潮騒の前奏曲(プレリュード)

岡本海堡

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1.闇夜の誘い

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第一番 ハ長調 Agitator感情をもって激しく

 世界から音楽が消えた。街が造り出す機械的な音、風が木々を揺らし発する自然の音、人が発する声の音。それらはかろうじて僕の世界にとどまってくれたが、楽器が奏でる音、音楽だけが聴こえない。人工的な音でもメロディがあると聴こえなくなってしまった。
 初夏を迎えた7月上旬の放課後の出来事だった。
 僕は音楽を取り戻すために学校の音楽室のピアノの椅子に座り、指を鍵盤に落とす。だけど、そこから発せられるはずの音が何も聴こえない。
 僕は何回も指を鍵盤に落として音を探す。ついに音は奏でられたかと思ったら怪音波を発しぐわわーんという音のようなものが脳内を駆け巡り、三半規管が狂い平行感覚を失って、視界は真暗闇のブラックアウトとなった。
 そして気づいたら病院のベッドの上に横たわっていたというわけだ。
 部屋の中は既に真っ暗闇。窓の外を眺めると半月が夜空に浮かんでいた。潮の香りに混ざって微かに残る消毒薬のにおいが鼻孔を軽く刺激する。それだけでここは病院のベッドの上だということを認識するには充分な情報だった。部屋のなかを見渡してみたが他には誰もいない。ベッドは隣にもあるけれど今は個室状態のようだ。
 「波の音が聴こえる」
 僕はそう声を発した。波は小さな音から大きな音を不規則に繰り返し奏でている。それは囁くような、呻くような。
 左腕に注射跡の絆創膏が張られていることに気づいた。どうやら点滴でも刺してもらっていたようだ。アルコール消毒でもしてもらったのだろう。それで微かに消毒液の匂いが部屋に残っているのかもしれない。
 (トイレ)
 意識を失ったのは放課後のことだったから、もう充分眠ったのだろう。睡眠欲はすっかり満たされた反面、生理現象がしかたなく訪れた。
 机の周りを見渡すと尿瓶が置いてあることに気づき、一応は尿瓶を手にとってみるが体は問題なく動かせそうなので元の位置に戻す。
 「ナースコールとかあるのかな?」
 誰に聞かせるわけでもないのだけど見慣れない部屋に一人いる不安からか無意識にまた声が出てしまう。
 目が覚めたことは伝えた方がよいのかもしれない。ただ今はなんとなく人には会いたくない気分だった。そもそもこの症状になった自分というものが酷く情けなく思えるからだ。部屋が個室状態であったのは幸いだ。
 罪悪感に際悩まされていても尿意は収まらない。ズボンは制服のままだったし上着も朝と同じシャツのままだったので衣服の心配をする必要はなく、僕はトイレを探すためにベッドから降りる。足元においてあるスリッパを難なく見つけることができ、僕はスリッパを履いて病室を出ることにした。
 病室の扉をそっと開け、廊下の左右を確認する。消灯時間はとうに過ぎているようで灯りはなく非常灯が暗闇を照らし廊下の輪郭を作り出している。点在する緑色の灯りはパイロットランプのようだ。
 トイレは思ったよりも簡単に見つかり、ひとまずは安堵することができた。

 歩いてきた方向とは反対の廊下に目を凝らして見てみると非常灯に混じって月明かりが窓から差し込んでいた。
 僕は月明かりに導かれるよう足を進め、窓から見える半月を眺めた。耳を澄ませるとまた波の音が聴こえてくる。潮の満ち引きは月の引力によって引き起こされる現象だったっけかなと、ふと物理の授業で習ったことを思い出す。今夜は半月だから小潮、これから満月となり大潮を迎えるのだなと、ふと考えてしまった。どうしてそんなことを考えてしまったのかは分からない。僕も海水のように何かに引き寄せられる感覚がそこにあったからかもしれない。
 僕はみえない力に導かれるかのように夜の病院を徘徊することにした。
 
