ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

vs " Z "(3)

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「――よっし、次の検証行くぞ! ついてこいッ!!」

 森の中にぽっかりと空いた円形の空き地。
 やわらかな草地には蹴躓くような大きさの石もなく、距離も測りやすく、逃げ場も多い。
 そうした点で、対峙している巨獣・ズールの攻撃を躱すには都合がいいが、そろそろ別のアプローチによる検証・観察もしたいところだ。
 そのために、周囲の地形を利用させてもらおう。

(カノンは……問題ないなっ)

 ズールを挟んだ空き地の反対側で、こちらを見ているらしきカノンに、頷きを送る。
 ついでに、先ほど放った石楔の位置、落とした革グローブの位置を確認。
 距離を離していても、はっきりと聞こえるほどに大きくなった唸り声。
 それを背後に聞きながら、空き地の周縁部に向かって駆ける。
 先ほど放った牽制で、あいつが一息で飛び掛かって来られる圏内からは脱している。
 ならば、一時的に背を向けても問題は――ないッ!!

  ――……ゥゥル、ァ……ッ!!

 一瞬後方に首を向ければ、逃げる俺を追うように奔ってくる、ズールの姿。
 全長3mを超える巨体が、まっすぐ突っ込んでくる。
 その身に刺さった鉄杭を、ざりざりと引き摺りながら。

 先ほどの一瞬の邂逅で、どうやらあちらのる気にも火がついたようだが――悪いな、もう少しのらりくらりと検証させてくれ。
 お前と対峙して、お前の挙動を観察して、
 お前の声を聞いて、その身体に触れて、
 お前が生きているらしいということも確かめて。
 それでもなお、俺はお前のことを、疑っている。
 なにか、俺はとんでもない勘違いしているんじゃないか。
 なにか、致命的なものを見落としているんじゃないか。
 そんな気がしてならないんだ。

 だから――もう少しだけ、お前のことを確かめさせてくれ。
 殺し合いを始める前に。


 *────


 森の一部を切り取ったかのような、40m四方ほどのこの空間。
 その中央にある円形の空き地の周囲は、まばらな樹々の生える樹林になっている。
 空き地の周縁部まで一息に駆け抜け、ざっと樹林を見渡す。
 視界内に際立った異常はない。
 森の中に、別の獣が潜んでいると言ったこともなさそうだ。

(ほんとはゆっくり確認すべきなんだがなッ!!)

 残念ながら、いまは一刻どころか数秒の猶予もない。
 もっとも近い一本の太い樹木に走り寄り、革グローブを外したままの右手で触れる。

(……よし、こいつも硬いっ)

 すかすかになっていたり、腐っていたりはしない。
 ある程度の強靭性がある。ちゃんとした樹木だ。
 再び森の中を確認し脅威がないのを確認して、その樹木の向こう側に回り込む。
 そうして振り返れば――こちらに突っ込んでくる、巨獣。

「そらっ、こっちだ!! 来いッ、ズールッ!!」

 太い樹を挟んで、大声で煽る。
 俺の声に反応するようにビクリと耳を動かし、こちらにまっすぐ突っ込んでくるズールを見て――背後、林の中へ飛び退る。
 目の前の樹木から距離を取り、目の前で生じるであろう衝撃に備える。

「さぁっ!! こうすると、どうするっ!?」

 俺と獣の間には、太い幹を持つ成木が生えている。
 そのまま突っ込んでくれば、お前は樹にぶち当たる。
 巨体のお前は、目の前の樹を大きめに避けて回り込むしかない。
 だがお前は――眼が、見えていない。
 目の前の樹は、なにか音を発しているわけではない。
 ならば、お前には、目の前の樹木を避けることは――

「――な……ッ!?」

 するり、と。
 目の前から迫ってきた獣は、首を逸らし。
 ほんの少しだけ身体を右にずらし。
 最小限の動きで、目の前の樹木を躱し、

(まず……ッ!?)

 まったく速度を緩めることなく、こちらに突進――

  バゴォッ!!

     ――……グゥ、ガッ、ァァァアアア……ッ!!

 獣の背中から胴体を刺し貫いていた、錆び付いた鉄杭。
 その1本が、獣が躱した樹木の幹にぶつかり、ひっかかり、大きな破砕音を立てる。
 ビリビリと振動する巨木。
 揺れて舞い墜ちる枝葉。
 体勢を崩し、振り回されるようにして横倒しになった獣から飛び退る。
 結果的に獣の突進は止まったが――

(あいつ、たしかに避けたぞッ!?)

 そのまま樹にぶつかるか、それとも障害物を察知して止まるか。
 あるいは樹を俺だと誤認識して、樹を薙ぎ倒したり噛みついたりするか。
 それらが、俺が予想していた獣の挙動だ。
 だが先ほどの獣の動きは、そうした挙動のなかのどれでもなかった。
 俺という音の発信源までの間に、遮蔽物があることに気づいたのか。
 しかもその大きさ、その形まで把握したというのか。
 眼球のない目では、見えているはずがない。
 ならば――やはり聴覚が飛びぬけているのか。
 反響定位のように、自身の唸り声の反響音を察知して、障害物を察知した。

  ――……ガッ、ガフッ……ッ!!

 悶えるように身を捩る獣の身体には、いまだ鉄杭が刺さったまま。
 だが――

(あれは……血、か?)

 胴体を貫通して腹部側から突き出した、錆びついた鉄杭。
 その鉄杭を伝って――細く、なにか、赤い液体が滴っている。
 獣が悶えるほどに、真っ赤な血が若緑色の草地を穢していく。

(……赤い血が、流れている……? いや、それよりも――)

 おかしい。
 おかしすぎる。
 目の前の獣の状態が、ますますよくわからなくなる。
 そもそも、あの鉄杭は、どうなっているんだ?
 身体に刺さったまま、治癒していたのか?
 それが、今の衝突の衝撃で傷口が……?

(やばい……な。……全然わからん)

 目の前の獣がなんなのかということに加えて、どういう状態なのかもわからなくなった。
 これ以上深く考えると、逃げる足も止まりそうだ。
 仕方ない。今は、単なる手負いの獣として割り切ろう。

 かつて鉄杭を打ち込まれ、それが刺さったままの、野生の獣。
 そう考えないと、わけがわからなくなる。

 それとは別に、いまの検証で分かったこともある。

(……森のなかは、思ったより安全じゃない、な)

 目の前の獣の体躯は、自動車かと思うほどの巨体だ。
 だから、まばらに生える樹木が障害物として立ちはだかる森のなかは、目の前の獣にとって動きにくいのではないかと思ったが……先ほどのようにするりと躱してくるのでは意味がない。
 先ほどはあいつの身体から飛び出した鉄杭部分が、運よく引っかかってくれたからよかったものの、あのような失敗が毎回起こるわけでもないだろう。
 適応されたら意味がない。

  ――……ゥゥル、ルル……ッ!!

 横倒れになっていた獣が、態勢を立て直す。
 唸り声の低さ、痙攣するように震える耳、姿勢の低さ。
 どうやら――怒っている、らしい。

「それは……逆ギレでは?」

 いや……そうでもないか。
 その怒りは、俺に対する直接的な怒りではないかもしれない。
 自分の身に鉄杭が穿たれていること。
 思うように動けないこと。
 眼が見えないこと。
 おなかが空いているということ。
 目の前の獲物が捕まらないということ。
 そういったままならなさに対する、世界すべてに対する怒り――かもしれない。

「それなら、仕方ないな」

 存分にぶちまけるがいい。
 正面から受け止めて、怒りを解消させてやるわけにはいかないが。
 怒りを吐き出すのに、付き合ってやらんこともない。

  ――……ゥゥ、ルルアァ……ッ!!

「さぁ、続行だッ!!」

 弾けるように左方向へと後退し、獣との距離を開ける。
 躱せるからといって、先ほどの空き地と同じように動けるとは思うなよッ!!


 *────


「ふっ――」

 まばらな樹木を遮蔽物として、横っ飛び気味の回避を繰り返す。
 足元から絶え間なく響く、革ブーツの底が森の土壌を踏みにじる、じゃりついた音。
 わざわざ声を掛けなくとも、俺を駆り立てる獣は、迷いなく俺の方を向いて近づいてくる。
 だが――

  ――……ゥゥ、ルルゥ……ッ!!

「動きがぎごちないなっ! やっぱり、さっきのがトラウマかっ!?」

 目の前の獣は、先ほどのようにまっすぐ突っ込んでくることはない。
 俺との間にある樹木を大きく避けるようにして、じりじりと近づいてくる。
 どうやら、先ほどの失敗によほど不意を突かれたと見える。
 その学習能力の高さは驚異的だが――

「そんなんだと、いつまで経っても俺は捕まらんぞっ!」

 樹々の合間を縫うように、獣との間に常に樹木が来るように。
 ちょこまかと跳ねて後退する俺を捕まえるには、一気に距離を詰めるしかない。

  ――……ゥゥ、ウルルァ……ッ!!

