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第一章 王道的転生

あぜ道と太鼓

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 やあッ☆ 紳士淑女の諸君! キミはニートについてどれくらい知っているんだい?

 おう、おう……なにも知らないのか。どうせ無知だろうな——この世間知らずめッ!

 いいさ、キミらはせいぜい働きたまえ! そんで日本のGDPをアップしろ! GDPがなんなのかは知らんが、それが多いとみんなハッピーなんだろ!? なら働けば!?

 俺はのんびりギターを弾くよ♪ 江戸時代の人も詠んでいる。

 世の中に 寝るほど楽はなかりけり 浮世の馬鹿は起きて働け——詠み人知らず。

 Oh、はーたーらーけー(Cメジャー)、おーまーえーらぁ(Dマイナー)、おれの老後のー……(F)生活保護の(G7)、ためー☆(Cメジャー)



 ——というステキな歌の夢から覚めた俺は、まどろみながらも相変わらず籐カゴで眠る自分を認識し、そのあと夢にDm6(ファレシラの邪神)を出現させなかった自分を褒めた。

 よくやった俺。それでこそニートだ。頼れる乳幼児というものだ。

 そもそも無職最大の楽しみは睡眠なのだから、かかる安らかな眠りをDm6のごとき不協和音で乱してはいけない。

「……ナンダカ! が起きた……起きたわ!」

 ク●ラが立ったハ●ジのごとく喜びに震えた女の声がして、ナンダカ()とかいう冗談みてぇな名の男も声を上げた。

「よかった! こいつ、あの蜂を手でつぶしたんだぞ!? そんで刺されそうだったのが、青い壁で——ファレシラ様のHPで……!」
「ええ、ええ。聞いたわよ。何回目?」

 目を開くと嬉しそうな俺の「父」と「母」が見えた。父はまあ、良いだろう。しかし俺が寝落ちする直前、あれだけ血を吐いていた母も健康そうだった。そのこと自体にまったく不満は無いが、不安は残る。

 ——具合はどうですか?

 と聞こうとした俺は、

「ぅるぁンのーっすか」

 と発音した。

「見ろよラヴァナ、カオスシェイドが喋った!」

 大声を出す親父の隣には、知らない栗毛の髭面がいた。父もそうだが鎧を着ていて、背中に十字架のような大剣を担いでいる。ヒゲはしかめつらで、俺の父母に訝るような目を向けた。

「このガキが蜂を……? 百歩譲って本当だとして、たまたま弱った個体だったんだろ。死体を見たが、あれはツキヨ蜂の〈女王〉だったぜ」
「なんだと!? 俺の息子を疑うのか!?」
「アニキとか死ねばいいのに」

 俺の眼の前で両親が戦闘態勢を取りヒゲと口論を始めたが、俺はそれよりもうひとりの女性が気になった。

「にゃ……」

 とつぶやいた黒髪・黒目の女性は、腕に抱いた子供をあやしながら俺を見つめていたのだが、その頭部には猫のような黒い三角耳が生えている。黒猫のような女性の腕に抱かれた子供は毛布に包まれて静かに眠っていて……母親にそっくりな黒い耳と、父親似の栗色のしっぽがゆらゆらと揺れるのだけが見えた。