 暗闇と静寂はまだほんの少し恐怖を与えてくる。ただ、目はすっかり覚めてしまい、体の調子はもう悪くはない。
 夜の病院の静けさは闇をより深くさせていた。リノリウムで出来た廊下なのでスリッパで足音をたてないようにそろそろと歩く。看護師や他の患者とすれ違わないことを祈りながら。犯罪者というわけではないのだけど、目が覚めたことを告げていないことの後ろめたさと、誰かを起こしてしまわないかという余計な気遣いがそうさせる。

 廊下のつきあたりにさしかかろうとした時、潮騒の音に混じって微かにチェロの音が聴こえた。
 正確にはチェロの音が聴こえたように感じた。
 なぜなら今の僕に楽器の音色は聴こえないはずだからだ。
 それとも聴こえるようになったのだろうか?
 音色の聴こえる方に向かって足を進めるとチェロの音色の輪郭がぼんやりとだが大きくなってくる。
 街灯の灯りに引き寄せられてしまう夜虫のように、僕の足は自然と音の出所に引き寄せられていく。
 僕はついにその場所を突き止めた。
 扉の前には『音楽室』と書かれたプレートが掲げられているのが非常灯の灯りでもかろうじて読みとる事が出来た。部屋の中の灯りは付いてはいない。
 僕はごくりと生唾を飲み込む。
 チェロの亡霊か?
 僕の幻聴か?
 それとも?
 夜中に音楽室から楽器の音色が聴こえるだなんてどこにでもある学校の怪談話。おまけに、ここは病院だから学校の怪談以上に恐怖を感じる。どこにでもあるB級ホラーの話だけど実際に目の前で起こると情けないくらいにびびってしまうものだ。
 扉を開ける勇気はまだ沸かず、ひとまず扉に耳を押し当ててみた。
 扉越しだから少しくぐもってはいるけれど室内からチェロの音色が確かに聴こえる。

