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第3章: ルミエールの説得
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ルミエールはため息をつく。与えられた時間は限られている。「タクミさん。とりあえず、三百年後の地球を見てもらえる?」ルミエールが、天使の翼を広げ、周囲の空間を光で操ると、そこに、未来の地球の荒廃した風景が映し出された。上層階級と下層階級に二極化された社会のゆがみがあった。富裕層の優雅な暮らしぶりとは裏腹に、貧困層は飢えに苦しみ、利用され、搾取されていた。
三百年後の未来の崩壊ぶりが、タクミにダイレクトに伝わってくる。「確かに悲惨だ。でも、人類の歴史は常にそうだ。ローマ帝国の時代から、ボクのいた現代まで何も変わらない。そもそも、ボクの人生だって、悲惨だよね?今見た悲惨な映像と、何が違うっていうんだい?」
「…」その通りだ、とルミエールは思った。類まれな才能を持ちながら、誰にも認められずに、若くしてこの世を去ったタクミは、相当悲惨だ。救いの手が向けられなかった彼に、誰が、他者に対して救いの手を向けるべきだと言えるだろう。そんな安っぽい理想論で、彼を動かすことはできないとルミエールは悟った。
ルミエールが真剣な顔で言う。「正直に言うと、今、私が救いたいのは、私自身とあなたなの。」
「ルミエールさん自身とボク?意味がよくわからないけど。」
「もう気づいているはずよ…ここは人間界と聖域を隔てる結界。死者が必ず来るエリアで、日本では三途の川って呼ばれてる…で、この海はいくつかの層に分かれている。今、あなたがいるのは、かなり上の層…とても居心地がいいでしょう?」
「うん。正直、ずっとここにいたいくらいだよ。」
「でも、そうはいかない。あなたはこれから、審判を受けるの…誰であれ、自分が前世にしたこと、あるいはしなかったことの報いを受ける。今の地球がどんなに悲惨でも、その原因を作った者に下される罰は相当重いのよ。一方、それに苦しみながらも、その原因を作っていないなら、審判で罪は問われないわ。」
「なるほど。」ここが死後の世界であることを、タクミは改めて実感した。
「あなたはSMAIの創造者。その結果、多くの人が苦しんでいる…それを解決できるのは、あなたしかいない。なので、あなたが尽力すれば、あなたは審判で救われる。で、多くの人も救われる。」
「理解した…でも、それでルミエールさんが救われる、っていうのは、どういうこと?意味が良くわからないけど」タクミが不思議そうな顔でたずねる。
「…え。そこ、聞きたい?」ルミエールは明らかに動揺している。
「できれば。…嫌ならいいんだけど。」
ルミエールはため息をつきながら、話すことに決めた。「まず、天使の任務について、簡単に説明するね。」
「興味深い。そういう講義、受けたことない。」
「そんなにかたくならないで!私は先生じゃない…『さん』もいらないよ。ルミエールって呼んでほしい。」
「…わかった、ルミエール。なら、ボクも、タクミと呼んでほしい。博士、と言われるのは、あまり好きじゃないんだ。」
「わかった。…タクミ、ね。」
「うん。」
「地球は、天使の世界地図では、銀河系の第三管区にある太陽系の一つの惑星に当たる。その担当天使は、百年毎の入れ代わり制になってる。私が地球に赴任してから、今年でちょうど99年目。あと三ヶ月で、地球の担当から解放される、と思っていたときに、第三管区長の大天使様に、私は呼び出されたの。」
「…そうなんだ」タクミは、天使の世界にも、人間界とそんなに変わらないリアリティがあるんだな、と思った。
「こんな呼び出しはめったにない…私は、悪い予感しかなかった。」
「…で、どうなったの?」タクミはじっとルミエールの顔を見ている。何かに気づいた様子だ。
