
しおりを挟むそんな約束をしてから一週間後、ルクシウスの誕生日を翌日に控えたその日がやって来た。
ルクシウスの家に泊まることを両親から許してもらえたシュカは朝からそわそわと落ち着かず、登校してきたアッシュにも呆れられたほどだ。
「でも良かったじゃないか。心置きなく誕生日を祝えるんだろう?」
「うん。日付が変わった瞬間にお祝いしたかったから、本当に嬉しい」
興奮を隠せないシュカは、手持ち無沙汰に教科書を開いては閉じる行為をもう何度も繰り返している。
「プレゼントは?」
「もちろん、今年はちゃんと用意したよ。それとは別にクッキーも作りたいから、学校が終わったら一旦家に帰らなくちゃいけないんだけど」
「そうなると時間が惜しいだろう。うちの馬車に乗るといい」
「えっ、いいよ、悪いよ」
「遠慮なんかするな。シュカは俺にとって大切な友達なんだ。友達には手を貸したくなるものだろう?」
そう言ってウインクしたアッシュに押し切られる形で、シュカは馬車に乗せてもらうことにした。正直な気持ちを言えば一分だって時間が惜しかったシュカにとって、アッシュの申し出は非常にありがたい。
授業が終わるや否や揃って鞄を掴んで一目散に教室を飛び出していく二人をクラスメイト達は首を傾げて見送った。
アッシュが口添えしてくれたのだろう、馬車はいつもよりも速度を上げて道を進み、あっという間にシュカの家の前に着く。
「ありがとうアッシュ君。もし良かったら一緒にクッキーを作らない?」
「…俺がいて邪魔じゃないのか?」
「邪魔だなんて思うわけないよ。この間も言ってくれたじゃない、お泊りを断られたら一緒にクッキーを作ろうって。お泊りできることになったけど、僕はアッシュ君と一緒にクッキーを作りたいな」
「そうか…なら、その提案には乗るしかないな」
笑いながらアッシュは馬車から降り、シュカも笑いながら「ただいま」と帰宅の挨拶をした。
ミシェーラは突然のアッシュの訪問に嫌な顔をするどころか彼の来訪を満面の笑みを浮かべて迎え、喜んでキッチンを提供してくれた。
まだ若干の手際の悪さはあるものの、アッシュのクッキー作りは一番最初の時に比べると随分と上達している。
「ジークフリート先生には作ってあげたことあるの?」
「いや…なかなか機会を掴めなくて、まだ一度も渡せていないんだ」
「じゃあ、今日はいい機会だね」
「……うん、そう、だな…」
曖昧に頷くアッシュの頬がうっすらと赤い。シュカは伸ばした生地を型で抜きながら小さく笑い声を上げてしまった。横目で睨まれても赤い顔のせいで迫力はない。
プレーン、ココア、ナッツ入りの三種類を型抜きし終わってもまだ少しだけ残っているクッキー生地を見つけたアッシュが指を差す。
「シュカ、これはどうするんだ?」
「そっちには食紅を混ぜて、ピンクのクッキーを作るんだよ」
ごくごく少量の食紅を見たアッシュが「その程度で足りるのか?」と首を傾げる。
初めて母から教えてもらった時の自分と同じ彼の姿に懐かしさを感じながらも頷いてみせた。言葉で説明するよりも実際にやって見せたほうが早い。
一見するととてもではないが足りるようには見えない量の食紅は、あっという間にクッキー生地を愛らしいピンク色に変化させた。目を丸くするアッシュの顔が一年前の自分と重なって、シュカはますます笑いを我慢できなくなる。
「すごいな、あんなに少ない量だったのに…」
「僕もね、一年前にアッシュ君と同じことを言ったんだよ」
顔を見合わせて一頻り笑ったあと、二人はそれぞれ一枚ずつハートの型で生地を抜いた。
天板に生地を並べてオーブンへ入れてしまえば焼き上がるのを待つだけだ。
「さあ二人とも、お茶にしましょう」
「ありがとうお母さん!」
「ありがとうございます。いただきます」
二人の歓声とアップルティーの香りに誘われたのか、仕事に一区切りつけたイーサンも顔を出して四人でのティータイムになった。
シュカとアッシュは授業で習った精霊魔法が本当に素晴らしくて毎回驚くことばかりだと力説し、来年には魔法生物と触れ合う授業が控えていることを今から楽しみにしているとも話した。さらに来年は魔法薬を作るという高度な技術を学ぶことにもなっているのだが、それは考えるだけで緊張で手が震えてしまいそうになる。
そんなふうに話を弾ませているうちにオーブンから香ばしい匂いが漂ってきた。
「綺麗に焼けているわね」
ミシェーラに褒められて、シュカとアッシュは顔を見合わせてはにかんだ。
適度に熱を取ったクッキーを丁寧にレースペーパーとセロファンで包んで、濃い青色のリボンを結ぶ。もちろん中にはピンクに染めたハート型のクッキーを忍ばせてある。
