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一章
『ワンダリング・ワンダラーズ!』(2)
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さて、俺がハマった『ワンダリング・ワンダラーズ!』、すなわち『犬』についての紹介を、もう少しだけ続けさせてもらおう。
まあまあ、焦らないでくれ。
ゲームの最初に、取扱説明書を読んでいるときの気分で、気楽に聞いてくれればいい。
それこそ、適宜飛ばしてくれてもいいくらいだ。
……えっ、取説は読まない派?
言われてみれば、俺もわからんことがあったらそのときはじめて読む程度だな……。
だけどソフトウェアリセットの方法とか、意外なショートカットコマンドが載っていることもあるから、取説も意外と侮れないよな?
ゲームをはじめる前に読まされる同意書からも、ゲームに関する意外な情報を拾えることもある。
つまり、その……もうちょっとだけ付き合ってくれ。
*────
シミュレーションゲームに区分される『犬』では、多くのロールプレイングゲームと異なり、レベルやステータスといった要素が存在しない。
このゲームには「能力値」、すなわち力や器用さというのものが存在しない。
現実感、すなわち世界への没入感を重視するために、敢えて用意されていないんだ。
まるで自分がその世界に訪れているかのような体験を提供する。
そのあたりは初代『Wandering Wonderer』からきちんと受け継いだ理念だったのかもしれない。
ゲーム開始時のプレイヤーに与えられているのは、概ね現実準拠な身体能力のアバター。
著名な配管工のように自身の身長を超えるジャンプ力を持っていたりはしないし、うちなる殺意と戦う格闘家のように練り上げた気を飛ばすこともできない。
外見だけは微に入り細を穿った作りにできるこのゲームは、「まるで自分自身の分身がその世界に迷い込んだ」かのような気分を味わえるシミュレーターとして作られていた。
このゲームは剣と魔法の異世界ファンタジーではなく、未開惑星サバイバルシミュレーター。
魔法や超能力と言った概ね現実準拠でない能力は、最後まで発見されなかった。
もしかしたらあったのかもしれないが、少なくとも発見はされなかった。
『Wandering Wonderer』の名とともに受け継がれた理念として、そもそも存在しなかったと思われる。
さて、そのような概ね現実準拠な身体能力のプレイヤーが、
未開の惑星でサバイバるという『犬』のストーリー・ライン。
ともなれば、プレイヤーを待ち受けるのは、プレイヤーにゲーム的な有利がつかない過酷な生存競争だ。
魔物。モンスター。MOB。エネミー。
一般的なロールプレイングゲームにおける「プレイヤーに倒されるために存在する敵性存在」を指す呼び方にはいろいろあるが……。
このゲームには、いわゆる「プレイヤーに倒されるために配置されている敵」が存在しない。
そもそも「経験値」や「能力値」という概念がないため、そうした敵を配置する必要がないわけだ。
ただし、プレイヤー以外の「生き物」は無数にいる。
それが「先住種」とか「ネイティブ」とか呼ばれていた存在だ。
これらの名称は公式から与えられたものではなくて、プレイヤーが勝手に呼んでいただけだ。
ゲームの黎明期にはMOBと呼ばれることが多かったんだが……
とある出来事を機に、今のような呼び方が定着することになった。
ただ、まぁ……その話はまた、おいおい。
話を本筋に戻そう。
この星の先住種という形で無限に生成されるそれらは、この星で生きている。
シミュレーションに従って生成された地形環境に基づいた、独自の生態系を構築している。
ある意味で星の侵略者たるプレイヤーは、時に先住種と共存共栄の道を探り、
時に自身の生存をかけてそれらと生存競争を繰り広げることになる。
プレイヤーたちは剣を作ってそれらを倒してもいいし、
銃器を作成し火薬を調合して銃撃してもいい。
