マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

あ行 へぐ

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幕間 シュコニの冒険

冒険の終わりに

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 ああ、これはダメだ。私が終わる時が近づいている。

 フィウが髪の毛を真っ赤にしながらピアノを弾く様子を見つめ、シュコニは天罰を覚悟した。

 惑星と「歌」の女神から加護を受けたカオスシェイドは早口に「極大魔法のをする」と怒鳴り、シュコニにそれを通訳させて、フィウと一緒にピアノを演奏していた。

 ピアノはフィウの習い事のひとつで、毎日の「殺人命令」に従えばどんな自由も許す王家が、彼女の願い通り楽師を雇って教えさせていた古代の楽器だ。シュコニは王宮で何度も演奏を耳にしていたはずなのだが……やろうと思えばこんな音がする楽器とは思わなかった。

 倉庫の壁には春の短い期間にだけ咲く花を意味するレテアリタ語が書かれていた。シュコニは楽譜を読めないが、カオスとフィウがツイウス王国で過ごした日々で耳にしたどんな曲よりも複雑で難しい演奏をしているのはわかる。

 どこか生き急ぐような曲に思えたが、演奏に呼応するように床に描かれた魔法陣が輝き、常世の倉庫の中だというのに、脳内には叡智ジビカの絶叫が切れ切れに響く。

〈卑怯だ、アクシノめ——こんなことで、これほどのSPを——私だって力さえあれば——〉

 倉庫の中で助かった。外ならこれの百倍は耳障りだっただろう。そしてフィウと少年は演奏を終え——シュコニの前に、もうひとりの叡智が顕現した。

「ぅえ……」

 真冬に冷水を浴びせられたような鋭い視線を向けられ、シュコニは自分のすべてを知られたと悟った。親父の指輪もさすがに無理だ。常世の女神が守る倉庫に別の女神が顕現している時点で勝ち目は無い。

 しかし堂々とこの星の叡智を睨み返すと、叡智の女神は楽しそうに微笑んだ。

〈——なるほど。ニケは興味深い娘を隠していたものだ〉

 叡智アクシノはシュコニの脳内にだけ声をかけるとカオスシェイドになにかを耳打ちし、カオス少年は数秒の間に目まぐるしく顔色を変え、そっとシュコニへ視線を送った。

 ——月の加護を知られたか。まあいいさ。

 どうとでもなれという気分でカオスに話しかけると彼はフィウへの通訳を依頼してきて、シュコニはカオスと叡智アクシノが、揃って知らんぷりをしてくれたのだと理解した。

 ……嬉しいね。黙っていてくれるのかい?

 カオス少年は目を泳がせて動揺していたが、少しすると何事もなかったかのように料理を作ると宣言し、それがマグじいのためになると言い張った。

 ほんとかな。だけど極大魔法の「鑑定」の結果がそれをベストだと神託したそうだし、アクシノはフィウになにもしなかった。少なくとも脳内でわめくコイツよりは信用できるだろう。

〈——おい——聞こえるか——私が予想するに——だから——〉

 ジビカはアクシノへの対抗心を燃やし、倉庫の中なのにシュコニの脳内で神託を怒鳴り続けていた。しかし相当無理をしているようで、言葉はほとんど聞き取れず、シュコニは指輪に触りながら念じた。

(ジビカ様っ、落ち着いてください☆ お言葉がうまく聞き取れません……ここは私に任せてください。偉大なる真理の子として、必ずファレシラのガキを殺害してみせますっ)

 アホはその嘘を信じて静かになり、シュコニは「カツカレー」なる謎の料理についてフィウに通訳した。


 ツイウス王国は重要な保存料たる食塩に乏しく、代わりに香辛料や砂糖を使った保存食が発達している。

 スパイスを大量に使うと伝えるとフィウはわくわくした顔を見せ、メイドは嬉しくなった。フィウは偏食気味の子で、王宮の食卓には毎日豪華な料理が並んでいたが、残さず食べるのは香りの強い料理ばかりだったからだ。

 しかもカオスはカレーだけでは満足しなかった。

 どうしてそんなに料理を作るのか理解できなかったが、彼は突然「おにぎり」を作ると言い出した。

 先程の鑑定で見抜かれたせいかと訝ったが、そういうことでも無いらしい。

 カオス少年は謎の国ジャパンの天むすというおにぎりを作ると言って譲らず、シュコニはお米を手に取って三角形に握った。

 迷宮の最下層に近いこんな場所で、まさかおにぎりを作ることになるとは思わなかった。

 シュコニはカオスシェイドの指示するままにおにぎりを結び、自分でもびっくりするぐらいきれいなおにぎりを作ることができた。海苔があったらなと言うと、カオスシェイドは大きく頷いた。