 女性は獣人だった。俺を見つめて「にゃ」とか言ってるし、腕に抱かれた娘共々、猫の獣人だろう。

「にゃ。おまいら黙れ。あちしの〈鑑定〉が済んだのだが?」

 黒猫の女性は尊大な口調で言った。

「……この子、本物にゃ」
「「 マジで!? 」」
「でしょう!?」

 おっさん二人が目を剥き、豊かな栗毛の母が猫耳の女性に抱きついた。女性は腕に抱えた子供を守るように「シャー」と唸り、黒いしっぽを太くする。

「あ、ごめんポコニャ……」

 母は照れたように笑った。

「だけど、ポコニャの鑑定でもそうなの?」

 ポコニャと呼ばれた黒毛の獣人は仰々しく頷いた。

「にゃ……ビビった。〈鑑定〉したら叡智の女神様が教えてくれた。あちしの鑑定レベルは3だから、細かいことはわからねーけど……」

 ポコニャという黒毛の獣人は鋭い犬歯を剥き出して笑った。

「HPが、3にゃ! それは間違いねーし、年齢の割にMPと知性が猛烈に高い。ファレシラ様の加護のおかげだろうにゃ。アクシノ様の加護を持つ者はMPと知性が補正されるけど、同じ加護はあちしも得てる。にゃのに、特にMPがやべえ。理由はおそらく——」
「マジか。俺の息子はMPをいくつ持ってるんだ?」
「あなた、ちょっと黙って! ポコニャ、星辰様の加護についてもっと詳しく!」

 母・ナサティヤが獣人に詰め寄る。にゃーにゃーと解説する獣人をよそに、俺は「ステータス」と念じた。


————————————

 名前:カオスシェイド
 年齢:0
 職業:なし
 称号:星辰の加護、叡智の加護
 SP:5

スキル:
 調速ガバナーLv2
 鑑定Lv2
 翻訳Lv1

レベル:7
EXP:31/1,109

 HP:3/3
 MP:3,923/3,923
 腕力:53
 知性:787
 防御:47
 特防:47
 敏捷:53

————————————


 ステータスのうち、俺が最初に確認したのはHPだった。ありがたいことに全快している。

 HPは、自分にとって致命傷になるような攻撃をその数値だけ無力化するパラメータだ。単純ながら強力なステータスは、俺が眠る前に命を助けてくれた。

 鑑定も無事レベル2になっている。

 停止した時間の中で歌の女神・ファレシラの試練を一発クリアした俺は、そのまま追加でSPを消費し、〈鑑定〉のLv2に挑んだ。

 眼の前の母を救いたい俺には情報が不足していたし、〈調速〉をクリアしたときにようやく気づいたのだが、俺はずっと、停止した時間の中で〈調速〉スキルを使っていなかったからだ。

 調速のレベル2を獲得し、調速ってどうやって使うんだろう? と思った俺は、とりあえず「調速」と念じてみて……自分の頭の悪さに吐き気がした。

〈レベル1とレベル2、どちらに調速しますか?〉

 ボタンが現れ、わけがわからずレベル1を選んでみたんだよ。

 停止した時間の中でピクリとも動かせなかった体が動くようになった。ゆっくりだがハイハイができたし、疲れた目を揉んだりもできる。

 タイピングゲームを泣きながら目だけでやってたボクはなんだったの。

 鑑定のレベル2に挑んだ俺はキーボードを両手でポチポチと押しまくり、一度しくじったものの、キーボードにローマ字入力を発見していよいよ無双した。タッチタイピングくらいニートなら誰でもできる。

〈……ルールだからスキルをやるけど、ゲームをもう少し難しくしなくちゃな……〉

 アクシノの悔しそうな声を聞きつつ無事に鑑定Lv2を得た俺は、すぐに蜂を鑑定しなおした。レベル2になった鑑定はそれ以前より多くの情報を与えてくれて、

〈ツキヨ蜂の女王は——中略——また、倒せば毒を消すことができますが、困難です。なぜなら——略〉

 念のため作文アプリに記録しておいたが、新たに手にした情報のうち、重要なのは「倒せば解毒」だけだ。

 思考加速し、ほとんど停止した時間の中で蜂に這い寄る。動けるといっても自由自在ではなく、レベル1の調速では周りの空気が鉛のように重く感じられた。

 しかも、調速はノーコストではない。レベル1を使用した時点で消費MPが1秒につき1に跳ね上がっていた。

 ステータス画面の残りMPを睨みながら蜂に近づく。調速のレベル2はまだ使わない。父がなにやらすごい速さで剣を振ったが、蜂がワープして逃げるのを見ていたからだ。

 ていうかあの蜂、すげえ強いんじゃない? 時間がほとんど止まってるはずなのに、ちょうちょ並だが行動できてるぞ?

