雲母虫漫筆 ~江戸のあれこれ~

糺ノ杜 胡瓜堂

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第三十一話 「将軍様を怒鳴りつけた百姓」

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 松浦静山著「甲子夜話」

 巻一二、「十」より


 将軍が鷹狩りの際は、ご家来も少人数で軽装でお出かけになる。

 徳川吉宗公がある日お鷹狩りに出られた際、家来も三人しか付き従っていなかった。
 吉宗公が家来達を置いて一人で先にお歩きになっていると農家が見えた。

 吉宗公が農家の勝手口の横に置いてあった三、四俵の米俵に腰をかけてお休みになっていると、勝手からその家の年老いた農夫が出てきて、目を怒らせて大声で吉宗公を怒鳴りつけた。

 「こらっ!公方くぼう様へお年貢として納める米俵に尻を掛けるとは何者だっ!そんな恐れ多いことをするやつがあるか!」

 吉宗公は驚いて立ち去られた。


 そのあとすぐに、家来達がやってきて老農夫に尋ねた。

 「たった今、この辺りに公方様はお見えにならなかったか?」

 農夫はひっくり返るほど驚いた。

 「・・・・そ、それではさっきわしが怒鳴りつけたのが・・・・公方様・・・」

 二、三日後に、お代官の伊奈半左衛門様より、農夫に「出頭せよ」との仰せがあった。

 農夫は、どのようなお咎めを受けるのか・・・おそらくは打ち首であろう、と家族の者達に泣く泣く別れを告げて、代官所に出頭した。

 お代、伊奈半左衛門様は農夫に言った。

 「お年貢米を大切に思うその方の心構え、大変奇特なことである、お上よりご褒美を下されることになったぞ」

 老農夫は白銀を給わったという。
 まことに隅から隅まで行き届いた吉宗公の御政である。

 これは公鑑物語にある話であるが、私(静山)はこの話を記すとき涙が止まらない。


 
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