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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します
22 その感情の名前
魔石の中に浮かぶ魔法陣が気になっていた玲史は、ゲンドルと共にセティの執務室を訪れていた。
魔力無しの王太子だが、魔術学については現役魔術師よりも詳しく、魔術省の人事にも関わっている。的確な助言を求めるなら、彼しかいない。
「相談と言うのは……」
「ちょっと待った」
セティと向かい合ってソファに座り、話し始めようとしたところで、ゲンドルが玲史の言葉を止めて、詠唱を始めた。
三人の周りが光の膜に覆われて、その光はすぐに消えた。
「障壁魔術だ。音声だけを遮断した。話していいぞ」
ゲンドルの言葉に頷き、玲史は、充填中に見た魔石の中の魔法陣の話をした。
レヴィと一緒に充填した時に見えた魔法陣は、重要なものかどうか分からないので、知識の豊富な魔術師の協力が必要だった。
「魔法陣ならユーハンと若手魔術師だがどうする?」
ゲンドルが、複雑そうな顔でセティを見る。
「塔の魔術師にやらせようか」
玲史とゲンドルが顔を見合わせる。
「あれでも、僕の側近候補だった子達だからね。能力だけは優秀なんですよ」
「だが、入室許可はどうする? 魔石の間に入れるのは、王族と魔術省上層部と王子の婚約者のみ、追加は王の許可が必要になるんじゃないか?」
「何とかなるでしょう。陛下も、表には出さないけど、ナヴィ卿が発信する内容にはいつも興味津々ですから」
これが瘴気問題解決の糸口になればいいのだけれど。
「ところで、先生。僕もナヴィ卿と内緒話があるのだけれど、これを外から二人にかけることは可能ですか?」
ゲンドルは、疑念の眼差しを向ける。
「ちょっと、プライベートでお願いがあってね。デリケートな問題なので」
「セティ殿下が危害を加えるとは思わないが、変なことを吹き込むなよ」
ゲンドルの詠唱の後に、二人の周りに膜が光った。
セティが、身を乗り出して膝に肘をついて見上げる。見下ろすのもどうかと思い、玲史も身を屈めた。
「私の弟が、異世界人に並みならぬ期待をしていることは分かっているよね」
「はい」
玲史は緩んでいた神経を尖らせた。
「支えてくれるのはいいが、距離感は大人の貴方が保ってくれないと」
いつもの優し気な笑顔の中で、知的な深い青の瞳だけは笑っていない。
様々な言い訳が頭の中をめぐるが、咄嗟には言葉が出ない。
「分別のある人だと思っていたけど、私は見誤っていたのかな。少しぐらい揶揄ってもいいけど、本気になってもらっては困るよ。あの子にはやるべきことがあるのだから」
王になること、王妃たる素質のある女性を娶ること、その血をつなぐことを、セティが望んでいるのは知っている。レヴィを王にという希望には反対だが、問題はそこではないのも分かっている。
「甥と同い年なんです。可愛いじゃありませんか。何でもしてあげたくなってしまうだけです。気を張って頑張っているんだから、一人ぐらい手放しで甘やかしたっていいと思いませんか」
「恋愛感情ではないと?」
問われた瞬間、呼吸が止まった。
セティのうすら笑いは、「白々しい言い訳だ、何もかも分かっているぞ」と言っている。それでも玲史は肯定するわけにはいかない。
「今更でしょう? 殿下のお父様と同い年の私が、そんなものを持ち合わせているわけないじゃないですか」
大丈夫。これは恋愛じゃない。レヴィに対するものは情愛だ。いつも自分に言い聞かせている言葉を頭の中で反芻するが、剥がれ始めたメッキはどうやっても元に戻らない。
背中を嫌な汗が伝い、もう笑顔を貼り付けることもできない。
「そう……ナヴィ卿、私を失望させないで?」
励ますように笑みを深めるセティからは、有無を言わせない圧力を感じた。
