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【あとがき】「念」とホラー
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ホラー映画は、いまや映画の中でも一大ジャンルを築いています。
やはり洋の東西を問わず、人は人智を超えた「不思議な話」「怖い話」「理解不能なもの」が大好きなのでしょう。
日本でも、江戸時代には空前の「怪談ブーム」がありました。
「奇異雑談集」「諸国百物語」「善悪報ばなし」等、数多くの怪談本が出版され、長い夜の徒然に「百物語」なども行われたようです。
さて、日本を含めアジアのホラー映画と欧米、特にハリウッド映画のホラー映画は怖さの「質」が異なると言います。
・・・・まあ、実は最近はそうでもなくて、日本の「Jホラー」の世界的流行を受けて、ハリウッドでも後述する「アジア的怖さ」を求めたホラー映画を見かけるようになったので、これはあくまでも「古典的ホラー論」になってしまうのですが・・・。
ハリウッドのホラーの古典的代表作と言えば「13日の金曜日」に代表される、いわゆる「スプラッター映画」
謎の殺人鬼が若者を次々と殺害するその悪趣味で残忍な手口、飛び散る血飛沫、転がる頭部など、「視覚的」に観る者を怖がらせるもの。
これらはビジュアル的恐怖・・・言い換えれば「唯物的」、「即物的」恐怖と言えます。
それに対する、日本及びアジアのホラーというのは、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」、死霊解脱物語聞書の「累の物語」等に代表されるように、怖さの本質は目に見えない「人の念」なのです。
ビジュアル的恐怖に対する精神的恐怖と言ってもいいでしょう。
この世で一番恐ろしいものは殺人鬼でもシリアル・キラーでもなく、人の「念」であるという考え。
「念」というのは、心の動きや注意、感心のことで、その意味は茫洋としたものですが・・・狭義では「執着」「執念」「強い思い」と言い換えてももいいでしょう。
仕事にしても趣味にしても、何かに執着すること自体は全く悪い事ではなく、それがプラスに働くと人生は豊かになります。
しかし、それがネガティブな方向に向かうと破滅や災いをもたらします。
妬み、嫉み、怒り、失意、怨み、異性や金への執着。
現代人は、今回元ネタにした「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」の話のように、大蛇に化身したりはしませんが、特定の女性に執着するあまりストーカーになって逮捕される(笑)・・・などは、「念」で身を亡ぼすという意味では本質は同じでしょう。
人の強い思いはなんであれ、度を超すと恐ろしいものなのです。
その「念」の中でも、最も強力な災いとなるのは「怨み」・・・つまり「怨念」
日本的ホラーでは、特に怨みをもって死んだ人の「念」である「怨念」が、この世で一番恐ろしいものだという考え方が根底にあります。
(他にも、生きている人の強い念である「生霊」などというものもあります)
あの最高に怖いJホラー映画「呪怨」などはまさにそれで、執着と恨みの「念」の物語とも言えます。
前述の東海道四谷怪談、累の物語も然り。
中国でいう「怨鬼」も本質的には同一のものでしょう。
また、強い恨みを残して死んだ人の「念」は強大なパワーがある、それ故に「祟り神」として祀り鎮め、逆に守護してもらう(崇徳院、菅原道真、平将門)などは、日本独特のユニークな考え方ではないでしょうか。
無論、欧米にも幽霊話などはありますが、アジアのそれほど「念」や「執着」を感じる話は少ないように思えます。
イギリスのロンドン塔も幽霊が出るので有名ですが、幽霊が誰か特定の人に祟ったり、取り殺すわけではなさそうです・・・。
謎の殺人鬼やシリアル・キラーとは違い、逃げようと思っても逃げ場所がない「念」、そのゾクゾクする恐ろしさを楽しめる繊細な感性は日本の文化の財産でもあると思います。
時代と共に怪談も変化してゆきます・・・あの「貞子」もアナログなビデオテープからデジタル世界に活躍(?)の場を広げました。
しかし、日本人の「恐怖の本質は人の念である」という意識はそう大きく変わることはないでしょう。
この先も、夜中にトイレに行けなくなるような「怪談」を楽しませて欲しいと思います。