 「サン・サーンスの白鳥だ」

 サン・サーンスの『白鳥』とはフランスの作曲家カミーユ・サン・サーンスの作曲した組曲第13番 6/4拍子 ト長調。
 ヴァイオリンのように気高い音を奏でるわけででもなく、コントラバスのような重厚な低音でもない。チェロの音域は中央C音の2オクターヴ下のC音から3オクターヴ上のE音まで。それは人の肉声に近いとも言われるよう包み込むようにやさしく聴こえ、だけど、どこか涙を誘う音色だ。歌声ともまた違う不思議な言語の声を聞いているような感覚だ。
 ピアノ独奏用に編集された楽譜を持っていて取り組んだ事があるけれど、やはり原曲のチェロの音色には敵わないなと感じる。それは無伴奏であってもだ。
 扉越しでなくもっと音をしっかりと聴きたい。
 僕は引き戸で作られた部屋のドアを少しだけ開けた。
 チェロの音色が隙間から溢れ出してきた。
 部屋の中を覗くと、月明かりがスポットライトのように一人の女の子を照らしていた。
 入院患者なのかパジャマとは言わないまでも部屋着のようなラフな格好でいた。一人っ子の僕には女の子の部屋着姿などみることもないので少しだけ覗いてはいけない気分にもなった。
 女の子は肩までかかる長い髪を後ろに琥珀色のバンスクリップで簡単にまとめている。楽器を弾く女の子は前髪がかからないようにたいてい前髪も後ろにまとめているものだけど女の子の前髪はぱっつんで短いので垂らしたままにしている。ラフな部屋着の半袖のシャツから覗く弓を動かす華奢な腕は月明かりに照らされているせいか白さが際立つ。
 身長はどうだろう。チェロは弦楽器ではヴァイオリン、ヴィオラについで3番目に大きい弦楽器だけれど、体になじんでいるから女の子にしては背は大きのかもしれない。だけれど弦楽器は分数サイズがあるので錯視を起こしてしまっている可能性も考えられる。
 僕はより音色をしっかりと聴きたくなって、さらに少しだけ扉を開けてしまった。思い返せばそれはもうほとんど無意識だった気がする。音楽を求め彷徨う亡霊のように。
 扉の隙間から流れ出すチェロの音色がより鮮明に、輪郭もはっきりとするようになった。
 だけど部屋の空気の流れが変わったのを感じとったのか再現部に差し掛かろうとした時、女の子ははっと演奏をやめた。
 少しの間をおいてから、
 「だ、誰かいますか?」
 女の子は少し震えた声で扉に立ち尽くす僕に向かって問いかけてきた。
 しかし女の子にはこちらの様子ははっきりとは分からないようだ。どうやら廊下までは月明かりが差し込んできてはいないせいなのかもしれない。
 このまま立ち去ったほうがいいか。騒がれて面倒なことになる前に。でももう少しこのまま音を聴いていたい。僕にとって幻聴であっても、久しぶりに聴く音楽なのだから。
 僕は、意を決して扉を開けることにした。
 「こんばんは」
 彼女の表情が一瞬で強張ったようにみえた。 
 「あ、いや、こんな夜中にチェロの音が聴こえたから」
 僕は挨拶を澄ませると同時に言葉を続ける。思わず手で頭をぽりぽりと掻くと、寝ぐせ頭になっていることに気づいた。
 「いや、別に怪しいものじゃないというか、トイレを探して、それでそのまま廊下を歩いていたら・・・」
 寝ぐせをしきりに隠そうと頭を掻きながら怪しいものじゃないことをアピールしてみる。ただ、場所が場所なだけに落ち着いて話せというのには少々無理がある気がするが。
 だけどこんな時間にチェロを弾いてるのもこちらからしたら充分奇妙な人物に思える。ただ女の子に怖がれるのは良い気分ではないのでなんとか取り付く島を探す。
 女の子はチェロをぎゅっと抱き締めながら、じっとこっちを見つめているままだ。バンスクリップで後ろに束ねられたポニーテールが小刻みに揺れているけど視線はずっとこちらから離れない。僕がその場を立ち去らないものだから明らかに動揺している姿がよく分かる。いよいよ泣き出すんじゃないかという表情になったところで僕は、
 「サン・サーンスの白鳥、だよね」
 今先程に聴こえてた曲名を口にした。それだけの一言で彼女の不安な表情は少しだけ和らいだようにみえた。

 音楽が好きな人間はたくさんいる。だけど同じジャンルが好きな人間と出会うとなると話は別だ。ましてやクラシックとなるとヲタクと出会うのと同じくらいな確率だろう。いやもっと低い確率かもしれないな。深海魚が水深1000mで仲間と出会うくらいの確率といっても大袈裟なことじゃない。彼女の不安を消すためのとっさに出た一言だったけど効果は覿面のようだ。同類と出会うということはそれだけで安心感を与える。

 少しの間をおいてから彼女はこくんと首を縦に振った。どうやら僕の質問に答えてくれたようだ。僕はひとまず騒がれることはないだろうという安心を得ることができた気がしたので
 「この部屋は音楽室なの?」
 扉を開ける前にプレートに書かれていた文字で既に確認したことだが会話の切り口にもなるかなと一応聞いてみることにした。
 女の子はまだ僕を警戒しながらも
 「えっと、うん、ここは音楽室。月に1回くらい入院患者さんの慰問のために演奏会が開かれたりするの」
「院長先生が音楽好きな方らしくてこの場所を作ったんだって看護婦さんが教えてくれたの」
「病室だと音が出せないから練習する時に使っているの」
 戸惑いのためか少し途切れ途切れながらも、思ったより饒舌に説明をしてくれた。
 
