癒しのハーブはきみを変える

九竜ツバサ

文字の大きさ
9 / 43

しおりを挟む
 珍しく、炊いたごはんが置いてあった。それと焦げ目のついたベーコン。
 目覚めたばかりの翔吾は真っ先に風呂場へ向かい、濡れた髪のままそれを食べた。

 昨晩は気温が高く、寝つきが悪かった。携帯の画面を注視し過ぎて脳が興奮していたせいというのもある。どれだけ検索しても、中絶手術にはそれなりに金が必要なのだと書いてあった。

 ごはんの味がしなくてふりかけをかける。じゃりじゃりとした歯ごたえが砂のようだ。後悔しながら、麦茶で流し込む。食後の煙草を吸えなくて、ストレスが溜まる。食器はシンクに放ってすぐさま自転車でコンビニに行き、煙草を買ったついでに五百円玉二枚を千円札に両替してそのままパチンコ屋へ入った。

 台に座ってすぐにシャツの胸ポケットでスマホが震えたので、スロットのレバーを叩く手を止めて確認すると、由貴だった。 

『バイト探してるんだって?』

 律から聞いたのだろうか。耳が早い。早過ぎる。

 下瞼がわずかに痙攣した。デリケートな話だと思っているのは自分だけだったのだろうか。確かに後ろめたい気持ちはある。しかし同意の上で交わっていたのは事実だし、責任は自分だけではなく、律にもあるはずだ。

 そうだ、そうなのだ。

 自分だけが金を払うなんてやっぱりおかしくないか。中絶をするとかしないとか言う前に、きちんと避妊をしていれば妊娠などしなかったのだ。律が受け入れなければ、こんなことにはならなかったのに。俺が百パーセント悪いわけではない。律だって悪い。だから自分だけ金を払うのはおかしい。とんだ理不尽だ。

『しねーけど』

 素っ気なく打って、台にメダルを投入しているうちにまたバイブレーションが鳴る。

『俺、紹介できるよ』
『郵便配達はやだ』
『もっとゆるいとこ』
『何? どこ?』
『ハーブのお店。翔吾君が通ってた高校の近くにある』

 高校の通学路にある銀杏並木が蘇る。校門前の道路を挟んで向かいには、ぼっ立て小屋のような大判焼き屋があって、そこで二百円で売っていたたこの入ってないたこ焼きが、部活後の舌と腹を満たすにはちょうどよかった。高校時代の思い出を掘り返して感慨深くなっていると、
『バイト本気で探してたから人助けだと思ってやってみたら? 場所もすぐわかるだろうし』と返ってきて、少し考えた。

『見学とかできんの?』
『できるんじゃないかな』
『いつ行けばいい?』
『訊いてみる。ただ条件があってさ』

 意味深な空白ができる。
 うるさい店内で一心にスマホの通知だけを待っていると、自分だけがハサミで切り取られたような疎外感を感じる。パチンカスはみな台に噛り付いている。くだらない。

『女性限定なんだよ』

 えー。

 思わず口に出た。
 隣のおっさんには聞こえてしまったらしくて、視線を向けられる。それを横顔に受けながら、即座に『無理じゃん』と打ち込んだ。

『翔ちゃんなら大丈夫だよ』
『お前馬鹿じゃねえの。女装して行けってか?』
『そうそう。絶対バレないよ』

 はあ?

 また声が出てしまった。
 由貴の憎らしいポーカーフェイスが目に浮かぶ。

『一回だけでも見てくればいいじゃん。減るもんでも無いしさ』
『減るだろ。俺の威厳が』
『それは減ってもいいものだよ』
『お前まじ性格悪い』
『日取り決まったらまた連絡するね』

 それきりまる一週間連絡はこなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...