・・・もっとも、あくまで映画や小説の中だけにして、現実に私の周りには出てこないで欲しいのですが・・・。
やはり洋の東西を問わず、人は人智を超えた「不思議な話」「怖い話」「理解不能なもの」が大好きなのでしょう。
日本でも、江戸時代には空前の「怪談ブーム」がありました。
「奇異雑談集」「諸国百物語」「善悪報ばなし」等、数多くの怪談本が出版され、長い夜の徒然に「百物語」なども行われたようです。
さて、日本を含めアジアのホラー映画と欧米、特にハリウッド映画のホラー映画は怖さの「質」が異なると言います。
・・・・まあ、実は最近はそうでもなくて、日本の「Jホラー」の世界的流行を受けて、ハリウッドでも後述する「アジア的怖さ」を求めたホラー映画を見かけるようになったので、これはあくまでも「古典的ホラー論」になってしまうのですが・・・。
ハリウッドのホラーの古典的代表作と言えば「13日の金曜日」に代表される、いわゆる「スプラッター映画」
謎の殺人鬼が若者を次々と殺害するその悪趣味で残忍な手口、飛び散る血飛沫、転がる頭部など、「視覚的」に観る者を怖がらせるもの。
これらはビジュアル的恐怖・・・言い換えれば「唯物的」、「即物的」恐怖と言えます。
それに対する、日本及びアジアのホラーというのは、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」、死霊解脱物語聞書の「累の物語」等に代表されるように、怖さの本質は目に見えない「人の念」なのです。
ビジュアル的恐怖に対する精神的恐怖と言ってもいいでしょう。
この世で一番恐ろしいものは殺人鬼でもシリアル・キラーでもなく、人の「念」であるという考え。
「念」というのは、心の動きや注意、感心のことで、その意味は茫洋としたものですが・・・狭義では「執着」「執念」「強い思い」と言い換えてももいいでしょう。
仕事にしても趣味にしても、何かに執着すること自体は全く悪い事ではなく、それがプラスに働くと人生は豊かになります。
しかし、それがネガティブな方向に向かうと破滅や災いをもたらします。
妬み、嫉み、怒り、失意、怨み、異性や金への執着。
現代人は、今回元ネタにした「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」の話のように、大蛇に化身したりはしませんが、特定の女性に執着するあまりストーカーになって逮捕される(笑)・・・などは、「念」で身を亡ぼすという意味では本質は同じでしょう。
人の強い思いはなんであれ、度を超すと恐ろしいものなのです。
その「念」の中でも、最も強力な災いとなるのは「怨み」・・・つまり「怨念」
日本的ホラーでは、特に怨みをもって死んだ人の「念」である「怨念」が、この世で一番恐ろしいものだという考え方が根底にあります。
(他にも、生きている人の強い念である「生霊」などというものもあります)
あの最高に怖いJホラー映画「呪怨」などはまさにそれで、執着と恨みの「念」の物語とも言えます。
前述の東海道四谷怪談、累の物語も然り。
中国でいう「怨鬼」も本質的には同一のものでしょう。
また、強い恨みを残して死んだ人の「念」は強大なパワーがある、それ故に「祟り神」として祀り鎮め、逆に守護してもらう(崇徳院、菅原道真、平将門)などは、日本独特のユニークな考え方ではないでしょうか。
無論、欧米にも幽霊話などはありますが、アジアのそれほど「念」や「執着」を感じる話は少ないように思えます。
イギリスのロンドン塔も幽霊が出るので有名ですが、幽霊が誰か特定の人に祟ったり、取り殺すわけではなさそうです・・・。
謎の殺人鬼やシリアル・キラーとは違い、逃げようと思っても逃げ場所がない「念」、そのゾクゾクする恐ろしさを楽しめる繊細な感性は日本の文化の財産でもあると思います。
時代と共に怪談も変化してゆきます・・・あの「貞子」もアナログなビデオテープからデジタル世界に活躍(?)の場を広げました。
しかし、日本人の「恐怖の本質は人の念である」という意識はそう大きく変わることはないでしょう。
この先も、夜中にトイレに行けなくなるような「怪談」を楽しませて欲しいと思います。
・・・もっとも、あくまで映画や小説の中だけにして、現実に私の周りには出てこないで欲しいのですが・・・。
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