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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
ニョキシー・ロコックの誕生
しおりを挟むそのあと玉座で行われた汚らしい会話はあまり思い出したくない。
青髪の娘を奪われたロスルーコ夫人は発狂寸前の顔で旦那を罵り、一方、アクラという青年は怒りに震えながら無言で亡骸を引き取り、どこかへ消えた。
第一夫人は老騎士ロコックが剣を抜いた瞬間息子を連れて玉座の裏に隠れていたが、落ち着きを取り戻すと顔を出し、息子が新たな国王だという話をしつこいくらい繰り返して周囲の貴族に恭順を求めた。
わたしを抱いていたロスルーコ伯爵は部下にわたしを預けると一瞬だけ赤い竜の翼を広げ、翼の先で首を打たれたロスルーコ夫人は気絶した。
ロスルーコ伯爵は部下に夫人を運ばせると国王陛下に頭を垂れ、取り繕った笑顔で忠誠を誓い……。
わたしは気絶した夫人と同様、伯爵の部下たちに連れられて玉座を出たのだった。
廊下に出たわたしは脳内でロリコンを罵倒していた。
(なんなのあれは!? あんた神とか言ってなかった? 神ならどうして止めないの!? こんな酷いことを見過ごして、あんたそれでも本当に神!? やっぱりただのロリコンなんだろこのロリコン!)
〈私は断固ロリコンではないし、そんなに腹が立つのなら、私に頼らずおまえが強くなれば良かろう? ……おまえの願いは正義の騎士になることだったはずだが、おまえの言う「正義」とは神頼みのことなのか?〉
(……! ……!! 口の減らないロリコンね。その口車で何人の幼女を誘拐したの!?)
わたしは気絶したロスルーコ夫人と一緒に客間のような部屋に運ばれ、ロスルーコの部下たちはわたしを椅子に置き、夫人をベッドに寝かせた。
「お義母様になにがあった?」
部屋には3人の少年がいて、一番年上で15歳くらいの赤毛の少年が青ざめた顔で夫人の手を取った。彼より年下で青い羽を持った子や紫髪の子も駆けつけ、部下たちが3人に早口で事情を伝える。赤毛の子はハンカチを絞って夫人の首に当てた。
もはやわたしを甲斐甲斐しく世話してくれる乳母はおらず、わたしはじっと椅子に座って3人の少年やロスルーコ夫人を眺めた。
回復魔法とか無いのかな、この世界。ゲームみたいにレベルがあるなら存在しそうなものだけど。
〈適正がなければ使えないし、呪文を覚える必要がある。詠唱はともかく、攻撃的なおまえに回復の適正があるかは疑問だね〉
(攻撃的で悪かったな。それじゃ攻撃魔法は? わたしにはMPとかあるの?)
〈おまえはわたしの眷属だから、MPは——〉
そんな話を聞いていると部下のひとりが詠唱を始め、夫人の首を柔らかな光が包む。
光が消えると夫人は目を覚まし、椅子にちょこんと座るわたしを見て目に涙を浮かべた。
「ああ、取り替えられてしまった……! あの子はまだ神様から名前すらもらっていなかったのに。私、あの子の名前を呼ぶことすらできなかった……」
と、客間のドアが激しく開かれ、ロスルーコ伯爵が憤怒の表情を浮かべ、大股で部屋に入ってきた。その脇には青ざめた顔のアクラがいる。青年は自分が部屋に入るなりドアを固く閉じ、ロスルーコ伯は自分の夫人に近寄った。
夫人は無言で旦那の頬を殴った。ロスルーコ伯爵は黙って受け止め——そのあと、夫人を強く抱きしめた。
「諦めろと言っただろ、ハリティ! お前のせいでユビン・ロコックを死なせてしまった!」
伯爵の声は震えていた。アクラ青年が真っ青な顔で床を見つめている。顔色に反して髪は紅に染まっていた。
「ユビンのやつ、自分は私の騎士ではないとさ。最後まで私たちをかばって……どうして我慢できなかった!? あの子を差し出さなければ、我が一族は全員が国王への反逆の意思ありとされ処刑されただろう! あの子はひとりでロスルーコ家の全員を守ってくれたのだ……!」
「それがなに……? わたしは死んでも構わなかった……」
夫婦は抱き合いながら声を殺して泣き、アクラを含め、ロスルーコ伯爵の部下たちはじっと床を見つめた。息子と思しき3人の少年たちも沈黙している。
やがて夫婦は泣くのをやめて、2人はそろってわたしを見つめた。
「……ニョキシーという名前だったか」
「そうね、この子はもう神様から名前をもらってる……不思議な力で守られているけれど、叡智ジビカ様が名前だけは鑑定してくださった」
「では、この子の家名は今、ロスルーコに変わったのだろうか?」
部下のひとりが前に出て、わたしを見ながら体を青く光らせた。
〈無駄だよ。私が鑑定なんてさせない〉
ノー・ワンがつぶやき、部下はロスルーコ伯爵に首を振った。
「そうか、不明か……。それならばアクラ、こちらに来い」
ずっと床を見つめていたアクラが伯爵の側で片膝を付き、頭を垂れた。唇を強く結び、悲しみに耐えているような顔だった。
「アクラよ。ユビン・ロコックの勇敢な死を称え、私はお前にこの子を預ける」
アクラは顔を上げて眉をひそめた。
「しかしロスルーコ様——」
「預かってくれ。名目上、この子はロスルーコ家の娘だが……私も妻も育てられる気がしない。連れ去られたあの子を思い出してしまうから」
アクラは椅子に座るわたしを見つめ、困ったような顔をした。
「ですが……あの女が——国王陛下の母君が、ロスルーコ様の子として下賜した娘です」
「構うものか。ユビンは……お前の父は、この子のために命を賭けたんだ」
ロスルーコ伯爵は言い聞かせた。
「約束しよう、アクラ。この娘が大きくなったとき、私の息子と結婚させる!」
大人しく聞いていたわたしは「ふえ!?」と声を上げた。ちょっと待て。なにを勝手に?
