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テーマ【ひらく】
『It's A small World. 』
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朝。駅のホームは、いつも静かだ。
口を開けて止まっている電車に私は乗り込む。
降車駅までは四十分かかるが、乗り換えもなく、ここが始発駅の為、最初から最後まで座っていられる。
私がいつも乗るのは、十五両編成の車両のうち後ろから三番めの車両。
ここだと駅で降りた時、すぐ目の前にホームを上がる階段がある。
私は、いつもの特等席に腰掛けると、鞄の中から一冊の文庫本を取り出した。
本には愛用のブックカバーが掛かっている。
私は本が好きだ。
ファンタジー、実用書、恋愛小説、冒険譚、歴史書、SF、ミステリー……実に様々なジャンルの本を読む。
本は、私に新たな経験、感情、知識を与えてくれる。
一冊一冊の本には、異なる世界があり、それぞれが異なる世界への窓口なのだ。
本を開くと、私の世界だ。
周りの景色は消え、音さえも耳に届かない。
書かれた文字の一つ一つを目で追い、頭の中で映像に変換する。
その間、何が起ころうと私を現世へ呼び戻すものは存在しない。
それは目的の駅に着くまで続く。
知人に降りる駅を間違わないのかとよく聞かれるが、私のような自他共に認める真の読書家にそのような事はありえない。
習慣というのは恐ろしいもので、必ず降車駅で本から顔を上げる癖がついているのだ。
もし降りる駅を間違える事があるとすれば、それは単なる自称読書家だけである。
本のページ数にもよるが、私は平均で一日一冊本を読む。
今日の本は、最近話題になっている作家の最新作品で、タイトルは、『It's A small World. 』とある。
私は読んだことはないが、独特で不思議な作品だという評判を聞き、興味を持った。
しかし、読書家である私の批評は辛口だ。
一体どんな内容なのか、色々な意味で楽しみに思いながら私は本を開いた。
まず、文字の一つ一つが映像となって頭に入ってくる。
場面は電車の中で、朝の出勤ラッシュ時らしい。
私と同じ年齢、同じ背格好の人物が座席に腰掛け本を読んでいる。
何の本を読んでいるのか興味が湧き、手元を覗き込もうとすると、突如、その人物が顔を上げた。
周りをきょろきょろと見渡し、私を見る。
いや、正確には上を向いたのだが、車内を上から見た俯瞰図が私の頭の中のイメージにあった為、そう思ったのだ。
その顔を見て驚いた。それは、私だった。
反射的に私も本から顔を上げた。
周囲を見渡してみるが、それはいつもと変わらない朝の風景である。
上を向いてみると、私の目の前に立っているサラリーマン風の中年男性と目があった。
咄嗟に目を逸らして下を向く。
なんだろう、この本は。
驚きと恐怖が全身を襲った。
しかし、それよりも好奇心の方が勝っていた。
私は再び本に没頭した。
場面は変わらず電車の中で、車窓から見える外の風景や、車内にいる人たちの様子を順々に映し出していく。
携帯をいじっている人、ウォークマンの音が漏れている人、眠っている人、新聞を読んでいる人、手鏡を覗き込みながら化粧をする人、また、私のように本を読んでいる人もいる。
そこには、人の数だけ世界があった。
俯瞰図のように車内を見ているからか、それは大変新鮮に思えた。
こんなにたくさんの人が一つの車両に詰まっていて、それでいて皆、別の世界を向いている。
電車が駅に止まった。
車両は、新たな乗客を飲み込みながら流動する。
ただでさえ窮屈なところへ更に拍車がかかる。
その中に、一人の老婆がいた。
私の席からは少し離れているが、顔を上げれば気付く距離である。
ぎゅうぎゅうと押し寿司のように挟まれながら、隣に立つOLのたなびく髪をうっとうしそうに避けようとし、逆隣に立っているサラリーマンのおじさんに睨まれている。
老婆に席を譲ろうとする人は一人もいない。
皆が皆、世界に目を向けているようで、実は自分の世界に閉じこもっているのだけなのだ。
気付け、気付け……。
私は、いつの間にか本の中の自分に向けて、心の中で声を掛けていた。
気付いて、ある一言さえ口にすればいい。
「どうぞ」
ただそれだけ。
たったそれだけの言葉で、人生が変わる。
それまでぼんやりと灰色がかっていた世界が一気に色付いて鮮やかに花ひらく。
しかし、私の思いなどお構いなしに、本の中の私は本に夢中になっているのか、全く微動だにしない。
そんな自分にヤキモキとしながら、ふと私はある事に気がついた。
本の中で老婆が居ると思われる場所を現実の世界で確認する。
やはりそこに老婆の姿があった。
もし、私がここで老婆に声を掛けたら、この本はどうなるのだろうか。
心臓がどくんどくんと音を立ててせめぎ合う。
