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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

幼女騎士の任務

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 法廷を出てすぐ、後ろから伯爵の三男の声が聞こえた。

「最悪だぜ。嫌なモノを見てしまったな」

 ギータの側にはその日ずっと見かけなかったハチワレがいて、使用人の子猫はお盆に水差しを載せて立っていた。まだ7歳の子猫も処刑を見てしまったのだろう。ハチワレは青ざめた顔をしていた。

「裁判を見たいって言うから連れてきたんだよ」

 黒い幼竜は軽い調子で言い、身分が上なので敬礼しているアニキに貴族らしい言葉で声をかけた。

「ハッセ=ロコック殿、貴君の妹君をお借りして構わないか?」
「いえ、申し訳ありません。裁判はお聞きになりましたでしょう? 父上が悪魔どもの村を討伐に向かわれるかもしれませんから、私ども兄妹は客間で待機していなければ」
「……なるほど。ならおれもブラついていたら叱られるか」

 ギータはつまらなそうに淡い紫色の髪をかき、青ざめているハチワレの背中を押した。

「行けよ、ハチワレ。お前はニョキシーの従者だろ?」

 子猫は無言で頷いてわたしの後ろについてきた。


  ◇


 アニキはわたしがいつギータと知り合ったのか聞きたがったが適当に誤魔化し、従者たちと部屋でごろごろしていると、昼を少し過ぎたころノックがあった。

 ハチワレはまだ少し元気が無く、代わりにピピンがドアを開くと義父アクラがアニキを連れていた。

「ニョキシー、私とハッセはロスルーコ伯爵とルドの湖へ行くことにした。お前は家に、」
「迷宮にか!? わたしも行く!」

 わたしは父を遮るように叫んだ。アクラは整った顔を困惑させ、同じくきれいな顔をしたアニキがしたり顔で耳打ちする。

「ジビカ様が神託なさった通りです」
「……そのようだ」

 義父と兄の後ろには小魚と小鳥もいて、貴族たちはずかずかとわたしの部屋に入ってきた。

 ベッドでごろごろしていたハチワレたちはすぐに立ち上がり、義父たちのために椅子を引き、飲み物を用意して、全員が部屋のテーブルに座ると壁際に並んで直立した。

 義父はクワイセが倉庫からジュースを出す様子を少し興味深げに見つめたが、すぐわたしに目を向けて言った。

「娘よ、家に帰って欲しいのだがね」

 わたしは義父に頭が上がらないが、さすがにこれは嫌だった。

「……嫌です。それで、私たちはいつ迷宮に?」
「タスパ語だ、ニョキシー」
「アニキじゃないんだからお父上にタスパ語は通じないだろ」
「おお、おお。そうだな愚妹。だから黙れと言っている。丁寧な言葉というものを学ばない限りお前には沈黙こそ……」
「——2人とも、よしなさい」

 アクラは手を上げて不毛な会話をやめさせ、テーブルに羊皮紙を広げた。それは簡単な地図で、図の中央にはロスルーコ市があり、北東にロコック領が示され、北に小さな泉が描かれていたが——アニキが義父に意味ありげな目線を送るのをわたしは見逃さなかった。

 義父アクラは咳払いして言った。

「良かろう、我が娘ニョキシー=ロコック。それならお前に騎士の任務を与える」
「任務!? なにをするんだ?」
「ロスルーコ様は反乱の後処理が必要で、我々は7日後、北にあるルドの湖に出撃する」

 アクラは地図を指さし、わたしはつい興奮してしっぽを振った。ドレスから出た短い尾が椅子の座面を擦る音がする。

「我々の目的はルドの迷宮にあるという悪魔の村、ガハイメ・バーゼスを探し出し破壊することだ」
「しかしニョキシー、ルド・ダンジョンがどのような場所か知っているか?」