 不安に思いつつ蜂に近づき、ほとんど真下という位置に来た。蜂も殺気を感じたのだろう。俺に向かって針を突き出したが、HPさんマジ最高だったね。体よく蜂が近寄ってくれたので、俺は覚悟を決めて〈調速〉をレベル2に変えた。

 その瞬間、体がそれまの何倍も動くようになる。俺は両足に気合を入れて「あんよ」し、さらには少しジャンプして、空中に浮かぶ蜂をわけもなく握り潰した……。


  ◇


(……キモかったな、蜂。幼児だけど武器が欲しい。せめて手袋)

 籐カゴに寝転がり、両親と知らないヒゲや黒猫の会話を聞きながら俺は反省点を作文アプリにメモした。

(調速無しだと10秒で1くらい。レベル1で1秒に1……レベル2はまだわかんねぇな。発動したらMPがごっそり抜けて気絶しそうになったから確認できなかった。それに、そう……MPを暗算しながら動くのは辛いから、あとで計算アプリの使い方も調べよう……)

 ……などと考察していた俺の耳に、太鼓の音が聞こえてくる。

(なんだ……?)
「おお、祭りが始まったな」

 父・ナンダカ()が顔を上げ、俺は忘れていた任務クエストを思い出した。

(え、ちょっと待て……今何時? 俺はどれくらい寝てた……!?)

 こんな感覚いつぶりだ? 通勤のある社会人ならたまにやらかすこともあるだろうが、俺の場合は——最後にバンドのリハに寝過ごしたのはいつだった……?

「行くわよ、カッシェ。あなたに恵みをくださった神様のお祭りだもの」

 いいね母☆ カオスシェイド()をそう略してくれるのは歓迎なのだが。

「にゃ。このにも早く名前が来ないかニャー? 星辰様のお祭りは、にゃいときはずーっと無いからにゃ」

 母が悄然とする俺を抱きかかえた。隣にはポコニャと呼ばれる黒猫がいて、毛布にくるまれた女の子の顔が見える。目を覚ましたようだ。青い瞳で俺をまっすぐ見つめている。髪はオレンジと白にこげ茶が混ざった複雑な色をしていて、側面にある人間の耳は微動だにしないが、頭に生えた黒い三角耳を太鼓の音がする方に向けている。

「だうえいあー?(お祭りってなに。それより今、何時?)」

 聞きたかったが無駄だった。俺の言葉に耳を向けてくれたのは子猫の獣人だけで、周りの大人はガヤガヤと支度を始めた。祭りだと言っていたが全員がナイフやら剣を確認し、父はヒゲに「頼むぞ……」と、小声でなにかを打ち合わせしていた。

 ベルトの鞘に三日月のような銀色のナイフを装備した母に抱かれながら居間を抜けた。母を含めた一行は洋風な人たちに見えたが、靴を脱ぐ習慣があるようで、床より一段下がった玄関で母が靴を履く。

 母に抱かれて家を出た。外は……夕方だった。

(うわぁ……あっれー、ヘンだな? 俺が蜂を倒した時は夜だったよね……☆)

 俺はめちゃくちゃ焦りつつ、ふとひらめいて、夕空のなにもない場所に呪文を詠唱してみる。

「あんえい(鑑定)」
〈夕空です——ああ、時間が知りたかったのか? おまえはツキヨ蜂を殺したあと丸一日寝ていたぞ〉

 ありがとうアクシノ。空気の読める女神様ってステキ!

 感謝しつつ俺は「手紙アプリ」と念じた。ディスプレイが出現し、俺がつい昨日読んだばかりの例の手紙が表示される。

〈明日の夜までに、オークを討伐せよッ!〉

 家族とともに夕暮れのあぜ道を行く。俺は「母」に抱かれていて、すぐ隣には「父」がいて……あぜ道の脇は小さな墓地で、雑草の合間に多数の墓石が立ち並んでいた。

 この異世界の季節は今、夏の終わりから秋の頃だと思われた。墓地の雑草から鈴虫の音が聞こえる。遠くから聞こえる野太い太鼓の音が大きくなっていく。

 手紙の言ってる「明日の夜」とは今夜のことだが、星と歌の邪神が寄越した手紙にはこう書いてある。


 ——しくじれば、俺はもちろん「家族」も皆殺し。


 クエストの期限が近づいていた。


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