セティが、ゲンドルに視線を向けて手を上げる。再び一瞬だけ光り、障壁魔術は解かれた。
「先生、ありがとうございます」
玲史の顔付きが変わったことを案じるゲンドルだったが、聞かれたくないと言われた話を追及するほど無作法ではない。玲史の背中にそっと手を当て、労わるように撫でる。
「先生には、私からも依頼があるのですが、ナヴィ卿、もう少し待ってもらえるかな?」
「あ、えっと……私はこのまま魔石の間に向かいます」
このまま、この場に居続けることは、今は苦しい。一人になりたい。
部屋を出ようとしたら、ゲンドルもソファから立ち上がった。
「待て! 一人はダメだ。狙われているかもしれないんだぞ」
「それなら、このマントを身につけて行くといい」
セティが、机の引き出しから、濃紺の光沢のある布を出した。
「防御魔術の施されたマントだから、全方位の攻撃から身を守る。これを付けていれば、貴方を傷つけることはできない」
玲史の肩にかけて、胸元で紐を結ぶ。
「いや殿下……それは王族の貴重な魔道具だ。貸出なんて聞いたことない」
「僕は先生から貰った腕輪や耳飾りがあるから、使うことがないんですよ。それに、ナヴィ卿は陛下の大切な客人です。国王の大切な人は王族も同然。使う権利はあります」
「また、屁理屈を……こんなもん身に着けてフラフラしてたら、今度は王太子の寵愛がなんちゃらと言われるぞ」
「それはないな。僕は誰にでも親切ですから。ね?」
最期の「ね?」は、玲史に向けて微笑む。
静かな圧力に、礼もそこそこに、逃げるように執務室を出た。
これは、一時的な現実逃避であって、何の解決にもならない。それでも小走りでその場を離れた。
長い廊下と通路を歩き、階段を下りて魔石の間にたどり着く。
預かっている鍵で南京錠を開けて部屋に入った。
一人で来るのは初めてだが、改めて見ると異様な光景である。巨大な水晶が、石の床からニョッキリと生えている。もう慣れたが、魔石は独特の威圧感を放っている。
玲史は両手を前に出し、魔力を放出した。
この感情が、もう戻れないところまで来ているのは、ずっと前から気付いていた。
甥と同じ? 情愛であって恋愛ではない? 抱き合って口付けて欲望を与え合う相手に対して、恋愛感情なんて無いと平気で言えるほど、玲史は性に奔放な人間でもない。
セティの言葉は、いちいち的を得ていて、玲史の言い訳が子供の戯言のようだった。
玲史の恋心を承知の上で、ああやって牽制されたのだ。
レヴィの執着が、子供の独占欲と同じでもいい。玲史を縛ってくれるなら、噓をつき続けて好きな人の側に居たい。どうか、もう少しだけでいいから、この気持ちを誤魔化すことを許してはくれないだろうか。
気付いたら随分と長い時間充填していたらしく、眩暈を感じて座り込む。
魔力切れだろうか。初めて充填した時ほどではないが、力が出ない。
不意に扉を開く音がしたので、立ち上がって振り向いたら、それはレヴィの婚約者、ヴァナディスだった。
「おや、主人に自分を守らせて、しかも怪我まで負わせた恥知らずな平民の魔術師ではなくて?」
「お、終わりましたのでお先に失礼します」
横を通り過ぎようとしたら、扉の前に立って邪魔をする。
「異国の平民には、王族の偉大さは分からないようね。恥知らずなお前に、王子のそばに侍る者の作法を教えてあげるから、ここでお待ち」
扉を開けると、先日絡んで来た従者の男達が、玲史の前に立ち塞がる。
「え、ちょっと、どいてください」
「ちょこまかと、鬱陶しい。腕の一本ぐらいは折ってもよろしいのでしょうか」
「あら、折らないと捕らえられないのかしら?」
魔石の間と廊下での、不穏な主従の会話に、思わず駆け出したら男に腕を掴まれた。
「ひっ」
ここに来て、骨折や流血は何度も見ているが、玲史自身は転移前も後も骨折などしたことはない。
怯んだところを、二人の男に両腕を掴まれ、怖くて動けなくなってしまった。体の力も抜けて、ズルズルと座り込む。