 アニキが口を挟み、わたしは首を振った。

「規模こそは小さな迷宮で、“動物”はさほど強くは無いのだが、常に水浸しで暗いんだ。道によっては腰まで水に浸かるし、暗いから松明が大量に要る」
「その通り。暗くて水浸しなのだ。兵士の給料や武器、食料は伯爵が用意してくださるものの、濡れた体を乾かしたり、洞窟を照らす燃料が不足している。そこで我らの領地が役に立つ」

 義父は地図に描かれた自分の領地を差した。地図には我がロコック家の陰鬱な湿地帯が描かれている。

 牧畜にも農業にも不向きな我が家の領土は貧しく、唯一の資源は「泥炭」だ。

「そうだ、泥炭だ!」

 義父は自身の領地を指さして叫んだ。

「ロコック村はロスルーコ市よりもルド迷宮に近いから、ニョキシー、お前には我が領地からルドまで泥炭を運んでもらいたい!」

 わたしは振っていたしっぽを停止させた。

「ええぇ……つまりわたしは、荷物運びをしろと?」
「重要な任務だよ、ニョキシー」

 義父は整った顔を優しく微笑ませたが、わたしは納得できなかった。

「父上、わたしも戦いに出たいよ! ロコック領の騎士の中ではアニキに次いで強いぞ!?」
「違う、子供の騎士の中では2番だ」

 アニキが口を挟んだが、わたしは鼻で笑った。

「おおー? アニキは自分をガキだと認めるのか? 自分を卑下して、それでも騎士か!?」

 ハッセは挑発に少し髪を黄変させたが、義父アクラの髪は青いままだった。

「ならばニョキシー=ロコック。我が娘は騎士のくせに、騎士の任務を放り出すのかい?」
「それは……」

 わたしは反論に困り、父とハッセが交互に言う。

「娘よ、やってくれるだろう? それに、お前が重用しているクワイセは倉庫持ちだろう?」
「父上、いっそクワイセだけにやらせるのはどうです? ネズミは倉庫を持っていますし、ピピンと言いましたか、あのウサギの子は馬車が得意ですから、ピピンとクワイセで充分です」
「ダメだハッセ、その2人が道中で野盗に遭ったらどうする? 知っての通り、ロコックからルドまでの道は治安が悪く、強盗が多いのだぞ?」
「はあ? どうでも良い使用人が2人死ぬだけでしょう? たとえ盗まれても泥炭はいくらでもあるし、連中が死んだら別の使用人にやらせれば良い」
「——おいアニキ、なんだよそれ!?」

 わたしは机を両手で叩きながら立ち上がった。あとで思えばこれは叡智持ちのクソ兄が考案した台本だったのだろうが、わたしは父兄の戦略にまんまとハマった。

「クワイセとピピンだけに荷物持ちをやらせるなんてダメだ! わかったよ。わたしも一緒に行って、野盗なんかぶち殺してやる!」
「父上、話が決まりました」
「うむ、頼むぞニョキシー。明日の朝ロコック領に戻って、泥炭を馬車や倉庫に詰んだらルドに向かってくれ。それと、そう。これはオンラに事情を書いた手紙だから届けてほしい」

 興奮状態のわたしはハメられているとも知らず義父から手紙をぶんどり、任務を引き受けてしまった。


  ◇


 夕食の席は反乱の後処理や悪魔村討伐の準備のためかずっと慌ただしく、多くの騎士は手早く食事を胃に収めると酒を手に席を離れ、食堂の壁際や屋敷の廊下で仲間と今後の行軍について談笑していた。

 そんな部下たちと同様にロスルーコ伯爵は妻や3人の息子を側に呼び寄せ、さらに義父と兄まで呼びつけて書類や地図を前にあれこれと相談し……ようやく自分がハメられたと理解したわたしは自分の席で苛ついていた。

