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5.誘拐と真実

2.

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まず、異変に気付いたのは、ラムファだった。
 少しだけ身体を休めるつもりが、思っていたよりも長く眠ってしまっていたらしいことに、起きがけに見た柱時計を見て気付き、はっとした。

(しまった……つい油断してしまった。レイラは無事だろうか……)

 人間界へ来て、一度も麗良から目を離さないよう注意していたのに、それだけ身体が弱っていた証拠だろう。
毒はほとんど身体から抜けてはいたが、ラムファの身体を弱らせるだけの効果はあったようだ。
少なくとも麗良が家にいる間は無事な筈だが、自ら家を出てしまえば、その気配を追うことは容易くない。
だから日中は、なるべく麗良の部屋の灯りが消えたのを確認してから眠るようにしていた。

 慌てて部屋を出て、二階にある麗良の部屋へ向かおうとしたところで、依子と会った。

「あらまぁ、もう起きて大丈夫なんですか。
 今ちょうど夕飯の支度が出来ましたので、お呼びに伺おうかと……」

普段の悠長な調子で話しかける依子をラムファが慌てた様子で遮る。

「レイラはっ、……レイラは、部屋にいるのか」

 ラムファの異様な様子に気圧されながら、依子が答えた。

「え、ええ、その筈ですよ。
 だいぶ前に、マヤお嬢様とお二人で話があると部屋に上がられてからは、マヤお嬢様だけ降りていらして帰られたきり、麗良お嬢様はお姿が見えないので……」

 私も今から呼びに行こうとしたところで……と依子が話している途中で、ラムファは階段を駆け上った。
何となく嫌な予感がした。

 ラムファは、麗良の部屋の扉をノックもせずに開けると、灯りのついていない部屋の中に、麗良の姿がないことに愕然とした。

「レイラは、どこへ行ったんだ」

 後から階段を登って来た依子がラムファの後ろから部屋を覗き、呑気な声を上げる。

「まぁ、どこかへお出掛けになられたんですかねぇ。全く気づきませんで。
 ご馳走を用意しておきますと言ってましたから、すぐに帰っていらっしゃいますよ」

 そんなに心配しなくても、といった風の依子とは反対に、ラムファは顔色を変えると、レイラを探しに行く、と言って階段を降り、そのまま玄関から外へと飛び出した。

 外は、陽も暮れて、藍色の空が薄ぼんやりと道を照らしている。

 ラムファは、レイラの匂いと気配を追おうとしたが、風が出ている所為かまるで掴めない。
小さな声で宙に向かって何かを呟くと、脱兎のごとく夜の道を駆け出した。

 家から学校への通学路を往復し、近所の公園を幾つも見て回り、再び自宅へ戻って来た時、ラムファの疑惑は確信へと変わっていた。

 真っ青な顔で家に戻って来たラムファを良之と依子が何事かという顔で出迎えた。

「どういうことだ。麗良がいなくなったのか」

 良之の問いにラムファは無言で頷くと、思案するように視線を下げた先に、依子の手に握られた白い封筒が目に入った。

「それは?」

「あ、これは……先程ラムファ様がお出掛けになられた後で、郵便受けに入っていたのに気付いたのですけれど、宛名も差出人の名前も書かれていなくて、どうしようかと……」

 ラムファが封筒を依子から受け取ると、裏返して封を開けた。
 中に入っていたのは手紙ではなく、一本の白い花だけだった。

「それは、マーガレットか。何故そんなものが……」

 良之と依子が訝かし気に封筒を見つめる中、ラムファだけがその花の意味する答えを知っていた。

「お義父さん……レイラは、必ず私が連れて戻ります」

 良之がもの言いたげに口を開きかけたが、ラムファの表情を見て口をつぐんだ。
 自分が踏み込んで良い領域ではないと察したのだ。
 事情が分からず不安そうな表情で二人の顔を見比べていた依子に、ラムファは安心させるように笑って見せた。

「大丈夫。ヨリコのご馳走は、レイラが帰って来てから、皆で一緒に食べよう」

 ラムファは、依子の表情が和らぐのを確認してから、再び外へと出掛けて行った。
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