「まさか、この程度で詰んだとか言わんよなァ!?」

 苛立つように唸る獣を、樹木を挟んで挑発する。
 挑発というか、これは単なる――事実確認だ。
 なにせお前が、あのアミーだというのなら。
 知恵と勇気を振り絞った人間の群れを、たった1匹で蹂躙してみせた、
 かつて俺を幾度も殺して見せた、あの獣だというのなら。
 まだまだ幾らでも、引き出しはあるはずだ。

 さぁ、そろそろ見せてみろ。
 お前の十全な可能性ポテンシャルをッ!!

  ――……ゥゥ、ガァッ!!

 不意に、樹木の向こう側にある獣の後ろ足が折りたたまれ、その巨体が――

(――ッ!!)

 真横に
 巨大な後ろ脚で蹴り飛ばされた土が、弾けるように宙に舞う。
 左に跳ね飛ばした巨躯を前脚から着地させ、引き付けた後ろ脚をそのまま畳み――

  ――……ゥゥ、ルルルァッ!!

 そのまま再び巨体を跳ねさせ、こちらに飛び掛かってくるッ!!

「――ぐッ!!」

 飛び掛かってきた方向に対して水平、左へ身を弾く。
 身体を前傾させたまま、地を這うように距離を取る。
 こちらに飛び掛かってきた獣は、俺の右手に再び前脚から着地し、胴を後ろに振り回すようによじり、引き付け着地させた後ろ足をそのまま畳み――

  ――……ゥゥ、ルル……ァッ!!

 再び

「うっひょおおぉぉぉっ!!?」

 こちらも応じて、ばねのように縮めていた脚で地を蹴りつける。
 咄嗟の跳躍、いまだ獣の方に向けられていない身体を、そのまま前方、獣の左方向へ。
 両手で地面を掴み、腰を背後に振り飛ばしてそのまま着地、
 地面についていた両手で身体を跳ね、たたらを踏むように更に数歩下が――

  ――……ゥゥウ、ガァッ!!

「もっかいッ!?」

 こちらが息を整える暇すらなく、追撃が来る。
 左後方へのバックステップで距離を離すが、それでも追撃は終わらない。
 大きく跳ねるような挙動を繰り返し、こちらを猛追する。
 樹を挟めば、それを迂回するように跳ね避ける。
 こちらが飛び掛かるのを躱せば、着地の際に身体の方向を向け変えて、すぐさま飛び掛かってくる。
 それは、確実に獣を追い詰めるために、彼の種が編み出した狩りの仕方の一つで――

「なっつかしい動きだなぁ!?」

 明らかに人間並みに思考しているとしか思えないその動きは、アミー種の獣の特徴的なもので。
 異常進化した個体も当然繰り出してきたそのムーブに、かつて多くのプレイヤーが血の海に沈んだものだ。
 そもそもあの巨体で、兎のように俊敏に跳ねるというのが予想外だったのだ。

  ――……ゥゥウ、ルルァッ!!

「ひゅッ!!」

 森の樹々の合間を縫うように跳ね退きながら、必死の回避を続ける。
 後ろ足を畳む予備動作があるぶん、見てから躱せてはいるが……
 一度でも靴底がずるりと滑れば、あるいはブーツが壊れれば、即座に破綻する。
 回避する先の地点の安全を確かめる余裕などどこにもない。

(……このモードは、やばいな……ッ!!)

 これでもまだ、ちょっと本気を出しただけだろう。
 アミーという獣の凄さは、まだまだこんなもんじゃなかった。
 だが――通常のアミーならともかく、この巨体でやられると、もう死にそうだ。
 飛び掛かられて抑えつけられるまでもなく、振り下ろされた前足を躱せなかった時点で即座に踏み砕かれるだろう。

(……やっぱり、のらりくらりと逃げ続けるだけじゃ、駄目だな……ッ)

 荒い息を吐きながら、周囲の地形を探る。
 今の状態はスタミナゲージを使い潰して回避し続けているようなものだ。
 どこかで切り返さないと、数分と持たない。
 やりたかったことができそうな場所はないか。
 いい感じに幹が太くて、かなり高いところにそこそこ太い枝が突き出してるような――

(……あれは行けるッ。あれでやるかっ!!)

 右前方の遠くに見える、1本の巨大な成木。
 あれを使わせてもらおう。

「……っしゃあ、ズールッ! こっちだこっちッ!!」

 ジグザクと鋭角に跳ねるような回避を繰り返しながら、目指す場所まで後退する。
 ズザンッ、ズザンッと地面を踏みにじりながら、目の前から迫ってくる白い獣。
 彼我の距離は……既に5mを割っている。

  ――……ゥゥウ、ガァッ!!

 さて、上手くいくかなっ!?

 そろそろ、ワンミス即死の時間が迫って来てるぞっ!!
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