「私は大天使様にこっぴどく叱られたの!『堕天使にする!』とまで言われたわ…いくらなんでも、それはひどいと思わない?」ルミエールの顔がムンクの叫びになる。
「そういうことか!」タクミが大きな声で叫ぶ。ここは量子コヒーレント空間なので、タクミの考案したマインド座標がリアルに使えるのだ!だから…
「何が、そういうことなの?」ルミエールがぽかんとしてタクミにたずねる。
「ルミエール…ブラックリスト、ってなに?」
「ええ!…なんで私が、前任者から引き継いだブラックリストを、赴任初日に開かれたパーティで騒ぎすぎて、紛失してしまったことをあなたが知っているの?」
「…そうなんだ。他にも、ホワイトリストとかグリーンリストとかあったりする?」
「あるよ。けど、私が無くしたのはブラックリストだけよ!全部のリストを無くしたら、天使の活動なんてできないじゃない。」
「…天使って、人を見て、その光のオーラで善人か悪人かを区別してるの?」
「うん。だけど、全人類をいちいち面接調査するなんてできないでしょう?だから、前任者のリストにそって活動するのが基本。で、善人には救いの手を差し伸べ、悪人にはそこから離れる道を用意するけど、それをどうするかは本人次第。」
「なるほど。で、ルミエールは、それから99年間、そのブラックリストの人物を誰一人マークできなかったんだ。」
「そうなの…私がその芽を放っておいたせいで、地球が邪悪な波動で覆われてしまったの。第三管区の中央センターでさえ検出できるくらいのね。普通、そんなことは起きないんだけど。」
「…ブラックリストの人物にも寿命がある。それらの人がこの99年間、ずっと生き続けて、邪悪な波動を増幅させるなんて普通はあり得ない…99年もあれば、みんな地球からいなくなっているはずだ、ってこと?」
「そうなのよ!だから、わたしも、最初は余り気にしてなかったの。ブラックリストの人物は行き先がもう決まっていて、救いの対象ではないしね。マークする理由は、その邪悪な波動の広がりを防ぐためなの…ならすぐにいなくなるんだし、放っておいていいか、みたいな安易な気持ちがあったのよ…それがいけなかったんだけどね!」ルミエールの顔が、再びムンクの叫びになる。
「ルミエールは、反省しているんだね。」タクミがくすりと笑う。
「そりゃそうよ…」ここでルミエールは、ようやく、タクミとのやり取りの不自然さに気がつく。
「てか、なんでさっきから、私の心、読んでるの?あなたび頭が良すぎるとは聞いてたけど、超能力者だとは聞いてないよ!」
「うーん。…一応、説明しておくね。この空間では、君の意識の波動とボクの意識の波動が共鳴しているんだ。それで、君の考えが自然にボクの意識に入ってくる。つまり、量子コヒーレンス場では、意識が互いに繋がりやすい状態になっているということだよ。」
ルミエールは一瞬驚いたが、すぐに微笑んだ。「なるほど…あなたの理論は本当にすごいわね、タクミ。」
「ありがとう、ルミエール。…けど、天使が介入しなければならないほどの「邪悪」な波動ってなに?基本的に、君たちは人間界に干渉しないんだよね?」
「そうよ。たとえば、人間も、自然界の動物たちが、弱肉強食の世界で争いが絶えなかったり、群れの中でボスが餌を独占しているくらいのことで、いちいち介入しないでしょう?」
「そうだね…ある動物のグループが、よっぽど生態系を破壊するとか、あるいは、人間界にまで彼らが進出してくる、といったことがなければだけど。」
「今地球で起きていることがまさにそれなの!簡単に言うと、「邪悪」と「非法」の二つの禁を人間が犯している。なので、私達がそれを食い止めなければならないの」
」
「二つの禁…具体的に、何が「邪悪」で何が「非法」なの?」
「一言でいえば、人間が「寿命」に関する禁を犯したの」
「寿命?」
