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4.失意と相違
5.
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「私、この家を出ることにする」
夜、夕食の席で麗良がそのことを告げると、良之は、それを予想していたかのように、ただ静かにそうか、とだけ言った。
青葉のいない食卓を囲むのは久しぶりで、ぽっかりと胸に穴が開いたようだ。
ラムファだけが嬉しそうに始終笑顔だった。
学校の手続きは良之が手はずを整えてくれるというので、麗良は自分の荷物をまとめるだけで良かった。
学校では部活動も生徒会活動にも関わっていなかったこともあり、特別挨拶をしていきたいほど親しい友人もいない。
ラムファは、すぐにでも家を出たそうだったが、依子がそれを押し留めた。
せめて最後に自分の最高の手料理を食べさせてから送り出したいという。
そこで、明日の夜を最後の晩餐ということにして、明後日の朝早くに家を出ることにした。
何か食べたいものはありますか、と依子に尋ねられ、麗良は、いつも依子が自分の誕生日にだけ作ってくれるトマト煮込みのシチューをリクエストした。
色々な事があってすっかり忘れていたが、もうすぐ麗良の誕生日だ。
依子は腕によりをかけて作ると約束してくれた。
麗良は、自分の部屋であらかた荷物をまとめると、ベッドに腰かけ、部屋を見回した。
元々あまり物は持っていないので、さほど見た目は変わらない。
着替えと何冊かの本、あとは、誕生日にマヤからもらった刺繍入りのハンカチやポーチなど、持って行ってもかさばらず使えるものだけを荷物に詰めた。
私のここでの十六年は一体何だったのだろう、と思うほどあっけなく、自分がまるで空っぽの人間のように思えた。
麗良は、ベッドに仰向けに倒れると、腰のあたりに何か固い物が当たって、ポケットを探った。丸くてつるつるとした表面に手が触れて、そう言えば水晶玉を朝から入れたままになっていたことを思い出す。
取り出して掲げて見ても、部屋の灯りを反射して光るだけで、どこからどう見てもただのガラス玉だ。
ラムファに返そうとしたところ、麗良が持っているようにと押し返されたのだ。
「何かに迷ったり、不安に思ったりすることがあれば、これを使って。
きっとレイラを導いてくれる」
その含みのある言い方に麗良は眉を寄せたが、どうやって使うのかと聞く前に庭師が現れたため、咄嗟に水晶玉を隠すようにポケットの中へ入れたまま忘れていた。
いつでも使いたい時に使えるのかと思ったが、今じっと目を凝らして見ても水晶玉は部屋の天井を映すだけで何も変わらない。
ラムファが傍にいないと使えないのだろうか。
しばらく水晶玉をくるくると手の中で回して見つめていたが、やはり何も変わらないので諦めた。
どこにしまっておこうかと部屋を見回して、ふと先程マヤからもらったポーチの存在を思い出す。
まとめた荷物の中からポーチを取り出すと、チャックを開けて水晶玉を入れた。
ポーチは、マヤが作ってくれたもので、ミモザ柄の布でできている。
前にマヤが同じ柄のワンピースを着ていたので尋ねたところ、ワンピースを作って余った布で作ったのだと、イタズラがばれた子供のように無邪気な顔で舌を出して笑った。
それでも裁縫があまり得意ではない麗良にしてみれば、自分で着る服まで作れてしまうマヤは尊敬の対象でしかなく、しばらくその話で盛り上がったことを覚えている。
(マヤにも、もう会えなくなるのかな……)
思えば、マヤとは麗良が物心つく前からの付き合いだ。
気が付くといつも傍にいて、それが当たり前だったので、会えなくなることが想像できない。
《妖精の国》というのがどこにあるのか、ここからどれくらいの距離があるのかも分からないが、マヤには明日会ってきちんと話をしたいと麗良は思った。
マヤとは、この前、庭で倒れていたのを見つけてから会っていないが、電話口では元気だと言っていた。
マヤの身体は年々弱っていくようで心配ではあるが、麗良よりも年上のような落ち着きぶりと冷静さがあるので、大丈夫だろう。
(手紙を書こう。手書きの方が、気持ちがこもって見えるもの。
前から文通って憧れてたのよね――)
