1 / 2
【一】
しおりを挟むふと見ると壁に小さい穴が開いていた。
「賃貸なのに・・・ヤバいな・・・なんかぶつけたのかな、記憶にないけど」
独り言を言いながら2センチ程の小さな穴を、その日は何気なく養生テープで塞いでおいた。
ゴキブリなんかが入ってくるとイヤだなぁ、と思ったからだ。
独り暮らしが長いと、どうも独り言を言う癖がついてしまい自分でもイヤになる、傍から見るとアホみたいだと思う。
次の日、アルバイトから帰ってきて、別に見ているわけでもないテレビのバラエティを眺めながらスーパーの弁当を食べていると、なぜか昨日の穴がとても気になってくる。
ハンバーグの下に敷かれたパサついたスパゲティを食いながら、そっと養生テープを剥がしてみた。
・・・・なんか昨日より穴大きくなってね?
穴は心なしか大きくなっていて、4センチ程になっている。
・・・・まあ、気のせいだな。
プシュッ!っと缶ビールを開けながら養生テープを張り直した。
次の日、夕食は外食にして帰宅する。
スーパーの弁当、〇〇屋、コンビニ弁当、〇き家、〇〇家のラーメン・・・自分でもよく飽きないな、と思うくらいの決まりきったローテーション、パターン化された日常。
風呂が沸くまでスマホで動画漁り・・・たいして面白いものが見つからない。
なぜか、昨日張り直した養生テープに目が行く。
「・・・・???気のせいじゃない・・・大きくなってる!」
養生テープの幅からはみ出した黒い穴にちょっと驚く、穴は10センチ程に広がっているようだ。
「・・・・壁が脆くなっているのかなぁ、ここ出る時に修繕費とか請求されたらバカらしいな」
困ったことになったと、スマホをテーブルの上へと置いて、壁に近づく。
・・・やっはり広がってるぞ・・・この穴。
養生テープを恐る恐る剥がすと、やはり穴は10センチ程に「成長」していた。
片目を近づけて穴の中を覗いてみると何も見えない・・・真っ暗闇だ。
このボロアパート、壁の向こうは別の住人が住んでいる部屋である。
一度も顔を合わせたことはないが、確かに空き部屋にはなっていないはずである、帰りがけに隣室を見ると室内に灯りがついていたこともあるから間違いはない。
今度は、壁にすり寄るようにして、しっかりと顔を近づけて覗いてみるが、向こうの部屋に突き抜けてはいないし、コンクリート等の構造物が露出しているわけでもない。
・・・・おかしいな、なんだろう。
テーブルに置いてあったスマホを取ってきて懐中電灯アプリを起動させて穴の中を照らしてみる。
・・・・何もない・・・・怖ろしいほどの暗闇。
「なんか気持ち悪いな・・・・・」
プリンタのA4のコピー用紙を持ってきて穴に被せ、四隅を養生テープで止めておく。
真っ黒な穴は、何かが向こうから覗いているような気がして気持ち悪いが仕方がない、とりあえず見えないようにして布団に入る。
ボロアパートなので、壁が勝手に崩れたと解釈するしかない、あまり深く考えるのも疲れるだけだ。
一日のバイトの疲れもあってすぐに眠りにつく。
次の日・・・。
もう既に飽きがき始めている、いつもの弁当屋のハンバーグ弁当と缶ビールをテーブルに置くと、すぐに壁の穴を確認する。
「・・・やっぱり・・・」
穴は20センチ程になっていた。
・・・これはマズいな・・・管理会社呼ぼうかな。
しかし、その時妙な事に気付く、穴の中は真っ暗闇なのだ。
すでに穴は20センチまで広がっている、いい加減、建物の柱や構造物が見えるかなにかしてもいい頃だ。
ジッと穴の中を眺めるが何も見えない、いい加減焦れるような気持になってくる。
・・・・そっと、指先を入れてみる。
指先には何も当たらない、少しヒンヤリとした空気に触れるだけた。
第一関節・・・第二関節・・・ついには手首まですっぽりと暗闇に消える。
・・・・な、なんだこの穴・・・・深いな。
吸い込まれるように、上半身が壁に埋まってゆく。
「・・・・な、なんじゃこりゃぁ・・・」
壁の向こうは一面の闇だった。
「・・・・あっ、またバグっすよ、宮本さんっ」
突然に若い男の声が響く。
「・・・またかよ、生きてる?死んでる?」
「・・・・生きてますね、どうします?」
「メンドクセェな・・・そのままにしとくか、ほっときゃ死ぬだろ」