 なんとっ。ふつーに海苔を知っているのか。こっちの星の叡智の子はずごいなっ。

 フィウはカツカレーに興味津々だったが、シュコニはむしろおにぎりに惹かれた。食堂のテーブルでおにぎりを齧り、お味噌汁を飲んだシュコニは、おにぎりという料理の真実の味わいを知ったように感じた。

 親父と母さんに教えてあげたかった。おにぎりは、ほんとはこうやってお味噌汁と食べるべき料理なんじゃないか。

 カオスシェイドはシュコニの感動をよそにおにぎりやお味噌汁を常世の女神に捧げろとわめき、シュコニは内心「やだなぁ」と思いつつ、仕方ないので〈神〉にも差し入れしてやった。

 譲ってやった価値はあったと思う。

 カオスの言う通り常世の女神へ天むすを捧げると、少年はホッとした顔でシュコニに言った。


「本当の名前は、倉庫の中にあるよ」


 ————言葉を失った。

 レテアリタ語で語られた言葉の意味をフィウは知りたがったが、シュコニはもう、通訳なんてしていられなかった。

 本当の名前——それは叡智ジビカの鑑定でも見抜けないし、叡智アクシノの鑑定でも本来なら知ることのできない情報だ。

 もう4年前——叡智ジビカの加護を得たシュコニは即座に自分を「鑑定」し、成人の日の前日に死んでしまった両親が自分につけるつもりだった名前を知ろうとしたが、無駄だった。

〈その問いには答えられない。神々がつけたのではない本当の名前は、お前の親だけが知り得る秘密で、我らはあえてそれを知ることの無いよう気をつけているからだ。名前を知りたければ月を目指せ。両親に会って直接聞けば良いだろう?〉

 親父が遺してくれた指輪の「ステータス画面」にも本当の名前は表示されなかった。

 シュコニはずっと名前を知りたくて、知りたくて……だけど知る方法もなくて、諦めるしかないのだと思っていた。

 カオスは突然気絶してしまったが、シュコニはもう、それどころではなかった。

 通訳を願うフィウを無視して倉庫を開き、宝箱を開いた。

 中には無意味な思い出の品が大量にあり、ひとつひとつを調べたが、ひとつを除いて文字が書かれた物は無い。

(火鼠のマントの、銘……?)

 文字が書かれていたのは「火鼠の皮衣」くらいで、赤いマントには「火鼠の皮衣」という文字の他に、鳥を意味する単語が副題として銘打たれていた。それは灰の中から蘇るとされる火の鳥の名前で、ずっと単なる銘の一部だと思いこんでいた。

 シュコニは、フィウが慌てるほど声を上げて泣いた。

 成人式の前日、母さんがマントの効力を秘密にしたがった理由がようやくわかった。

 母さんはマントの銘に自分の本当の名前を縫い付けていて、13歳の誕生日に教えるつもりだったんだ。


  ◇


 シュコニはフィウの屋敷に用意された自分の部屋で替えのメイド服に着替えた。自分の夢の、最後に挑む時が来たと感じていた。

 ジビカを騙せる時間は残り少ないだろう——だけど必ず迷宮を殺ってやる。

 食堂に戻るとカオスが起きていて、フィウはシュコニが用意した台本通りに嘘をつき、必死にメイドを守ろうとしてくれていた。その手には地図がある。最悪の場合でも、あの地図を頼りに入り口まで戻れるはずだ。

 フィウの屋敷を飛び出す。

 カオスは無詠唱の魔法連打で猛烈な強さを見せて敵をなぎ倒し、瞬きする間にフィウとシュコニを最下層まで運んでくれた。ニケが神託していた通りだ。この少年は強すぎる。シュコニの正体を知った後も少年はパーティを組んだままにしてくれていた。

 指輪が見通すステータス欄に燦然と輝くHPや加護を見ながらメイドは階段を下った。

 迷宮の最下層は地獄のように赤く、ノモヒノジアの2層を思い出させた。階段の脇にフィウを隠すと、眠っていないのに頭の中へ冒険の声が響く。

〈——待っていたぜ。すぐにマガウルが駆けつけて来るから、その子のことは心配するな。月に戻せるかは……正直に言おう。難しい。だけど——〉
(フィウが死なないなら良い)

 シュコニは会話を打ち切るように念じた。元々契約は「迷宮殺し」だけだ。今さらフィウまで面倒を見ろというのは虫が良すぎる。むしろ今問題なのは、残る2人の子供たちだ。

(それよりニケ。ついに約束の時が来ちゃったぞ?)

