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第五十七話 「一夜にして村人が消えた村」~江戸時代の集団失踪事件の真相~

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 松浦静山著「甲子夜話続篇」

 巻七、二二「メッポウ島」より


 ある人から聞いた話である。

 近頃、伊豆の無人島に漂着して、島で数年を過ごした人が江戸へ帰還した時に、本人から聞いた話であるという。

 その無人島の東、五六十里くらいであろうか、船をこぎ出すと一つの島を見つけたという。
 島には人影が見えたが、それは日本人のようであった。

 船を島に近づけると、島の住人もこちらに手を振っている。
 島に上陸して、住人に話を聞くと、この島は「メッポウ島」という名前だという。

 住人は、近年この島に移り住んだという事だが、日本へは年貢を納めることもなく、稲は毎年良く実るので飢える事もなく、木綿や麻を栽培しているので衣服に事欠くこともなく、魚や鳥獣もよく獲れるという。
 樹木も多いので、住居も思い思いに造って妻子を養っている様子であった。

 元は常州銚子の辺りのある村の者達だというが、あらかじめ村人全員で申し合わせ、一夜にして全員で村を抜け出して、船でこの島に渡ってきたのだという。
 村長や名主のようなものは居ないが、この島を初めて見つけて村人に知らせた男が、皆をまとめる役をしているということだ。

 さて、江戸に帰ってそのことを調べてみると近頃(二十年あまり昔だろうという)、銚子の海辺の村から一夜にして老若男女、村人全員が姿を消した集団失踪事件があったという。

 おそらく彼らはその村人達なのだろう・・・。

 その村の名前もよく聞いて欲しかったところだが、知人はそこまでは聞かなかったという。
 また、メッポウ島という名前も彼ら自身がつけた名前で、島の本当の名前も分からない。


 ・・・なんとも面白い話です、一夜にして村人全員が消える、というのは映画「サイレン」みたいでミステリアスです。
 世界的にも、「ロアノーク植民地集団失踪事件」のような集団失踪のミステリーがいくつもありますが、この話の場合は、集団移住だったということですね。
 当然、江戸時代は、村人が勝手に村を離れ逃亡する「逃散」はご法度だったのですが、この村人達は伊豆沖の無人島で理想郷を作ったようです。



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