私は、思い切って本を閉じた。
よしっ、と心の中だけで気合を入れる。
腰を上げると、老婆に向かって口を開いた。
口を開けて止まっている電車に私は乗り込む。
降車駅までは四十分かかるが、乗り換えもなく、ここが始発駅の為、最初から最後まで座っていられる。
私がいつも乗るのは、十五両編成の車両のうち後ろから三番めの車両。
ここだと駅で降りた時、すぐ目の前にホームを上がる階段がある。
私は、いつもの特等席に腰掛けると、鞄の中から一冊の文庫本を取り出した。
本には愛用のブックカバーが掛かっている。
私は本が好きだ。
ファンタジー、実用書、恋愛小説、冒険譚、歴史書、SF、ミステリー……実に様々なジャンルの本を読む。
本は、私に新たな経験、感情、知識を与えてくれる。
一冊一冊の本には、異なる世界があり、それぞれが異なる世界への窓口なのだ。
本を開くと、私の世界だ。
周りの景色は消え、音さえも耳に届かない。
書かれた文字の一つ一つを目で追い、頭の中で映像に変換する。
その間、何が起ころうと私を現世へ呼び戻すものは存在しない。
それは目的の駅に着くまで続く。
知人に降りる駅を間違わないのかとよく聞かれるが、私のような自他共に認める真の読書家にそのような事はありえない。
習慣というのは恐ろしいもので、必ず降車駅で本から顔を上げる癖がついているのだ。
もし降りる駅を間違える事があるとすれば、それは単なる自称読書家だけである。
本のページ数にもよるが、私は平均で一日一冊本を読む。
今日の本は、最近話題になっている作家の最新作品で、タイトルは、『It's A small World. 』とある。
私は読んだことはないが、独特で不思議な作品だという評判を聞き、興味を持った。
しかし、読書家である私の批評は辛口だ。
一体どんな内容なのか、色々な意味で楽しみに思いながら私は本を開いた。
まず、文字の一つ一つが映像となって頭に入ってくる。
場面は電車の中で、朝の出勤ラッシュ時らしい。
私と同じ年齢、同じ背格好の人物が座席に腰掛け本を読んでいる。
何の本を読んでいるのか興味が湧き、手元を覗き込もうとすると、突如、その人物が顔を上げた。
周りをきょろきょろと見渡し、私を見る。
いや、正確には上を向いたのだが、車内を上から見た俯瞰図が私の頭の中のイメージにあった為、そう思ったのだ。
その顔を見て驚いた。それは、私だった。
反射的に私も本から顔を上げた。
周囲を見渡してみるが、それはいつもと変わらない朝の風景である。
上を向いてみると、私の目の前に立っているサラリーマン風の中年男性と目があった。
咄嗟に目を逸らして下を向く。
なんだろう、この本は。
驚きと恐怖が全身を襲った。
しかし、それよりも好奇心の方が勝っていた。
私は再び本に没頭した。
場面は変わらず電車の中で、車窓から見える外の風景や、車内にいる人たちの様子を順々に映し出していく。
携帯をいじっている人、ウォークマンの音が漏れている人、眠っている人、新聞を読んでいる人、手鏡を覗き込みながら化粧をする人、また、私のように本を読んでいる人もいる。
そこには、人の数だけ世界があった。
俯瞰図のように車内を見ているからか、それは大変新鮮に思えた。
こんなにたくさんの人が一つの車両に詰まっていて、それでいて皆、別の世界を向いている。
電車が駅に止まった。
車両は、新たな乗客を飲み込みながら流動する。
ただでさえ窮屈なところへ更に拍車がかかる。
その中に、一人の老婆がいた。
私の席からは少し離れているが、顔を上げれば気付く距離である。
ぎゅうぎゅうと押し寿司のように挟まれながら、隣に立つOLのたなびく髪をうっとうしそうに避けようとし、逆隣に立っているサラリーマンのおじさんに睨まれている。
老婆に席を譲ろうとする人は一人もいない。
皆が皆、世界に目を向けているようで、実は自分の世界に閉じこもっているのだけなのだ。
気付け、気付け……。
私は、いつの間にか本の中の自分に向けて、心の中で声を掛けていた。
気付いて、ある一言さえ口にすればいい。
「どうぞ」
ただそれだけ。
たったそれだけの言葉で、人生が変わる。
それまでぼんやりと灰色がかっていた世界が一気に色付いて鮮やかに花ひらく。
しかし、私の思いなどお構いなしに、本の中の私は本に夢中になっているのか、全く微動だにしない。
そんな自分にヤキモキとしながら、ふと私はある事に気がついた。
本の中で老婆が居ると思われる場所を現実の世界で確認する。
やはりそこに老婆の姿があった。
もし、私がここで老婆に声を掛けたら、この本はどうなるのだろうか。
心臓がどくんどくんと音を立ててせめぎ合う。
私は、思い切って本を閉じた。
よしっ、と心の中だけで気合を入れる。
腰を上げると、老婆に向かって口を開いた。
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