現実で再現可能な技術は概ね再現可能という、ある意味で恐ろしいゲームだった。
ただし、先住種たちは、別にプレイヤーに倒されるために配置されているわけではない。
無謀な力で挑みかかったなら、蹂躙されるのは当然プレイヤーの側だ。
このゲームにおいて重要なのは、プレイヤーが可能な行為は「あくまで人間が行為可能な限界に留まる」ということだ。
魔法や超能力と言った「人間が人間以外の存在を容易に上回るための空想上の力」は存在しなかったし、「無限にエネルギーを取り出せる熱機関」すなわち「無から有を取り出す理論」なんてものも存在しなかった。
ザックリ言えば、なかなかシビアな世界観をしていた、と言いまとめられるかもしれない。
さて、さまざまな要素に「概ね現実準拠」という制約を持つ『犬』だが、徹底的に現実再現的にデザインされていたわけではない。
初代『Wandering Wonderer』には存在せず、『犬』になってはじめて導入された、明確にゲーム的な要素が幾つか存在した。
そのなかでも最たるものが、「技能」と呼ばれるアクションアシスト機能だ。
それこそが『犬』を、硬派な地味ゲーから、アクション要素も内包した神ゲーへと昇華させていたと言っても過言ではない要素なんだ。
……というわけで、次は『犬』に存在した「技能」システムについて紹介しよう。
*────
レベルや能力値と言ったいわゆるゲーム的な要素を排していながら、『犬』を単なるシミュレーターとしてではなく、およそゲーマーと呼ばれる様な人種を惹きつける刺激的なアクションゲームに変える要因となったもの。
それが「技能」と呼ばれるアクションアシスト機能。
および、そうした技能をプレイヤーが自由に付け替えることができる5つの技能スロットの存在だ。
技能とは、あまたのロールプレイングゲームに存在する、いわゆるスキルと呼ばれるシステムに近しいものだと思ってくれていい。
ただし、このゲームにおける「技能」の意味するところを正しく言えば「技術」と「能力」だ。
『犬』に存在した一般的な技能をいくつか並べて見よう。
「潜水Lv1」あなたは水泳の心得がある。
「耐寒Lv3」あなたは寒さに少しだけ強い。
「剣術Lv1」あなたは剣を扱うことができる。
「登攀Lv11」あなたの登攀技術は優れている。
これでこのゲームの技能がどのようなものなのか、大体のイメージは掴むことができるだろう。
この技能は「アクションアシスト」と呼ばれるシステムに基づいている。
たとえば「潜水」技能であれば、この技能をスロットにセットしている限り、ざっくり言って「上手く泳げる」という感覚を得ることができる。
ある程度適当に動かしても動きたい方向に動けるというか、レスポンスがいいというか。
ともかく「上手く泳げている」という感覚を得ることができた。
では「潜水」技能をセットしていないプレイヤーは泳ぐという行為を十全に行えないのか。
その答えはノーだ。
「潜水」技能をセットしていないプレイヤーでも泳ぐことはできる。
動かし方によっては「潜水」技能をセットしているかのような挙動もできる。
ただ……どれだけ上手く動かしたとしても、そうした行為にはあくまで「概ね現実準拠」という限界がある。
その点、適切な技能を技能スロットに付けている場合は話が別だ。
「潜水」技能を取得している場合は、前述したアクションアシストに加え、たとえば水の抵抗の低減であるとか、潜水可能時間の延長であるとか、そうした「ゲーム的な」アシストを受けることもできる。
さらに、これらの技能は習熟度というものを持ち、繰り返し使用して技能に習熟していくうちにレベルが上がっていく。
そうしていくと「概ね現実準拠」の制約が徐々に緩み、いずれは「やや人外」な域まで達することができる。
俺の知っている「潜水」を極めた人は、確か最長30分程度は息継ぎなしで水中で行動可能だと聞いた。
あの人のような傑物が現れなかったのならば、あの巨大な地底湖は踏破されなかったかもしれない……。
ともあれ、そのような行為は流石に現実の人間には不可能だろう。
……不可能だよな?
