ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

vs " Z "(5)

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 うん。
 まぁ――そういうことなんだ。
 アミーが、狼ではない理由。
 誰もアミーを、狼だとは思わなかった理由。
 それは非常に簡単なことで。

 つまり、こいつは――んだ。
 後ろ脚だけで、直立することができる。
 しかも、ただ立つだけじゃなくて、その状態から攻撃してくる。
 人間がそうするように、身体全体をばねのように使って、力をぶつけてくる。
 通常のアミー種でも、立っている人間の頭の高さくらいまでは攻撃範囲内だ。
 その状態で前脚による横薙ぎでも喰らえば、よくて顔の皮がベロンとめくれたり首の骨が折られたりするし、悪いと物理的に首が飛ぶ。
 肩上に両前肢でしっかり組み付かれて、首筋をガブリ、なんてこともしてくる。
 直立した状態からでも、それくらいの破壊力を出せるんだ、アミーって獣は。

 レッサーパンダだか、アライグマだか。
 そいつらも、二つの足で立つことはできる。
 でもそいつらは、ただ立っているだけだ。
 立って、遠くまで見ようとしているだけだ。
 その状態では、力強い動作をすることはできない。
 だが、アミーはちがう。
 発達した後ろ足が胴体を支えているその状態で極めて安定している。
 だから、立った状態で、全力で前脚を薙ぐことができる。
 だから、立った状態で、目の前のものに食らいつくことができる。
 アミーにとって、立つという行為は、狩りの一つの実践的手段なんだ。
 四つ脚のままでは届かない場所を、攻撃するため。
 四つ脚のままでは届かない場所にあるものを、喰らうため。
 上から攻撃したほうが破壊しやすいものを、破壊するため。
 そのように進化した獣なんだ。

 だからアミーの後ろ肢の構造は、狼というよりは、熊やパンダに近い。
 付け根が太く、脚はやや短く、足先は太く、肉球や指先も相応に発達している。
 その反面、前肢は狼のものに似ている。
 すらりとしていて、足先は後ろ肢と比べてやや細く小さく、爪は細く短く鋭い。
 素早く駆けるため、獲物を押さえつけるため、やわらかい部分を破壊するため。
 役割のちがう前脚と後ろ脚では、明確に構造がちがう。
 そういうわけで、生物学的にも、アミーは狼ではない。
 哺乳綱食肉目、ようはネコ目に分類されるだろうとは思うんだがな。

 で、まぁ。
 立てるということは、こいつの垂直方向の攻撃射程は、体高ではなく体長で測るべきだということで。
 高さ3mほどの、樹の枝の上。
 それは、体長3mほどもあった、異常進化したアミー種の射程内だったわけで。
 目の前に突如として出現した白い壁に呆気に取られていた当時の俺は、見事に挽き肉になったわけだ。
 かつてカノンに、巨大化したアミーの怖さを「三毛別さんけべつの羆」で例えたのも、そういうことだ。
 四つ脚で人間よりも速く駆け、後ろ足で立ったときの高さは見上げるほど高い。
 まともにやって勝てるわけがない。あれはそういう存在だった。

 ちなみにその時のデスは、今も鼻梁に残る傷を刻まれた死のあとのものだ。
 俺があのイベントでアミーに殺された回数は1桁じゃない。
 あの手この手で殺されている。
 その時にいろいろ教えて頂いたのだが、どうやらアミーは、高所にいる獲物については、そのまま喰いつくのではなく、まずは叩き落すのを優先するらしい。
 賢いアミーのことだ。
 その理由は、たぶん、獲物に攻撃を躱されても、問題ないからだと思う。
 別に、直接獲物に当たらなくてもいいのだ。
 その高さに居られなくしてしまえばいい。
 樹の上にいるなら、樹ごと倒してしまえばいいのだ。
 だから――


 *────


  ――ブォンッ!!

 3mほどの高さの樹の枝の上にいる俺の、更に上から振り下ろされた、しなる丸太の様な前脚。
 目の前の獣が直立した時点で、こうなることは分かっていた。
 というか、前に分からされた。
 この程度の高さは、目の前の獣の射程圏内であり。
 仮にさらに上に逃げたとしても、この樹を破壊されるだけだということは。
 より高く登ったところで、より高いところから墜ちるだけ。
 かつて多くのプレイヤーが、そうして地面に赤い花を咲かせた。
 だが――

(よしっ……角度はいい感じだッ!!)

 まさしくいまが「次の俺はきっとうまくやってくれるでしょう」だ。
 ここが正念場だ、気張れ、いまの俺ッ!!

「――ぬぇぇぇっい!!」

 右上から振り下ろされる大質量から逃れるように、左下方、獣の右正面あたり目掛けて飛び降りる。
 直後、背後から響く爆音。

  メギッ……バゴォォォン――ッッ!!!