「うん。今、人間は150歳まで若く健康な体を保てるようになったわ。一部の特権階級に限られはするけど」
「150歳!…けど、健康長寿はいいことなんじゃないの?」
「そうね…ただし、同族他者から奪って得たものでなければ、だけど」
「え!…Xたちって、そんなことしてるの?」タクミは驚いて聞き返す。他者の命を犠牲にして自分たちの寿命を延ばすなんて…考えただけで寒気がしてくる。
「最初の頃は下層民の死刑囚から奪うだったけど、今は…これ以上は、口に出して言えないわ。権力構造がそれを影で支えているのも救いがたい」
「なんてことを!」タクミの唇が怒りに震える。
「それが「邪悪」の禁。ちょうど99年前、わたしが地球に赴任した年から、地球の医療技術が急激に発展した…それを可能にしたのがあなたの「SMAI」なの」
「そうなのか…で、問題はそれだけじゃないんだね?」
「うん。たとえ150歳まで生きたとしても、人はモータル(死ぬ運命)…けど、有り余るお金と権力を持つ特権階級は、ついに「不老不死」まで手に入れようとした。」
「不老不死?…SMAIを使って?」
「うん」
「けど、どうやってそんなこと…あ!そうか!」
「思い当たるフシがある?」
「人の魂を量子デジタル化して、それを違う生体やクローン、あるいはサイボーグに転送する、っていうのは、理論的に可能だ。それを繰り返せば永遠にその魂はボディを持ち続けられる…ってことだね、きっと。」タクミは苦笑した。そんな子供じみた考えにとらわれている者は、科学者とは言えないからだ。
「Xたちは、今、それをやってるのよ!」
「ええ!そんなの実現できるがわけがないのに…Xたちって、ホントに科学者や技術者なの?」タクミが首をかしげる。
「私の時代、テクノロジーはものすごく発達しているけど、それはタクミの言う「科学」じゃないんだと思う。AIで教育を受けて来た人たちだしね。偏った方向にその能力が伸ばされているのかもしれない。なので、あなたには当然でも、Xたちがそれを当然だと思っているとは限らないわよ」
「けど…転送のときに量子デコヒーレントの問題が必ず起きるよ。仮にそこ解決しても、今度は、その情報をどう生体内で統合するのか、という問題が起きてくる。仮に、その統合がうまく行っても、今度はそれがオリジナルと言えるのかどうか、という問題が…」
「つまり、不可能ってことね?」ルミエールが微笑む。科学的な理論に沿って熱く語るタクミが少年のように見えた。
「この問題は必ず「シンギュラリティ」にぶつかる…それ知らないで、人の体で実験してしまうと、転送に失敗したり、デコヒーレントで狂った人たちばかりを生んでしまうんじゃないかな…いわゆる「ゾンビ」のような」タクミがぞっとして言う。
「今、下層民の街は、その「ゾンビ」で溢れかえっているわ」ルミエールがため息をつく。
「…」タクミが絶句し、言葉を失う。
「それが「非法」の禁…あなたのSMAIがもたらしている、もう一つの問題ね。」
「そうなのか」タクミはひどく落ち込んでいた。
「そもそも「不老不死」なんて、天使の私達ですら無理な話…寿命は人間より長いけど、それでもせいぜい千年を超えるくらいなのよ。」
「え?ルミエールって、300歳なの?」ルミエールの心の声にタクミが反応する。
「失礼な!私はまだ、299歳よ!」ルミエールがイラッとして言い返す。
「…すいません。とにかく、ボクはその『邪悪』と『非法』の問題を解決すればいいんだね?『SMAI』に関するボクの知識を使って?」
「うん!やってくれる?」
「わかった。協力するよ。これはボクの問題でもあるし」
「よし!じゃ、早速、私が今担当している、あなたにとっての三百年後の地球に行こう!私の羽に捕まって。」
タクミがふわりと現れた光の羽根に手を伸ばすと、ものすごくいい香りに包まれる。「ルミエール、300歳なのに、おばあさんの匂いしないね。」