アッシュは四苦八苦しながら紫色のリボンを結んでいるが、どうしても綺麗な形にならなくて悔しそうに眉を顰めていた。そんな彼にミシェーラは丁寧に結び方のコツを教え、何度目かの挑戦の後、アッシュはようやく納得のいく形でリボンを結び付けることができたようだった。
「アッシュ君、またいつでも遊びに来てね」
「はい、ありがとうございます」
「お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい、シュカ。ルクシウスさんにあまり迷惑をかけたらダメよ」
「わかってるってば」
図書館まで乗っていけばいいとアッシュに押し切られ、シュカは再び馬車に乗り込んだ。シュカを、というよりもアッシュを見送りに玄関先まで出てきたミシェーラに手を振られ、馬車はゆっくりと走り出す。
窓から見える外の景色は夕暮れの薄暗さに沈みはじめていて、そんな中を制服と着替えと課題を詰め込んだ鞄を肩から提げたまま歩くのは無用心だったかもしれない。
アッシュはそれを見越してもう一度シュカを馬車に乗せてくれたのだろう。彼はいつだって気遣いを忘れず礼儀正しくて大人びているのに、シュカの向かい側の座席に腰を据えたアッシュは膝の上にクッキーの包みを乗せて落ち着かない様子だ。可愛くて仕方がない。
「アイツは喜ぶだろうか…」
「絶対に喜んでくれるよ」
シュカと同じように一枚だけハート型のクッキーが混ざっている包みを持つアッシュの手は明らかに緊張している。
クッキーにそこまで畏まらなくてもいいと思うのだが、去年の自分も同じだったことを思い出すとシュカは何も言えなくなった。
好きな人に渡すのだから緊張するのは当たり前だ。しかも手作りで、なおかつ一枚だけピンクのハート型のクッキーを混ぜているのだから相手の反応をいろいろと想像してしまうのも仕方がない。
でもシュカは、アッシュの手作りのクッキーをジークフリートが喜ばないはずがないと確信していた。
「大丈夫だよ。だってジークフリート先生はアッシュ君のことが大好きなんだもん」
いつだったかアッシュも同じようなことを言ってシュカを勇気付けてくれた。
それに気付いたのか、アッシュは強張っていた表情を微かに緩める。
「いらないと言われたら無理矢理にでも口に捻じ込んでやる」
「ええ? そんなこと言わないと思うけど」
ジークフリートに対していつもどこか強気な態度をするアッシュだが、どうしてかそれでバランスが取れているのが二人らしくて微笑ましい。むしろアッシュの尻に敷かれていることをジークフリート自身が楽しんでいるようにも見受けられる。まるで自分の両親を見ているような気分になり、シュカはくすくすと笑い声を上げた。
程なくして馬車が図書館の前に止まる。
「アッシュ君、わざわざありがとう」
「いや。俺のほうこそ一緒にクッキーを作れて楽しかった。また明日、学校でな」
「うん!」
遠ざかる馬車をその場で見送っていたシュカは夜の温度を含んだ風に思わず肩を震わせた。逃げ込むように館内に入ると、上着なしでも過ごしやすそうな室温にほっとする。
閉館時刻が近いためか既に館内のひと気は少なく、ラランは返却カウンターの傍で本をせっせと返却用ワゴンに並べていた。
「ラランさん、こんばんは」
「あっ、シュカ君! こんばんは」
ラランはくるくるした亜麻色の髪を揺らして振り返ると、シュカを見て顔を輝かせた。
彼女の仕草はやや大げさではあるが開けっぴろげなところは嫌味がなくて好感が持てるし、対応する相手によって話す速度を変えたり相手の目線に合わせたりと細やかな気遣いができるところは彼女の大きな美点だ。
内心で感心していたシュカは、ラランが大きく膨らんだ鞄を見てにんまりと笑ったことで我に返る。
「もしかして、今日はお泊り?」
「え、っと…その、まあ、そうです」
「そうだよねぇ。だって明日は…だもんねぇ」
皆まで言わずともと言いたげにニヤついた顔で、ラランは真っ赤になったシュカを見ている。
シュカが常に婚約指輪を着けるようになったことだって、顔見知りになった司書の中ではやはりラランが一番最初に気付いたし、明日がルクシウスの誕生日だということも知っているのだろう。
何もかも見透かされていることが恥ずかしくて、シュカはきっと耳まで赤くなっている顔を隠そうと俯いた。
「ララン、仕事の手が止まっているようだが?」
「はいはーい、すみません。すぐに片付けまーす」
シュカは背後から伸びてきた腕に隠されるように包み込まれた。服に染み付いた香りでそれが誰かなんて黙っていてもわかってしまって、ますます耳が熱くなる。
