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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
七歳のプレゼント
しおりを挟むその4ヶ月後、わたしは通算15回目となる“運搬任務”にうんざりしていた。
ロコック領からルドの湖へ続く道のりはいつも通り退屈で、わたしたちが乗る馬車と、その後ろに続く泥炭を詰んだ荷馬車は静かな田園の細道を進んでいた。
「もう夏になるね、ニョキシー。このあたりはロコックとロスルーコの境目だけど、農民たちが菜種を採ってる……来月にはきっと上等の油が手に入るわ」
わたしは馬車の中で先々月15歳になったクワイセとリバーシで対戦していたのだが、小鼠を追い詰めたタイミングで没落した姫君が笑いかけてきた。
「そして! 明後日はついに7月29日だけど、お誕生日はどうする?」
「ねえリンナ、何度も言うけどプレゼントなんて必要無いよ。誕生日なんて教えなきゃよかった……そもそもわたしの誕生日は、わたしが適当に決めた日付だし」
「はえ? んんん、ごめん、よくわからない。誕生日って好きに決めるものじゃないでしょ」
「わたしは誘拐されてここに来たから——聞かれたのは2歳くらいだったかな。義父母に産まれた日を聞かれて、たぶん夏ごろだって答えたら、義母のオンラが『思い出して』ってしつこくて。それじゃ素数の7月29日にすると言っただけなんだ」
「え。それで素数?」
「2,3,5,7のアレ。知ってるでしょ」
「そうじゃなくて、2歳で素数を知ってたの?」
「…………そうだけど? なにか変か」
13歳で成人だから、どうせなら1月1日だと言い張れば良かった。
後方の荷馬車を含め、荷台に泥炭を満載した馬車がルドを目指してトロトロと進む中、四隅を黒のわたしに取られて舌打ちしまくるネズミをよそに、わたしは先日16歳になったリンナとお喋りした。
「とにかく、だから、何度でも言うけどお祝いは必要無いよ。わたしの誕生日はいい加減だし、毎年両親にも不要だと言ってる」
「いやいや、だから、それはダメだって。こっちこそ何度でも言うよ……子爵のわたしが6月にニョキシー男爵からプレゼントをもらったのに、お返ししないのはホント恥だから」
わたしは先月ヨークシャー・プディングにリベンジして成功し、彼女にプレゼントしていた。
「チ……使用人のオレも5月にナッツをたくさんもらった。同じころピピンも新品の靴をもらったし……リンナ様、オレ、お金無いのにどうしたら良い?」
「よし! それならクワイセたちと私からのプレゼントってことにしようよ! それでニョキシーは宝石が好き? 服は? 元とはいえ王族の私は、お返ししないと貴族の名折れなの!」
「——クワイセ、口出しはいいから早く打てよ」
「チ……少し待て」
「話題を変えようとしないでよー!」
わたしたちを運ぶ馬車の御者台にはピピンとハチワレが座っている。春の戦いの後ハチワレは御者のスキルに強い関心を持ち、ピピンから技術を教わっていた。わたしも「騎士」なので教えられるが、馬の扱いはピピンのほうがずっと上手だった。
「にゃ……? ニョキシー! それに、リンナ様!」
そのハチワレが鋭い声を上げ、わたしは話題を変えられるチャンスに飛びついた。
「——盗賊か?」
「にゃ! 目ではまだ見えにゃいけど、臭いがする……あいつらは風呂に入らにゃい」
「わたしも嗅いだ。鼻が曲がりそうだな」
「にゃ!」
ウサギのピピンが馬に鞭を入れあぜ道を突破しようとすると、左右の泥炭に茂る草むらの中から毛むくじゃらの盗賊が現れた。どれも白人の男で、5人いる。
「おおー? 貴様ら死にたいようだな!?」
「にゃ。どれだけ飢えても泥棒はダメにゃー?」
馬車の御者台でわたしが剣を抜くと盗賊たちはたじろぎ、
「また泥棒!? 任せてよニョキシー!」
「え? いや、だめ……」
狭い御者台に鬼と竜の娘が飛び出すと、
「——やべえ、成人した鬼族だ!」
「貴族!?」
「逃げろ、髪が黄色くなってる“鬼”がいるぞ!」
怯えた顔で逃げて行った。逃げてしまった……。
盗賊たちは崩れやすい泥炭に足を取られて遅く、今追いかければ殺せると思う。
しかしわざわざ追って殺すほどわたしたちはサイコパスじゃなかった。
「にゃ。みんな鬼族様を見て逃げてく……」
子猫のハチワレが眠たげな目でまったりと鳴いた。
「そうね。悪者さんたちは、こんな寂れた田舎道にも正義があると知ったはずだわ!」