ルミエールは眉をひそめて睨み、「ありがとう!でも、次、それ言ったらどうなるかわからないわよ!」
タクミは、くすくす笑いながら、光の羽根にしっかり捕まる。触れると同時に、周囲の光が急速に変わり始めた。目の前に広がる無限の光の海が収縮し、彼の意識は次第に現実世界へと引き戻されていく。
三百年後の未来の崩壊ぶりが、タクミにダイレクトに伝わってくる。「確かに悲惨だ。でも、人類の歴史は常にそうだ。ローマ帝国の時代から、ボクのいた現代まで何も変わらない。そもそも、ボクの人生だって、悲惨だよね?今見た悲惨な映像と、何が違うっていうんだい?」
「…」その通りだ、とルミエールは思った。類まれな才能を持ちながら、誰にも認められずに、若くしてこの世を去ったタクミは、相当悲惨だ。救いの手が向けられなかった彼に、誰が、他者に対して救いの手を向けるべきだと言えるだろう。そんな安っぽい理想論で、彼を動かすことはできないとルミエールは悟った。
ルミエールが真剣な顔で言う。「正直に言うと、今、私が救いたいのは、私自身とあなたなの。」
「ルミエールさん自身とボク?意味がよくわからないけど。」
「もう気づいているはずよ…ここは人間界と聖域を隔てる結界。死者が必ず来るエリアで、日本では三途の川って呼ばれてる…で、この海はいくつかの層に分かれている。今、あなたがいるのは、かなり上の層…とても居心地がいいでしょう?」
「うん。正直、ずっとここにいたいくらいだよ。」
「でも、そうはいかない。あなたはこれから、審判を受けるの…誰であれ、自分が前世にしたこと、あるいはしなかったことの報いを受ける。今の地球がどんなに悲惨でも、その原因を作った者に下される罰は相当重いのよ。一方、それに苦しみながらも、その原因を作っていないなら、審判で罪は問われないわ。」
「なるほど。」ここが死後の世界であることを、タクミは改めて実感した。
「あなたはSMAIの創造者。その結果、多くの人が苦しんでいる…それを解決できるのは、あなたしかいない。なので、あなたが尽力すれば、あなたは審判で救われる。で、多くの人も救われる。」
「理解した…でも、それでルミエールさんが救われる、っていうのは、どういうこと?意味が良くわからないけど」タクミが不思議そうな顔でたずねる。
「…え。そこ、聞きたい?」ルミエールは明らかに動揺している。
「できれば。…嫌ならいいんだけど。」
ルミエールはため息をつきながら、話すことに決めた。「まず、天使の任務について、簡単に説明するね。」
「興味深い。そういう講義、受けたことない。」
「そんなにかたくならないで!私は先生じゃない…『さん』もいらないよ。ルミエールって呼んでほしい。」
「…わかった、ルミエール。なら、ボクも、タクミと呼んでほしい。博士、と言われるのは、あまり好きじゃないんだ。」
「わかった。…タクミ、ね。」
「うん。」
「地球は、天使の世界地図では、銀河系の第三管区にある太陽系の一つの惑星に当たる。その担当天使は、百年毎の入れ代わり制になってる。私が地球に赴任してから、今年でちょうど99年目。あと三ヶ月で、地球の担当から解放される、と思っていたときに、第三管区長の大天使様に、私は呼び出されたの。」
「…そうなんだ」タクミは、天使の世界にも、人間界とそんなに変わらないリアリティがあるんだな、と思った。
「こんな呼び出しはめったにない…私は、悪い予感しかなかった。」
「…で、どうなったの?」タクミはじっとルミエールの顔を見ている。何かに気づいた様子だ。
「私は大天使様にこっぴどく叱られたの!『堕天使にする!』とまで言われたわ…いくらなんでも、それはひどいと思わない?」ルミエールの顔がムンクの叫びになる。
「そういうことか!」タクミが大きな声で叫ぶ。ここは量子コヒーレント空間なので、タクミの考案したマインド座標がリアルに使えるのだ!だから…
「何が、そういうことなの?」ルミエールがぽかんとしてタクミにたずねる。