当然シュカの後ろに立っている人物が丸見えのラランの声には反省の色なんてほとんどなく、さらには「お邪魔虫は退散しますね」と言って本を乗せたワゴンを押してどこかへ行ってしまった。
取り残されたシュカはラランに対して少し恨めしい気持ちを抱きながら、自分を後ろから抱き締めている腕にそっと触れる。
嗅ぎ慣れたジャスミンの香りを吸い込んだ胸がきゅうっと音を立てた。
「待っていたよ、シュカ」
おずおずと身体を反転させたシュカは正面からルクシウスに抱き付いた。抱き締め返してくれる手のひらにじわじわと愛しさが込み上げる。
しかし、ここが返却カウンターのすぐ傍だと思い出したシュカは慌ててルクシウスから離れた。
「あ、あの僕、課題をしながら待ってますね」
「わかったよ」
頷いたルクシウスの指先がシュカの唇を掠めていく。
落ち着きを取り戻しかけた頬に再び熱が集まるのを感じながら、シュカは職員用の通用口に近い席に腰を下ろし、鞄から教科書とノートを引っ張り出してペンを走らせる。
自分のロッドを手に入れてからというもの、改めて魔術師に憧れる気持ちはますます強くなっていた。ルクシウスのおかげで身に着けられた知識は多く、授業にもちゃんとついていけていると思うが、それでも不安は尽きないものだ。
現在、この村に魔術師はいない。
シュカの父イーサンはラディアス魔術学校を卒業こそしたものの、魔術師ではなく魔法薬の調合を仕事に選んだからだ。
魔術学校を卒業したからと言って全員が魔術師になるとは限らないのだとルクシウスも言っていた。
父に舞い込んでくるのは、山越えをする商人のための獣避けや豊作のおまじないや家族を災いから守る魔除けの依頼がほとんどで、安眠用の水薬を頼まれるのがごくたまに。
薬草の分量を少し誤るだけで、調合の手順を少し違えるだけで、魔法薬は効果を出さないどころかまったく別の効き目を発揮してしまうことだってあるのだと、まだシュカが幼かった頃、仕事部屋を覗かせてくれた父がいつになく真剣な顔でそう言っていたのを今でもうっすらと覚えている。
課題を終えてノートを閉じたところで閉館準備をする司書達の足音に気付き、シュカは鞄の中に教科書とノートを押し込んだ。
いつもと同じく通用口の横に置かれた椅子に座って、顔見知りになった司書達の動きを何となしに目で追いかける。
自分はどんな大人になるのだろう。
意味合いこそ違えどルクシウスの言葉がシュカの中に小さな波紋を作ったのは事実だが、何にせよルクシウスを好きな気持ちは変わらない。
そんな確信を抱いたシュカは防寒用のローブを纏ったルクシウスを見つけて椅子から立ち上がり、鼻がジャスミンの香りを捉える距離にまで近付いた。
「お待たせ、シュカ。帰ろうか」
「はい」
将来の展望に思いを馳せるよりも、今は数時間後に迫っているルクシウスの誕生日をちゃんと祝えるかが問題だ。
ルクシウスへのプレゼントを入れてある小さな鞄を隠すように抱えたシュカは、訳知り顔で「お先にどうぞ」と帰宅を促すラランやジアスに頭を下げた。
シュカが婚約指輪の着用の許可を校長からもらった日のうちに、ルクシウスも同僚達にシュカと婚約をしているのだと公表していたらしく、シュカは学校でも図書館でも冷やかされるようになった。それらがどれも嫌な反応でなくて良かったと心底から安堵したのはルクシウスには伝えていないけれど、聡明な彼のことだからきっと気付いているのだろう。
外に出ると、真ん丸に近いくらいに膨らんだ月が低い位置で凛とした光を放っていた。
夜の女神は今もどこかで祈る人々の願いを聞いているのかも知れない。そんなふうに思うと月の光はどこまでも優しく、そして背中を押してくれているようにも見えた。
「ルクシウスさん…」
呼びかけながら青白い月の光に照らされたルクシウスの横顔を見上げる。見つめ返してくれる濃い色の瞳を見つめて、シュカは恐る恐る手を差し出した。
「手を、繋いでもいいですか…?」
「もちろんだよ」
指を交互に絡めて握られた手を引かれたシュカはルクシウスの腕に額を擦り付ける。
「収穫祭が過ぎたら、シュカの誕生日まではあっという間だろうね」
静かな声でそう言われ、思わずシュカは指先を震わせた。俯いていた顔を上げるとルクシウスは思いがけず真剣な表情をしていて、何か言おうとして開けた口からは言葉なんて出てこない。
一足先にジークフリートとそういう関係になったアッシュから聞かされた話がシュカの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
