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珍しく、炊いたごはんが置いてあった。それと焦げ目のついたベーコン。
目覚めたばかりの翔吾は真っ先に風呂場へ向かい、濡れた髪のままそれを食べた。
昨晩は気温が高く、寝つきが悪かった。携帯の画面を注視し過ぎて脳が興奮していたせいというのもある。どれだけ検索しても、中絶手術にはそれなりに金が必要なのだと書いてあった。
ごはんの味がしなくてふりかけをかける。じゃりじゃりとした歯ごたえが砂のようだ。後悔しながら、麦茶で流し込む。食後の煙草を吸えなくて、ストレスが溜まる。食器はシンクに放ってすぐさま自転車でコンビニに行き、煙草を買ったついでに五百円玉二枚を千円札に両替してそのままパチンコ屋へ入った。
台に座ってすぐにシャツの胸ポケットでスマホが震えたので、スロットのレバーを叩く手を止めて確認すると、由貴だった。
『バイト探してるんだって?』
律から聞いたのだろうか。耳が早い。早過ぎる。
下瞼がわずかに痙攣した。デリケートな話だと思っているのは自分だけだったのだろうか。確かに後ろめたい気持ちはある。しかし同意の上で交わっていたのは事実だし、責任は自分だけではなく、律にもあるはずだ。
そうだ、そうなのだ。
自分だけが金を払うなんてやっぱりおかしくないか。中絶をするとかしないとか言う前に、きちんと避妊をしていれば妊娠などしなかったのだ。律が受け入れなければ、こんなことにはならなかったのに。俺が百パーセント悪いわけではない。律だって悪い。だから自分だけ金を払うのはおかしい。とんだ理不尽だ。
『しねーけど』
素っ気なく打って、台にメダルを投入しているうちにまたバイブレーションが鳴る。
『俺、紹介できるよ』
『郵便配達はやだ』
『もっとゆるいとこ』
『何? どこ?』
『ハーブのお店。翔吾君が通ってた高校の近くにある』
高校の通学路にある銀杏並木が蘇る。校門前の道路を挟んで向かいには、ぼっ立て小屋のような大判焼き屋があって、そこで二百円で売っていたたこの入ってないたこ焼きが、部活後の舌と腹を満たすにはちょうどよかった。高校時代の思い出を掘り返して感慨深くなっていると、
『バイト本気で探してたから人助けだと思ってやってみたら? 場所もすぐわかるだろうし』と返ってきて、少し考えた。
『見学とかできんの?』
『できるんじゃないかな』
『いつ行けばいい?』
『訊いてみる。ただ条件があってさ』
意味深な空白ができる。
うるさい店内で一心にスマホの通知だけを待っていると、自分だけがハサミで切り取られたような疎外感を感じる。パチンカスはみな台に噛り付いている。くだらない。
『女性限定なんだよ』
えー。
思わず口に出た。
隣のおっさんには聞こえてしまったらしくて、視線を向けられる。それを横顔に受けながら、即座に『無理じゃん』と打ち込んだ。
『翔ちゃんなら大丈夫だよ』
『お前馬鹿じゃねえの。女装して行けってか?』
『そうそう。絶対バレないよ』
はあ?
また声が出てしまった。
由貴の憎らしいポーカーフェイスが目に浮かぶ。
『一回だけでも見てくればいいじゃん。減るもんでも無いしさ』
『減るだろ。俺の威厳が』
『それは減ってもいいものだよ』
『お前まじ性格悪い』
『日取り決まったらまた連絡するね』
それきりまる一週間連絡はこなかった。
目覚めたばかりの翔吾は真っ先に風呂場へ向かい、濡れた髪のままそれを食べた。
昨晩は気温が高く、寝つきが悪かった。携帯の画面を注視し過ぎて脳が興奮していたせいというのもある。どれだけ検索しても、中絶手術にはそれなりに金が必要なのだと書いてあった。
ごはんの味がしなくてふりかけをかける。じゃりじゃりとした歯ごたえが砂のようだ。後悔しながら、麦茶で流し込む。食後の煙草を吸えなくて、ストレスが溜まる。食器はシンクに放ってすぐさま自転車でコンビニに行き、煙草を買ったついでに五百円玉二枚を千円札に両替してそのままパチンコ屋へ入った。
台に座ってすぐにシャツの胸ポケットでスマホが震えたので、スロットのレバーを叩く手を止めて確認すると、由貴だった。
『バイト探してるんだって?』
律から聞いたのだろうか。耳が早い。早過ぎる。
下瞼がわずかに痙攣した。デリケートな話だと思っているのは自分だけだったのだろうか。確かに後ろめたい気持ちはある。しかし同意の上で交わっていたのは事実だし、責任は自分だけではなく、律にもあるはずだ。
そうだ、そうなのだ。
自分だけが金を払うなんてやっぱりおかしくないか。中絶をするとかしないとか言う前に、きちんと避妊をしていれば妊娠などしなかったのだ。律が受け入れなければ、こんなことにはならなかったのに。俺が百パーセント悪いわけではない。律だって悪い。だから自分だけ金を払うのはおかしい。とんだ理不尽だ。
『しねーけど』
素っ気なく打って、台にメダルを投入しているうちにまたバイブレーションが鳴る。
『俺、紹介できるよ』
『郵便配達はやだ』
『もっとゆるいとこ』
『何? どこ?』
『ハーブのお店。翔吾君が通ってた高校の近くにある』
高校の通学路にある銀杏並木が蘇る。校門前の道路を挟んで向かいには、ぼっ立て小屋のような大判焼き屋があって、そこで二百円で売っていたたこの入ってないたこ焼きが、部活後の舌と腹を満たすにはちょうどよかった。高校時代の思い出を掘り返して感慨深くなっていると、
『バイト本気で探してたから人助けだと思ってやってみたら? 場所もすぐわかるだろうし』と返ってきて、少し考えた。
『見学とかできんの?』
『できるんじゃないかな』
『いつ行けばいい?』
『訊いてみる。ただ条件があってさ』
意味深な空白ができる。
うるさい店内で一心にスマホの通知だけを待っていると、自分だけがハサミで切り取られたような疎外感を感じる。パチンカスはみな台に噛り付いている。くだらない。
『女性限定なんだよ』
えー。
思わず口に出た。
隣のおっさんには聞こえてしまったらしくて、視線を向けられる。それを横顔に受けながら、即座に『無理じゃん』と打ち込んだ。
『翔ちゃんなら大丈夫だよ』
『お前馬鹿じゃねえの。女装して行けってか?』
『そうそう。絶対バレないよ』
はあ?
また声が出てしまった。
由貴の憎らしいポーカーフェイスが目に浮かぶ。
『一回だけでも見てくればいいじゃん。減るもんでも無いしさ』
『減るだろ。俺の威厳が』
『それは減ってもいいものだよ』
『お前まじ性格悪い』
『日取り決まったらまた連絡するね』
それきりまる一週間連絡はこなかった。
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