「跳躍」であれば、最初のうちは2mほどある崖を一息に駆けのぼるだとか、目の前に広がる3mほどの穴を安定して飛び越えられるとかその程度だ。
だが技能を使い込んでいくと、地形を利用したパルクール染みた曲芸ができるようになったり、垂直飛びでも自分の身長の高さ程度までなら跳躍できたりする。
……おかしいよな。
明らかに人外染みた挙動をしているはずなのに、俺が「跳躍」に秀でたプレイヤーの動きを見て常々思っていたのは、『あれならFIBA|(国際バスケットボール連盟)ワールドカップにも出場できそうだな……』という類のものだった。
現実とはゲームより奇なり。
現実世界であっても、その道の達人は、十分人外な挙動をしているものだ。
ま、まぁ……そういう例外はいったん置いておくとして。
技能というシステムは、俺たち一般プレイヤーに、あたかもその行為に習熟しているかのような動作を可能にさせてくれる。
それどころか、地道に習熟すれば、ちょっとだけ人間の限界を超えたような動作すらも可能にさせてくれる。
つまり、技能とは単なる行動補助のほかに、「概ね現実準拠」なアバターの身体能力を「やや人外」な程度にまで補強することができるという側面も持つ。
別に限界を超えたいわけでなくとも、深い水中を探索したいならば「潜水」や「夜目」技能が欲しくなる。
岩壁を登りたいならば「登攀」や「握力強化」技能が欲しくなる。
なくてもそれらの行動を試みることはできるが、それがあれば「より快適に」、または「多少非現実的な試みであっても」挑戦・達成することができる。
それによって、あたかも自分がそれらの行為に熟達している人間であるかのような感覚を味わうことができたんだ。
「潜水」「跳躍」「投擲」「登攀」といった、運動技術を補助するもの。
「握力強化」「聴力強化」といった、あくまで「概ね現実準拠」なアバターの身体能力を強化するもの。
「剣術」「ボウガン」「拳銃」「マーシャルアーツ」といった、普段は争いと無縁の生活を送っている一般人が、自身の生存を脅かす外敵と戦うことができるようになるために、それらの行動を補助するもの。
「耐寒」「耐毒」「高地適応」「音耐性」といった、自身の生存を脅かす環境に、自身の身体を順応させるもの。
「伐採」「木工」「石工」「測量」などの、専門的な作業に不慣れな人をシステム的にアシストしてくれるもの。
変わり種として「柔軟」「有毒」など、エトセトラ、エトセトラ……。
こんな感じで、技能は多種多様に存在した。
それらはシステム的にあらかじめ用意されていたもので、それをプレイヤーが発見するという形式を取っていた。
幾たびかのアップデートで追加され続けたこともあり、最終的には数百種類の技能が存在した。
だが、それらすべてに手を付けていたプレイヤーは存在しなかったと思われる。
どうせプレイヤーが同時にセットできるのは5つまで、手広くやる意味は薄い。
こうした技能は、その技能に類する経験を得ることで自動習得できるほか、特殊ゲーム的な過程でも一部習得できた。
技能の新規習得やその習熟に、スキルポイントなどは必要ない。
技能スロットの関係上、同時に適用できるのは5つまでという制約があったからだ。
習得しただけで効果が適用されるような技能は存在しなかった。
それゆえスキルポイントや習得可能個数という形で制限を掛ける必要がなかったんだ。
それに……技能にはレベル、つまり習熟度がある。
スロットに入れて実際に使用し、その習熟を高めないと、「やや人外」な挙動に至ることはできない。
そういう理由もあって、実際に多用される技能はプレイヤーごとのプレイスタイルに応じて自然と定まっていくことになった。
外敵との戦闘に特化するもの。
地形の踏破に特化するもの。
資源の採取に特化するもの。
プレイヤーたちの拠点設備を整えることに特化するもの。
特に開拓とは関係ないが、なにか面白そうなことを極め続けるもの。
技能の付け替えは拠点でのみ行うことができる。
開拓に赴くときは運動や戦闘系技能を、拠点にいるときは生産系技能を、というように二足の草鞋を履くプレイスタイルも可能だ。
外敵との闘争に特化して技能を習熟させているプレイヤーであっても、気が向いたときだけ生産スタイルや採取スタイルを齧るといったこともできた。
だが、たいていの人は習熟度の関係でどちらかに偏っていた。
俺も自分が不慣れな分野は素直に他のプレイヤーに頼っていた。
たとえ技能という補助があっても、向き不向きというものは存在する。
……とりわけ生産ガチ勢と言われる様な人種は恐ろしかった。
攻略勢が未開地からもちかえってきたワケの分からない資源を、柔軟な発想と繊細な技術で加工し、時には加工のための理論を一から組み立て、時には現実にある技術の再現を成功させ、時には『犬』でしか実現しえないであろう技術を確立し、幾つものブレイクスルーを起こしてきた。
それには、ゲーム内で極めて重要な役割を果たした「製造装置」と呼ばれる装置の力も大きかったのだけど――
まあ、この辺りの説明はいまはいいだろう。
とにかく、『犬』の世界の中で生産を極めた人々がすごかったのは間違いない。
リアルチートっていうのは、ああいう人々を指すのだろう。
ちなみに、だが。
習得条件の厳しい技能はあれど、オンリーワンの技能というものはこのゲームでは発見されなかった。
幾つかの技能を極めた先でのみ習得できる技能の中には「それ実質オンリーワンじゃないか?」と言いたくなるようなものもある。
「跳躍」系に類する幾つかの技能を育て上げた先の「アクロバット」とか、まるでサーカス団員のような挙動――あんな人外染みた動きを見て思い浮かぶのが現実のそれなのもどうかと思うが――ができた。
だが、そうした技能も習得条件は判明しているし、同じだけの労力を掛ければ誰でも習得できる。
そうした不公平さがなかったのも、プレイヤーからの評判がよかった。
極端にユニークで強力な技能があると、現実準拠の世界観が壊れてしまうという懸念もあったのだろう。
こうした技能の存在によって『ワンダリング・ワンダラーズ!』は、シミュレーションというやや狭いジャンルの垣根を超えて、ライトなゲーマーにとっても楽しめる「アクションゲーム」としても一定の人気を博した。
一つの惑星を概ね現実準拠な身体能力のアバターで開拓する使命を与えられたプレイヤーたちにとって、技能は非常に頼もしい要素だった。
開拓に際してプレイヤーに与えられている無限の創意工夫の余地こそが、『犬』の開拓を魅力的足らしめるコンポーネントであったのは間違いないだろう。
*────
……ごめん、技能については、正直語り過ぎた。
語り始めたら止まらなかったんだ……。
最後にもう一つ。
もう一つだけ、紹介させてくれ。
このゲーム『ワンダリング・ワンダラーズ!』における「プレイヤーの死亡」。
いわゆる「死」について。
まあまあ、焦らないでくれ。
ゲームの最初に、取扱説明書を読んでいるときの気分で、気楽に聞いてくれればいい。
それこそ、適宜飛ばしてくれてもいいくらいだ。
……えっ、取説は読まない派?
言われてみれば、俺もわからんことがあったらそのときはじめて読む程度だな……。
だけどソフトウェアリセットの方法とか、意外なショートカットコマンドが載っていることもあるから、取説も意外と侮れないよな?
ゲームをはじめる前に読まされる同意書からも、ゲームに関する意外な情報を拾えることもある。
つまり、その……もうちょっとだけ付き合ってくれ。
*────
シミュレーションゲームに区分される『犬』では、多くのロールプレイングゲームと異なり、レベルやステータスといった要素が存在しない。
このゲームには「能力値」、すなわち力や器用さというのものが存在しない。
現実感、すなわち世界への没入感を重視するために、敢えて用意されていないんだ。
まるで自分がその世界に訪れているかのような体験を提供する。
そのあたりは初代『Wandering Wonderer』からきちんと受け継いだ理念だったのかもしれない。
ゲーム開始時のプレイヤーに与えられているのは、概ね現実準拠な身体能力のアバター。
著名な配管工のように自身の身長を超えるジャンプ力を持っていたりはしないし、うちなる殺意と戦う格闘家のように練り上げた気を飛ばすこともできない。
外見だけは微に入り細を穿った作りにできるこのゲームは、「まるで自分自身の分身がその世界に迷い込んだ」かのような気分を味わえるシミュレーターとして作られていた。
このゲームは剣と魔法の異世界ファンタジーではなく、未開惑星サバイバルシミュレーター。
魔法や超能力と言った概ね現実準拠でない能力は、最後まで発見されなかった。
もしかしたらあったのかもしれないが、少なくとも発見はされなかった。
『Wandering Wonderer』の名とともに受け継がれた理念として、そもそも存在しなかったと思われる。
さて、そのような概ね現実準拠な身体能力のプレイヤーが、
未開の惑星でサバイバるという『犬』のストーリー・ライン。
ともなれば、プレイヤーを待ち受けるのは、プレイヤーにゲーム的な有利がつかない過酷な生存競争だ。
魔物。モンスター。MOB。エネミー。
一般的なロールプレイングゲームにおける「プレイヤーに倒されるために存在する敵性存在」を指す呼び方にはいろいろあるが……。
このゲームには、いわゆる「プレイヤーに倒されるために配置されている敵」が存在しない。
そもそも「経験値」や「能力値」という概念がないため、そうした敵を配置する必要がないわけだ。
ただし、プレイヤー以外の「生き物」は無数にいる。
それが「先住種」とか「ネイティブ」とか呼ばれていた存在だ。
これらの名称は公式から与えられたものではなくて、プレイヤーが勝手に呼んでいただけだ。
ゲームの黎明期にはMOBと呼ばれることが多かったんだが……
とある出来事を機に、今のような呼び方が定着することになった。
ただ、まぁ……その話はまた、おいおい。
話を本筋に戻そう。
この星の先住種という形で無限に生成されるそれらは、この星で生きている。
シミュレーションに従って生成された地形環境に基づいた、独自の生態系を構築している。
ある意味で星の侵略者たるプレイヤーは、時に先住種と共存共栄の道を探り、
時に自身の生存をかけてそれらと生存競争を繰り広げることになる。
プレイヤーたちは剣を作ってそれらを倒してもいいし、
銃器を作成し火薬を調合して銃撃してもいい。
現実で再現可能な技術は概ね再現可能という、ある意味で恐ろしいゲームだった。
ただし、先住種たちは、別にプレイヤーに倒されるために配置されているわけではない。
無謀な力で挑みかかったなら、蹂躙されるのは当然プレイヤーの側だ。
このゲームにおいて重要なのは、プレイヤーが可能な行為は「あくまで人間が行為可能な限界に留まる」ということだ。
魔法や超能力と言った「人間が人間以外の存在を容易に上回るための空想上の力」は存在しなかったし、「無限にエネルギーを取り出せる熱機関」すなわち「無から有を取り出す理論」なんてものも存在しなかった。
ザックリ言えば、なかなかシビアな世界観をしていた、と言いまとめられるかもしれない。
さて、さまざまな要素に「概ね現実準拠」という制約を持つ『犬』だが、徹底的に現実再現的にデザインされていたわけではない。
初代『Wandering Wonderer』には存在せず、『犬』になってはじめて導入された、明確にゲーム的な要素が幾つか存在した。
そのなかでも最たるものが、「技能」と呼ばれるアクションアシスト機能だ。
それこそが『犬』を、硬派な地味ゲーから、アクション要素も内包した神ゲーへと昇華させていたと言っても過言ではない要素なんだ。
……というわけで、次は『犬』に存在した「技能」システムについて紹介しよう。
*────
レベルや能力値と言ったいわゆるゲーム的な要素を排していながら、『犬』を単なるシミュレーターとしてではなく、およそゲーマーと呼ばれる様な人種を惹きつける刺激的なアクションゲームに変える要因となったもの。
それが「技能」と呼ばれるアクションアシスト機能。
および、そうした技能をプレイヤーが自由に付け替えることができる5つの技能スロットの存在だ。
技能とは、あまたのロールプレイングゲームに存在する、いわゆるスキルと呼ばれるシステムに近しいものだと思ってくれていい。
ただし、このゲームにおける「技能」の意味するところを正しく言えば「技術」と「能力」だ。
『犬』に存在した一般的な技能をいくつか並べて見よう。
「潜水Lv1」あなたは水泳の心得がある。
「耐寒Lv3」あなたは寒さに少しだけ強い。
「剣術Lv1」あなたは剣を扱うことができる。
「登攀Lv11」あなたの登攀技術は優れている。
これでこのゲームの技能がどのようなものなのか、大体のイメージは掴むことができるだろう。
この技能は「アクションアシスト」と呼ばれるシステムに基づいている。
たとえば「潜水」技能であれば、この技能をスロットにセットしている限り、ざっくり言って「上手く泳げる」という感覚を得ることができる。
ある程度適当に動かしても動きたい方向に動けるというか、レスポンスがいいというか。
ともかく「上手く泳げている」という感覚を得ることができた。
では「潜水」技能をセットしていないプレイヤーは泳ぐという行為を十全に行えないのか。
その答えはノーだ。
「潜水」技能をセットしていないプレイヤーでも泳ぐことはできる。
動かし方によっては「潜水」技能をセットしているかのような挙動もできる。
ただ……どれだけ上手く動かしたとしても、そうした行為にはあくまで「概ね現実準拠」という限界がある。
その点、適切な技能を技能スロットに付けている場合は話が別だ。
「潜水」技能を取得している場合は、前述したアクションアシストに加え、たとえば水の抵抗の低減であるとか、潜水可能時間の延長であるとか、そうした「ゲーム的な」アシストを受けることもできる。
さらに、これらの技能は習熟度というものを持ち、繰り返し使用して技能に習熟していくうちにレベルが上がっていく。
そうしていくと「概ね現実準拠」の制約が徐々に緩み、いずれは「やや人外」な域まで達することができる。
俺の知っている「潜水」を極めた人は、確か最長30分程度は息継ぎなしで水中で行動可能だと聞いた。
あの人のような傑物が現れなかったのならば、あの巨大な地底湖は踏破されなかったかもしれない……。
ともあれ、そのような行為は流石に現実の人間には不可能だろう。
……不可能だよな?
「跳躍」であれば、最初のうちは2mほどある崖を一息に駆けのぼるだとか、目の前に広がる3mほどの穴を安定して飛び越えられるとかその程度だ。
だが技能を使い込んでいくと、地形を利用したパルクール染みた曲芸ができるようになったり、垂直飛びでも自分の身長の高さ程度までなら跳躍できたりする。
……おかしいよな。
明らかに人外染みた挙動をしているはずなのに、俺が「跳躍」に秀でたプレイヤーの動きを見て常々思っていたのは、『あれならFIBA|(国際バスケットボール連盟)ワールドカップにも出場できそうだな……』という類のものだった。
現実とはゲームより奇なり。
現実世界であっても、その道の達人は、十分人外な挙動をしているものだ。
ま、まぁ……そういう例外はいったん置いておくとして。
技能というシステムは、俺たち一般プレイヤーに、あたかもその行為に習熟しているかのような動作を可能にさせてくれる。
それどころか、地道に習熟すれば、ちょっとだけ人間の限界を超えたような動作すらも可能にさせてくれる。
つまり、技能とは単なる行動補助のほかに、「概ね現実準拠」なアバターの身体能力を「やや人外」な程度にまで補強することができるという側面も持つ。
別に限界を超えたいわけでなくとも、深い水中を探索したいならば「潜水」や「夜目」技能が欲しくなる。
岩壁を登りたいならば「登攀」や「握力強化」技能が欲しくなる。
なくてもそれらの行動を試みることはできるが、それがあれば「より快適に」、または「多少非現実的な試みであっても」挑戦・達成することができる。
それによって、あたかも自分がそれらの行為に熟達している人間であるかのような感覚を味わうことができたんだ。
「潜水」「跳躍」「投擲」「登攀」といった、運動技術を補助するもの。
「握力強化」「聴力強化」といった、あくまで「概ね現実準拠」なアバターの身体能力を強化するもの。
「剣術」「ボウガン」「拳銃」「マーシャルアーツ」といった、普段は争いと無縁の生活を送っている一般人が、自身の生存を脅かす外敵と戦うことができるようになるために、それらの行動を補助するもの。
「耐寒」「耐毒」「高地適応」「音耐性」といった、自身の生存を脅かす環境に、自身の身体を順応させるもの。
「伐採」「木工」「石工」「測量」などの、専門的な作業に不慣れな人をシステム的にアシストしてくれるもの。
変わり種として「柔軟」「有毒」など、エトセトラ、エトセトラ……。
こんな感じで、技能は多種多様に存在した。
それらはシステム的にあらかじめ用意されていたもので、それをプレイヤーが発見するという形式を取っていた。
幾たびかのアップデートで追加され続けたこともあり、最終的には数百種類の技能が存在した。
だが、それらすべてに手を付けていたプレイヤーは存在しなかったと思われる。
どうせプレイヤーが同時にセットできるのは5つまで、手広くやる意味は薄い。
