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第六十八話 「お茶目な主君」

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 松浦静山著「甲子夜話続篇」

 巻八十九、一一「曽我伊州ノ滑稽」より


 甲子夜話、第三巻でお側衆の曽我伊代守助順すけゆき殿の面白い性格の事を記したが、今年、高家の今川刑部大輔から聞いた話である。
 彼は若い頃から曽我氏とは親しい間柄だという。

 曽我氏の近習の若侍が妻を迎えたという。
 
 「どうだ、嫁をめとった気分は・・・妻は気に入ったか?美しいか?」

 曽我氏が聞いたが、家来は恥ずかしかったのか、緊張したのか「はっ・・・」と言ったきり、返事をしない。

 「いや、気に入る気に入らないは、その方の気持ちであるし、容姿はすぐ見れば分かる事じゃ・・・考えることもなかろう」

 曽我氏は笑って言ったが、若い家来は恥ずかしそうに畏まっている。

 「・・・その方が答えられないのなら、わしが言ってやろうか、その方の妻は背の低い、鼻の横に黒子ほくろのある愛嬌のある女であろう・・・・」

 家来はビックリして言った。

 「ど、どうして妻の顔をご存知なのでございますか・・・」

 曽我氏は悪戯っぽく笑って言った。

 「いや、その方がめでたく嫁を迎えたというに、あまりに秘密にしておるのでな、わしの天眼をもって知ったのじゃ」


 家に帰った家来は、妻に聞いた。

 「お前は、殿さまにお会いしたことはあるか?」

 「いえ、お殿様にはお目にかかったことはございませんが・・・・」

 新妻は答えた。
 いよいよ不審に思った家来が後日、曽我氏に聞いたところ、ことの真相はこうであった。

 曽我氏は、お側に仕えている小童に命じて、近所の町人の合羽かっぱと笠を借りてこさせ、それを自ら身に着けて町人に変装し、供も連れずに新婚の家来の家に行って案内を乞うた。

 新妻が出てきて応じた。

 「主人は今、留守にしておりますが・・・どちら様でございますか」

 曽我氏は、家来の妻の顔を確認して、

 「ご主人がお留守でしたら、直接お伝えしたいことでございますので、また日を改めて参ります」

 と適当な事を言って引き揚げてきたというのである。

 「何日頃、こういう者が来たかと妻に聞いてみよ、それがわしだったのじゃ・・・」

 曽我氏は、大きな声で笑った。
 家来が家に帰って、妻に確認して見ると、

 「確かに、何日頃そのような方が家に来ました・・・あ、あの方がお殿様だったのですか?」

 と妻も驚いたという。
 よくよく面白い人である・・・・。




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