ココロカラフル

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14 きっと伝わる

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「あのね、今から直せないかな。カフェハウス」
「……え?」

 みんなは、ぽかんとした表情でわたしを見た。思ってもなかった意見だったみたいだ。

「今から? 本気?」
「壁だけでも大変だよ? 材料がないものもあるんじゃない? 窓やテーブルだって、細かい作業で時間がかかるし……」
「そうだよね……。壊れたハウスは下げようよ。たくさん作った家具があるんだから、それを空いた場所にディスプレイした方がいいんじゃないかな」

 反対意見の嵐だ。
 文化祭の準備中、内装のデザインの意見を出したときは、みんなはなんでも賛成してくれた。だけど今回はそうはいかなかった。
 眉を寄せた顔、への字に曲げた唇……。言葉だけじゃなく、不満げな表情をいっせいに向けられる。せっかく出した勇気が引っ込んでしまいそうだ。

 頭が真っ白で、どう答えればいいかわからない。わたしはしばらくだまったまま、みんなの意見を聞いていた。
 ふと気づくと、自分の視線が足もとに向いてしまっている。わたしは軽く首を振り、顔を上げた。このままじゃだめだ。勇気を出すって決めたんだ。

 わたしはまーちゃんを見た。まだ泣いている。両腕で顔を隠して、肩を揺らしてしゃくりあげている。
 ……あの子を笑顔にしてあげられたら、どんなにいいだろう……。

「あの、だけど」

 やっとの思いで、みんなの意見に答える。自分でもびっくりするくらい声がふるえていた。

「まーちゃんがこのまま帰っちゃったら、今日あったことはいやな思い出として、ずっと残っちゃうと思うんだ。……ドールハウスのことも、嫌いになっちゃうかもしれない」

 ハンドメイドが嫌いだと言った瑠璃も、悲しい思い出がずっと心に刺さっているのかも。
 そしてこれから、まーちゃんの心にも、ドールハウスのことがつらい思い出として残ってしまうのかも。
 だとしたら、まーちゃんの思い出を楽しいものに塗り替えたい。

「えー、嫌いになったらいやだなあ。ドールハウスも建築も、ずっと好きでいてほしいよ、おれは!」

 そう言いながらぴょこぴょこと歩いてきた滝くんは、反対していた人たちとわたしの間に立った。

「そうだよね、いやな思い出は、できたらなくしてあげたいね。ちっちゃいころのことって、けっこう頭に残ってたりするもん。わたし、犬が怖いんだけど、小さいころに犬に吠えられたからなんだよね。いまだに覚えてるよ」

 緑川さんも続いて、うなずきながら同意してくれた。
 わたしはふたりの後押しをありがたく思いながら、言葉を継ぐ。

「うん、これからも好きでいてほしい。壊れたままじゃなくてきれいに直せたら、まーちゃんの心に、ドールハウスが素敵な思い出として残ると思うんだ。……だから、みんなで修理しませんか? お願いします」

 なんとか言いきって、必死で頭を下げた。みんなの反応が怖くて、ぎゅっと目をつぶったまま、しばらく待つ。
 すると。

「まあ、みんなで手分けすれば、できるかも……?」
「そうだね、やってもいいんじゃない?」

 女子ふたりがつぶやき、さらにその意見に賛成する声がぽつぽつと出はじめた。
 ダメ推しで反対されるものだと覚悟していたから、おどろいて顔を上げる。

「うん。スチレンボード、裏にまだあったよね? 取ってくる」
「じゃあ俺はテーブルやろうかな」
「じゃあ、接着剤持ってくるね」

 合図をしたわけではないのに、みんなは自然に作業をはじめている。わたしはこの早い展開についていけなくて、きょろきょろと周りを見回しているばかりだった。
 そんなわたしを、内装チームの人たちが肩をやさしく叩いて、落ち着かせてくれた。

「待井さんの言いたいこと、わかった気がするしね。最初は壊れちゃったハウス見るのがいやで、しまったほうがいいと思ってたんだけど……。直すことで思い出を楽しいものに変えられるなら、いいよね」

 みんなに、伝わったんだ。
 声がふるえてても、言葉足らずでも、わたしの気持ち、ちゃんと言えた。

「ありがとう……」

 泣きそうになりながら、絞り出すようにお礼を言う。みんなは笑いながらうなずいてくれた。
 わたしもうなずき返し、気合いを入れる。よし、がんばろう。
 まず最初に、わたしはまーちゃんをはげましたいと思った。
 まだ悲しい顔をしているまーちゃんに近づき、しゃがんで目線を合わせると、わたしは話しかけた。

「大丈夫だよ」

 声をかけると、まーちゃんはびくりと肩をふるわせた。もしかして、怒ってるって思われた? やっぱり顔で怖がられちゃったのかな。
 わたしは精一杯、笑顔に見えるようにがんばって表情を作ってみた。

「うさぎさんのおうちは大丈夫。元どおりになる。だから、見ててね」

 まーちゃんは「なんだかよくわからない」という表情で、まだ涙の残る目をぱちくりさせている。だけどそのあと小さくうなずいてくれた。

 それから、内装チームの輪に加わる。みんなでカフェの小物を全部拾い集め、傷がないかチェックした。汚れがついたものはていねいに落とす。あとはテーブルや壁の修理を待って、セッティングだ。
 建物の修理は、滝くんが中心になって、建築チームの人たちががんばっている。

「ほかに足りない材料ある?」
「あとは……壁紙かな。破れちゃったから新しいのがいるね。待井さーん、壁紙にできそうな布、あるかな?」
「……ええと、ちょっと待って」

