貴方の犬にしてください

えびまる

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貴方の犬にしてください

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 侯爵の話はしばらく続き、リシュアンのメモが黒で埋まっていくのをレヴィが眺めていると、ヨークシャーテリアがレヴィの足元に寄ってきていた。

「ん?お前遊んで欲しいのか?」

 レヴィはしゃがみこんで、犬の鼻先に手を差し伸べる。
 犬はレヴィの匂いをふんふんと嗅ぐと、しっぽを振りそのまま近付いてきた。

「か、かわいい……」

 そっと撫でてやると、言葉も表情もあまりよく分からないのに、気持ちよさそうに見えた。
 気付けば他の三匹も集まっていて、手や顔を舐められたり、撫でろ撫でろと言わんばかりに体を擦り付けられたり、四匹と一緒に広い庭を走ってすっかり楽しくなってしまった。

「レヴィー!そろそろお邪魔しようか!」

 という、リシュアンの叫び声ではっと我に返ったレヴィは素早くリシュアンの元に帰ると、侯爵に
「いやぁ、うちの子達と沢山遊んでくれてありがとう」とお礼を言われ、レヴィが返事をする前にリシュアンが「こちらこそ、沢山遊んでもらってよかったね」とレヴィの頭を撫ぜた。

「次は首輪だね、侯爵の所の子たちも立派な首輪つけてたね」
「は、はい」

 馬車に乗り込むとリシュアンは機嫌良さそうに、レヴィを撫で回す。
 頭の上から始まり、すりっと目元を撫ぜて、両手で側頭部をわしゃわしゃとかき混ぜる。
 耳の後ろと付け根をすりすり撫でられた後、顎の下をこちょこちょと撫ぜた。
 黙ってされるがままのレヴィにリシュアンはとても楽しそうにしている。

「侯爵に触ってあげると喜ぶ場所教えてもらったんだよね、ふふっ、ほんとに気持ちよさそうだね」
「は、い……気持ちいいです」
「ふふふ、他のところも教えてもらったから夜楽しみにしててね」
「はぁ、い」

 レヴィは、リシュアンのテクにメロメロになってしまった。今でも気持ちいいのに、まだ他にもあるというのか。無意識にリシュアンの手に擦り寄ってしまうのに気付いていたが、理性も何もかも、リシュアンの手に溶かされてしまったように感じていた。
 他人に触られて撫でられるのが、こんなにも気持ちいいだなんて知らなかった。
 いや、きっと誰でもいいわけじゃない。
 リシュアンにしてもらうこと全てが気持ちいいのだ。
 だってレヴィはリシュアンの犬なのだから。

 撫でくり回されている間に、ペット用品も豊富に扱う魔道具屋に着いた。
 メロメロのヘロヘロになっていた気持ちを護衛としてシャキッと切り替えて、リシュアンと共に店に入る。

「いらっしゃいませ」

 上品なスーツを着こなした中年の店員が綺麗な角度でお辞儀していた。

「大型犬用の首輪と、人間用のネックレスを見せてくれる?」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」

 先触を出していたのか、第一皇子の訪問だというのに慌てることなくスムーズに奥の部屋へと案内された。
テーブルの上にずらりと並べられた首輪にレヴィは少し尻込みしてしまう。
 
「どれにしようかな?」

 上質な皮で作られたであろう首輪は、茶色や黒、赤や白など様々な色のものや、魔石や宝石の着いたギラギラしたもの、シンプルなデザインのもの、本当に様々な種類がある。

「全ての首輪に居場所が把握出来る探知の魔法が付与されており、他に、躾用に軽く電流が流れるものなどもございます」
「へぇ、危なくないの?」
「本当に微弱なので犬の健康などに害はございません」
「へぇ……大丈夫なんだって。どれがいいかな?」

 じっと首輪を眺めるレヴィにリシュアンはにやりと意地の悪そうな笑顔で問いかけた。

「……っ、で、殿下の犬の物なので、殿下がお選びになるのがよろしいかと」
「うん、でもレヴィの意見も聞きたいんだよね、どれにする?」

 レヴィは、羞恥心でまともにリシュアンの顔が見れないが、有無を言わさないような気配を感じ、震える手でひとつの首輪を指さした。

「へぇ、赤かぁ」
「で、殿下の瞳のお色にこれが一番近いので……」
「俺の色が入ってる方がいいの?」
「は、い……。その方がより殿下の物なんだという自覚と安心感があ、ある……か、と」
「ふぅん?俺の物って自覚したら安心できるんだ?」