 おどけてみせるとニケは無言になった。去ったのかなと思ったが、そうではなかった。

〈……「迷宮殺し」については任せろ。わたしは夢の女神として、必ずおまえの「夢」を果たす〉
(——夢か。そうだね……)

 カオスシェイドが走り出し、Eランクでクソ雑魚のシュコニは必死に後を追いかけた。

 カオスは後衛のシュコニからすれば夢のように強く、念じるだけで敵を蹴散らし、シュコニの手を引きながら煙に紛れた。

 暗闇を抜けるとそこにはゴリがいて、ゴリは真っ青な顔でシュコニに言った。

「月に……」
「おいで!」

 カオスはミケと「首吊りの木」に突撃し、シュコニはその勇敢さに驚いた。

 さすがは生まれる前から「迷宮を殺す」と誓っている子だ。どうしてそんなことを願ったのかは知らないが、カオス少年の動きに迷いは無かった。

 一方のクソ雑魚はゴリと「ニケの爪」を持ってマガウルと合流し、焦燥感に駆られながらフィウを月に返そうとした。

 カオスとミケは強いが、まだCランク程度の実力だ。マスターには決して勝てない。

 シュコニはずっと隠していたマントと冒険術を披露し、全力でフィウをマスターの根本に運んだ。もはやジビカにバレても良かった。とにかくフィウさえ月に届けられれば躊躇いなく命を賭けられる。

 しかし思いは届かなかった。マガウルが青ざめた顔で黒い竜を見せたが交渉は決裂し、首吊りの木が得意げにフェネ村長の亡骸を吊し上げた時、シュコニの覚悟は決まった。

 あの地獄の日から7年、12歳からずっと隠してきた憎悪が吹き出した。

(——ねえジビカ、聞こえる? おまえなんて死ねばいい)

 そんな気持ちは「銀杏の指輪」すら隠せず、ようやくジビカのアホが裏切りに気づいた時は痛快だった。

〈……お前……我々を裏切るのか……?〉

 叡智のアホは掠れた声を出し、すぐに〈よくも〉だの〈殺す〉だの、とにかく耳障りな声でわめいたが、すべての叫びがシュコニには気持ち良かった。ステータス欄からジビカの加護が消え去り、冒険のニケが迷宮に顕現したときも、微笑んで迎え入れることができた。

〈シュコニ、その時が来たよ〉
(——うん。約束を守ってくれっ)

 ニケはいよいよの時を迎えて嫌そうな顔をしていたが、シュコニは今さらふざけんなと思った。

 ——命はやると、7年も前から約束してただろ?

 そう思った瞬間、シュコニは初めて知らない神様の声を聞いた。

〈……今日までよく頑張ったね。おまえの命を炎に変えよう。おまえは敵の炎で泣いた。最後は炎でやり返してあげなさい〉

 ムリアフバ様……?

 聞き返すころには髪切虫かみきりむしから炎が吹き出ていた。手当てスキルがカンストしているシュコニにはすぐにわかった——これは普通の炎ではない。

 炎の魔法は「燃素」を伴う。髪切虫から吹き出した黒い燃素には、猛毒の追加効果が付与されていた。その毒は大木の樹皮を蝕み、年輪に染み渡り、相手の特殊防御を完全に突破したあとで激しく発火した。

 ニケも約束を守ってくれた。

(これがSランクが見ている世界か……!)

 体が信じられないほど動く。思った通り、それこそ「夢」に見るような自在を得たシュコニの肉体は、詠唱も技も、望んだ直後には確実に起動してくれて、シュコニはずっと憎んできたダンジョン・マスターを切り刻んだ。

 相手がノモヒノジアのマスターでないのが残念だが、もはや多くは望むまいっ。

 ウユギワ迷宮の最下層中央で、シュコニの命を薪にした業火に耐えられる存在は「絶対防御」を持つマスターと、同じ光の壁を持つ星辰の子供だけだった。

 ふと気がつくとカオスシェイドが側にいてくれて、彼は青白いHPの壁に守られながら先輩冒険者の最後を見届けに来てくれていた。

 シュコニは彼にマントを託し、もはや思い残すことはなかった。

〈……夢は叶ったか?〉

 最後の瞬間、燃え盛る業火の中にニケが現れた。

(叶ったよ。だからそんな顔はよしてくれ。大満足の「大冒険」だった!)

