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第3話 1
しおりを挟む7歳の誕生祭から3年が経ち、エリアスは10歳になった。
少年貴族として社交に出る年齢になったが、特にこれまでと変わりのない生活をしていた。
辺境にある領地の屋敷で過ごすエリアスが出席しなければならないような式典はなく、グラナート家の子女が出席を求められるような場は、嫁ぎ先を選定中の姉達で事足りている。
以前からの違いといえば、誕生祭の食事会で話題になった食品を販売するため、商会と共に企画開発をするようになったことくらいだろう。
だが、それもまた、以前のように言いたいことを言って試作にあれこれと口を出すだけで、最終的には大人たちが良いように整えてくれる。
そのため「グラナート家のご子息が発起人らしい」という噂はあるが、それによって何かが変わることはなかった。
この時までは、何も変わることはなかったのだが。
遥か彼方にある正門から屋敷の玄関に続く一直線の道を、四頭立ての快速馬車がこちらに向かって来るのが見えた。
エリアスは、「今日は部屋から出るな」「窓も開けるな」と父親にきつく命令されていたため、窓にへばりついてその様子を見ていた。
馬車に乗っているのはどんな男なのだろうか。
「あたし、王族と結婚なんてやだよ! ユリ姉だってそうでしょ?」
「ラウラ、それは……お父様が……っておっしゃって……私だって……」
ラウラが怒鳴る声に、ユリアが宥めるような声色で返しているところを見たのは10日ほど前だったか。
詳細は聞き取れなかったが、王室から姉達への縁談の話が来たのだろう。
十六歳のユリアは縁続きの伯爵家との婚約が決まりそうで、十五歳のラウラはサムエルと共に魔獣討伐で活躍しており、既に小隊を持つほどの実力だ。
理解ある両親であっても貴族は貴族。
王族との婚姻であれば喜んで引き受けるに違いない。
ラウラの様子を見るに、断ってくれる保証はなさそうだ。
(いい感じでまとまりそうな、ユリ姉ねとララ姉ねの幸せを奪う奴は許さない!)
策もないのに、邪魔をしようと騒いでいたのが良くなかった。
サムエルから、来客の際は謹慎するよう命じられ、現在この通りである。
だが、エリアスもただの十歳ではない。
精神年齢は現在の歳に引きずられているが、平均寿命まで日本で過ごした知識がある。
「パウル、今日はとても暑いねぇ。馬車も暑かったでしょうね。お客様に、何か冷たい食べ物をお出ししたいから、父上の従者にお伝えして来て?」
「坊ちゃまは本当にお優しいですね! 承知いたしました」
部屋で控えていた従者のパウルが出て行ったのを見計らい、エリアスは厨房に向かって走り出した。
冷たい物を出したいと言ったのは、部屋を抜け出すための方便であるが、客に突撃するために飲食物を運ぶというのも良い作戦だと咄嗟に思い付いた。
厨房で、浅型のパフェグラスにアイスクリームを盛りつけたものを人数分用意し、トレイに保冷効果の魔術を施した銀製の覆いを乗せる。
何食わぬ顔で本館に戻り、不審そうに見ている護衛や使用人にはニコニコと笑みを振りまきながら、トレイを持って応接室から続く隣室に入る。
応接室からは、両親や姉達とは異なる、若い男の声が聞こえた。
(来たな、間男め! 姉ね達の幸せは、僕が守る!)
両親が何を言おうと婚約を阻止するために、姉達の現状を訴えるつもりだ。
家同士の婚姻には利害が絡むだろうから、エリアスの知識を取引に使えるならば、いくつかの権利を渡したっていい。
「暑いので、冷たいお菓子をお持ちしましたー!」
扉を開けたら、両親と姉達、グラナート家の護衛と従者、そして客の男とその従者が驚いた顔でこちらを一斉に見た。
中央に座る男、というか少年は黒髪に黒目で日本人のような容貌であった。
少々痩せすぎな気もするが、顔が小さく鼻筋も通っており、クールな目元や薄い唇が、少年ながら未成熟な色気のようなものを感じさせた。
「醤油王子……」
昭和の時代に言われていた、醤油顔のイケメンである。
他にもソース顔や塩顔などがあったと思い返しながら、驚いたりしかめ面したり困った顔になったりと、表情を変える王子の顔を不躾に見つめる。
(え、この人、日本人的にメチャクチャ格好よくない? そして可愛い!)
ぼんやりしているエリアスのもとに歩み寄ったサムエルが、首根っこを掴み尻を強く叩いた。
「痛っ……」
「馬鹿者! 失礼なことを言いおって! 部屋から出るなと言ったであろう」
アイスクリームを乗せたトレイを取り落としそうになったが、文句を言えるような雰囲気ではなかった。
サムエルが客に謝罪するのに合わせて、エリアスも一緒に頭を下げる。
王族とは言っても少年相手に大げさではないかと、内心では拗ねた気分になるが、笑みを浮かべて切り替える。
「せっかくなので、溶ける前にどうぞ! あ、僕は長男のエリアスです。10歳です!」
なるべく無邪気に言って見せた。
テーブルにアイスクリームを並べて自分の分を手に取り、ちゃっかりと両親の間の隙間に割り込んで着席する。
「何のお話をされていたのですか?」
何とも言えない微妙な空気が流れているが、気にしたら負けだ。
好奇心いっぱいな子供を演じ、自分が一番可愛いと思うキメ顔を作る。
さきほどはコロコロと表情を変えていた王子だが、彼もまた一瞬で完璧な笑みを浮かべる。
「こんにちは、エリアス様。私はアルベルト・ヴィレ・ユヴェール、この国の第三王子です」
「アルベルト殿下……うわ、本物の王子様……」
思わず声に出てしまい、それはさすがに失礼だったと口を閉じる。
こういう落ち着きなく軽率なところは、前世の記憶があってもやらかしてしまうので、持って生まれた性質なのだろう。父親の幼年時代や次女に似ているらしい。
だが、彼が不快を顔に出すことはなく、美しい笑みをさらに深めた。
「なるほど、ご長男はまだでしたね。では、彼と進めて下さい」
(ん? 僕が何か?)
きょろきょろと、両親とアルベルトの間で視線を彷徨わせるエリアスに対し、サムエルは慌てた様子で腰を浮かせる。
「いけません、殿下! これは不調法なうえ世間知らずです。それに殿下の血筋を絶やすことになるのですよ」
サムエルの圧に対してもアルベルトは平然と構えており、笑顔を崩さない。
「王族にとって、不要な子は争いの火種にしかならないのはご存じでしょう。私と同じような道を歩むのであれば無いほうがよい。ああ、もちろん慣例に従い、ご子息がいずれ妾を持つことは問題ありません」
アルベルトは、言いたいことは言い終えたとばかりにアイスクリームをおいしそうに食べ、エリアスに礼を言って帰って行った。
論破するつもりで考えていた攻撃材料を一つも口にすることなく、姉達の幸せは守られた。
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