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5.誘拐と真実

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 マヤとの出会いは、まるで記憶にない。
出会った、というよりも、気が付けば傍にいて、いつも一緒にいるのが当たり前のような存在だった。

マヤとの一番古い記憶を思い出そうとすると、庭で一緒にかくれんぼをして遊んでいる光景が頭に浮かぶ。
山茶花の影からこちらを覗き見るトンボ玉のような瞳と、色素の薄い綿毛のような髪がちらちらと見え隠れし、笑いをこらえながら反対側へ回り、わっと声を上げてマヤを驚かせた飴色の記憶を今でも忘れることなく大切に胸に仕舞っている。

私が熱を出して寝込んだ時は、どこからともなく現れて、ずっと私の手を握ったまま決して傍から離れなかった。
ちょうど窓から差し込んだ陽の光がマヤの飴色の髪を照らして、きらきらと光って見えるのが綺麗だと思った。
あの時のマヤの掌の温もりと心地良さは、今でも思い出すと胸が温かくなる。

 マヤは、よく私の我が儘で無鉄砲な遊びにも笑顔で付き合ってくれた。
畳の上を走り回って依子に見つからないよう隠れるゲームでは、私が見つかりそうになったのを見て自分が先にわざと見つかるようにしていたのを私は気付いていて気付かない振りをしていた。
縁の下にある地下のドワーフたちを探す冒険には、さすがに難色を示していたが、私が先陣を切るのを見て渋々後を追って来てくれた。
結局、その冒険は、縁の下に巣を作っていた大きなハクビシンとの遭遇に驚いた私が大声を上げて頭を床下に思いっきりぶつけた所為で良之に見つかってしまい、後でこってり怒られて終わることとなった。

 そもそも私が妙な冒険心と空想癖を持っていたのは、マヤが読み聞かせてくれたたくさんの物語に要因がある。
マヤの家には、とにかくたくさんの本があって、天気が悪くて外で遊べない日は、マヤがそれらの本を一冊一冊私に読み聞かせてくれるのだ。

マヤは、どんなに難しい話でも、私に理解できるよう噛み砕いて話してくれていたに違いない。
ある程度大きくなって自分で本を読める年齢になってから初めて、マヤがどれほど高度な内容の本を読めるのかを私は理解した。
マヤのお陰で、私は国語力が鍛えられたと思っているし、たくさんの知識と好奇心を与えてくれたことには感謝している。
ただ、どこか浮世離れした考えを捨てられないのは、マヤの語る物語のジャンルに偏りがあった所為だろう。

 マヤは、よく神話やファンタジーといったジャンルの物語を好んで私に話してくれていた。
『妖精王』の物語もその内の一つだ。マヤの家の書棚には、それ以外のフィクションや図鑑や実用書まで実に様々なジャンルの本が揃っていたが、私がそれらのジャンルの本を読むようになったのは、自分で本を読める年齢になってから、それもファンタジーのジャンルの本を全て読み尽くしてしまった後からだった。

 それでも、マヤと一緒に本の内容について共有できることは素直に嬉しかったし、共に同じ趣味について語り合える相手がいることで私は満足していた。

 マヤの他に親しい友人が一人もいないことに気付いてはいたが、そのことにまるで不都合さを感じなかった。

 というのも、マヤは、私が何を考えているのか、気持ちを言葉にしなくても私の心が分かるのだ。
よく私は機嫌の悪い時は、無口になってしまう性質なのだが、マヤの場合、そういう時の私の扱い方をよく心得ていて、しばらくそっとして置いてくれた後で、手作りの焼き菓子とお茶をふるまってくれる。
マヤの作る焼き菓子は、甘さも焼き具合も絶妙で、私は、それらを食べる内に心が軽くなっていくのを感じる。
これだけ聞くと、食い意地の張った私が食べ物につられただけに思えるかもしれないが、これはほんの一例で、とにかくマヤは、私の心の機微に誰よりも敏いのだ。
マヤとの関係は、私にとってとても居心地が良かったし、逆にマヤ以外の他人では決して得られない感覚に、私は、自分でも無意識のうちにマヤ以外の他人と距離を置くようになっていたのだろう。

 それがマヤの言う、〝私を孤独にさせること〟の一環なのだとしたら、成功したと言って相違ない。

 私には、マヤがいてくれるだけで、十分だった。

 今まで考えたこともなかったが、マヤがいなくなったとしたら、私は新しい友人を作ることさえできないだろう。

でも、もし……もし、そのマヤにずっと裏切られていたのだとしたら――――。

私は一体、誰を信じたらいいのだろうか。
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