楽しい未来の生活を想像しながら、麗良は、いつの間にか幸せな夢の中へと落ちて行った。
夜、夕食の席で麗良がそのことを告げると、良之は、それを予想していたかのように、ただ静かにそうか、とだけ言った。
青葉のいない食卓を囲むのは久しぶりで、ぽっかりと胸に穴が開いたようだ。
ラムファだけが嬉しそうに始終笑顔だった。
学校の手続きは良之が手はずを整えてくれるというので、麗良は自分の荷物をまとめるだけで良かった。
学校では部活動も生徒会活動にも関わっていなかったこともあり、特別挨拶をしていきたいほど親しい友人もいない。
ラムファは、すぐにでも家を出たそうだったが、依子がそれを押し留めた。
せめて最後に自分の最高の手料理を食べさせてから送り出したいという。
そこで、明日の夜を最後の晩餐ということにして、明後日の朝早くに家を出ることにした。
何か食べたいものはありますか、と依子に尋ねられ、麗良は、いつも依子が自分の誕生日にだけ作ってくれるトマト煮込みのシチューをリクエストした。
色々な事があってすっかり忘れていたが、もうすぐ麗良の誕生日だ。
依子は腕によりをかけて作ると約束してくれた。
麗良は、自分の部屋であらかた荷物をまとめると、ベッドに腰かけ、部屋を見回した。
元々あまり物は持っていないので、さほど見た目は変わらない。
着替えと何冊かの本、あとは、誕生日にマヤからもらった刺繍入りのハンカチやポーチなど、持って行ってもかさばらず使えるものだけを荷物に詰めた。
私のここでの十六年は一体何だったのだろう、と思うほどあっけなく、自分がまるで空っぽの人間のように思えた。
麗良は、ベッドに仰向けに倒れると、腰のあたりに何か固い物が当たって、ポケットを探った。丸くてつるつるとした表面に手が触れて、そう言えば水晶玉を朝から入れたままになっていたことを思い出す。
取り出して掲げて見ても、部屋の灯りを反射して光るだけで、どこからどう見てもただのガラス玉だ。
ラムファに返そうとしたところ、麗良が持っているようにと押し返されたのだ。
「何かに迷ったり、不安に思ったりすることがあれば、これを使って。
きっとレイラを導いてくれる」
その含みのある言い方に麗良は眉を寄せたが、どうやって使うのかと聞く前に庭師が現れたため、咄嗟に水晶玉を隠すようにポケットの中へ入れたまま忘れていた。
いつでも使いたい時に使えるのかと思ったが、今じっと目を凝らして見ても水晶玉は部屋の天井を映すだけで何も変わらない。
ラムファが傍にいないと使えないのだろうか。
しばらく水晶玉をくるくると手の中で回して見つめていたが、やはり何も変わらないので諦めた。
どこにしまっておこうかと部屋を見回して、ふと先程マヤからもらったポーチの存在を思い出す。
まとめた荷物の中からポーチを取り出すと、チャックを開けて水晶玉を入れた。
ポーチは、マヤが作ってくれたもので、ミモザ柄の布でできている。
前にマヤが同じ柄のワンピースを着ていたので尋ねたところ、ワンピースを作って余った布で作ったのだと、イタズラがばれた子供のように無邪気な顔で舌を出して笑った。
それでも裁縫があまり得意ではない麗良にしてみれば、自分で着る服まで作れてしまうマヤは尊敬の対象でしかなく、しばらくその話で盛り上がったことを覚えている。
(マヤにも、もう会えなくなるのかな……)
思えば、マヤとは麗良が物心つく前からの付き合いだ。
気が付くといつも傍にいて、それが当たり前だったので、会えなくなることが想像できない。
《妖精の国》というのがどこにあるのか、ここからどれくらいの距離があるのかも分からないが、マヤには明日会ってきちんと話をしたいと麗良は思った。
マヤとは、この前、庭で倒れていたのを見つけてから会っていないが、電話口では元気だと言っていた。
マヤの身体は年々弱っていくようで心配ではあるが、麗良よりも年上のような落ち着きぶりと冷静さがあるので、大丈夫だろう。
(手紙を書こう。手書きの方が、気持ちがこもって見えるもの。
前から文通って憧れてたのよね――)
楽しい未来の生活を想像しながら、麗良は、いつの間にか幸せな夢の中へと落ちて行った。
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