未知のことに対しての恐怖心は否定しきれないけれど、心だけでなく身体もすべてルクシウスのものになるということはシュカにとって望ましいことでしかない。普通なら子供としてしか見てもらえなかったはずの自分を一人の人間として見て、恋愛対象として好いてくれて、共に日々を過ごしながらこんなにも慈しんでくれる。
シュカの中に降り積もっていた感情は涙になって溢れていた。
「僕のこと、全部もらってくれますか?」
絡めた指に力を込めたのはどちらだったのだろう。隙間なく重なった手のひらが熱い。
ルクシウスは身を屈め、綺麗な涙に濡れたシュカの頬にキスをする。
「シュカの全部が欲しいよ」
熱を含んだ吐息がシュカの唇を撫で、次いでルクシウスの唇がシュカに触れた。
あたたかい涙が止まらない。ルクシウスを好きになって良かったと叫びたいくらいの衝動が心の奥から次々に湧いてくる。
早く誕生日になれば良いのに。
そうしたら今よりももっと深く繋がれる。ルクシウスを独り占めできる。
今までは少しも意識していなかった独占欲がシュカの奥底から顔を覗かせ、強い衝動を伴ってシュカの中で雄叫びを上げていた。じわじわと火で炙られているみたいに全身が熱い。それはシュカが自覚する生まれて初めての情欲だった。
静かに見つめてくるルクシウスの目に浅ましい欲求をすべて見透かされているかもしれないと、頭の片隅で冷静な自分が恥ずかしがって喚き立てているのに、それよりも強く大きい欲望がシュカの口を動かす。
「僕も…ルクシウスさんが欲しいです」
言葉の中に含まれた想いを汲み取ったのか、ルクシウスは僅かに目を瞠った。その目はすぐに細められ、唇は弧を描く。
獲物に狙いを定めた獣のような顔にさえシュカの中の欲望は揺らがない。それどころかますます煽られて燃え上がる熱のせいでおかしなことを口走ってしまいそうになる。
「いい覚悟だ」
ルクシウスは確かにシュカの欲望を受け取ってくれた。
シュカは繋いだままの手を引かれ、昂った鼓動を鎮めることもできずにルクシウスの家へと足を踏み入れた。
暗かった家に灯りが溢れ、暖炉の熱で冷えた空気があたためられる間でさえ椅子に座ることさえできないほどそわそわして落ち着かない。今からそういうことをするわけではないとわかっていても、自覚してしまった欲求は簡単に覆い隠せるものではなかった。
普段どんな顔をしてルクシウスと接していたのか思い出せない。
「飲むかい?」
「い、いただきます」
すっかり習慣になったミルクティーを飲むと、ようやく肩から力が抜けた。
「えっと…まだ早いけど、誕生日プレゼントを渡してもいいですか?」
「ああ」
アッシュと一緒に作ったクッキーを差し出すと、去年のことを思い出したのか、ルクシウスは僅かに懐かしそうな顔をした。
「ありがとう、シュカ。食事よりも先にクッキーをいただいてしまおうかな」
言いながらルクシウスは、クッキーの包みを持つシュカの腕を掴んだ。
手渡そうとしていたシュカはきょとんと目を瞬かせる。
「シュカの手から食べさせてほしいな」
「えっ!」
「折角の誕生日なんだ、少しくらい我が儘を言ってもいいだろう?」
「あ、は、はい…」
自分だって今まで幾度となく我が儘を聞いてもらってきたのだから、ルクシウスの我が儘だって聞かなくては不公平だろう。腹を括ったシュカは心臓をどくどくと高鳴らせながら、腕を引かれるままルクシウスの膝の上に乗った。
ルクシウスがシュカの手の中にある包みのリボンを解くと甘い香りがふわりと立ち上る。
この状態でクッキーを食べさせるだなんて今にも爆発してしまいそうなくらいとんでもなく恥ずかしいけれど、シュカは勇気を振り絞ってクッキーを摘まむとルクシウスの口元へと運んだ。
ルクシウスは顔を真っ赤に染め上げているシュカを見つめ、口を開いてクッキーを食む。
「うん、腕を上げたね。去年のもおいしかったが、今年のはさらにおいしいよ」
「良かったぁ…」
ホッとしたシュカは二枚目、三枚目とルクシウスにクッキーを差し出した。
合間にお茶を挟みつつ、クッキーはあと一枚が残るのみ。
「…はい、どうぞ」
平静を取り戻しかけていた鼓動が再び騒ぐのを感じながらも、シュカはハート型のクッキーをルクシウスの口元に差し出した。薄いピンク色に染められたクッキーはルクシウスの口の中に迎え入れられ、優しく咀嚼される。
誕生日を迎えたら自分自身もこんなふうにルクシウスに食べられてしまうのかもしれない。早くそうされたいと考えて、身体の奥に再びじわりと小さな火が灯る。
「おいしかったよ。ありがとう」
「はい…」
熱に浮かされたみたいにぼんやりしたまま頷いたシュカは、ルクシウスの胸にくたりと身を任せた。ジャスミンの香りとルクシウスの体温に全身を包まれていると、熱い紅茶に入れた角砂糖みたいに身体から勝手に力が抜けていく。