「ユビンは女王の前で剣を抜いてしまった。このままではロコック家は苦しい立場に追いやられるだろう……最悪、地位を失うかもしれない」
「あなたの考えに賛成だわ……!」
夫人のハリティも口を挟んだ。
「ロコック家がそんなことで貴族の位を失うなんて許さない! ユビンはわたしたちとあの子のために命を賭けたのに!」
「そこでだ。このニョキシーが私の息子と結婚すればどうなる? ロコック家は我がロスルーコ伯爵家に連なる一族となり、伯爵として、私がロコック家の地位を守ってやれる! ——ドライグ、来なさい」
3兄弟のうち一番年上の、15歳くらいの少年が前に出た。ドライグは父親と同じ赤毛で、背中には大きな赤い竜の羽がある。彼は父親に言われるまま赤子のわたしの手を取った。
「アクラ・ロコック、構わないよな? ——ドライグ、息子よ。生命の男神レファラド様に誓いなさい……この少女が成人した時、必ず自分の妻に迎えると」
「はい父上。誓います」
「ぅの(NO)」
赤子のわたしは抗議できず、ドライグの体が一瞬だけ光る。わたしを含めた全員に、叡智ジビカの神託が下った。
〈ダラサ王国ロスルーコ市のドライグは、ロコックの娘ニョキシーと婚約した〉
——はあああ!? ふざけないでよ、なにそれ!?
脳内にノー・ワンの声が響いた。
〈おまえは女だし、連れてくる前からこういうことがあるかもしれないと思っていたが……実際にそうなったな〉
(ちょっとロリコン、わたし嫌なんだけど!? そもそもわたしの同意は? わたしは同意していないのに、どうして婚約が成立するわけ!?)
〈おまえは成人していないから、アクラ・ロコックが同意すれば婚約は成立する。しかし安心しろ。おまえが成人しさえすれば、おまえの意思だけで婚約は破棄できる〉
(安心って……)
勝手に婚約を決めるとドライグ少年は下がり、ロスルーコ伯爵がアクラに言った。
「よし、これで良い……ついでに言えば、あの売女は私がただの男爵たるお前に娘を譲ったと聞けば喜ぶだろう。ニョキシーが王権を得る可能性が低くなるし、私の政治的な地位は高くなり——それはいつか、お前の父や亡き国王陛下の復讐を果たす役に立つ! だからロコック、お前はこの子を本物の騎士に育ててくれ。女騎士ニョキシー・ロコックとして、お前の父に負けないほどの勇者にして欲しい!」
ハリティ夫人もアクラの手を取って懇願する。
「頼むわ、アクラ……! 聖地から来たこの娘を、正しき神レファラド様の剣に育て上げて! そうしていつかお前と我がロスルーコ、それに願わくばこのニョキシーと〈聖地〉に出向いて、奪われた娘を取り戻してちょうだい!」
夫人は再び目に涙を浮かべて泣き崩れ、伯爵とアクラが励ました。
勝手に婚約させられたわたしは少し離れた場所の椅子に座ったまま困惑していて、そこへ、わたしと婚約した少年が近づいてくる。
ドライグという赤毛の子は乳幼児のわたしをじっと見つめ、突然、子供とは思えない険悪な顔をしてつぶやいた。
「……この俺が獣人の黒犬と結婚? まあ良い、父上から家督を継いだらこんなモノ放り捨ててやる」
——おいロリコン、おまえさっき〈安心しろ〉とか言ったよな?
〈……あ、安心しろ。成人したら破棄できるから……〉
(だけど、わたしが成人する前に結婚式をすることになったら?)
〈……安心しろ。つまり……そう、成人するまで全力で結婚を嫌がれば良い。だろ?〉
おい。それって全然安心できないぞ?
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