「ぎょぇぇぇえええ――ッ!!?」

 鉄球クレーンの鉄球が木造2階建てのアパートに直撃したような轟音。
 ビリビリとした衝撃が背後で炸裂し、無数の破片が飛び散ってくる。
 耳が痛いッ!! というかもう地面ッ!!

「へぎょっ」

 潰れたカエルのように這いつくばりながら、その勢いのまま身体を前へと転がし、右前方に立つ白い壁と交差。
 さすがにその態勢からでは、すぐには方向転換できまいッ!!
 そして――

  メギッ……ギギギギィッ――

 ほぼ垂直上方向からとはいえ、こちら側から樹を叩き潰したんだ。
 普通なら当然、樹は俺たちのいるこちら側ではなく、向こう側へと倒れるだろうが――

  ――……ゥゥウ、グァッ!?

 揺らいだ樹が、こちら側に向かって倒れ込んでくる。
 先ほどのズールのねこぱんちにより幹が抉られている、こちら側へ。

「おっけービンゴっ!!」

(一発は耐えてくれると信じてたぜ、名も知らない樹木さんよっ!!)

 ズールのパンチで、1発で向こう側に薙ぎ倒されるということもありえたはずだが……さいわいにもいくつかの偶然が重なってくれた。
 ズールが、俺を叩き潰すような角度で前脚を振り下ろしたこと。
 樹木が、振り下ろされた衝撃を一度は受け止め、しかしそのあとで上から掛けられたズールの質量を支えきれずに、弱い部分から折れ倒れ始めたこと。

「覚えとけズールっ!! それは『受け口』って言うんだぜッ!!」

 こちら側に倒れ来る樹は、その広い枝葉を網のように広げ、ズールの巨体に覆いかぶさり――

「……ってあぶねぇぇぇぇ!!」

 当然、その横にいる俺の方にも倒れてくる。
 前方に身体を投げ出すようにヘッドスライディングした、直後――

  ギギギギィッ――ズドォォォォンッ!!

 轟音とともに、樹がこちらに倒れ込む。
 その枝葉の下に――ズールを巻き込みながら。

  ――……ゥゥ、キャゥン……ッ!?

 ズールの巨体に圧し掛かる、広がった枝葉。
 緑の網の下から聞こえる、戸惑うような声。
 幹に押し潰されるようなことはなかったようだが……
 巨体に加え、ズールの身体には巨大な2本の鉄杭が刺さったままなのだ。
 それらが邪魔になって、簡単には枝葉の網から抜け出せまい。

「――ってことで、悪いけどここでハーフタイムなッ!!」

 埃のように舞う土煙を背後に、その場を離脱する。
 これでちょっとだけ休めるし、カノンと相談できる……ッ!!

 ようやく手にした休憩時間。
 15分とは言わないが、せめて5分はくれ……ッ!!


 *────


 まばらな樹の中から林から空き地の周縁部まで駆け抜けると、すぐそこまでカノンが来ていた。
 どうやら、外から観察してて欲しいという俺の頼みを遂行しようとしてくれていたらしい。

「フーガくんっ、大丈夫っ!?」
「おう、悪いな。ころころ場所替えて」
「それは、いいけど――すごい音、したよ?」
「ん、その辺はあと。今のうちに距離を開けたい。一度、ポータルのところまで戻ろう」
「……んっ」

 カノンとともに、空き地を駆け抜ける。
 ついでに、位置を記憶しておいた革グローブと、牽制で放った方の石杭を回収する。
 最初に中央付近に仕込んだ方はそのままだ。あとで使うかもしれん。
 ちらりと背後を見るが、白い影は見えない。
 しばらくはあの木の下でもがいていてくれれば助かるが――

 そうして、ポータル……の残骸らしきものが散らばる、転移地点まで戻ってくる。
 ズールを下敷きにして倒れた樹の場所からここまで、距離にしてたかが30mほどだが……ここまで離れれば少しの物音は聞こえないだろう。

「……ふぅ、ふぅ――っはぁっ、はぁっ!!」

 ようやく、荒い息をつける。
 音を察知されたくなかったから、ここまでは荒い息遣いを抑えていたのだが、正直いっぱいいっぱいだ。
 心臓バクバクだし、酸素不足で軽いめまいもするし、脚に疲労も溜まりつつある。
 さすがの【跳躍】先生も、レベル1では荷が重いかもしれない。
 すまんな、でも生還したらレベル上がると思うから許してくれ。

「……すっごい、動い、てたね?」
「必死だったからな。無様と言っても構わんぞ」
「……ううん、そんなこと、ない、よ」

 カノンが、俺の頭に手を伸ばし――

「……。……葉っぱ、引っかかってる」
「ん、ありがと」

 そりゃ、あんな埃やら落ち葉やら舞い散る中で大立ち回りしてりゃ、汚れるわな。
 気づけば、露出している首筋や右手にはじわりと汗が滲み、土埃で汚れている。
 先ほどヘッドスライディングをかました時に土を被った顔面も同様だ。
 革袋の中に布はあるんだが、汚れを拭うのに使うべきか――目のまわりだけ拭っとこう、うん。
 目元を拭った布切れをそのままポケットに突っ込み、あらためてカノンに聞く。