ルクシウスもシュカをしっかりと胸に抱き止め、柔らかいプラチナブロンドに鼻先を埋めた。
ずっとこうしていたいと目を閉じた瞬間、シュカのおなかの虫が小さく抗議の声を上げた。それは静かな室内では充分すぎる音量で響き、恥ずかしさのあまりシュカは両手で顔を覆い隠してしまう。折角のいい雰囲気が台無しだ。
しかもおなかの音でだなんて、穴があったら入りたいというのは、まさにこのことを言うのだと妙な納得をしてしまう。
ルクシウスが微かに笑う振動は当然シュカにも伝わってきた。
「すまない、私ばかり満たされてしまったからね。食事にしようか」
「…はい…」
羞恥に駆られたままのろのろとルクシウスの膝の上から降りようとしたシュカを遮るように、ルクシウスがもう一度手を伸ばす。
腰を掴まれて引き寄せられ、驚いて振り向いたところにやや強引なキスが落とされた。体勢の悪さから自然と開いた口にルクシウスの舌が入り込んでくる。
「んんっ」
刺激に慣れていない舌の裏側を舐められると勝手に声が漏れた。
ルクシウスの舌にはクッキーの甘さが残っているような気がして、それを追いかけるとぞくぞくとした感覚が腰から背中へと這い上がってくる。
シュカは溺れてしまいそうなほど口の中に溢れた唾液を息を詰めて飲み込んだ。
「は、ふ…」
唇が離れる頃にはすっかり息は上がってしまって足にも指先にも力が入らない。そんなシュカを抱き上げたルクシウスは場所を入れ替えるように椅子に座らせてくれた。
夕食の支度をする後ろ姿はどこか機嫌が良さそうだ。
仕込んでおいたスープをあたためている間にクルミのパンとポテトサラダがテーブルに並ぶ。
シュカのクッキー作りの腕が上がったように、この一年でルクシウスの料理の手際の良さは格段に上がって、元々良かった味もますますシュカの好みになった。口に入れると頬が勝手に緩んでしまう。
それが嬉しいのと同時に悔しくもあって、シュカは心の中でクッキーだけではなく料理も教えてほしいと母にお願いしてみようと決めた。これから一生傍にいるのだから少しでもルクシウスの好みに近付きたい。そんなふうに考えたシュカは密かに頬を赤くした。
食事を済ますと風呂を勧められ、素直に着替えを持って浴室に向かうと、脱衣所にはシュカの分のガウンが置かれていた。
しっかりとあたたまってから風呂をルクシウスに譲ったシュカは、クッキーとは別に用意していたプレゼントの小箱を持って寝室に入る。去年は余裕がなくてクッキーだけになってしまったが、今年はあり余るほどの時間があった。
それでも悩みすぎて時間が足りないと思ってしまったけれど、用意することはできたのだから良しとしよう。
ベッドの傍のサイドテーブルに小箱をそっと乗せて、寝室をぐるりと見回した。引き出し付きの小さな机と椅子、低めの本棚があるだけだ。寝るだけの部屋だから飾り立てる必要はないとルクシウスは言っていたが、些か簡素すぎるようにも思える。
「こっちにいたんだね」
タオルを肩にかけたルクシウスが寝室に顔を見せた。いつも風呂上りは書斎にいるシュカを探してくれたらしい。たったそれだけのことで嬉しくなったシュカはルクシウスに駆け寄り、風呂上りの匂いがするガウンに頬を押し付けた。
日付が変わるまではまだ僅かな時間がある。もうひとつのプレゼントに気付かれてしまうんじゃないかと気が気じゃないが、今から書斎に移動しようとも言い出しにくくて悩んだ末に、シュカはルクシウスのガウンの襟を掴んでキスをねだった。
目を細めたルクシウスにドキドキしながら背伸びをして自分からも唇を寄せる。腰を抱かれて密着した分、唇の重なりも深くなった。
「ん…」
僅かに口を開いてルクシウスを招き入れると舌先をくすぐるように撫でられる。粘膜への刺激に背中がざわつき、震える足からは力が抜けてルクシウスにしがみ付いていないとしゃがみ込んでしまいそうだ。
シュカに息を吸わせるためにルクシウスが唇を離す。唾液で濡れた唇がひやりと冷たい。
抱えられるようにしてベッドに倒されたシュカにすかさずルクシウスが覆い被さると、支柱が小さく軋んだ。
「ルクシウス、さ、ん…」
キスでのぼせた腕を持ち上げることもできず、再び落とされるキスを受け止めるしかない。力の抜けた脚の間にルクシウスの膝が割り込んでくる。
何度も角度を変え貪るように唇ごと舌を嬲られて頭の中が真っ白に染まっていくのに、それは怖いどころか気持ち良くて、シュカはルクシウスが与えてくれる激しいキスに身を委ねた。
沸々と湧き上がる熱は、ここに来る途中で自覚した情欲よりももっとはっきりとした形を成しているような気がする。腹の奥のほうが熱くてたまらない。身体中の血液がそこを目指して流れているように脈打っている。
