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『春の妖精』

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 雪の中を静かに佇む町があった。
暗澹たる空からは、永遠と雪が降り続き、町の輪郭を朧に浮き立たせている。
 氷のような風が家々の扉を堅く閉ざし、雪の積る音すら聞こえてきそうなほど辺りは静寂さに包まれていた。窓から漏れる明かりはなく、煙突から浪々と上る煙が雪と入り混じり、町を灰色に染めている。

 まるで時が止まったかのようなその町に、一人の男の子が足を踏み入れた。
傍らに、痩せ衰えた灰色のロバを一頭引き連れている。

 男の子が鶯色のコートに積もった雪を手で払い、頭を振るうと、雪の下から栗色の髪が現れた。ロバもそれに習い、身を震わせて自身に積もった雪を落とす。

 すると、飛び散った雪の塊が男の子にかかった。男の子は、むっとした表情でそれを払い、濡れた顔を服の袖でぬぐうと、恨めし気にロバを見やるが、両耳を寝かせて目線を逸らす姿に、溜め息混じりの笑みが零れた。

 男の子は、町の中心部へと歩を進めた。雪の積もった道に真新しい靴跡と、ロバの蹄跡だけが残る。その歩みは遅々として鈍いが、雪道の所為だけではない何かが男の子の顔にはあった。
時々立ち止まっては、ロバの首を撫でてやる。
すると、ロバが甘えた声を出すので、男の子は顔を曇らせた。

「ごめんな、アンソニー。おれだってお前を手放したくないんだ。
 でも、カルグの命令だからさあ」

 そう言って鼻を啜る男の子を、アンソニーと呼ばれたロバがじっと見つめる。

「食べるものがないんだ。蓄えも底をついてる。
 雪が止まないから、畑も使えない」

 アンソニーは、俯いた男の子の顔を鼻先で持ち上げてやった。
その目は、どこまでも黒く穏やかだった。説明するまでもなく全てを受け入れているのだと知り、男の子の顔が歪む。
すると今度は、アンソニーが心配そうに首を傾げるので、慌てて雪で湿ったコートの袖で顔を拭った。

「おれなら大丈夫。
 カルグのバカ息子たちに、いつまでもいいようにやられてたまるもんか。
 一人でだって戦ってやる」

 男の子が力強く腕を振るって見せると、アンソニーは、それに同調するように鼻をならした。それは、男の子がこれまで何度も慰められ、励まされてきた唯一の支えだった。
 ちょっとした仕事の失敗から食事を抜かれて空腹に耐えながら眠った夜も、カルグの息子たちに虐められる日々も、いつもアンソニーの温もりが傍にあったから耐えることが出来た。
 カルグたちは役立たずで愚かなロバだと罵るが、いつも世話をする男の子の言うことはよくきく、賢いロバだった。
 男の子は、赤くなった鼻をアンソニーの首筋に擦り付けた。

「お前は、おれの一番の親友だよ」
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