「ルミエール…ブラックリスト、ってなに?」
「ええ!…なんで私が、前任者から引き継いだブラックリストを、赴任初日に開かれたパーティで騒ぎすぎて、紛失してしまったことをあなたが知っているの?」
「…そうなんだ。他にも、ホワイトリストとかグリーンリストとかあったりする?」
「あるよ。けど、私が無くしたのはブラックリストだけよ!全部のリストを無くしたら、天使の活動なんてできないじゃない。」
「…天使って、人を見て、その光のオーラで善人か悪人かを区別してるの?」
「うん。だけど、全人類をいちいち面接調査するなんてできないでしょう?だから、前任者のリストにそって活動するのが基本。で、善人には救いの手を差し伸べ、悪人にはそこから離れる道を用意するけど、それをどうするかは本人次第。」
「なるほど。で、ルミエールは、それから99年間、そのブラックリストの人物を誰一人マークできなかったんだ。」
「そうなの…私がその芽を放っておいたせいで、地球が邪悪な波動で覆われてしまったの。第三管区の中央センターでさえ検出できるくらいのね。普通、そんなことは起きないんだけど。」
「…ブラックリストの人物にも寿命がある。それらの人がこの99年間、ずっと生き続けて、邪悪な波動を増幅させるなんて普通はあり得ない…99年もあれば、みんな地球からいなくなっているはずだ、ってこと?」
「そうなのよ!だから、わたしも、最初は余り気にしてなかったの。ブラックリストの人物は行き先がもう決まっていて、救いの対象ではないしね。マークする理由は、その邪悪な波動の広がりを防ぐためなの…ならすぐにいなくなるんだし、放っておいていいか、みたいな安易な気持ちがあったのよ…それがいけなかったんだけどね!」ルミエールの顔が、再びムンクの叫びになる。
「ルミエールは、反省しているんだね。」タクミがくすりと笑う。
「そりゃそうよ…」ここでルミエールは、ようやく、タクミとのやり取りの不自然さに気がつく。
「てか、なんでさっきから、私の心、読んでるの?あなたび頭が良すぎるとは聞いてたけど、超能力者だとは聞いてないよ!」
「うーん。…一応、説明しておくね。この空間では、君の意識の波動とボクの意識の波動が共鳴しているんだ。それで、君の考えが自然にボクの意識に入ってくる。つまり、量子コヒーレンス場では、意識が互いに繋がりやすい状態になっているということだよ。」
ルミエールは一瞬驚いたが、すぐに微笑んだ。「なるほど…あなたの理論は本当にすごいわね、タクミ。」
「ありがとう、ルミエール。…けど、天使が介入しなければならないほどの「邪悪」な波動ってなに?基本的に、君たちは人間界に干渉しないんだよね?」
「そうよ。たとえば、人間も、自然界の動物たちが、弱肉強食の世界で争いが絶えなかったり、群れの中でボスが餌を独占しているくらいのことで、いちいち介入しないでしょう?」
「そうだね…ある動物のグループが、よっぽど生態系を破壊するとか、あるいは、人間界にまで彼らが進出してくる、といったことがなければだけど。」
「今地球で起きていることがまさにそれなの!簡単に言うと、「邪悪」と「非法」の二つの禁を人間が犯している。なので、私達がそれを食い止めなければならないの」
」
「二つの禁…具体的に、何が「邪悪」で何が「非法」なの?」
「一言でいえば、人間が「寿命」に関する禁を犯したの」
「寿命?」
「うん。今、人間は150歳まで若く健康な体を保てるようになったわ。一部の特権階級に限られはするけど」
「150歳!…けど、健康長寿はいいことなんじゃないの?」
「そうね…ただし、同族他者から奪って得たものでなければ、だけど」
「え!…Xたちって、そんなことしてるの?」タクミは驚いて聞き返す。他者の命を犠牲にして自分たちの寿命を延ばすなんて…考えただけで寒気がしてくる。
