ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

手紙

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あと1か月で『ワンダリング・ワンダラーズ!!つー』が発売される。
『ワンダリング・ワンダラーズ!』の続編であることは間違いない。
ゆえに此処は親しみを込めて、こう呼ばせてもらおう。

犬2いぬつー』と。


*────


『犬2』の発売日を知った俺が最初にしたこと。
それは会社に、発売日を含む3日間の有給の申請を出すことだった。

すまない。同僚のみんな。
俺はあの場所に置き忘れた、青い春を取り戻しに行くんだ。
……申請の理由? あっ、家庭の事情でお願いします。
はい。はい。ご迷惑をお掛けします。
はい。それで大丈夫です。
はい。申し訳ありません。宜しくお願いします。

次に俺がしたことは、テザーサイトで公開された、『犬2』に対応しているフルダイブシステムを、親愛なるわが家――大学生の頃からお世話になっている安アパートの2階の角部屋――に導入することだ。
へへ、『犬』にハマり過ぎたおかげで、あれ以来他に金のかかる趣味にいまいちのめり込めなかったからな。
貯蓄ならあるぜ……「老後に備えた貯蓄」とかいう具体性のないレッテルをはっつけてあった奴が、たんまりとな……ッ!

まあ金は天下の回り物というし、こういう時にぶっぱなすのが正着だろう。
幸い対応しているフルダイブシステムは市場に安定供給されているもので、無事に正規品が手に入った。
登場当時は1年くらい争奪戦だったらしいなあ。
転売対策もばっちりだったが、それ以上に需要がすごかった。

最後に確認するべきは、ゲームプレイの権利。
近年のVRMMOのなかには、一度に大量のユーザーが雪崩れ込むことで生じる問題を避けるために、ユーザーの数を段階的に制限・緩和するものも多いと聞く。
昔はサーバー処理のパンクの問題でそうした制限を行っていたようだが、今はどちらかというと一斉にゲームを始めることで起こるゲーム内の人口過多やプレイヤー同士の軋轢を予防するための方策だろう。

その点どうなんだろう、『犬2』は。
テザーサイトを見る限り、その辺が一切書かれていなかった。
ダウンロードしたユーザーは全員普通にログインできるってことでいいのかね。
数万人のプレイヤーがゲーム開始地点で一堂に会するなんてことにはならないだろうが、なにかしらの対応を考えてあるのだろう。たぶん。

そうして俺は、『犬2』発売の2週間前の時点で、『犬2』をつつがなくプレイするための万全の環境を整えることに成功した。
俺は自分のことを計画性とは無縁の至極刹那的な人間だと認識しているが、やればできるのである。
普段はやらないからできないのである。
耳が痛い。

そうして、ゲームを楽しみにするあまり気も漫ろになり、赤信号を無視して横断歩道に突っ込んできたトラックに不幸にも轢かれる、といったトラブルもなく。
『犬2』の発売日を粛々と待っていた俺の身に。


それは、届いた。


*────


その日。
夏の夕暮れ、赤く燃える陽が西の空に墜ち行く時刻。
いつものように仕事を終え、電車を乗り継いで。
最寄りの地下鉄駅から歩くこと5分と少々。
すっかり見慣れた安アパートの、2階の角にあるわが家に帰宅した俺は、ふと。

家の扉の内側にしつらえられた、箱型の郵便受け。
その中に、1通の封筒が入っているのを見た。

取り出してみると、それは何処にでも売っているような茶色い細長い封筒で、
しかし、

(……うん? 宛名が……ない?)

裏返してみると、差出人も書かれていない。
いや、そもそも切手が貼られておらず、当然消印もない。
なんだろう。大家さんからだろうか。
あるいは「近日この付近で工事を始めるので騒音のご迷惑をおかけします」類のものだろうか。
でも、それらにわざわざ封筒なんか使うだろうか。

少々怪しい雰囲気を感じ取り、かつて存在したと言われる「カミソリレター」なる都市伝説めいた文化を思い浮かべながら、宙で振ってみることしばし。
玄関の明かりを点け、そのまま玄関の頭上に設えられた電灯に、その宛名のない封筒を翳し透かしてみる。
切手も消印もなく、宛先も差出人も書かれていないその封筒には、どうやら便箋が入っているようだ。

(……見てみる、か)

この封筒は、中に入っている便箋の覆いにすぎないのだろう。
つまり、中身こそが本命だ。
それを取りだす。
入っていたのは、半分に折りたたまれた白い便箋。

丁寧に折りたたまれたそれを開く。
折りたたまれた便箋の内側、
その中央に書かれているのは、たったの1行。

─────────────────────────────────


  8月30日 20時 新生セドナにて君を待つ


─────────────────────────────────

そっけない白地の便箋に、たった1行だけ。

その便箋の上の黒いインクを追い、1秒、2秒、3秒……


(……うん?)


