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【二】
しおりを挟む殺風景な事務室で、ただぼんやりと待つ。
・・・・夢の中で「これは夢だ」って思う事あるのかな・・・・。
そんな事を考えていと、さきほどの紅一点、女性事務員がお茶を持ってきてくれた。
どこかの銀行員のようなごく普通の事務服に丸顔の可愛らしい女性だ、歳は20代前半といったところだろうか。
「あっ、あのっ・・・スミマセン、ここは何処なんですか?分からないんです・・・・」
「えっ?ええっ・・・それについてはこれから主任が説明すると思いますよ」
「・・・貴方は・・・・人間ですか?」
「はあ?・・・・人間ですよ、ウフフッ、宇宙人じゃないですよ」
「俺、どうなったんですが?ついさっきまで俺、自分のアパートにいたんです、壁の穴に手を突っ込んだらこんな所にきてしまって・・・・」
「・・・・バグですね、たまにあるんです」
「・・・・バグって?」
「はい、バグってプログラムの記述誤りのことです」
「いや、そんなことは知ってるけど、プログラムって・・・意味が・・・・」
「スミマセン、私があんまり詳しくと内規違反になっちゃうんで、生きたままこっちに来る人はレアケースらしいので・・・」
「生きたまま・・・って、じゃここは「あの世」なんですか?俺、死んでいるですか?」
急に、頭の中に、集中治療室で体のあちこちをチューブに繋がれ親や兄弟たちに囲まれているビジュアルがよぎる。
・・・俺やっぱり死んでるのか・・・・。
「・・・・う~ん、あの世ですか・・・説明しにくいなぁ・・・・そのへんも含めて、あとで責任者から説明あると思いますので、ちょっとお待ちくださいね」
「・・・・今教えてください!ここは何処なんですか?俺はいったいどうなったんです?」
女性事務員の腕をギュッと掴んで少し苛立った口調で言う、正直、自分にとっては非日常のこの世界で、ごく普通に過ごしているような、何者ともしれないこの人間たちにムラムラと腹が立ってきた。
「・・・・きゃあっ、手を、手を話してくださいっ!」
「頼む、教えてくださいっ!・・・ここは何処?貴方たちはいったい何者?」
その時、突然後ろから柔和な声が響く。
「まあ、落ち着いて下さい!・・・ちゃんとご説明しますよ、私達は管理者・・・貴方は、まあデータといったところですねぇ」
さきほど田中主任と呼ばれていた男だ。
「データ?・・・・何の事ですか?」
「今ゆっくり説明しますからね、どうぞおかけください」
役所の職員のような感じのその男は落ち着き払った声で興奮気味の俺に着席を促す。
「あなた向こうの世界でビデオゲームってやったことありますか?」
「ええ、好きでよくやっています」
ボロアパートに置いてきた最新スペックのPCを思い出す、去年末買ったばかり、向こうの部屋に残してきた唯一の「高級品」だった。
「ああ、そうですか、それなら説明しやすいですね、よくゲームのバグで、プレイヤーの身体が壁とか地面に埋まっているような感じになる場面、見た事ございますか?」
「は、はい・・・よく壁に埋まるっていうやつですよね・・・・」
「ええそうです、貴方はバグで、その「壁に埋まった」状態になったんですよ、たまにあるんです、プログラムのミスでそういうふうになっちゃうこと。だいたいはその瞬間自動的に修復されて、キャラクターは抹消されるんですが・・・・」
「ちょ、ちょっと待って!俺はゲームのキャラじゃない!」
「・・・・まあ、興奮なさらないで・・・・私から見ればあなたは「ゲーム内のキャラクター」つまりデータなんです、まあ簡単に言えばボットの一つに過ぎない・・・・」
「いや、俺がいた世界は「現実」世界だ!仮想世界ではない」
「う~ん、でもねぇ・・・事実なんです、貴方の世界を構築しているサーバを管理しているのが私達なんですから、さっき見たでしょ?あのサーバ群、あれで膨大な数の世界を管理しているんです」
「・・・・じゃあ、俺がいた世界はゲーム内の仮想世界みたいなものだっていうんですか?」
「・・・・まあ、貴方のように向こうで生きている人にとっては「実体」そのものなのですが・・・有り体に言えばそうなりますね」
「じゃあ、向こうにいて普通に生活している何十億って人間は全て「Bot」だっていうことですか?」
