ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

『カレドの小片集』vol. 43

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 『ワンダリング・ワンダラーズ!』現地リポーターの皆さん、ごきげんよう!

 今回は、セドナ近郊の海の中にあるという海底洞窟『ブルー・ジャック・ケイブ』に生息する、世にも珍しい花を紹介させて頂こう。
 花と言っても、ただの花ではない。
 その組成の94%が無機質という、鉱物質の花だ。

 [ 寄贈された花の写真 ]

 もしもあなたが運よくこの海色の鉱物花――『セドナ・ブルー』を発見したならば、決して近寄らないほうが良いだろう。
 なぜなら、この可憐な花には――

 ……なに? そもそもそんな洞窟の名前は聞いたことがない?
 それは、そうだろう。
 セドナに滞在したことがあるプレイヤーであっても、知らないはずだ。
 なぜなら、今回の花の発見者こそが、その洞窟の第一発見者であり、その洞窟の命名者でもあるからだ。

 とある理由により、この洞窟の詳細な場所については推して伏すようにと発見者にお願いされている。
 ゆえに申し訳ないが今回は、セドナ近郊のとある秘密の場所に咲く、秘密の花という体で紹介させてもらおう。
 どうかご了承いただきたい。


 *────


 さて、このうつくしい海色の鉱物花には、非常に独特な、いくつかの特徴がある。
 そのなかでもっとも驚くべきものの一つは、その非常に短いライフサイクルであろう。
 驚くなかれ、なんとたったの8時間だ。
 この花を生命足らしめる6%の有機質組織は、残り94%の無機質組織――硫酸塩鉱物の毒素につねに侵されている。
 生成された有機組織は、その毒素により、8時間後にはぼろぼろに壊れてしまう。
 ゆえにこの鉱物花は、あらたな有機組織をつねに作り続けている。
 壊れる端から生み出して、その有機組織を完全に失ってしまわないように補い続けている。
 8時間で終わる命を繰り返し、引き延ばし続けている。
 なぜそのような不可解な組成・生態をしているのか?
 その理由は、この花の咲く洞窟の絶望的な生存環境にある。

 [ 寄贈された洞窟の写真 ]

 海色の輝きを放つ、紺碧の水晶洞窟。
 まるでファンタジーの世界のような光景のこの場所は、いまもセドナの海底のどこかに存在する。
 だが、観光に行くのはお勧めしない。
 なぜなら、この青い珊瑚礁のような景色を成す紺碧の水晶は、硫酸銅・五水和物。
 すなわち、カルカンサイト――あるいは、胆礬たんばんと呼ばれる天然の鉱物毒だからだ。
 それは自然界に存在する、もっとも強い毒素の一つ。
 この『ブルー・ジャック・ケイブ』は、天然の胆礬が析出する死の洞なのだ。

 この洞窟に棲まう生物は、なにもいない。
 洞窟内の大気中に漂う水気に含まれた胆礬が、
 内蔵機能を徐々に弱らせ、酸素能動を低下させ。
 眠るように静かに、その命を奪い去り。
 倒れ、その身を青の洞窟に横たえたならば。
 壁や地面から浸潤する、胆礬の溶け込んだ地下水が、
 その骨肉までも、溶かし去ってしまう。

 そんな絶望的な環境の中で、この花だけはいる。
 この洞窟のなかに、この花のほかに生命はない。
 海底にあるこの洞窟の中には、入り込んでくる生命もいない。
 そのため、この花が生きるために糧にできるのは、洞窟の壁や地面に浸潤する、胆礬の溶け込んだ猛毒の地下水だけだ。
 その中から、わずかな有機成分を取り込み、その生命を維持している。
 この6%の有機組織が、この生命に呼吸を可能とさせ、熱量を生み出し、地下水を取り込む機構を用意するといった、生命活動を可能にさせている。
 だがその有機組織は、それを構成するための元素物質を地下水から得る過程で同時に取り込んでしまう、胆礬の猛毒に常に侵され続けている。
 そしてこの生命は、ほかのあらゆる生命と同様に、その毒素に耐えられない。
 胆礬が溶け込んだ猛毒の水を飲みながら、それらに含まれるわずかな栄養素だけをあてにして、生き永らえるようにしてその存在を維持している。
 生きようとすれば生きようとするほど、死に近づいてゆく。
 作った端から崩壊していく体組織を、必死で繕い続けている。
 テセウスの船のパラドクスになぞらえるなら、この花はもはや「生きている」と呼んでいいのかさえ分からない。
 8時間後には、いまある有機組織はすべて死に絶え、新たな有機組織に入れ替わってしまっているのだから。


 *────


 だが――だが。
 それでも、この花のかたちは変わらない。
 それでも、この花の色は変わらない。
 この花は、この場所に変わらずに咲き続ける。

 とある植物専門家による分析によれば、『ブルー・ジャック・ケイブ』に咲くこの花は、数万年前から同じ姿をしているのではないかと考えられる。
 というより、その姿かたち、その比率組成でないと、そのような環境で生き続けられるとは思えない、ということだ。
 これ以上無機質部分が増えてしまえば、有機質部分が毒素に侵されきって完全に崩壊してしまう。
 これ以上有機質部分が増えてしまえば、得られる栄養素が乏しい以上、有機組織全体の維持生成が間に合わずにやはり崩壊してしまう。
 つまり、この比率、このかたちでないと、この花はられない。
 ここからどう変わっても、この花はでしまう。
 なぜ生きていられるのかわからないほどの、奇跡的なバランスの上に、この花は生きている。
 この花のかたちは、この花がこの環境で生き延びるために辿り着いた、一つの完成形なのだ。
 その組成、その形状、その生態が、この胆礬の溶け込んだ水気が満ちる絶死の環境で最も生きのびられる、この花のもっともあるべきすがたなのだ。

 どれだけ変化を繰り返しても、その部分のすべてを入れ替えてでも。
 その過程でその有機的部分が壊れ続けても、死に続けてでも。
 その姿を保ち続ける、生き続ける。
 それこそが、このうつくしい海色の鉱物花が持つ、もう一つの特徴。
 部分としては死に続けているはずなのに、全体としては生き続けている。
 体組織を入れ替えながら、悠久の時の中でその姿を保ち続ける不死の花。
 それはまさに、生けるテセウスの船と呼ぶにふさわしい。

 その生と死を繰り返す驚くべき生態と、この摩訶不思議なる生命を発見し、そしてなによりも、この花が生えている環境から生還し、いくつかの写真と貴重なサンプルを寄贈してくれた2人の発見者に敬意を表して、今回寄贈された写真に映る個体に、この尊称を贈りたい。

 『The ever-living Canon/生きとし生ける追複曲』

 閉じた世界の中で繰り返される、終わりなき生と死の追複曲。
 この可憐な花のなかには、命が奏でる無限の旋律があるのだ。


 *────


 今号では現地リポーターからの報告をトップ記事として取り上げさせて頂いた。
 この神秘を発見・報告し、快く当雑誌への掲載を許可してくれた2人の発見者。
 彼らにはあらためて、この場で謝辞を述べさせて頂きたい。本当にありがとう。

 この星は、広く、深く、多くの神秘に満ちている。
 しがない冒険家に発見できるのは、その中のほんのひとかけらだけだ。
 ゆえに、この星の神秘を解き明かすためには、君たち現地リポーターの協力が必要不可欠だ。
 カレドリアン・シャーズは、今後も君たちリポーターからの驚くべき報告を楽しみにしている。

 ……さて、今回はここまでにしよう。
 願わくば、新たなる神秘の前で、また逢おう!
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