 わたしは、なにかに使うかもしれないとロッカーに置いてあった布を、何種類か滝くんたちに見せた。

「お、これ、いい感じだな。サンキュー待井さん、これで居心地いいカフェになるよ。まーちゃんが喜んでくれるといいな!」
「うん!」

 まーちゃんはまだこわばった顔をしていたけど、ドールハウスに興味はあるらしい。お母さんと手をつないでみんなの修理作業をじっと見ていた。
 もっと、楽しい気持ちにしてあげたいな。
 そう思い、わたしは予備として置いていた子うさぎのマスコットと、予備の布、裁縫道具を準備した。
 修理が終わるころには、これから作るものも完成させたい。わたしは布にいきなりハサミを入れ、小さな四角形に切り取った。
 まーちゃんは子うさぎのマスコットが気になるようで、わたしのそばにやってきた。

「お姉ちゃん、なに作ってるの?」

 さらに、話しかけてくれた。「怖いお姉ちゃん」だと思われてなくてよかった……と胸をなでおろしながら答える。

「なにかな? すぐできちゃうから、待っててね」

 質問をしてくるまーちゃんに答えながら、針を持った手を動かす。
 小さい布だから縫い終わるのはあっという間だ。手早く糸の始末をすませると、完成したそれをうさぎに近づけた。

「……ほら、できたよ。これ、なんだと思う?」

 すると、まーちゃんが瞳を輝かせて歓声を上げた。

「エプロンだ!」
「そう、当たり。うさぎさんにつけてあげようね」
「うん!」

 型紙もなしに布を切って縫った簡単な作りだけど、ちゃんとエプロンに見えてよかった。

「よしっ、窓枠ぴったりはまったー! 完成!」

 滝くんの元気な声が聞こえてきた。ちょうど修理も終わったみたいだ。
 みんなでカフェの内装をセッティングしながら、エプロンを着けた子うさぎを、おとなのうさぎの隣に置いた。コーヒーをお客様に差し出している感じに見えるように、カップに手を添える。
 おとなのうさぎはもとからエプロンをつけていたから、親子でおそろいだ。

「きっと、お母さんのお手伝いをしてるんだね」

 わたしがそう話しかけると、まーちゃんは笑顔になった。

「ほんとうだ! うささん、お手伝いしてえらいね」

 弾んだ声に、周りの空気もふわりとやわらかくなっていく。みんなの顔にも笑顔が浮かんだ。

 最後にカップや食べ物などの小さな小物たちを慎重に並べて、ドールハウスは元どおりに……ううん、前よりもっと素敵になった。
 カフェの再オープンに、みんな拍手喝采大騒ぎだ。まーちゃんも小さな手をぱちぱちと鳴らしながら、興奮気味にお母さんに話している。

「すごい。お兄ちゃんとお姉ちゃんたちがね、魔法みたいにぱっぱって家をきれいにしちゃったの」

 しばらくすると、まーちゃんはクラスのみんなとすっかり打ちとけて、ドールハウスの気に入ったところを楽しそうに教えてくれた。

 帰り際、まーちゃんは「うささんのおうちを壊しちゃってごめんなさい!」と、大きな声であやまってくれた。
 わたしたちはその謝罪をこころよく受け入れ、大きく手を振って親子を見送った。

 ふたりの姿が見えなくなると、急に心臓がどきどきしてきた。わたしの言動を振り返ったら、ものすごく大胆なことをしちゃった気がする。
 熱くなった頬に手を当て、心を落ち着かせようとしていると、クラスの人たちが次々に声をかけてくれた。

「待井さんのおかげで、雰囲気が明るくなったよ。ありがとう!」
「待井さんが建物直そうって言いはじめたときは、そんなの大変すぎない? ってびっくりしたけど、まーちゃんも喜んでくれたし、楽しかったよー」
「うんうん、待井さんが意見出してくれてよかったよね。ありがとね」

 びっくりして、ふるふると首を振りながらみんなに答える。

「……わたしこそ、いきなり言ったのに、みんなが直してくれて……ありがとう」

 そうしているうちに気持ちが落ちついてきて、じんわりとうれしい気持ちが湧いてきた。
 まーちゃん、笑ってくれたんだ。
 あの子が悲しい顔のまま教室を出て行くことにならなくて、本当によかった。ここでドールハウスを見たことが、楽しい思い出になっていたらいいな。

「待井さん待井さん、さっき、本当にすごかったよ! おれ、このカフェハウスのことがもっと好きになった気がするもん」

 滝くんも興奮気味な様子で話しかけてくれた。

「ドールハウス作り直そうって訴えかけてるとき、待井邸の玄関、全開だった! だからまーちゃんにも待井さんの気持ちが通じたんだと思う!」

 何度も滝くんが言っていた「待井邸」。玄関が開いてるってことは、きっとわたしの心がオープンになってるっていう意味で……。

「……玄関、開いてた?」

「うん! 手芸もドールハウスも楽しんでほしいーって気持ち、バチバチに伝わってきた!」

 さっきのわたしは、まーちゃんに悲しいままでいてほしくない。ドールハウスを楽しんでほしいって、全力で願ってた。
 その気持ちがちゃんと表に出せていたなんて、うれしいなあ。
 布絵本を瑠璃に見せるときのわたしも、そうなれたらいいな。自分の怖い気持ちばかりを気にかけずに、瑠璃の気持ちにちゃんと寄り添えますように。

「ありがとう、滝くん」

 大きくうなずいて答えると、心の中に新鮮な空気が入ってきたような気がした。
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