日本語であることは確かだ。
だが、文面の意味が分からない。

今日は8月22日。
つまり指定された日時は8日後だ。
指定された時刻は、その夜。

ボールペンで淀みなく記された、そのメッセージ。
きっとこの文字を書いた人は、仕事ができる人なんだろうな。
そんな印象を抱かせる、流麗な字。

宛名はない。差出人もない。
切手はない。消印もない。

いや、そもそもこの文の意味するものはなんだ。

君を待つ。
君。つまり、俺。

新生、「セドナ」?
セドナっていったいな――

(――ッ!!)

頭の中で、じくりと。
見えない指に脳の皺をなぞられたような。

セドナ。
8月30日。

それは決して、直接つながることのない情報。
だが、この二つを結びつけるものがある。

8月30日。
それは『犬2』の発売日だ。

そして。
俺は今なお、それを忘れてはいない。
今後忘れることもないだろう。

セドナ。
それはかつて『犬』で、プレイヤーたちが築いた、とある拠点に与えられた名前だ。

ごくり、と唾を呑み込む音を聞く。
周囲の無音が耳に痛い。
理由もなく心臓が、ばくばくと早鐘を打つ。

――落ち着け。
いったい俺は、なにをそんなに焦っているんだ。
点と点がつながって、ちょっとビビッと来ているだけだ、そうだろう。

封筒と便箋を持ちながら、いつの間にか脱いでいた靴を尻目に。
やや早足で、待つ者のいない暗い居間へと向かう。

この便箋はいったいなにを意味している?
『犬』は4年前にサービスを終えた。
MMOであったそれがサービスを終えた今、もはやその世界を訪れることはできない。
セドナ。それは『犬』とともに終わったはずの名前なのだ。

だがこの手紙を出した者は、その存在を知っている。
新生、ということは、あのセドナではない。
『犬2』の発売日とともに記される、新生セドナの名。
それはつまり――

(『犬2』にも……あるのか? 「セドナ」の名を与えらえた、なにかが)

だがそんな情報は、先日更新されたばかりのテザーサイトのどこにもなかった。
広大なネットの海。
『犬2』に関する情報にはそれなり以上に耳を澄ませていたつもりだ。
だが「新生セドナ」の名やそれに類するリーク情報を耳にしたこともない。

だったら、

(この手紙の出し主は、なぜそのことを知っている?)

『犬2』の開発に近しいもの?
あるいは開発者そのもの?
なるほど、それならありえるかもしれない。
だが、その問題はひとまず脇に置こう。

ともかく、現在の推測としてはこうだ。

 『犬2』には「新生セドナ」にあたるなにか――おそらく場所の名前――があり、
 そこでこの手紙の出し主は、俺を待っている。

だが。
だが――

もう一度、ごくり、と唾を呑み込む音を聞く。
周囲の無音が耳に刺さる。
心臓は、理由もなく早鐘を打つのをやめてくれない。

どうしてだ。
俺はなにを焦っている。

わかっている。
気づいている。

なにかが――おかしいということに。

この封筒は、俺の家に投函されていた。
この封筒には、切手も消印もない。
この封筒には、宛名も差出人もない。

俺は『犬』をプレイしていた。
セドナは『犬』にあった拠点の名前の一つだ。
『犬』は4年前にサービス終了した。

8月30日。
『犬2』の発売日。

便箋に書かれていたもの。
たった一つのメッセージ。
新生セドナにて君を待つ。

一つ一つはいい。だが。
それらすべてがつながっているということが、おかしいのだ。

もう一度、便箋の入っていた封筒をみる。
そこには切手が貼られていない。消印も押されていない。
そこには宛先が書かれていない。差出人も書かれていない。
つまり、この手紙は郵送で届いたわけじゃない。



誰かが、俺のいない間に、俺の家の前まで来て。

その手で、これを投函していったということだ。

――



(――ッ!?)

ゾッッッと、背筋が凍る。
ぞわっと両の二の腕に鳥肌が立ち、思わず誰もいない居間を見回す。

数年前から模様替えもしていない、あまりにも見慣れた家の居間。
少しだけ色褪せた壁紙。カップラーメンが放り込まれたごみ箱。
上司に薦められて買ってみたものの、いまだ読まずに積んでしまっている啓蒙書。
カーテンが閉められていない窓。
その先にある、物干しのための小さなベランダ。
数年前から買い替えていない洗濯機。
日が沈む空。夜の帳が降りる。
くらい空の下で、かぁ、かぁ、と。
巣に帰り損ねた鴉が鳴いている。

誰もいない。
誰の視線もない。
アパートで一人暮らしをしているのだから当然だ。
残念なことにご近所付き合いもない。
隣の部屋の隣人とは、引っ越し当日に蕎麦をお渡しして以来没交流だ。
顔を合わせることすらほとんどない。
俺という人間と、俺が住んでいるこの場所。
その二つを結び付けられる人間ですら、かなり限られてくる。
ならば、

いったいなら、このメッセージを俺の家に置いていけるというんだ?

この手紙の送り主は、俺がここに住んでいることを知っている。
そしてその人物は、俺が『犬』をやっていたことを知っている。
『犬』がサービス終了したのは、俺がまだ大学生だった4年前だ。

(――4年も前の話だぞ?)

その頃は当然まだ仕事を始めていなかったし、仕事が始まってから同僚に、かつて俺が『犬』をプレイしていたことを話したことはない。
そもそも仕事先の人間であっても、俺がこの場所に住んでいることを知るのはごく一部だろう。

だが、この手紙の送り主は、
「4年前までに俺のことを知っており」
「俺が『犬』をプレイしていたことを知っており」
「今の俺の住所を知っている」。

それは、

そんな人物は――


(――あっ……)


――いる。

それに当てはまる人物がいる。

なぜなら。

4年前よりも前、大学生の頃から、俺は此処に住んでいるから。

そして『犬』をきっかけとして知り合った3人の友人たちと、
4年前にたった一度だけ、リアルで会う機会があったから。
そのとき彼らは、この家を訪れたことがあるから。

ただ、同じゲームにのめり込んだ同志として、
お菓子をつまみながら語り合い、酒を呑みながら笑い合い、そして。
そんなゲームがことを悲しみ、惜しみ、
ヤケ酒のように度数の低い酒類を流し込みながらくだを巻いて。
そうしてまた、ネットのどこかで会えたらいいと冗談交じりに言って。
『犬』というつながりこそがかけがえのないのだと感傷的に、
以後連絡をいっさいとることのなくなった、3人のとびきり愉快な友人たち。

俺の家の郵便受けに、この封筒、このメッセージを入れられるのは、彼らしかいない。
手紙の出し主が、そのなかの誰かはわからないが――間違いない。
その「彼」ないし「彼女」は、俺を誘っている。

もう一度『犬』をやろうと。

『犬2』で逢おうと、そう言っているのだ。

そこまで考えて、俺は――


(――ふぅ)


――ようやく、張り詰めていた緊張の糸を切った。


*────


いやぁ。
焦った焦った。
近年稀にみるガチビビり体験をしてしまった。
誰に見られているというわけでもないが、急に恥ずかしくなる。
急に気づいてしまうと怖い話ジャパニーズホラーが始まるかと思った。
いや俺の中では実際に始まっていたんだが。

その可能性に思い至ってみれば、なるほど確かにこれはニクい演出だとも。
素直にメールかSNSかなんかで「もう一度一緒に『犬』やろう!! ぜ!!!」と言ってくれればいいものを。

――そこで、ハタと気づく。

俺が、あいつらの連絡先を知らないように。

あいつらも、俺の連絡先を知らないんだ。

なんだよ「『犬』というつながりこそがかけがえのないもの」って。
現にあいつらと連絡がつかねぇという不都合が生じてるじゃねぇか。
そんなこと言ったやつは誰だ。俺かもしれん。
酒入っててよく覚えていない。すまん。

とにかくこの手紙の出し主の「彼/彼女」は、ネット上で俺に連絡を取る手段がなかった。
じゃあ現地に行けばいい、と、俺の家に手紙を置いていった。
すごい行動力だな、それ。
そうまでして誘ってくれるということに、感謝と情熱を感じえない。

(……これはますますやるしかないな。待ってろ『犬2』)

「彼/彼女」が誰であっても、俺を誘ってくれたことを感謝しよう。
そして恥ずかしがらずに伝えよう。
また逢えて嬉しい、誘ってくれて嬉しい、また一緒に『犬』を楽しもう、と。

そのためにも、なんとしても発売当日に『犬2』を始めなければならない。
急に仕事に駆り出されるようなことがあっては困る。
そうした可能性も考慮して、今のうちに各方面に手配しておこうか。

(――しかし「新生セドナ」って結局どういう意味なんだろ)

この封筒の出し主が「あいつらの誰か」だとして、結局のところ。
なぜ「彼/彼女」が「新生セドナ」なる情報を知りえたのか謎のままだ。
それと――

可能性として「彼/彼女」とは言ったが、恐らく「彼」ではない。
たしかに誘ってくれそうな性格ではあるが、文面もやり方も彼らしくない。
なにより、「彼」がその足でここに来たということがありえないのだ。
ありえるとすれば誰かに頼んでということになる。
だがこの演出にそこまでやる理由もなさそうに思う。
となると「彼女ら」のどちらかだろうが。

(……。)

「彼女」は――ちがうだろう。
するとつまり、この手紙を書いたのは――

(……まあ、逢ったら聞いてみればいっか)

まずゲーム内で無事に合流しないとなあ……。
あいつらから見て、一目で俺とわかるような工夫が必要だな。
さて、どうするか――



そうして、『犬2』発売日の8日前の、何の変哲もない夜は更けていく。
かつての仲間との再会の予感に高まる期待と、4年の没交流から来る小さな不安を胸に抱きながら、いつものように俺は部屋の明かりを消した。

一人暮らしのアパートの、寂れた一室の窓から、光が消える。








*────








光の消えた窓。

   は、それを、じっと見ていた。

いつものように。
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