「さすがに、それはまずいでしょ・・・主任呼んできますよ」
話している内容は物騒だが、とにかく人の声を聞いて安心する。
何も見えない漆黒のなかで、声を限りに叫ぶ。
「おうい!助けてくれえっ!・・・助けて!」
近づいてくる複数の足音が聞こえる、カツカツと革靴の硬い音と、ちょっと柔らかいパンプスのような足音、歩幅で直感する・・・一人は女性のようだ。
「ほう、これはまた・・・中途半端だな・・・まだ生きてるね」
「・・・どうしましょうねぇ、田中主任」
「どうするもなにも、停止しているならともかく、ここは引き上げるしかないね」
「わ、わかりました」
両腕を思い切り引っ張られる感触、腕が抜けそうに痛い。
「おっ、おいっ!痛いッ・・・痛いって!」
腰まで「壁の向こう」に抜け出たところで、視界がパッと開ける・・・・眩しい、目が開けられないほどの光の洪水。
「・・・・アンタ、ダイジョウブ?」
そう声をかけてくれたのは最初自分を発見してくれた一番若い男の声だった。
薄ぼんやりと視界が復活してくる。
見たこのない異様な世界。
1キロ?10キロ?・・・・いや、そんなものじゃない、ずっとずっと先まで続く一本の銀色の広い通路!
その両側には、以前どこかのサーバセンターで見たような光る機械とケーブルがぎっしりと、まるで壁のように天井まで積み重なっている。
どこかから耳鳴りのように小さな低周波音が聞こえるだけの、静かな世界・・・・。
機械とランプとケーブルの世界・・・・どこかでみたことあるような光景だな。
そう思って記憶をたどる。
・・・そう子供の頃に学習誌で見た「未来の世界」っぽい。
大仕掛けのコンピュータのようなもの、チラチラと赤や青に点滅している光、ケーブルの束。
これは、子供の頃に読んだ雑誌の挿絵の「未来のせかい」に似ている気がした。
両手を引っ張られてゴロン・・・と「壁の中」に踊り出る。
人の足が四人分、自分を取り囲む。
普通のスーツにビジネスシューズ、一人は事務服のスカートに黒のストッキング・・・女性だ。
「・・・・・あなた大丈夫ですか?意識はしっかりしていますか?」
田中主任と呼ばれた、ここのエライひとなのだろう五十代手前らしい年齢の男性が声をかける。
「・・・・・す、すみません、ここは一体どこですか?なんなんです?貴方たちは?」
気が狂いそうになる、いままで俺はボロアパートの一室、自分の部屋にいたはずなのだ。
・・・夢?いや夢にしてはリアル過ぎる、全てが現実に違いない。
「・・・・まあ、それはおいおい説明するから、まずは休んで。貴方みたいな人は、ちょっとこちらでも困った事になるんですよ、宮本君、この人を休憩室に連れてって」
「はい、わかりました」
俺は、男達に連れられて、サーバのような機械がビッシリと並ぶ壁の間の隙間を通って、ビルの非常口のような鉄扉から抜ける。
一歩出た先・・・・そこは、普通のオフィスビルのようだった、少なくともさっき自分が「出現」したあの無限に続く通路と機械の壁のような未来感溢れる光景とは真逆の世界だった。
両側をスーツ姿の男達に固められ、殺風景な階段を下りてゆく途中で、清掃業者らしいおばちゃんとすれ違う。
彼女は階段を塵取りで掃いている手を休めて、軽く会釈する。
「・・・お疲れ様です」
「お疲れ様、いつもありがとうございます」
・・・・これは現実世界・・・・俺、自分の部屋の壁を通って、どこかのオフィスビルに迷い込んだのかな・・・・いや、さっきのあのサーバセンターみたいな場所、あれはどう見てもあり得ないだろ、どう考えても現実世界じゃない。
辺りを見回している内に、ドラマで見た刑務所の取調室のような所に連れていかれる。
「・・・ここで待っていてくださいね、いいですか、外に出ちゃダメですよ」
男達は念を押して、その場を離れる。
一人になると急にこれは夢の世界だと思えてくる。
・・・・これは夢だ、おそらく俺は、壁に手を突っ込んだ瞬間気絶かなにかして、夢の中にいるんだ。
自分の座っている椅子や、目の前の机を触ってみる・・・冷たいスチールの感触。
とても夢とは思えないリアルな感覚。
・・・・夢の中で「これは夢だ」って思う事あるのかな・・・・。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる