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眠気で霞む目でマンションのオートロックに暗証番号を打ち込み、体を引きずるように五階に向かう。エレベーターがゆりかごのように揺れるのが心地よく瞼が落ちそうになったが、部屋に着くと玄関に女もののブーツが揃えられていて、亨は目が覚めた。
リビングのドアを開ければ予想通りの人物がソファーに寝そべりくつろいでいる。
「遅かったね。残業?」
「ああ、うん。そんなとこ。ていうか玲音(れおん)ちゃん今日来る予定あった?」
スマホから視線を上げて話す女――緑川(みどりかわ)玲音が「無かったけど」とうつ伏せのまま頬杖をつく。耳の高さで段になった髪と襟足部分を外側にはねさせたウルフヘアに、上がり気味の細繭、黒色で統一された毛の長いパーカーにダメージ加工のされたスキニーパンツ。パンクファッションを好み、一見近付きにくい風貌ではあるが、彼女もまた看護師だ。
「何か用?」
亨はキッチンで手を洗い、すげない口調で問う。
「用がないと来ちゃだめなの?」
「そんなことないけど」
「せっかく休みだしどこか連れてってよ」
「俺さっきまで仕事してたんだけど。わかる?」
亨は二つのコップに冷蔵庫から取り出したコーヒーを注ぎながら顔を顰める。玲音は思った通り機嫌を損ねたように頬を膨らませていた。コップをガラステーブルに運び、彼女の傍に腰掛ける。
「今日休みなの?」
亨の問いに、玲音は這いより彼の大腿に乗り上げながら「そうそう」と頷く。
コーヒーを飲み込み、亨は溜息をついた。ゆえといたときの淡く穏やかな時間から、現実に引き戻される感覚。
春にあった循環器内科とCCUの合同飲み会で少し話しただけなのに、玲音と家を行き来する仲になってしまったことに今更後悔を覚える。
玲音が背を逸らせて亨の顔を見る。
「おなかすいてない? 何か作ろうか?」
「いや、いい」
「お風呂は? お湯溜めてくるよ?」
「後にする」
「じゃあ、こっち?」
亨がおざなりに返答する間に、寝そべったままの玲音はズボンの上から亨の股間に頬ずりをした。柔らかい膨らみを手で擦りながら、体を起こして亨の首筋にキスをする。角度を変えて唇で食み、時折歯を立てる。
「痛いって」
「だって噛みたい」
「別の人でやって」
亨が離れるために仰け反ると、玲音は一瞬顔から表情を失くし、しかしすぐに目を細めた。
亨のものが反応するのを待っている間に、彼女は上衣を全て脱ぎ、ブラジャーのホックを外そうと試みていた。左手で股間を、右手を背中に回して苦戦している。
「これ外して」
「窓開いてるから外から丸見えになるよ」
「えー」
玲音の細い腰を掴む。二十三歳という若さの象徴のような皮膚の張りと脂肪の薄さだ。中性的な童顔で上背はないがスタイルがよく、人の目を引く容姿である。品があるとは言い難いがチープな可愛らしさがあり、互いがトモダチと割り切っていれば申し分ない。割り切っていれば。
「ベッド行く?」
亨の大腿に馬乗りになった玲音が甘く誘うように囁く。いつの間にかパステルブルーのブラジャーはソファーの下に落ちていた。亨のパーカーに彼女の裸の胸が押し付けられる。股間はほとんど反応していなかったが、彼女を帰す為にやることをやってしまったほうがいいのではという案が脳内会議の末に可決つつあった。
亨が玲音の頬に手を伸ばしたとき、ドアが開く音がした。
「…………ああ、ごめん。取り込み中だったか」
室内に足を踏み入れた肩幅の広い長身の男が二人を一瞥して呟く。胸をさらけ出していた玲音はつまらなさそうに唇を尖らせて亨の上から退き、衣服を集め始めた。
「竜(りゅう)がここに来るなんて珍しいな」
亨の二歳下の弟、白川竜が表情を変えずに兄に視線を送る。
「父さんに、『電話したのに出ないから様子見て来い』って言われた」
傍で玲音が着替えているのに坦々と話す。兄とは雰囲気は違うが整った顔立ちをしており、清潔感のある短髪が爽やかである。同じ大学病院の泌尿器内科で研修医をしており、生真面目なところが高齢患者にウケているが、愛想が無いので年頃の異性からはあまりモテないらしい。
「悪い、サイレントにしてたわ。父さんには俺から連絡しておくから」
「よろしく。じゃ、俺はこれで」
竜が背を向けたとき、小さな手が彼の腕を引っ張った。思いがけず動きを止められた竜は驚いた様子で振り返る。玲音が目尻を吊り上げて頭一つ分以上高いところにある竜の顔を見上げていた。
「邪魔するなよ! ムカつく!」
彼女は子どもじみた怒りをぶつけた挙句、竜の膝を爪先で蹴った。
苦い顔をしたのは弟ではなく兄のほうで、「君も今日は帰りな」と立ち上がる。
「馬鹿! 嫌い!」
震える拳を握る玲音は吐き捨て、苛々を込めたような重い足音を立てながら玄関に向かう。竜は亨を一瞥してから玲音に続いた。玄関ドアが閉まった後も「ついてくるな!」「俺も帰るんだ」「階段で帰れ!」「疲れるだろ」と喚き散らす声と、それをあしらう竜の声が響いて聞こえてくる。亨はうんざりしてソファーに凭れた。
あいつら何回か会ったことがあるだけなのに何で犬と猿みたいに仲が悪いんだろう。
嵐が去った後の部屋は普段より深くまで酸素が染みる。
コーヒーの苦味が美味い。
リビングのドアを開ければ予想通りの人物がソファーに寝そべりくつろいでいる。
「遅かったね。残業?」
「ああ、うん。そんなとこ。ていうか玲音(れおん)ちゃん今日来る予定あった?」
スマホから視線を上げて話す女――緑川(みどりかわ)玲音が「無かったけど」とうつ伏せのまま頬杖をつく。耳の高さで段になった髪と襟足部分を外側にはねさせたウルフヘアに、上がり気味の細繭、黒色で統一された毛の長いパーカーにダメージ加工のされたスキニーパンツ。パンクファッションを好み、一見近付きにくい風貌ではあるが、彼女もまた看護師だ。
「何か用?」
亨はキッチンで手を洗い、すげない口調で問う。
「用がないと来ちゃだめなの?」
「そんなことないけど」
「せっかく休みだしどこか連れてってよ」
「俺さっきまで仕事してたんだけど。わかる?」
亨は二つのコップに冷蔵庫から取り出したコーヒーを注ぎながら顔を顰める。玲音は思った通り機嫌を損ねたように頬を膨らませていた。コップをガラステーブルに運び、彼女の傍に腰掛ける。
「今日休みなの?」
亨の問いに、玲音は這いより彼の大腿に乗り上げながら「そうそう」と頷く。
コーヒーを飲み込み、亨は溜息をついた。ゆえといたときの淡く穏やかな時間から、現実に引き戻される感覚。
春にあった循環器内科とCCUの合同飲み会で少し話しただけなのに、玲音と家を行き来する仲になってしまったことに今更後悔を覚える。
玲音が背を逸らせて亨の顔を見る。
「おなかすいてない? 何か作ろうか?」
「いや、いい」
「お風呂は? お湯溜めてくるよ?」
「後にする」
「じゃあ、こっち?」
亨がおざなりに返答する間に、寝そべったままの玲音はズボンの上から亨の股間に頬ずりをした。柔らかい膨らみを手で擦りながら、体を起こして亨の首筋にキスをする。角度を変えて唇で食み、時折歯を立てる。
「痛いって」
「だって噛みたい」
「別の人でやって」
亨が離れるために仰け反ると、玲音は一瞬顔から表情を失くし、しかしすぐに目を細めた。
亨のものが反応するのを待っている間に、彼女は上衣を全て脱ぎ、ブラジャーのホックを外そうと試みていた。左手で股間を、右手を背中に回して苦戦している。
「これ外して」
「窓開いてるから外から丸見えになるよ」
「えー」
玲音の細い腰を掴む。二十三歳という若さの象徴のような皮膚の張りと脂肪の薄さだ。中性的な童顔で上背はないがスタイルがよく、人の目を引く容姿である。品があるとは言い難いがチープな可愛らしさがあり、互いがトモダチと割り切っていれば申し分ない。割り切っていれば。
「ベッド行く?」
亨の大腿に馬乗りになった玲音が甘く誘うように囁く。いつの間にかパステルブルーのブラジャーはソファーの下に落ちていた。亨のパーカーに彼女の裸の胸が押し付けられる。股間はほとんど反応していなかったが、彼女を帰す為にやることをやってしまったほうがいいのではという案が脳内会議の末に可決つつあった。
亨が玲音の頬に手を伸ばしたとき、ドアが開く音がした。
「…………ああ、ごめん。取り込み中だったか」
室内に足を踏み入れた肩幅の広い長身の男が二人を一瞥して呟く。胸をさらけ出していた玲音はつまらなさそうに唇を尖らせて亨の上から退き、衣服を集め始めた。
「竜(りゅう)がここに来るなんて珍しいな」
亨の二歳下の弟、白川竜が表情を変えずに兄に視線を送る。
「父さんに、『電話したのに出ないから様子見て来い』って言われた」
傍で玲音が着替えているのに坦々と話す。兄とは雰囲気は違うが整った顔立ちをしており、清潔感のある短髪が爽やかである。同じ大学病院の泌尿器内科で研修医をしており、生真面目なところが高齢患者にウケているが、愛想が無いので年頃の異性からはあまりモテないらしい。
「悪い、サイレントにしてたわ。父さんには俺から連絡しておくから」
「よろしく。じゃ、俺はこれで」
竜が背を向けたとき、小さな手が彼の腕を引っ張った。思いがけず動きを止められた竜は驚いた様子で振り返る。玲音が目尻を吊り上げて頭一つ分以上高いところにある竜の顔を見上げていた。
「邪魔するなよ! ムカつく!」
彼女は子どもじみた怒りをぶつけた挙句、竜の膝を爪先で蹴った。
苦い顔をしたのは弟ではなく兄のほうで、「君も今日は帰りな」と立ち上がる。
「馬鹿! 嫌い!」
震える拳を握る玲音は吐き捨て、苛々を込めたような重い足音を立てながら玄関に向かう。竜は亨を一瞥してから玲音に続いた。玄関ドアが閉まった後も「ついてくるな!」「俺も帰るんだ」「階段で帰れ!」「疲れるだろ」と喚き散らす声と、それをあしらう竜の声が響いて聞こえてくる。亨はうんざりしてソファーに凭れた。
あいつら何回か会ったことがあるだけなのに何で犬と猿みたいに仲が悪いんだろう。
嵐が去った後の部屋は普段より深くまで酸素が染みる。
コーヒーの苦味が美味い。
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