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【画像あり】江戸時代のUMA(未確認生物) ~雷獣の正体~

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 ●【閑田次筆】伴蒿蹊ばんこうけい著 文化三(1806)年刊より

 僧侶で俳人でもある栗本玉屑ぎょくせつの東国行脚あんぎゃの記録「東貝あずまがい」のなかに。雷獣が捕らえられたという話がある。
 その図を見ると狸に類するものである。

 しかし最近、ある人から見せてもらった雷獣の図はこのようなものであった。
 享和元(1801)年五月十日、芸州(現在の広島県西部)九日市里塩竈に落下した死骸の写しで、体長一尺四五寸(45センチ)程と記載されている。
 


 これが真実かは分からないが、この図を見せてくれた人は確かな事だと言っていた。

 ●【耳嚢みみぶくろ】根岸鎮衛著 

 「市中へいでし奇獣の事」より

 寛政十一(1799)年六月十八日の夜、の刻(午前0時)過ぎ、馬喰町一丁目、家主庄左衛門の店子で安兵衛という小商いをしている男の家に異獣が出て行燈あんどんの油を舐めているのを捕らえた、という届けがあり、南町奉行所に持ってこさせたのを見た。

 最近、下総(千葉県)八幡村の神社にこの獣が現れたのを捕らえ、幕府の鷹匠たかじょうの部下の者が江戸城に持ってきたと聞いたが、その獣と同じものであった。
 市中の噂ではこれは雷獣であると言っているが、学識のある人は雷獣であるかどうか分からないと言っていた。
 図は略すが、体長およそ一尺(30センチ)栗鼠りすに似ており、あごの下は黄色い。


 ●【兎園小説】曲亭馬琴 他編 より

 寛政十一(1799)年六月、馬喰町の版木師(浮世絵等の版木を彫る職人)、金八がある夜、あやしい獣を捕らえた。
 その形は鼠に似ているが、鼠よりもかなり大きい。
 胸から腹に至って虎のような斑がある。

 まったく初めて見る獣であるから翌日、奉行所に届け出たが、奉行所でもその獣の名前を知るものはいなかった。

 ある人は「マミ」であると言い、またある人は「雷獣」であるという。
 それらは全て誤りで、思うに蝦夷栗鼠(エゾリス)の類であろう。

 金八がこの獣を捕らえた時の様子は以下の通りである。

 彼の長屋の向かいに住む老婆が、ある宵、行燈の油を舐めている動物を見つけ、鼠だろうと思って蚊帳の中からこれを追い払おうとしたが、その獣はまったく逃げようとしない。
 老婆が怪しんでよくよく見ると、大変恐ろし気な獣であるので、老婆は驚いて「妖怪が出た!」と大声で叫びはじめた。

 その声を聞き付けて、版木師の金八が長屋の隣人と共に老婆の家に駆けつけると、あやしい獣は今度は金八の家へと逃げ込んだ。
 金八はそれを追って、まずはその獣の姿を見ようと蝋燭を向けると、獣が飛びかかってきて蝋燭の火が消えた。
 それが三度にも及び、獣は金八の家の竈の下へと逃げ込んでしまった。

 金八が一計を案じて、米びつの空になっているのを横にして獣を追い詰め、ようやく捕獲することが出来た。

 この獣について後日聞いた噂では、ある人が長崎で珍しい獣を買い求めて秘かに家で飼っていたところ、鉄製の飼育箱の網を食い破って逃げ出したものであるという。
 飼い主は、異国の獣を公儀に内緒で飼っていたことでお咎めを受けるのを恐れて、金八の家でその獣が捕らえられたのを知りつつ名乗り出なかったらしい。

 奉行所では、その獣をしばらく留め置いていたが、そのまま金八に返したという。

 困ったのは金八で、そのあやしい獣を野に放つわけにもいかず、その餌は毎日油揚げの豆腐を十五、六枚も食べるというので、捕らえたことを後悔したという事だ。

 その後、金八がその獣をどうしたのかは分からない。


 ・・・・雷獣に関する江戸時代の記録、三件でした。

 面白いのは、下級旗本から異例の出世を遂げて南町奉行まで昇り詰めた秀才、根岸鎮衛が30年に渡って書き記した「耳嚢」に掲載されている話と、日本で初めての職業作家と言われる曲亭馬琴が主宰する「兎園会」で収集した事件、これは同じ事件を記録したものだということ。

 「兎園小説」の方の記録にある老婆というのが、恐らく「耳嚢」に記載のある安兵衛のお母さんなのでしょう。

 それにしても、金八さん・・・・可哀想すぎ・・・。

 「耳嚢」と「兎園小説」に出てくる謎の獣について、兎園会でこの話を披露した関思亮(海棠庵)は、エゾリスだろうと言っていますが、果たしてどうでしょうか・・・。

 それに対して、伴蒿蹊の「閑田次筆」に掲載されている雷獣・・・これは明らかに妖怪っぽいです。
 二本の鋭いツメ、飛び出した牙、手足の鱗、長いたてがみ、どこなく「蜘蛛」っぽい形状。

 あの妖怪の「牛鬼」に似た不気味さを感じます。

 雷獣の正体については様々な説がありますが、普段見慣れない小動物はたいてい「マミ」「雷獣」とされたようで、おそらく色々な動物が混じっているのでしょう。
 エゾリスもその一つかもしれませんし、調べてみるとどうやらハクビシン説が最有力のようです。

個人的には、「閑田次筆」に掲載されている妖怪っぽい雷獣はアナグマっぼくも見えるのですがいかがでしょう。
二本の鋭いツメが相当印象的に描かれているので、本数は違いますが爪の長いアナグマをモデルにしている気がするのです。

 なお、日本の捕物小説の祖、明治から昭和初期にかけて活躍した小説家、岡本綺堂の「半七捕物帳」にも、この雷獣をテーマにした話、「雷獣と蛇」(第34話)があります。
 
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