扉が閉まりかける室内を見たら、ヴァナディスが、魔石に向けて指で何かを書くような仕草で詠唱をしている。こんな充填は見たことがない。不審な行動も気になったが、今はそれ以上に身の危険を感じる。
「なんだ? こいつ、王太子殿下のマントなど羽織って」
「レヴィ殿下の次は王太子殿下か。どこまで誑し込んでいるのか」
玲史の前に立つ男が下卑た笑いで見下ろす。
「おいおい、まさか、陛下までこの細腰で?」
「女と違っていつまでも締まりが良いらしいぞ」
「へえ……」
見下ろす男に顎を掴まれ、振り払ったら髪を掴まれた。
「こいつ!」
「しっ! 姫が戻られる」
扉が開き、ヴァナディスが従者達に含みある笑みを向けた。
「味見は結構だけれど、食中りには気を付けなさい。行くわよ」
これは、本当にまずいのではないだろうか。命は奪われないにしても、貞操の危機であることだけは確かだ。マントは、辱めからは守ってくれるのだろうか。
「い、嫌だ! 離せっ!」
逃げ出そうと、本気で腕を振ったら右腕が拘束から逃れた。だが、左側は振り切れず、押さえていた男に引きずられる。激高した男の拳が玲史の顔面を直撃する、と、思った瞬間、拳は軌道を変えて通り過ぎ、男はバランスを崩した。
「くそ! なんだこれは!」
「防御マントだ。脱がせてしまえ」
結んである紐に手を伸ばすが、誰にも紐がつかめない。マントを身に着けている限り、傷つけることもマントを脱がせることもできないなら、時間を稼ぐことはできる。連れて行かれる道すがら、助けを求めれば何とかなるかもしれない。
「厄介ね。いいから抱えて連れて行きなさい」
一番背の高い男が、玲史の腹を抱えて肩に乗せる。
「やめろ! 離せよ!」
絶対に怪我をしないならこっちのものだ。抱えた男の背中を拳で叩く。
「何をしている!」
その時、背を向けている階段の方から、駆け寄る足音とレヴィの声が聞こえた。
「ごきげんよう、レヴィ殿下」
「レイジー!」
荒い呼吸から、全力疾走で来たのだと分かった。
「レヴィ!」
「まあ、殿下に対して、呼び捨てなんて、不敬だわ」
ヴァナディスは変わらず、余裕の声色で優雅に微笑む。
「レイジーをこちらに返してもらおうか」
「返せだなんて、酷いわ。気分が悪くなったナヴィ卿を介抱していたところです。貴方達、もういいわ」
レヴィの手前、丁寧に床に下ろされた玲史は、声の主の姿を見て、再び足の力が抜けた。座り込みそうになった玲史を、レヴィが背中と膝に手を入れて抱き上げた。
「レヴィ、来てくれたんだね」
「何があった?」
「本当に!」
ヴァナディスが舞台のセリフのような張った声で割り込む。
「規格外の魔力持ちでしたのね。ひと月分はお一人で充填したのではないかしら。でも、無理はいけませんわ。また倒れても、いつでも手を貸して差し上げることはできませんもの。皆さん、参りましょう」
そう言って、男達を従えて去っていく。
「そんなに充填したのか?」
「あ、えっと……ぼんやりしていてやり過ぎたのは本当だけど、彼女が介抱していたと言うのは嘘だ」
「ああ、そうだろうな。ん? これは……」
フワリとなびいたマントに目を止めた。
「一人で魔石の間に行くならと、セティ殿下が貸してくれたんだ。おかげで、今の奴らに殴られても当たらなかったよ」
「殴られただと!」
レヴィの肩に力が入り、奥歯を噛み締め怒りを堪えている。痛めつけるだけでなく、屈辱を与えようとしていたことは言えなかった。
「マントが怪我からは守ってくれたから大丈夫だよ。でも、レヴィが来なかったら拉致されるところだったよ。どうして危険だと分かったの?」
「兄上と先生から、レイジーの戻りが遅いから見てくるようにと伝言があって、嫌な予感がしたから急いだ。貴方が無事で良かった」
初日に気力だけで歩いた階段と通路を、今はレヴィの腕に抱かれているのが感慨深い。
