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1章

息ができない

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「そうだったんですね」


ステファン様の話は、とても心が痛い。
誰もが羨む空の守護者と契約した代償は恩恵と同じくらい重かったんだ。


「だからお前みたいに裏表のない人間と話すのは凄く久々で、とても心地がいい」
「じゃあ、これからいっぱいお話をしましょう!私は元々思った事がすぐ口に出てしまうので、ステファン様が言うような事はこれからも起きないと思います。今日は何食べたとか何でもいいので、今まで我慢してた分、取り返しましょう!」
「そうだな」


そう言って空いた手で、私の頭を撫でてくれるステファン様。そういえば頭を撫でてもらったのも初めてだ。記憶が無い頃に撫でられたかもしれないけど。


「わたし、初めて頭を撫でられました」
「そうなのか?」
「手を握ってもらったのも、頭を撫でてもらったのもステファン様が初めてです」
「じゃあ、俺と初体験をたくさんしよう。お前は俺の話し相手、俺はお前の初めて担当……どうだ?」


初めて担当って言い方、なんかいかがわしい事してるみたい……!
でも、ステファン様ならいっか。


「はい!私のはじめて、いっぱいもらってくださいね?」
「俺が言い出したんだが、何かこう……エロいな」
「あ、もう返品取り消しは不可ですよ~!」
「まさか。こんな役得、誰が返品するか」


顔を見合わせて思わず笑ってしまう。
転移された時はこんな穏やかな時間を過ごせるとは思わなかったけど、これもステファン様のおかげかな?


「白竜、見たくないか?」
「見れるんですか!?」
「くく……すげぇ食いつき」
「だって白竜ですよ!!私のいた世界ではそもそも竜は神話やおとぎ話のお話なんです!それが生きた本物の竜を見れるなんて興奮しないわけがないじゃないですか!!今すぐ!!行きましょう!!!!さあ!早く!!!」


ステファン様の手をグイグイ引っ張ると、あまりの興奮っぷりに苦笑しつつ立ち上がると、お返しとばかりに空いた手で腰をグイッと引き寄せられ、ステファン様と密着して抱き合う形になる。


「えっと……ステファン様……?」


一気に顔の中心に火が集まって、鼓動が痛い程に脈打つ。
不整脈じゃないよ!!!キュンのドキドキだよ!!!


「ほーら。さっきまでの興奮したお前はどうした」
「むーりーでーすー!!私が慣れてないって知ってるでしょ!」
「くく……ははははっ!!やっぱりお前いいよ。最高」
「とりあえず離してください!!!」
「やーだ」


楽しそうに笑うステファン様と対照的に、既に私はぶっ倒れる寸前。こんな密着してるんだから、ステファン様の体付きがダイレクトに伝わってくる。


厚い胸板、引き締まり程よく筋肉がついた腕、血管が見える手、引き締まった上半身、ステファン様の匂い。
耐性のない私にとっては、刺激が強すぎる。


なんか息……しづらい。


「すてふぁんさま……」
「……っ!どうした!?」
「いじわるしないで……いき……できない……くるしいよ……」


自然と溢れる涙。
もう脳内キャパオーバー、私の思考回路は今にもショートしそうだ。呼吸も忘れるくらい胸が痛い程に鼓動が高鳴る。


「悪い!お前が耐性ないの分かってるのに反応可愛くてやりすぎた!!ゆっくり息できるか?」
「でき……っない……」
「たまき。俺を見ろ。俺と一緒にゆっくり呼吸しよう。焦らなくていい。落ち着いて。……できるか?」


抜け出す酸素を少しでも抑えたくて、コクコクと頷く。
呼吸も苦しいし、今はステファン様の事しか考えられない。


「いい子だ。じゃあ、ゆっくり。吸って~吐いて~」


呼吸のリズムで背中を優しくさすってくれるステファン様。……やっぱり大きい手。


「すーーーはーーーーー」
「どうだ?落ち着いたか?」
「はい……なんとか」


一緒に呼吸を何回か繰り返した後、無事に息苦しさからは脱出できた。まだ軽く抱きしめられたままだから、ドキドキはしてるけど息はできる。大丈夫。


「本当にすまない。苦しかったよな。……って、俺がこうしてるからいけないんだよな。離れるな」


そう言って私から離れていくステファン様。
さっきまであんなに刺激が強いと思って、キャパオーバーを起こしたのに、いざ離れるとなると……寂しい。


「やだ……」
「でもな……」
「もう大丈夫だから、もう少しくっついててください」
「さっきも話したが、俺は手を繋いだ事も家族としかした事がない。こうやって抱きしめるのはお前が初めてだ。だから加減が分からない。どこまでなら大丈夫か教えてくれ」
「ギュッてしてください。さっきみたいに」


家では、私に自由はなかった。
学校には行けたけど、外で遊ぶ事はできなかった。
夜伽の練習をさせられたり、破瓜してないか確かめられたり、まるで人形だった。息をしたただの人形。


「私が家で唯一許されたのは、本を読む事でした。私が恋をしたいと思ったのも、その本がきっかけなんです。そこには抱きしめて相手の体温を感じるだけで胸がポカポカするって書いてあって……。でも、それが何か分からなかった。誰にも抱きしめられた事がなかったから……」
「……」
「本当だったんですね、ステファン様……」
「ああ、そうだな……」


優しくギュッと抱きしめてくれるステファン様。
さっきとは違う胸の奥がギュッとなる気持ちと、胸がポカポカする感覚。


「なあ、たまき」
「なんですか?」
「これは同情でもなく、ただ俺がお前にしてやりたいって思ってる事なんだが」
「はい」
「もっといっぱい甘えてくれ。今まで出来なかった分、取り返そう」
「……いいんですか?」
「もちろん」
「……うれしいです……っ」


初めて会って数時間。
そう、まだ転移してから1日も経っていない。
それなのに、何でこの人はこんなに欲しかった言葉をくれるんだろう。
何で……溢れる涙を止められないんだろう。


「白竜はお前が落ち着いてからな」
「ぐすっ……はい……」
「今日は白竜を見て、空中騎士団も案内しよう。そしたら一緒に昼飯食って、城の中を少し散歩するか」
「手も……」
「いくらでも繋いでやる」


声色に甘さと優しさを纏ったステファン様の声が降ってくる。ドキドキするのに安心する……不思議。


あ、そっか。





この気持ちはきっと恋。
本で読んだ。恋に落ちる時は一瞬。
でもまだちょっと、この気持ちに自信がない。
もっとステファン様を知りたい。一緒にいたい。
もっと近付きたくて抱きしめる力を少し強めると、ステファン様も呼応してくれる。


「あと5分……堪能させてください」
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