「……で、だ。カノン。……どうだった?」
「どう……って?」
「なにか、気づいたこととか、おかしなこととか」
「……。」

 カノンは、少し考え込むような素振りをして――頷く。

「アミー。……ふつうに、生き、てる?」
「カノンも――そう思うか」
「……うん」

 俺たちが接敵している、アミーのような姿をした獣。
 その存在の第一印象は、はっきり言って異常が過ぎた。
 この場所に俺たちを転移させた、ガラス化した廃墟の中のポータルの残骸。
 原型を留めないほど劣化し散乱した、こちら側のポータルの残骸。
 植物の蔦這う壁と、鉄格子の天井。
 森の中に作られた、箱庭のような廃墟。
 死んだように横たわる獣に穿たれた、錆び付いた鉄杭。
 どれもこれも、この場所が、悠久の昔に打ち棄てられたことを思わせる。
 それなのに、あの獣だけが異常だ。
 なぜ、あいつは生きているんだ?
 なぜ、あいつだけが形を残しているんだ?
 あいつの背後には、俺たちがまだ理解できていない巨大な影が落ちているはずだ。
 それなのに、その正体を観察すれば観察するほど、通常の生物であるような気がしてくる。
 異常な影など、落ちていないような気がしてくる。

「……生きてると、したら」
「うん?」
「なにか、生きていられる理由が、ある、かも?」
「――ッ!!」

 それは、発想のわずかな転換。
 だがそれは、思考の大きな前進だ。
 生きているのがおかしいと考えるのではなく。
 生きていると仮定して、それがなぜかを考える。
 その発想はなかった。
 たしかに、その可能性は、ある。
 俺は、あの獣が生きているのはおかしいとばかり思っていた。
 なにせ、あの獣はおかしなことばかりなのだ。

 なぜ、こんなところにいる。
 なぜ、眼球が失われている。
 なぜ、鎖が絡みついている。
 なぜ、鉄杭で穿たれている。
 なぜ、通常のアミーよりも大きいんだ。
 それなのに、なぜ――生きていられるんだ。
 本当に、あいつは、ちゃんと生きているのか。
 そう見えるだけで、実は死んでいるんじゃないか。

 そう考えて、俺は無意識に、あいつが死んでいる理由を探そうとしていた。
 目の前の獣が動いているのはおかしいのだと、思っていた。
 ずっとそこで、思考の足踏みを続けていた。
 だが、俺はここまで、あいつと相対して、どうやら目の前の獣は生きているらしい、ということを確かめ続けたのだ。
 事実としてあいつは生きているらしい振る舞いをする。
 だからもう今となっては、考えるべきは、逆なんだ。
 俺たちは、あいつが生きて、動いていられる理由を探すべきなんだ。
 それがどんなに異常な事態でも。

「なにか、ある? あいつが、生きていられる理由って」
「……ぜんぜん、わかんない」
「俺もだ。わけがわからん」

 この世界においては、ゲーム的なご都合主義は起こらない。
 プレイヤーが発見するまでオブジェクトが停止している。
 特定のエリアに侵入した瞬間にボス的なモンスターがポップする。
 そういうは起こりえない。
 なにせ、この世界は『犬』の惑星カレドを引き継いで、常時仮想演算されているのだ。
 プレイヤーという観測者がいなくても、世界は進む。
 だからこそ、この世界は『犬』の世界から幾星霜を経ているのだから。
 だからこそ、この世界に、あのセドナが残っているのだから。

 だから、あいつが生きているというのなら、物理的因果に基づいた、説明可能な理由があるはずだ。
 それが再現できれば現実でも同様のことが起こりえるような、説得力のある理由付けができるはずなんだ。
 だが――いったいどうすれば、この状況を説明できるというんだ。
 あの獣を取り巻くおかしな点のすべてに整合性を与える、あの獣の内包する歴史。
 それは――なんだ?

「……よし、理由付けは一旦諦めよう」
「いい、の?」
「ほんとは、よくない」

 その理由は、本当なら考えないと駄目だ。
 それを無視してあの獣と相対し続けるのは、危険だ。
 だが――考察している時間はなく、悠長に検証している余裕もない。

「だけどカノンのおかげで、これからやるべきことは決まった。
 いまは、そっちを考える方が優先だ」
「やるべき、こと?」

 仮想端末を展開し、ちらりと右上を見る。

  " 00 : 32 "

 相対を開始してから、30分。
 まだ30分しか経っていない。

 モンターナを待つ、あと1時間半。
 その間に俺たちが、やるべきこと。
 それを、カノンと相談しなくてはならない。

 俺たちが選び取るそれが、此度の冒険の結末を決めるのだから。
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