 子猫のハチワレは「眠たい」と言うので部屋で寝かせていたが、わたしはカップを鳴らしまくり、ピピンやクワイセに大量のパンやスープを与えた。

 今日は誰も咎めない。臭い魚人のドラフすらわたしに舌打ちせず、怪我をしている手羽先が迷宮討伐を嫌がるのを宥めている。

 わたしがピピンに肉を下賜すると、すぐ隣で夜刀やとの姫君がわざとらしくカップを鳴らした。

「ねえピピン、ニョキシーのついでに私のスープもあげるよ」
「ピョン!? ありがとうございます!」

 苛つくわたしの隣ではリンナ=ダラサとその母が食事をとっていた。ルグレアは娘の行動が気に入らないふうに見えたがなにも言わず、金髪の夜刀リンナは、背中の小さな羽をパタつかせてわたしに微笑んだ。

「にしてもさ、ニョキシーはまだ6歳なのに、そんなに迷宮へ行きたかったの?」
「リンナにはわからないだろうけど、迷宮だよ? ダンジョンだぞ!? ……行きたいに決まってるし、わたし、ずっと小さい頃から父やアニキに頼んでたのに!」

 わたしは迷宮に行きたい理由をぼやかしつつリンナに叫んだ。

 赤子の状態でアクラに引き取られてしばらく経ち、ようやく口が聞けるようになったわたしは義父やアニキに「迷宮に行きたい」と言い続けてきた。

 前世では病院のベッドでゲームばかりしていた。せっかくゲームみたいな世界に産まれたのにダンジョンに挑まないなんて、そんな積みゲー行為は前世の自分が許さない。ついでに言えば、赤子の状態で無理やり通過させられた迷宮を引き返し、生みの親がいる〈聖地〉を再び訪ねたいという気持ちもあった。

 わたしは父やアニキに「行ってみたい」と頼みまくり——ずっと「ダメ」だと言われ続けていた。

 年齢が問題だからに違いないと思ったわたしは、じゃあ何歳になれば良いのかと聞き「年齢は関係無い」と窘められて残念に思ったものだ。

『良いかバカ犬。迷宮とは「聖地」に続く神聖な道であり——そうだな、正しい騎士はみな、いつかは「聖地」を目指すべきとされている』

 当時14かそこらだったアニキは偉そうに言った。

『聖地に続く道を超え、魔女ファレシラを打倒することは全ての騎士の究極の目標だ』

 じゃあ行かせろよと言ったわたしはアニキや義父に鼻で笑われた。

『娘よ、行っても死ぬだけだ。お前はあまりに「魔女」の力を知らない』

 迷宮やその先に広がる聖地には蛇のような緑色の髪を伸ばした魔女がいて、魔女が一言「天罰」と呟けば、いかなる騎士も即死してしまい、二度と生まれ変わることがないという。

 蛇や即死という表現も相まって、わたしは魔女を地球のメデューサのような存在だと想像し震えた。

『……いいか愚妹。歌の邪神を討つことはすべての騎士の悲願だが、何百年も成功していない。伝説の勇者様ですらあの魔女を殺すことはできなかったんだ……』

 ——そんな魔女の物語をぼんやり思い出しつつ、わたしはリンナに質問した。

「ねえリンナ、女が騎士を目指すのは変か。わたしのような子供が魔女と戦ったらダメか?」

 リンナはジャパンの少女漫画に出て来そうな美しい顔を困らせて、

「ええぇ、なにその質問? ……でも、そうだねぇ、もしも私に機会があったら……相手は魔女だし、案外オンナのほうが勝ちやすいかもね」

 いたずらめいた顔で笑った。

「その時は2人で魔女ファレシラを倒そうよ。ニョキシーと違って絶対防御ヒットポイントは無いけど、私もこれで、元・王族の半竜だし?」

 そこへ黙食していたルグレアが口を出した。

「……よくぞ言いました、ダラサ=ネヴァンリンナ。それでこそわたくしの娘です。我らも自分の馬を持っていますし、勇猛なる女騎士ニョキシー男爵令嬢をお手伝い致しましょう」

 狙いが明白な父兄と違って、この時のルグレア母娘が台本を用意していたのかをわたしは未だに知らない。


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