上 下
23 / 100

第二十三話 「売僧を恥しめ母の愁いを解し事」

しおりを挟む
 

 根岸鎮衛著 「耳嚢」巻之二


 「売僧まいすを恥しめ母のうれいをときし事」


 ある武家の母は大変に信心深い人で、日々寺詣でをして僧侶の説法などを聞いていた。

 母がある出家の説法を聞いていた時のこと、

 「罪深いものは地獄道へ堕ち、生きながらに鬼の形になるのです、俗人の目には見えなくても修行を積んだ拙僧の目にはそれが見えるのですぞ・・・」

 そう言って説法をしていた出家は、武士の母を指差した。

 「それ・・・そこの老女などにも角が生えているのが拙僧にはちゃんと見えますぞ」

 出家は軽い冗談のつもりで言ったのだろうが、武士の母は家に帰ってから、物も食べられないくらいに悲しみ、遂には病気になってしまった。

 この事を知った息子は、「憎い売僧まいすだ・・・許せない」そう思い仕返しの方法を考えた。


 数日後、武士は自分の母には秘密にして、「心願の儀があるので、御出家達を招いて食事を振舞いたい」と、母を辱めた出家やその同僚の者達、そして近所の人達も大勢招いた。

 皆が集まると、武士はにこやかに客と話し、各々に膳の用意をした。
 かの説法をした出家も、出された料理を美味そうに食べていたが、その椀の底の方から魚肉が出て来た。

 出家はムッとして箸を置き、侍に言った。

 「肉食を禁じられている身に、このようにわざと魚肉をあつらえて食べさせるとは、一体どういう了見でございますかな・・・・」

 侍は、それらは答えず満座の客の方を向いて話し出した。

 ・・・・・先日、私の母がこのご出家の説法を聞きに行った際、このご出家は母の頭に角が生えているのが見えると言って辱めました。
 その後、母は食事も喉を通らないくらい嘆き悲み、床に臥せっております。

 俗人のわたくしには母の頭には角どころかこぶ一つも見当たらないのですが、さすが修行を積まれたご出家の目にはちゃんと見えるのだろう・・・と尊敬をいたしておりましたが、今日皆さんをお招きしまして、その汁やおかずに全て魚肉が入っているのを、このご出家は美味そうに食べておいでになる。

 僧の戒めの第一である肉がその膳の中に入っていることも分からない出家が、どうして母の頭に角が生えているのが見えましょうや!
 この理由を聞かないと、人々の前で母を辱めた恨みは晴れません。

 そう言われたかの出家は、真っ青になって、口ごもりながら言った。

 「・・・い、いや、僧の説法は仏の教えを分かりやすく広める手段でございまして・・・」

 「俗人に仏の教えを知らしめる為の弘通方便は、なるほど僧侶のやり方でしょう、しかし武士の母を辱めることは、その子として捨て置き難いことでござる。この事はお寺の本山や寺社奉行へと申し立て、調べてもらいますからお覚悟なされ」

 その僧侶は色々詫び言をして、周りの人達もとりなして、結局詫び状を書かせてその場は収まったが、かの出家は江戸表には居たたまれず、どこかに立ち去ったということだ。



しおりを挟む

処理中です...