「最初の頃は下層民の死刑囚から奪うだったけど、今は…これ以上は、口に出して言えないわ。権力構造がそれを影で支えているのも救いがたい」
「なんてことを!」タクミの唇が怒りに震える。
「それが「邪悪」の禁。ちょうど99年前、わたしが地球に赴任した年から、地球の医療技術が急激に発展した…それを可能にしたのがあなたの「SMAI」なの」
「そうなのか…で、問題はそれだけじゃないんだね?」
「うん。たとえ150歳まで生きたとしても、人はモータル(死ぬ運命)…けど、有り余るお金と権力を持つ特権階級は、ついに「不老不死」まで手に入れようとした。」
「不老不死?…SMAIを使って?」
「うん」
「けど、どうやってそんなこと…あ!そうか!」
「思い当たるフシがある?」
「人の魂を量子デジタル化して、それを違う生体やクローン、あるいはサイボーグに転送する、っていうのは、理論的に可能だ。それを繰り返せば永遠にその魂はボディを持ち続けられる…ってことだね、きっと。」タクミは苦笑した。そんな子供じみた考えにとらわれている者は、科学者とは言えないからだ。
「Xたちは、今、それをやってるのよ!」
「ええ!そんなの実現できるがわけがないのに…Xたちって、ホントに科学者や技術者なの?」タクミが首をかしげる。
「私の時代、テクノロジーはものすごく発達しているけど、それはタクミの言う「科学」じゃないんだと思う。AIで教育を受けて来た人たちだしね。偏った方向にその能力が伸ばされているのかもしれない。なので、あなたには当然でも、Xたちがそれを当然だと思っているとは限らないわよ」
「けど…転送のときに量子デコヒーレントの問題が必ず起きるよ。仮にそこ解決しても、今度は、その情報をどう生体内で統合するのか、という問題が起きてくる。仮に、その統合がうまく行っても、今度はそれがオリジナルと言えるのかどうか、という問題が…」
「つまり、不可能ってことね?」ルミエールが微笑む。科学的な理論に沿って熱く語るタクミが少年のように見えた。
「この問題は必ず「シンギュラリティ」にぶつかる…それ知らないで、人の体で実験してしまうと、転送に失敗したり、デコヒーレントで狂った人たちばかりを生んでしまうんじゃないかな…いわゆる「ゾンビ」のような」タクミがぞっとして言う。
「今、下層民の街は、その「ゾンビ」で溢れかえっているわ」ルミエールがため息をつく。
「…」タクミが絶句し、言葉を失う。
「それが「非法」の禁…あなたのSMAIがもたらしている、もう一つの問題ね。」
「そうなのか」タクミはひどく落ち込んでいた。
「そもそも「不老不死」なんて、天使の私達ですら無理な話…寿命は人間より長いけど、それでもせいぜい千年を超えるくらいなのよ。」
「え?ルミエールって、300歳なの?」ルミエールの心の声にタクミが反応する。
「失礼な!私はまだ、299歳よ!」ルミエールがイラッとして言い返す。
「…すいません。とにかく、ボクはその『邪悪』と『非法』の問題を解決すればいいんだね?『SMAI』に関するボクの知識を使って?」
「うん!やってくれる?」
「わかった。協力するよ。これはボクの問題でもあるし」
「よし!じゃ、早速、私が今担当している、あなたにとっての三百年後の地球に行こう!私の羽に捕まって。」
タクミがふわりと現れた光の羽根に手を伸ばすと、ものすごくいい香りに包まれる。「ルミエール、300歳なのに、おばあさんの匂いしないね。」
ルミエールは眉をひそめて睨み、「ありがとう!でも、次、それ言ったらどうなるかわからないわよ!」
タクミは、くすくす笑いながら、光の羽根にしっかり捕まる。触れると同時に、周囲の光が急速に変わり始めた。目の前に広がる無限の光の海が収縮し、彼の意識は次第に現実世界へと引き戻されていく。
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