 病室で音が出せないということは彼女も入院患者なのだろう。こんな時間に病院にいる時点で患者なのは間違いないのだろうけれど。
 入院患者となると病名が気にはなったが、質問したら僕自身の病名を話すことにもなるだろうし、それは面倒だなと思ったので聞かないことにした。第一それを今知る必要はない。
 この部屋について自分で質問しておいて、次の言葉が続かない。正直このやりとりはどうでもよく僕は当初の目的を果たすために不要な会話は早々に切り上げることにした。
 「練習の邪魔をしてすまなかったよ。再開しづらいかと思うけど僕のことは気にせず演奏を続けてくれないかい?」
 僕がそう話すと少しきょとんとした表情をみせた。女の子も会話に困っていたのだろう。話すよりも気が楽と感じたのかゆっくりと弓を構えた。そして彼女が奏でるチェロの旋律が再び聴こえてくる。
 チェロの音。何よりも音楽が聴こえてくる。失くしてしまったもの。白鳥の旋律が体に沁み込んでくる。
 放課後の行為が荒治療になったのだろうか?
 僕の耳の症状はもう治ったのだろうか?

 音楽室を見渡すとピアノが置いてあることに気づき、チェロの音を感じながらも、また僕は音に飢えた彷徨う亡霊となってピアノの方に足が動いてしまった。
 彼女はチェロを弾き続けながら、不思議そうな顔をして僕を見つめてくる。僕は扉の入り口で耳を傾けていたのだけど、部屋のなかに入ってきたことで距離が縮まってしまったため、やはり怖さを感じてしまったのか演奏をやめてしまった。またチェロに抱きしめたままこちらを凝視してくる。
 「楽譜はある?」
 僕はそう質問した。
 「楽譜?」
 「うん。あるけどどうするの?」
 女の子は床に置いてある布製のバックを指さす。
 そのバックに楽譜が入っているようだ。僕が一歩近付くとまたぎゅっとチェロを抱きしめ、僕の顔を先程よりも強く凝視してくる。
 「伴奏するよ」
 僕がそう言うと女の子は目をぱちくりし、驚いた表情をしながらも楽譜をバックから取り出し差し出してくれた。
 ピアノの蓋を開け、楽譜を譜面台に立てる。月明かりは充分な照明機能を満たしてくれている。僕はピアノ前に座って指をそっと置いた。
 ピアノの音を確かめるべく第一音を奏でた。つもりだった。
 だけど何も聴こえない。
 僕はもう一度指を鍵盤に落とす。
 聴こえない。
 女の子の不思議そうなものをみる視線が突き刺さる。
 おかしい。さっさきまでチェロの音色が聴こえていたじゃないか。聴こえるようになったんじゃないのかよ。
 「ごめん。少し待ってくれ。ふざけているわけじゃないんだ。少し調子が悪いだけなんだ。すぐに弾くから」
 焦る気持ちが鼓動を速める。額から嫌な汗がにじんでくるのがわかる。
 指を何度も何度も落としても音は聞こえてこない。
 壊れてるんじゃないのかよこのピアノ。そうだきっとそうなんだ。こんなピアノ、メンテナンスなんてされてないからなんだ。
 焦りが極限に達した僕は力一杯に鍵盤を叩きつけた。
 指先ににぶい感覚が走る。
 それと同時にまたぐわわーんと鳴ったような怪音波を食らい目の玉がぐるりと回った。
 
 どのくらい意識を失っていたのだろう。ほんの一瞬の出来事だったのだと思う。気付いたら知らない天井を眺めていて、その天井を覆い隠すように月明かりに照らされた女の子の心配そうな顔が目の前に現れて何か必死で僕に声をかけてきてくれていたから。
 まだこの音楽室にいて、彼女がいるということは、気を失ったのはほんの少しの間のことなんだと認識できたけど、彼女が何を口にしているか分からないし、意識はまた遠のいて、その後のことは覚えていない。
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