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4.失意と相違

4.

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 しかし、ラムファは、それは違う、と首を横に振った。
 そして、麗良の気持ちを落ち着かせようと両肩に手を置き、身を屈めて視線の高さを合わせた。

「あいつらのやったことは許せない。
 でも、一般人の前で妖精の力を無闇に使うわけにはいかなかったんだ」

ラムファの真摯な瞳が嘘をついていないことを告げていた。
何を今更、と麗良は思った。
散々学校でその力を使い麗良のことを振り回したではないか、と言って責め立てたかった。
でも、今自分の言いたいことは、そういうことではないと思い直し、唇を噛んだ。

「……別に、その妙な力を使う必要はないじゃない。
 他にも止める方法はあった筈よ」

 ひどいことを言っているという自覚はあった。
自分が何もできないでいたことを棚に上げて、ラムファを責めるのは違うと、麗良も頭では解っている。
だが、今は、誰かにこの行き場のない憤りをぶつけずにはいられなかった。
ラムファは、麗良の肩から手を下ろすと、項垂れた表情で答えた。

「……そうだね。レイラの言うとおりだ。
 私は今まで妖精の力にばかり頼って生きてきた。
 私も、麗良みたいに強くありたいと思うよ」

「私は、強くなんかない……」

 麗良は、その場にしゃがみ込むと、膝を抱えて顔を埋めた。
 本当は、胡蝶に話したところでどうにもできないと分かっている。
彼女もきっと、青葉の決めたことに異を唱えるようなことはしないだろう。
良之の娘なのだから。

 そして、自分もまた、その血を継いでいる。
青葉に自分の気持ちを伝えることもできないのに、誰かを頼るのは間違っている。

「レイラ、これを見て」

 ラムファが優しく話しかけるのを聞いて、麗良が渋々顔を上げた。
見ると、目の前にテニスボール程の大きさの水晶玉をラムファが差し出している。
これは何かと問うようにラムファの顔を伺うと、彼は頷きながら水晶玉を麗良の手に握らせた。

「この中をじっと見つめてごらん」

 麗良は、言われたとおりに水晶玉を見つめてみた。
つるりとした表面は見た目に反して暖かく、向こうの景色が逆さまに映っている、ただの透明な水晶玉だ。
からかわれているのだろうかと麗良が思い始めた時、透明だった水晶玉の中心から景色が薄ぼんやりと溶けて消えて行くのが見えた。
白い靄のようなものが動いている。
驚きに目を見開いて見つめていると、次第に靄が晴れて、緑に溢れた光り輝く世界が現れた。
麗良が見たことのないほど大きな木や、透き通った小川、優しい緑の光に溢れた森、色とりどりの花が一面に咲き乱れた丘、大きな蓮の葉の上に乗って遊ぶ子供たち―――皆、憂いのない幸せな顔で笑っている。
掌の中でくるくると映り変わる世界に麗良の目はくぎ付けになった。

「これが《妖精の国》――パパとレイラの国だよ」

 それからラムファは、《妖精の国》の話をしてくれた。
そこは、時の流れが穏やかで、妖精たちは年をとることなく、死とは無縁の世界なのだという。
戦争の所為で幾らか疲弊してしまったものの、自然の偉大な力によって、かつての姿を取り戻しつつあるそうだ。

「私は、この世界を守りたい。
 だから、人間界にいつまでも居るわけにはいかない」

麗良が顔を上げてラムファを見た。
ラムファは、真剣な瞳で水晶玉の中を見つめている。
その表情は暗かったが、瞳には確固たる意志が宿っていた。
先程、青葉に言われたことを言っているのだろう。

 戦争は終わったが、脅威が全くなくなったわけではないのだという。
植物園で麗良を襲ったのも、その片鱗で、このままラムファが人間界へ居続けることで、また似たようなことが起きないとも限らない。

 けれど、とラムファは切なげな瞳を麗良に向けた。

「レイラ……君のことも同じくらい大事なんだ。
 だから、勝手なことを言うようだが、私と一緒に《妖精の国》へ来て欲しい」

 本心から請われていると分かる眼差しに、麗良は胸が締め付けられた。
全く見も知らない世界へ行こうと言われても即答できるわけがない。
今の生活を全て捨てることになるのだ。
それでも、すぐに拒絶できなかったのは、それだけ麗良の中でラムファの存在が大きくなっていることと無関係ではないだろう。
大きな体を持っているのに、子供のような一面を見せる目の前の男を麗良は嫌いにはなれなかった。

「……母さんを置いていくの」

 ずるい質問だと分かっていて口にした。
 ラムファは、僅かに目を細めると、仕方ない、と言った。

「大丈夫。胡蝶には、良之がいる。
 それに、依子も……………一人じゃない」

 本当は、青葉も、と言いたかったのだろう。
それを口にするのが辛いというように、ラムファは口を引き結んだ。

「実は、もうあまり時間がないんだ。
 私が人間界に居られる期間は限られていて、本当なら、今すぐにでもレイラを連れて《妖精の国》へ帰りたい。
 でも、無理強いはしたくないんだ」

 ラムファが麗良の瞳を見つめる。
これが最期のチャンスだとでも言うように、その瞳は今までになく真剣だった。

 正直、ラムファと一緒に過ごす時間は、意外と居心地が良いことに麗良は薄々気付いていた。
認めたくはなかったが、やはり心の奥底では、父親を求めていたのだろう。

 優しいけれど、麗良のことを決して娘としては見てくれない胡蝶、触れ合いも言葉を交わすことも少なく何を考えているのか分からない良之との生活の中で、唯一青葉だけが麗良を気にかけてくれ、兄のような、父のような存在として接してくれていた。
その青葉は、もう家を出てしまうというのに、このままここに居ても、自分に一体何があるというのだろう。
昨夜、依子に言われた言葉が頭に浮かぶ。

 いつかこの家を出る時が来るというのなら、それは今なのではないか。

 麗良の掌の中で、水晶玉が後押しするように淡く光った。

「……いいわ。私、あなたと一緒にそこへ行っても」

 ラムファが目を見開く。
驚きは一瞬で、すぐ喜びに溢れる笑顔で麗良を抱きしめた。

「絶対に、君を守ると誓うよ。
 寂しい思いも、辛い思いも絶対にさせない」

 ラムファの甘いムスクに近い花の香りに包まれて、麗良はどこか夢心地のような想いで目を閉じた。
 どこか遠い場所へ今すぐ連れて行って欲しい、それだけを願っていた。
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