元・王族のリンナは腰に両手を当て、6歳女児には羨ましくなるような質量の胸を張った。
◇
翌日の早朝、わたしたちはルドの湖畔にある貧しい村に入った。
人口2百人程度のルド村はロスルーコ伯爵が支配する土地のひとつで、村長一家が特権を持つ魚人だった他は獣人か蛮族しか暮らしていない。その村長すら村から反乱者を出した責任を問われて犯罪奴隷の身分に落とされ、現在はロスルーコ配下の鬼が新しい村長に就任している。
村に入るとその村長がわたしたちを出迎え、軽く挨拶すると村人たちに荷台から泥炭の入った麻袋を降ろさせた。ほとんどが貧しい漁師の村人たちは金にならない仕事に不満顔だったが、村に討伐隊が駐留する中、歯向かう者はいなかった。
広い湖の畔にはボロい桟橋があり、たくさんのボートが停められている。桟橋の根本には急ごしらえの木の倉庫があり、泥炭はそこへ運び込まれた。常世の倉庫を持つクワイセも小走りに倉庫へ入り、すぐに荷物を空にして出てくる。クワイセはこの仕事を続けたおかげで倉庫をレベル2まで上げていた。
荷物運びを終えたわたしたちは村の広場に作られたキャンプに向かった。広間にはモンゴルのゲルのようなテントがいくつも並び、非番の騎士が泥炭で煮炊きを行っている。
常世の倉庫を持つ騎士はいるが、住めるほど広い倉庫持ちは少ない。この星では〈常世の女神〉に由来する能力を持つ人材は希少で、後年、騎士団に加入したシレーナがレベル5の倉庫に家を収納しているのを見た時は驚いたし、フィウの屋敷には腰を抜かした。
わたしたちはリンナの母ルグレアが宿泊するテントに入った。中央にはストーブがあり、ルグレアの使用人が泥炭で沸かした麦茶を全員にくれた。迷宮で収穫できる聖地由来の麦を使った茶はわたしのMPを回復させないが、ハチワレたちは嬉しそうに飲んだ。
ルグレアはテントに置かれたソファに腰掛けていて、わたしとリンナは椅子を並べて座った。
「何事も無ければもうすぐドライグ様がお帰りになるでしょう。今回の探索で、迷宮の3層まではほぼ確認し終わるとのことです」
ルグレアは言い、それに対するわたしとリンナの反応は別だった。
「それじゃアニキたちはまだ4層に行けてないのか?」
「大変……私、ドライグ様をお迎えに参ります! 彼、きっと疲れてるわ」
リンナは嬉しそうに叫んで自分の使用人を呼びつけ、麦茶のポットを持ってテントを出ていった。
ルグレアは満足そうな顔で娘を見送ると、
「次の挑戦では4層に入ることでしょう。ですが、伯爵様方に無理を強いてはいけませんよ、ニョキシー」
「だけどもう夏だ。裁判じゃ悪魔の村は4層にあるって言ってたし、ちゃっちゃと4層まで行けばいいのに」
「証言は嘘かもしれませんし、道が細くて竜を阻むのですよ。それに進めば進むほど邪悪な歌が——」
外が騒がしくなり、わたしはルグレアとテントを出た。
湖の中央には小さな離れ小島があり、そこから5艘のボートが近づいて来た。どのボートにも疲れた顔の騎士が乗っていて、桟橋に降りたドライグにリンナが麦茶を差し出しているのが見える。同じボートには伯爵や義父、それにアニキもいて、兄は無理に笑顔を作っていた。
わたしはこの数ヶ月泥炭を運び、ルグレアのテントで4、5日休んだら領地へ泥炭を取りに行くような生活をしていたが、その間アニキは足繁くテントにやってきた。
名目上は不出来な妹への説教であったが、彼の狙いはリンナだった。兄は髪を黄色くしながらリンナと世間話をしたし、わたし経由で誕生日を聞き出すと、花束とドレスを送った。
そんなアニキの努力の結果、リンナはさり気なくドライグの腕を取って、麦茶を飲む彼になにかを早口で喋った。
リンナはハッセなど無視してドライグになにかを頼み、義父やロスルーコ伯爵にも頭を下げていて、ルグレアと桟橋に近づいたわたしに満面の笑顔で叫んだ。
「ニョキシー、あなたへのプレゼントが決まったわ! 今度こそ要らないなんて言わせないわよ!?」
「……はあ?」
「あなたの7つの誕生日プレゼントは、迷宮!」
リンナは微笑み、わたしは最高のプレゼントに絶句した。
「伯爵様と、それにドライグ様が許可してくださったの。幼騎士ニョキシー、子爵リンナが命じます!」
アニキと義父は元・姫君の横暴に頭を抱えている。
「私と一緒にルドの迷宮に挑み、ガハイメ・バーゼスを探しましょ?」
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