 ニケは申し訳なさそうな顔をしていたが、シュコニは余計な言葉を聞きたくなかった。

(やめてって。あんたは私の夢を叶えてくれたぞ)

 シュコニは女神に言った。

(フィウは無事だった。ミケにもちゃんと爪を渡せたし、カオスに形見のマントを預けることもできた。それに……)

 シュコニは自分の体を灰に変えながらニケに笑ってみせた。

(いつから気づいていたんだい? さすがは夢の女神様だね。私は——思えば冒険者を目指す前からずっと夢に見ていたんだ。冒険者の才能が無くて当たり前だ。私は、本当は「冒険」なんて望んでなかった)

 可愛いフィウが無事で良かった。月に帰してやれなかったのは残念だが、シュコニの何倍も戦いの才能に恵まれたマガウルがどうにかしてくれるだろう。

 可愛いミケには無事に爪を渡せた。あとは三毛猫が私の代わりを務めてくれるはずだ。

(私はずっと妹が欲しかったし、ルシエラみたいな「お姉ちゃん」になりたかったんだ! あんたはちゃんとその夢を叶えてくれた!)

 ニケは寂しそうに微笑み、シュコニは叫んだ。

(もう一度言うぞ? 大満足の、大冒険だったっ!)

 そしてシュコニは灰になって消えた。

 ——大冒険のスキルが要求する通り、死んだと判定されるだった。


  ◇


 長々と自分の人生を振り返っていたシュコニは、そこでようやく「変だ」と感じた。

 ——おかしいな。命と引換えの「大冒険」をして、私は死んだはずだっ。実は私は不滅だったのか?

 そう思った瞬間、シュコニの周辺を白い光の空間が包んだ。一面真っ白な空間には見覚えがある。

(倉庫の中……? だけどこの部屋は私やフィウより……マグじいさんの倉庫より広い)

 その倉庫は見渡す限り壁が見えず、永久にどこまでも広がっているように見えた。

 広大でなにもない空間の中、シュコニの隣に淡い光の泡が湧き出た。それはすぐにヒトの形を取り、シュコニがどこかで見たことのある女神の形に変わる。

 ——フィウの倉庫の食堂に飾られている石像にそっくりだ。

「……誰かな?」
「常世である」

 質問すると正解だとわかった。黒髪のおかっぱ頭で着物姿の女神は、鉄面皮を崩さず、声にすら感情を乗せずに答え……その小さな手には、シュコニが作った天むすが握られている。

「そっか……」

 シュコニは頭の中で状況を整理した。私だってカオスには負けない。これでも元・月のアホの加護持ちだし、脳筋のニケはともかく、医の神ムリアフバ様の加護だって得ている。

「……わかったよ。私を『死亡』させに来たんだね、死神さん。これでも回復持ちだから死の定義は知ってる。でも……もし可能なら私は月に行きたくないな。月に行くのは嫌なんだ」
「む。それ。加えてわたしは不良を好かない。天むすがうまうま。それが話題」

 常世の女神は返事にならない返事を返し、シュコニは面食らった。不良ってなんだ。私が捧げた天むすが話題? どーゆー意味だ。

「……手料理を褒められたのは初めてだね。気に入ってもらえて良かったよ」

 とりあえずお礼してみると、常世の女神は深く頷いて告げた。

「もっと天むすつくらないとぶつ」
「褒めたと思えば突然の暴力っ!? どーゆー理由だよっ?」
「お前はもう死んでいる、的な?」
「聞き返すなっ、意味不明だよ! 『死』を決めるのはあんたの仕事じゃないの?」

 実のところ、常世の女神はカオスを鑑定したアクシノ経由で聞いた地球のギャグを披露していたのだが、残念なことに渾身のジョークは通用しなかった。

 常世の女神は消え入るような声でつぶやいた。

「おのれ……アクシノ……すべった……」
「滑る……? 床のことかい? なにがスベるの? すべったってどういう意味だい?」
「あれが不良になるは好かない。だからおまえは天むすを作ってろ」
「おおっと、こいつぁどうも会話が成立してないね」

 シュコニは軽口を叩いた。あらゆる神を尊敬しないのはシュコニの基本姿勢だし、目の前にいるのはシュコニを天罰から守ってくれるはずの指輪の発行元だ。この女神に嘘や誤魔化しは通用しないだろう。

「天むすを作れ、か……やだって言ったら?」
「作れ」
「やだ」
「……むぅ、アクシノに騙された……今度会ったらぶん殴る」
「おおっ、それほんと? 私は決して止めないが!?」
「……む? それなら、ついでにファレシラとニケも殴る」
「おおおっ!? 私はまったく、全然止めないが!?」
「……!? ならばついでに、ジビカを殴る?」
「——嘘っ、それはほんとかいっ!? 天むすを作ればあのアホを殴ってくれるの? 10個で良いかい? それとも20個っ!?」
「……!! わくわく……!」

 広大な白い空間に、月の叡智には不吉すぎる会話が響いた。


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