 赤い皮で作られ、金具は金色の物がついている首輪。
 自分で口に出したものの、なんて恥ずかしいことを口走ってしまっているのだろう、流石に殿下も引いてるのでは……、と思い、チラッとリシュアンの顔を見ると、蕩けるような笑顔でこちらを見ていた。
 それを見てしまったレヴィの心臓は口から出そうになるぐらい暴れているし、はくはくと息も上がってきてしまう。
 店員が一人しかいないとはいえ、こんなところで醜態を晒す訳にはいかない、とレヴィはギュッと目を瞑り、深呼吸を繰り返した。


「じゃあ、首輪はこれにしよう。次はネックレスお願い」
「かしこまりました」

 店員がササッと用意している間も、レヴィはリシュアンからの視線を感じていた。

「俺の犬は喜んでくれるかなぁ?」
「は、い、とても喜ぶと思います」
「俺の色の首輪つけて、俺の所有物だって自覚するのが?」
「は、はい、殿下の犬になれたんだと、その首輪を見る度に嬉しくなると思います」
「そう、かわいいね……、喜んでくれて俺も嬉しい」
「でんか……」
「次は外に着けていく首輪、選ぼうね」

 最後の台詞が耳元で囁かれ、ネックレスはレヴィのための外用の首輪なのだと気付いた。

「ぁ……う、嬉しいです」

 そう答えたレヴィは、今自分はだらしない顔をしているんだろうなと思ったが、多幸感に溢れていて抑えきれなかった。
 リシュアンの所有物だというのを示すための首輪、それを与えられるというだけでこんなにも幸せになる。
 撫でられて、首輪を付けられて、居場所まで常に把握されるのだ。こんなに幸せでいいのだろうか。何故リシュアンはレヴィの願望が分かり、それを叶えてくれるのだろう。まだ、犬になって二日しかたっていないのに。
 これから与えられるであろう幸せに耐え切れるのかという贅沢な不安さえ抱えてしまう。

 ネックレスは、首輪と同じような理由で少し太めのゴールドのチェーンに赤いルビーのトップがついているものになった。

 首輪もネックレスも大切そうに箱と包装紙に包まれる。

「城まで届けますか?」
「いいよ、このまま持って帰る」
「かしこまりました」

 そんなやり取りを得てとびきりの笑顔のリシュアンが紙袋をレヴィに差し出した。

「はい」
「あっ、ありがとうございます……!」
「城に帰ったら付けてあげる、ふふ、楽しみだなぁ」
「は、はい……」
「付けてあげたら、俺の可愛い犬はどんな顔を見せてくれるんだろうね?」
「……っ」

 城にはまだ泊まったこともないのに、早く帰りたいと思ってしまった。
 首輪を付けてもらって、馬車では出来ない他のところを撫でてもらえる。
 再び乗り込んだ馬車でまたもや撫で回されメロメロになったレヴィに、リシュアンはやっぱり満足そうに笑うのだった。

 馬車が城に着いた後、レヴィはリシュアンに手を引かれ長い廊下を歩いていた。
 リシュアンも楽しみにしてくれているのであろうか、ほぼ早歩きといった速度で部屋へ向かっており、横をついてくる執事にこの後の指示をパパっと出していた。

「今からレヴィとしばらく部屋に籠るよ、陛下たちにもレヴィを紹介したいから、夕食はちゃんと食堂でとる」
「へ?」
「あぁ、レヴィ大丈夫、ちゃんと服は用意しているからね」
「あ、え?」
「レヴィの服は今から部屋に持ってきておいて、その後は下がっていい。夕食の時間まで人払いを」
「かしこまりました」

 早歩きのうえ、早口の指示なのに、執事は要領を得た様で、すぐに離れていった。
 というか、執事にすらまだ正式に挨拶していないのに、陛下たちと夕食を取ると言わなかったか、この飼い主様は。
 
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