こうした技能は、その技能に類する経験を得ることで自動習得できるほか、特殊ゲーム的な過程でも一部習得できた。
技能の新規習得やその習熟に、スキルポイントなどは必要ない。
技能スロットの関係上、同時に適用できるのは5つまでという制約があったからだ。
習得しただけで効果が適用されるような技能は存在しなかった。
それゆえスキルポイントや習得可能個数という形で制限を掛ける必要がなかったんだ。
それに……技能にはレベル、つまり習熟度がある。
スロットに入れて実際に使用し、その習熟を高めないと、「やや人外」な挙動に至ることはできない。
そういう理由もあって、実際に多用される技能はプレイヤーごとのプレイスタイルに応じて自然と定まっていくことになった。
外敵との戦闘に特化するもの。
地形の踏破に特化するもの。
資源の採取に特化するもの。
プレイヤーたちの拠点設備を整えることに特化するもの。
特に開拓とは関係ないが、なにか面白そうなことを極め続けるもの。
技能の付け替えは拠点でのみ行うことができる。
開拓に赴くときは運動や戦闘系技能を、拠点にいるときは生産系技能を、というように二足の草鞋を履くプレイスタイルも可能だ。
外敵との闘争に特化して技能を習熟させているプレイヤーであっても、気が向いたときだけ生産スタイルや採取スタイルを齧るといったこともできた。
だが、たいていの人は習熟度の関係でどちらかに偏っていた。
俺も自分が不慣れな分野は素直に他のプレイヤーに頼っていた。
たとえ技能という補助があっても、向き不向きというものは存在する。
……とりわけ生産ガチ勢と言われる様な人種は恐ろしかった。
攻略勢が未開地からもちかえってきたワケの分からない資源を、柔軟な発想と繊細な技術で加工し、時には加工のための理論を一から組み立て、時には現実にある技術の再現を成功させ、時には『犬』でしか実現しえないであろう技術を確立し、幾つものブレイクスルーを起こしてきた。
それには、ゲーム内で極めて重要な役割を果たした「製造装置」と呼ばれる装置の力も大きかったのだけど――
まあ、この辺りの説明はいまはいいだろう。
とにかく、『犬』の世界の中で生産を極めた人々がすごかったのは間違いない。
リアルチートっていうのは、ああいう人々を指すのだろう。
ちなみに、だが。
習得条件の厳しい技能はあれど、オンリーワンの技能というものはこのゲームでは発見されなかった。
幾つかの技能を極めた先でのみ習得できる技能の中には「それ実質オンリーワンじゃないか?」と言いたくなるようなものもある。
「跳躍」系に類する幾つかの技能を育て上げた先の「アクロバット」とか、まるでサーカス団員のような挙動――あんな人外染みた動きを見て思い浮かぶのが現実のそれなのもどうかと思うが――ができた。
だが、そうした技能も習得条件は判明しているし、同じだけの労力を掛ければ誰でも習得できる。
そうした不公平さがなかったのも、プレイヤーからの評判がよかった。
極端にユニークで強力な技能があると、現実準拠の世界観が壊れてしまうという懸念もあったのだろう。
こうした技能の存在によって『ワンダリング・ワンダラーズ!』は、シミュレーションというやや狭いジャンルの垣根を超えて、ライトなゲーマーにとっても楽しめる「アクションゲーム」としても一定の人気を博した。
一つの惑星を概ね現実準拠な身体能力のアバターで開拓する使命を与えられたプレイヤーたちにとって、技能は非常に頼もしい要素だった。
開拓に際してプレイヤーに与えられている無限の創意工夫の余地こそが、『犬』の開拓を魅力的足らしめるコンポーネントであったのは間違いないだろう。
*────
……ごめん、技能については、正直語り過ぎた。
語り始めたら止まらなかったんだ……。
最後にもう一つ。
もう一つだけ、紹介させてくれ。
このゲーム『ワンダリング・ワンダラーズ!』における「プレイヤーの死亡」。
いわゆる「死」について。
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MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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