馬車を呼び、乗り込んでもレヴィは離れず、玲史を横向きに膝に乗せた。
「なぜ一人で出歩いた?」
「今日は、ちょっと一人になりたくて、俺が我儘を言ったんだ」
「レイジー、それはいけない。頼むから安全を最優先してくれ。レイジーに何かあったら、俺はもう……」
悲痛な声色に、玲史の胸も苦しくなる。この人は、夢の中で玲史を守れなかったと、苦しそうに取り縋って来たのだった。レヴィを悲しませるようなことはしない。それ以上に大切なことなど、何も無いように思えた。
「本当にごめん。セティ殿下とゲンドルにも、心配かけたことの謝罪を伝言してもらえるかな」
「承知した。レイジーも約束だ。決して一人になってはいけない。必ず、力のある者の近くにいること。うるさいことを言うようだが、貴方を危険な目に遭わせたくないんだ」
「うん、わかってるよ。約束は守る」
レヴィが玲史を抱きしめて、背中を撫でる。
「魔力切れは辛くないか?」
「切れたってほどじゃないんだ。少しフワフワするだけだよ」
レヴィが、玲史の額に自分の額を合わせる。髪を撫でられ、目を閉じたら唇が触れた。
触れるだけのキスを何度かされて、唇を開いたら、すぐに温かな舌を与えられた。互いの舌を絡ませ、擦り合わせ、溢れる唾液をコクリと飲み込む。玲史が顔の角度を変えて誘ったら、更に深く唇を合わせたレヴィが、上顎を、舌の付け根を、夢中で貪る。
長い口づけの後、レヴィは玲史を抱きしめた。
セティにも、自分にも、嘘をついた。
(俺はレヴィに恋してるよ)
もういらないと言われた時の覚悟は決めたけど、自分から手を離すことは、とても出来そうにない。
レヴィが自分と同じように愛してくれたらと、期待をしてしまう。
不意に目頭が熱くなり、ポロポロと雫が頬を伝う。
(あれ……なんで涙?)
「怖かったな」
子供をあやすように慰める優しい人。
(ホント、浅ましくも身勝手な自分が怖いよ)
それこそ、まだ子供のような純粋な心を持つ王子様に、玲史は恋をしてしまった。
(セティ殿下、約束は守れないかもしれません)
魔力無しの王太子だが、魔術学については現役魔術師よりも詳しく、魔術省の人事にも関わっている。的確な助言を求めるなら、彼しかいない。
「相談と言うのは……」
「ちょっと待った」
セティと向かい合ってソファに座り、話し始めようとしたところで、ゲンドルが玲史の言葉を止めて、詠唱を始めた。
三人の周りが光の膜に覆われて、その光はすぐに消えた。
「障壁魔術だ。音声だけを遮断した。話していいぞ」
ゲンドルの言葉に頷き、玲史は、充填中に見た魔石の中の魔法陣の話をした。
レヴィと一緒に充填した時に見えた魔法陣は、重要なものかどうか分からないので、知識の豊富な魔術師の協力が必要だった。
「魔法陣ならユーハンと若手魔術師だがどうする?」
ゲンドルが、複雑そうな顔でセティを見る。
「塔の魔術師にやらせようか」
玲史とゲンドルが顔を見合わせる。
「あれでも、僕の側近候補だった子達だからね。能力だけは優秀なんですよ」
「だが、入室許可はどうする? 魔石の間に入れるのは、王族と魔術省上層部と王子の婚約者のみ、追加は王の許可が必要になるんじゃないか?」
「何とかなるでしょう。陛下も、表には出さないけど、ナヴィ卿が発信する内容にはいつも興味津々ですから」
これが瘴気問題解決の糸口になればいいのだけれど。
「ところで、先生。僕もナヴィ卿と内緒話があるのだけれど、これを外から二人にかけることは可能ですか?」
ゲンドルは、疑念の眼差しを向ける。
「ちょっと、プライベートでお願いがあってね。デリケートな問題なので」
「セティ殿下が危害を加えるとは思わないが、変なことを吹き込むなよ」
ゲンドルの詠唱の後に、二人の周りに膜が光った。
セティが、身を乗り出して膝に肘をついて見上げる。見下ろすのもどうかと思い、玲史も身を屈めた。
「私の弟が、異世界人に並みならぬ期待をしていることは分かっているよね」