「・・・貴方も含めて、向こうで生きている人間にとっては「実体」であり「自分の人生」なんです・・・決して「Bot」というわけではないんです、説明しずらいですが・・・・物語の主人公が「自分は架空の世界の架空の存在だ」って意識することはないですよね・・・そういう意味では「実体」で間違いないんですよ」
俄かには信じがたかった・・・しかし、実際壁に埋まって、この知らない世界に迷い込んだことは間違いなかった。
「じゃ・・・貴方たちが「世界」の管理者で、唯一の「実体」で、その他の世界は全て虚構の世界ということなんですか?」
「・・・まあ、そのとおりです、貴方の住んでいた世界以外にも無限に近い世界があるんですよ、時間も空間も違う色々な世界、すでに崩壊しかかっている世界もあれば、これから発展してゆく世界もあります、まだ人間が生まれていない世界もあるんですよ」
「・・・・全ての世界はストラテジーゲームみたいなもの・・・ということ?」
「まあ、そう言ってもいいですね」
「・・・・じゃ、俺はこれからどうなるんですか?」
「バグが発生した時点で、自動的に貴方のボットはあちらの世界では停止、抹消されていますので、元の世界には戻れません・・・・残念ですが」
「・・・俺は、まだここで生きているですが・・・俺のこの体はどうなるんですか?」
田中主任は申し訳なさそうに答える。
「・・・そこなんですよね、普通は向こうの世界でバグで停止・抹消されたボットはこちらに初期化された状態で戻ってくるんです、そしてまた別の世界で稼働させるわけですね、つまり「生まれ変わる」っていうんですかね、輪廻転生って聞いたことあるでしょ?ああいうイメージなんですよ」
「・・・・生まれ変わるんですか?」
「・・・・元の世界に未練がありますか?」
こちらの心情を探るような、慎重な言葉遣い・・・・
「い、いや・・・俺、大学中退してフリーターになって、安っすい時給でコキ使われて・・・クソみたいな人生・・・ゲームみたいに初期化してやり直せるなら別にどこでもいいと思ってます」
一瞬親や兄弟の顔、友達の顔が目に浮かぶ。
・・・・あれも全部データだったのかな・・・生まれてから今まで出会った何千人、何万人という人たちも・・・・全部ただのデータに過ぎなかったのか・・・・。
じゃあ、今こうして考えている俺の意識もただのプログラム?・・・消えたら「無」になる?思い出も?全て?・・・そりゃクソみたいな人生だけど・・・なんか悲しい・・・・。
「・・・・俺、死ぬんですか?」
「・・・・・貴方からみると・・・そういうことになります・・・私達から見るとデータの更新作業てすが・・・・よろしいですか」
「・・・・よろしいって・・・それ以外ないんでしょ?」
「・・・・残念ですが・・・・」
俺は、目をつぶって了承した、なぜか涙が溢れてきた。
・・・この涙も、そういう風にプログラミングされているのかな・・・・。
一旦席を外した田中がなにやら端末を持って戻ってきた。
タブレットに似ているが、見たことのない銀色をした板のような端末だった。
「いったん、貴方のデータを手作業で停止・初期化して、また別の世界に登録します・・・」
「・・・・次の世界って・・・どんな世界なんですか?」
「・・・・eKk03VNIZnzgという世界ですね、空間軸は同じですが、貴方のいた世界とはちょっと異なると思いますよ、その辺は私もよく知りません、ランダムですから・・・・2分ほどで終わりますからそのままお待ちくださいね」
田中は、画面を見つめてしきりに目を動かしている・・・指も動かさないが、なにやら認証作業をしているようだ。
・・・・俺の身体がなにか薄ぼんやりしてくる、目がかすんできたのかもと思ったが、どうやら俺自身の身体が消えていっているらしい。
この記憶も「無」になる・・・・もうあまり感傷的な気分にはならなかった。
俺は、目の前の田中主任に聞いてみた。
「・・・・・田中さん、ここだけが宇宙で唯一の「実体」なんですかね・・・・」
「・・・ええ、そりゃそうです・・・私達があのサーバ群を保守管理しているのですから」
「・・・・そういう「設定」の世界なんじゃないですか・・・ここも」
「えっ?・・・・」
田中は端末から目を話して、少し驚いたように半分体が消えかかっている俺を見つめた。
次の瞬間、目の前が真っ白い光に包まれる、光と音の洪水、人の気配。
言葉は分からないが、意味はなぜか理解できる。
「・・・・御目出度うございます、ほらっ、元気な男の子ですよ!」
~ 完 ~
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