「な、んか…変…っ」
「変?」
唇の角度が変わるタイミングを見計らって訴えると、ルクシウスはようやく熱く深すぎるキスからシュカを解放してくれた。心配そうに顔を覗き込まれても目を合わせられない。
篭った熱を逃がす術を知らないシュカは涙を滲ませて身を捩ろうとするものの、両脚の間に居座るルクシウスの膝に阻まれる。
手を伸ばして下腹部を隠そうとするシュカの仕草に気付いたルクシウスは僅かに目を瞠り、ガウンの奥を探るように指を潜り込ませてシュカに触れた。
「変なのは、ここ?」
「や…ッ!」
そこはさっきから熱が集まっている場所で、今だってとくとくと脈打っているのに、そんなところをルクシウスに触られてはたまらない。シュカは混乱したままルクシウスの手を捕まえるが、引き剥がすには力が足りなかった。
身体の内側にじわじわと灯った情欲はルクシウスの手指でいとも容易く引き出され、シュカを翻弄し、高く張り詰めた声を上げさせる。
「ヤダぁ、そこ…っ」
「うん。熱くなってるね」
「触らな、ぃ、で」
いつの間にか寝間着の中に入り込んだルクシウスの手が直接肌を撫でたことで、シュカは思わず息を詰めた。自分でもろくに触ったことのない場所を他人の手で触られているという現実に頭がついてこない。
シュカは助けを求めるように、羞恥と困惑に震えた指でルクシウスのガウンに縋った。
「大丈夫だよ、シュカ。怖がらないで」
「ひ、ぁ…あぁ…ッ」
「そう、いい子だ」
「ルクシ、ウスさ、ぁ、ん…っ!」
ルクシウスの腕に抱き竦められて耳元で囁かれていても、ひっきりなしに鼓膜を責める湿った音と、あらぬところを包み込んでいる大きな手のひらの感触はシュカの思考をぐちゃぐちゃにする。
死にそうなほど恥ずかしいのに、それさえ考えられなくなるくらい気持ちがいい。
少しずつ湿り気を増していく音に本能的な怯えが浮かび上がっても、抗うことなんてできなかった。シュカは触り心地の良いガウンを指が白くなるほど強く握り締めて、ルクシウスが手を動かずたびに短い悲鳴を漏らす。
「ア、ぅ、ッん…」
「いい子だね。もっと感じてごらん」
「だ、め…っ、そこ、もう…っ」
背中を駆け上がってくる痺れはシュカの頭の中を真っ白にして、わけもわからぬまま高められた衝動をついにルクシウスの手の中で弾けさせた。
搾り取るような手の動きに断続的に全身を震わせるシュカを一際強く抱き締めたルクシウスは、紅潮した頬に零れる涙を唇で拭い取る。
シュカは荒れた呼吸で胸を上下させながら、快楽の余韻でふやけた指先をルクシウスの頬に伸ばした。鼻先を擦り寄せると、労わるような優しいキスが顔中に降る。
「つらかったかい?」
「いいえ…ちょっと、びっくりしただけ、です」
さっきまでの炎のような熱は落ち着いたけれど、まだ心臓は昂ったままだ。
今のがなんだったのか、自分がどうなってしまったのか知るのが少しだけ怖いような気もする。けれどそれ以上に、ルクシウスに変だと思われていないかが気がかりだった。
「ごめんなさい…僕、わけがわからなくて…」
ルクシウスにあんなところを触られただなんて思い出すだけで顔から火が出そうだ。
視線に耐え切れず顔を伏せれば小さな笑い声が降ってくる。恐る恐る顔を上げると、心臓が飛び出しそうになるくらいルクシウスは優しい顔をしていた。
「シュカが私の手で気持ち良くなってくれたのなら、私は嬉しいよ」
ルクシウスはシュカの寝間着から引き抜いた手を床に落としていたタオルで受ける。
その手が濡れているのを見つけてしまったシュカは目のやり場に困って視線を彷徨わせた。乏しい知識でも、それがどういうものかは理解している。
しかしまさかルクシウスの手に受け止められるとは思っていなくて、何と声をかけたらいいのか思い付けなかった。
「何か拭くものを取ってくるから、少しだけ待っていて」
「はい…」
ルクシウスが寝室から出て行くとシュカは一気に戻ってきた羞恥心から両手で顔を覆う。
「僕…ルクシウスさんに何てことさせちゃったんだろう…っ」
ベッドの上で身悶えしながら吐き出す言葉には後悔が滲んでいた。ついさっきまでルクシウスの手で刺激されていた場所はまだ少し熱を持っているようでじくじくとしているが、それを自分の目で確かめられるほどの勇気はシュカにはない。
あんなことをさせるつもりなんて少しもなかった。去年と同じようにルクシウスの誕生日を誰よりも先にお祝いして、用意できたプレゼントを渡して朝が来るまでの間ルクシウスを独り占めできるだけで充分だったのに、いつの間に欲張りになっていたんだろう。
シュカは指の隙間から天井を見上げた。
「気持ち、良かった…」
身体が指先から溶けて崩れてしまうのではないかと思うほどの快感をルクシウスから与えられたという事実は、シュカを平常でいられなくさせる。
ルクシウスが自分を欲しいと思ってくれていたことがわかっただけでも嬉しかったのに、いざ実際に体験してみたことで、シュカは自分に芽生えたルクシウスに対する恋心が物語に出てくるような綺麗な感情だけではないことを思い知った。
熱くてどろどろしていて、つい目を覆いたくなるほどに生々しい欲望が腹の奥に居座っている。さっきルクシウスの手に吐き出したものがその片鱗だ。
シュカはじんわりと滲む涙をガウンの袖で拭った。濡れた下着の感触が恥ずかしくて、惨めな気がして、ぽろぽろと涙が零れてしまう。
「シュカ、どうかしたのかい? …やはり、嫌だった?」
ルクシウスが戻ってきたことに気付かなかったシュカは声をかけられて思わず肩を震わせた。
それを嫌悪の反応に受け取ったのだろう、ルクシウスはベッドの横に膝をついて、あたたかい湯で湿らせたタオルをシュカの手に握らせる。
触れた手がなぜか凍えたように冷たい気がして、シュカは視界を覆い隠していた袖を退けた。見上げたルクシウスの顔が僅かに蒼褪めている。
「違う…」
シュカの口から掠れた声が溢れた。
「違います、嫌じゃないです、ルクシウスさんのこと嫌だなんて思ったりしません。僕…僕は、そんなこと、思いません…っ」
堰を切ったように涙が流れていく。
ルクシウスは戸惑った顔で、シュカが握ったままだったタオルでそっと頬を拭ってくれた。
「あ、んなの…初めてで、ルクシウスさんこそ、嫌じゃなかったかなって…」
「そうか…初めて、だったんだよね」
しゃくり上げながら訴えると、ルクシウスは糸が切れた人形のように枕元に突っ伏してしまう。
驚いたシュカが身体を起こして様子を窺うと、彼は一度だけ大きく息を吐き出してからゆっくりと顔を上げた。
「…すまなかった。シュカが可愛い反応をしてくれたから、私もつい歯止めが利かなくなってしまったんだ」
「か、わいい…?」
「そうだよ。初めてのことで怖かっただろうに、私の手であんなふうになってくれて、それは恋人として嬉しいことでしかないよ」
打って変わって顔色を良くしたルクシウスは呆然とするシュカの寝間着を肌蹴て、汗やら何やらで汚れた肌をタオルで丁寧に拭いてくれる。
「あ、あのっ、自分でやります…」
「いや、私がしたいんだ。させてほしい」
真剣な顔でそう言われてしまったら逆らえない。
シュカが手を引くと、ルクシウスは小さく笑って手の動きを再開させた。寝間着のズボンを引き抜かれて下着の中にもタオルを突っ込まれたのは恥ずかしかったけれど、邪魔してはいけないと考えて目を閉じて耐えた。
指先まで拭き上げられ、寝間着をきちんと戻された頃にはシュカはすっかり疲弊していた。何だかいろいろと疲れる一日だった気がする。
「着替えたかったかい?」
「あ…いえ、大丈夫、です」
タオルを片付けて戻ってきたルクシウスに聞かれて、シュカは首を横に振った。思い出して急いで時計を見ると日付はとうに変わっていた。
「ルクシウスさんっ、お誕生日おめでとうございます! あの、あれ、誕生日のプレゼント、です」
シュカはおずおずとベッドの横に置かれているサイドテーブルの上を示す。
「ありがとう、シュカ。今日はもらってばかりだね」
「他にはクッキーしかあげてないのに、大袈裟ですよ」
「もらったよ。さっき、ね?」
「っあ、あれは…ッ」
さっきという言葉が何を示しているのか察して赤面するシュカに触れるだけのキスをしたルクシウスは、手に取った小箱の包み紙を丁寧に剥がす。中身は小振りのキャンドルだった。
形こそシンプルな円柱形だが、キャンドルの表面にはジャスミンの花が細やかに描かれている。職人がひとつひとつ手作業で絵付けまでのすべての作業をしているのだと聞いたシュカは、これをルクシウスへのプレゼントにしようとすぐに決めた。
「そのキャンドル、火を点けるとジャスミンの香りがするんです。僕にとってジャスミンの香りはルクシウスさんそのものだから、似合いそうだなって」
「そうか、私のことを考えながら選んでくれたんだね。とても嬉しいよ」
ベッドに並んで腰かけたルクシウスからの小鳥みたいな口付けを笑いながら受け止める。喜んでもらえて良かったとシュカは安堵の息を密かに吐き出した。
嬉しそうにキャンドルを壁際に置かれた本棚の飾り台の隙間に飾ったルクシウスは、代わりにキャンドルよりも小さい箱を手に戻ってきた。
「校長先生に指輪の許可をもらいに行った時のことを覚えているかい?」
「もちろんです」
力強く頷いたシュカはルクシウスから小箱を受け取り蓋を開ける。中にはごくごくシンプルな指輪が納められていた。つるりとした表面は寝室のやや絞られた照明の下でも眩しいほど光を跳ね返している。
シュカの指輪よりも大きいサイズの指輪が誰のものかなんて言われなくてもわかる。
息を飲んだシュカは指輪とルクシウスを何度も見つめ、それからそっと箱の中の指輪を取った。よくよく見ると蟻の頭ほどの小さなサファイアが嵌め込まれている。
もう一度、シュカはルクシウスを見上げた。胸の中に込み上げてくるのはルクシウスに対する愛しさだけだ。
目を瞬かせたシュカは静かにルクシウスの左手を取った。
「僕、ルクシウスさんのことが大好きです。お父さんとお母さんみたいにケンカしちゃったりすることもあるかもしれないけど、でもやっぱり、どうしようもなくルクシウスさんのことが好きです」
ぎこちない手付きで指輪を嵌める。
もうちょっとでも動いたら涙が零れてしまいそうなのに、ルクシウスの手のひらに包まれた頬を引き寄せられて上を向かされた。はらはらとシュカの頬に零れ落ちる涙をルクシウスが指先でそっと拭う。
「ありがとう、シュカ。私も君のことが大好きだよ。私は今までこんなふうに誰かに心を傾けたことなんてなかったし、自分がそうなるとも思っていなかった。なのに今は君のことが何よりも愛しいと思っている。君が私を変えてくれたんだ」
自分はそんなふうに言ってもらえるような大それた人間なんかじゃない。そう思っているのに、ルクシウスがくれた言葉が嬉しくて勝手に涙が溢れた。何か言いたいのにちっとも言葉にならなくて、もどかしさに唇が震える。
誰かを愛しく思って流す涙はどこまでもあたたかく、滲んだ視界でもルクシウスが優しく微笑んでくれているのがわかって、シュカの瞳から溢れる涙はますます増えるばかりだ。
胸の中で膨らむ喜びと愛しさを言葉にできない代わりに、シュカは腕を伸ばしてルクシウスを抱き締める。
シュカの涙が落ち着くまで、ルクシウスは何も言わずに待っていてくれた。
「あのルクシウスさん…ひとつ、聞いてもいいですか?」
明日に備えてベッドに横たわったルクシウスに腕枕をしてもらい、あやすように髪を梳かれる心地良さに微睡みかけていたシュカは、聞きにくいとわかっていても解かなければ先に進めない疑問を口にする決意を固めて目蓋を押し上げた。
「さっきの…って、あれで終わりなんですか…? アッシュ君が言ってたんです。その、い、入れる、って…ルクシウスさんも抱きたいって言ってたし、あれだけじゃない、ん、ですよね…?」
「…そうだよ。シュカのここにね、私が入るんだ」
ルクシウスはシュカの髪を撫でていた右手を滑らせて腰を探り、そのさらに奥まった場所へと這わせた。
あらぬところに触れられて反射的に息を飲んだシュカは、アッシュが死ぬほど痛いと言っていた意味を今度こそはっきりと理解して目を白黒させた。そんなところに入れられたら死ぬほど痛いに決まっている。
「そ、そんなところ入らないです…っ!」
「入るよ。ここに触られるのは気持ちが良いことだと身体が覚えるまで、時間をかけて解して、蕩けさせたら…ね」
「ひ、ぅ…」
吐息混じりの低い声で囁かれて思わず微かな悲鳴を漏らしたシュカを見つめるルクシウスの瞳は思いがけず真剣だ。
そんな場所で気持ち良くなれるなんて信じられないけれど、その一方でルクシウスがそう言うのだから間違いないと無条件で受け入れてしまいそうな自分がいることにも気付いたシュカはルクシウスの胸に額を押し付けた。
破裂しそうなくらい恥ずかしくて、少しだけ怖い。なのに自分でも知らない場所をルクシウスに暴かれることをどこかで期待している。
ルクシウスに抱かれるのは、さっきの行為よりも気持ちが良いのだろうか。浅ましい考えが沸々と込み上げる。隙間なくくっ付いたルクシウスからは仄かにジャスミンの香りがして、それがまたシュカの理性をとろ火で炙り、吐き出す息に熱を篭らせた。
「この続きはクリスマスにね」
優しい囁きと同時に秘められた場所に触れていた指の感触が遠退いて、快楽の欠片を取り上げられたシュカは責めるような目をルクシウスに向ける。
このまま抱いてくれたっていいのに。そう考えた自分に気が付いて、シュカは赤くなった顔を隠すためにルクシウスにしがみ付いた。
クリスマスまで、あとひと月半。
誕生日を迎えるのが待ち遠しいような怖いような複雑な心境になりながら、シュカはそれでもルクシウスの腕の中で小さく小さく頷いた。
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