「はい」
玲史は緩んでいた神経を尖らせた。
「支えてくれるのはいいが、距離感は大人の貴方が保ってくれないと」
いつもの優し気な笑顔の中で、知的な深い青の瞳だけは笑っていない。
様々な言い訳が頭の中をめぐるが、咄嗟には言葉が出ない。
「分別のある人だと思っていたけど、私は見誤っていたのかな。少しぐらい揶揄ってもいいけど、本気になってもらっては困るよ。あの子にはやるべきことがあるのだから」
王になること、王妃たる素質のある女性を娶ること、その血をつなぐことを、セティが望んでいるのは知っている。レヴィを王にという希望には反対だが、問題はそこではないのも分かっている。
「甥と同い年なんです。可愛いじゃありませんか。何でもしてあげたくなってしまうだけです。気を張って頑張っているんだから、一人ぐらい手放しで甘やかしたっていいと思いませんか」
「恋愛感情ではないと?」
問われた瞬間、呼吸が止まった。
セティのうすら笑いは、「白々しい言い訳だ、何もかも分かっているぞ」と言っている。それでも玲史は肯定するわけにはいかない。
「今更でしょう? 殿下のお父様と同い年の私が、そんなものを持ち合わせているわけないじゃないですか」
大丈夫。これは恋愛じゃない。レヴィに対するものは情愛だ。いつも自分に言い聞かせている言葉を頭の中で反芻するが、剥がれ始めたメッキはどうやっても元に戻らない。
背中を嫌な汗が伝い、もう笑顔を貼り付けることもできない。
「そう……ナヴィ卿、私を失望させないで?」
励ますように笑みを深めるセティからは、有無を言わせない圧力を感じた。
セティが、ゲンドルに視線を向けて手を上げる。再び一瞬だけ光り、障壁魔術は解かれた。
「先生、ありがとうございます」
玲史の顔付きが変わったことを案じるゲンドルだったが、聞かれたくないと言われた話を追及するほど無作法ではない。玲史の背中にそっと手を当て、労わるように撫でる。
「先生には、私からも依頼があるのですが、ナヴィ卿、もう少し待ってもらえるかな?」
「あ、えっと……私はこのまま魔石の間に向かいます」
このまま、この場に居続けることは、今は苦しい。一人になりたい。
部屋を出ようとしたら、ゲンドルもソファから立ち上がった。
「待て! 一人はダメだ。狙われているかもしれないんだぞ」
「それなら、このマントを身につけて行くといい」
セティが、机の引き出しから、濃紺の光沢のある布を出した。
「防御魔術の施されたマントだから、全方位の攻撃から身を守る。これを付けていれば、貴方を傷つけることはできない」
玲史の肩にかけて、胸元で紐を結ぶ。
「いや殿下……それは王族の貴重な魔道具だ。貸出なんて聞いたことない」
「僕は先生から貰った腕輪や耳飾りがあるから、使うことがないんですよ。それに、ナヴィ卿は陛下の大切な客人です。国王の大切な人は王族も同然。使う権利はあります」
「また、屁理屈を……こんなもん身に着けてフラフラしてたら、今度は王太子の寵愛がなんちゃらと言われるぞ」
「それはないな。僕は誰にでも親切ですから。ね?」
最期の「ね?」は、玲史に向けて微笑む。
静かな圧力に、礼もそこそこに、逃げるように執務室を出た。
これは、一時的な現実逃避であって、何の解決にもならない。それでも小走りでその場を離れた。
長い廊下と通路を歩き、階段を下りて魔石の間にたどり着く。
預かっている鍵で南京錠を開けて部屋に入った。
一人で来るのは初めてだが、改めて見ると異様な光景である。巨大な水晶が、石の床からニョッキリと生えている。もう慣れたが、魔石は独特の威圧感を放っている。
玲史は両手を前に出し、魔力を放出した。
この感情が、もう戻れないところまで来ているのは、ずっと前から気付いていた。
甥と同じ? 情愛であって恋愛ではない? 抱き合って口付けて欲望を与え合う相手に対して、恋愛感情なんて無いと平気で言えるほど、玲史は性に奔放な人間でもない。
セティの言葉は、いちいち的を得ていて、玲史の言い訳が子供の戯言のようだった。
玲史の恋心を承知の上で、ああやって牽制されたのだ。
レヴィの執着が、子供の独占欲と同じでもいい。玲史を縛ってくれるなら、噓をつき続けて好きな人の側に居たい。どうか、もう少しだけでいいから、この気持ちを誤魔化すことを許してはくれないだろうか。
気付いたら随分と長い時間充填していたらしく、眩暈を感じて座り込む。
魔力切れだろうか。初めて充填した時ほどではないが、力が出ない。
不意に扉を開く音がしたので、立ち上がって振り向いたら、それはレヴィの婚約者、ヴァナディスだった。
「おや、主人に自分を守らせて、しかも怪我まで負わせた恥知らずな平民の魔術師ではなくて?」
「お、終わりましたのでお先に失礼します」
横を通り過ぎようとしたら、扉の前に立って邪魔をする。
「異国の平民には、王族の偉大さは分からないようね。恥知らずなお前に、王子のそばに侍る者の作法を教えてあげるから、ここでお待ち」
扉を開けると、先日絡んで来た従者の男達が、玲史の前に立ち塞がる。
「え、ちょっと、どいてください」
「ちょこまかと、鬱陶しい。腕の一本ぐらいは折ってもよろしいのでしょうか」
「あら、折らないと捕らえられないのかしら?」
魔石の間と廊下での、不穏な主従の会話に、思わず駆け出したら男に腕を掴まれた。
「ひっ」
ここに来て、骨折や流血は何度も見ているが、玲史自身は転移前も後も骨折などしたことはない。
怯んだところを、二人の男に両腕を掴まれ、怖くて動けなくなってしまった。体の力も抜けて、ズルズルと座り込む。
扉が閉まりかける室内を見たら、ヴァナディスが、魔石に向けて指で何かを書くような仕草で詠唱をしている。こんな充填は見たことがない。不審な行動も気になったが、今はそれ以上に身の危険を感じる。
「なんだ? こいつ、王太子殿下のマントなど羽織って」
「レヴィ殿下の次は王太子殿下か。どこまで誑し込んでいるのか」
玲史の前に立つ男が下卑た笑いで見下ろす。
「おいおい、まさか、陛下までこの細腰で?」
「女と違っていつまでも締まりが良いらしいぞ」
「へえ……」
見下ろす男に顎を掴まれ、振り払ったら髪を掴まれた。
「こいつ!」
「しっ! 姫が戻られる」
扉が開き、ヴァナディスが従者達に含みある笑みを向けた。
「味見は結構だけれど、食中りには気を付けなさい。行くわよ」
これは、本当にまずいのではないだろうか。命は奪われないにしても、貞操の危機であることだけは確かだ。マントは、辱めからは守ってくれるのだろうか。
「い、嫌だ! 離せっ!」
逃げ出そうと、本気で腕を振ったら右腕が拘束から逃れた。だが、左側は振り切れず、押さえていた男に引きずられる。激高した男の拳が玲史の顔面を直撃する、と、思った瞬間、拳は軌道を変えて通り過ぎ、男はバランスを崩した。
「くそ! なんだこれは!」
「防御マントだ。脱がせてしまえ」
結んである紐に手を伸ばすが、誰にも紐がつかめない。マントを身に着けている限り、傷つけることもマントを脱がせることもできないなら、時間を稼ぐことはできる。連れて行かれる道すがら、助けを求めれば何とかなるかもしれない。
「厄介ね。いいから抱えて連れて行きなさい」
一番背の高い男が、玲史の腹を抱えて肩に乗せる。
「やめろ! 離せよ!」
絶対に怪我をしないならこっちのものだ。抱えた男の背中を拳で叩く。
「何をしている!」
その時、背を向けている階段の方から、駆け寄る足音とレヴィの声が聞こえた。
「ごきげんよう、レヴィ殿下」
「レイジー!」
荒い呼吸から、全力疾走で来たのだと分かった。
「レヴィ!」
「まあ、殿下に対して、呼び捨てなんて、不敬だわ」
ヴァナディスは変わらず、余裕の声色で優雅に微笑む。
「レイジーをこちらに返してもらおうか」
「返せだなんて、酷いわ。気分が悪くなったナヴィ卿を介抱していたところです。貴方達、もういいわ」
レヴィの手前、丁寧に床に下ろされた玲史は、声の主の姿を見て、再び足の力が抜けた。座り込みそうになった玲史を、レヴィが背中と膝に手を入れて抱き上げた。
「レヴィ、来てくれたんだね」
「何があった?」
「本当に!」
ヴァナディスが舞台のセリフのような張った声で割り込む。
「規格外の魔力持ちでしたのね。ひと月分はお一人で充填したのではないかしら。でも、無理はいけませんわ。また倒れても、いつでも手を貸して差し上げることはできませんもの。皆さん、参りましょう」
そう言って、男達を従えて去っていく。
「そんなに充填したのか?」
「あ、えっと……ぼんやりしていてやり過ぎたのは本当だけど、彼女が介抱していたと言うのは嘘だ」
「ああ、そうだろうな。ん? これは……」
フワリとなびいたマントに目を止めた。
「一人で魔石の間に行くならと、セティ殿下が貸してくれたんだ。おかげで、今の奴らに殴られても当たらなかったよ」
「殴られただと!」
レヴィの肩に力が入り、奥歯を噛み締め怒りを堪えている。痛めつけるだけでなく、屈辱を与えようとしていたことは言えなかった。
「マントが怪我からは守ってくれたから大丈夫だよ。でも、レヴィが来なかったら拉致されるところだったよ。どうして危険だと分かったの?」
「兄上と先生から、レイジーの戻りが遅いから見てくるようにと伝言があって、嫌な予感がしたから急いだ。貴方が無事で良かった」
初日に気力だけで歩いた階段と通路を、今はレヴィの腕に抱かれているのが感慨深い。
馬車を呼び、乗り込んでもレヴィは離れず、玲史を横向きに膝に乗せた。
「なぜ一人で出歩いた?」
「今日は、ちょっと一人になりたくて、俺が我儘を言ったんだ」
「レイジー、それはいけない。頼むから安全を最優先してくれ。レイジーに何かあったら、俺はもう……」
悲痛な声色に、玲史の胸も苦しくなる。この人は、夢の中で玲史を守れなかったと、苦しそうに取り縋って来たのだった。レヴィを悲しませるようなことはしない。それ以上に大切なことなど、何も無いように思えた。
「本当にごめん。セティ殿下とゲンドルにも、心配かけたことの謝罪を伝言してもらえるかな」
「承知した。レイジーも約束だ。決して一人になってはいけない。必ず、力のある者の近くにいること。うるさいことを言うようだが、貴方を危険な目に遭わせたくないんだ」
「うん、わかってるよ。約束は守る」
レヴィが玲史を抱きしめて、背中を撫でる。
「魔力切れは辛くないか?」
「切れたってほどじゃないんだ。少しフワフワするだけだよ」
レヴィが、玲史の額に自分の額を合わせる。髪を撫でられ、目を閉じたら唇が触れた。
触れるだけのキスを何度かされて、唇を開いたら、すぐに温かな舌を与えられた。互いの舌を絡ませ、擦り合わせ、溢れる唾液をコクリと飲み込む。玲史が顔の角度を変えて誘ったら、更に深く唇を合わせたレヴィが、上顎を、舌の付け根を、夢中で貪る。
長い口づけの後、レヴィは玲史を抱きしめた。
セティにも、自分にも、嘘をついた。
(俺はレヴィに恋してるよ)
もういらないと言われた時の覚悟は決めたけど、自分から手を離すことは、とても出来そうにない。
レヴィが自分と同じように愛してくれたらと、期待をしてしまう。
不意に目頭が熱くなり、ポロポロと雫が頬を伝う。
(あれ……なんで涙?)
「怖かったな」
子供をあやすように慰める優しい人。
(ホント、浅ましくも身勝手な自分が怖いよ)
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キノア9g
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「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー