潮騒の前奏曲(プレリュード)

岡本海堡

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23.一輪の白い花

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第二十三番 ヘ長調 Moderato中くらいの速さで

 20:45
 椅子に座り調弦をはじめようとする美海に向かって僕は、
「出かける前、庭に咲いていた花なんだけど」
 そう言って僕は白い花を美海に渡した。
 美海は白い花を手に取ると笑顔を見せてくれた。
 「ハマユウの花だね」
 翔子が教えてくれた。そうかこれがハマユウの花だっのか。ハマユウはたしか市花だ。
 翔子が気をきかせてくれてハマユウの花を美海の髪飾りにくくりつけてくれた。
 美海がとても綺麗に見えた。
 「ハマユウの花言葉知ってる?」
 翔子がそう言うと、皆答えを待つ。
 「どこか遠くへ」
 素敵な花言葉と思った。皆そう思っただろう。僕らの演奏が遠くの、いつか誰かの耳に届くといいなって思った。

 「さてと、僕のプレゼントだけど」
 といって聡が一歩前にでる。
 「録音するなら楽器も最高の物がいいだろうなって。弦楽器と言えばストラディバリウス!だよね」
 そんなもの用意出来たのかと一同驚いた表情をする。
 「でもごめん。さすがにストラディバリウスのチェロは用意できなかったよ」
 聡はとんがり頭をかきながら申し訳なさそうにあっさりと結果を伝える。
 「日本音楽財団にでも土下座してお願いしてみようかとも思ったんだけどね。日本音楽財団は今2艇もってるらしいよ。審査すんげー厳しそうなんだ」
 聡は大袈裟にお手上げのポーズを取りながらすまなさそうに話しだした。
 「ううん。ありがとうなの。ストラディバリウスは憧れるよね。でも私はこのチェロと共に歩んできたからこの子で大丈夫」
 美海はすまなさそうにしている聡に向かってそう話し出した。
 「チェロって体の成長に合わせてサイズを変えていかないといけなくて、この子2人目なの。中学校の入学祝いにって買い替えてくれたんだ。お父さん、とりあえず3/4サイズにしておけば暫くは使えるかなってことで。でも3/4サイズで結局私は適正サイズになったまま、だからずっとこの子と一緒なの」
 そういうと美海はチェロをぎゅっと抱きしめた。
 「この子、私が生まれた年と同じ年に制作されたものなの。イタリアのクレモナの工房でなのだけど日本人が作ったものなんだって。東洋人の女の子は体が大きくないからって、3/4サイズでも良い音色が出るようにって想いが込められたチェロなんだって楽器商の人が説明してくれたらしく、それでお父さんが気に入っちゃって」
 美海はチェロを見つめながら愛おしむように、
 「それでね。私この子、seagullって名前付けてるの」
 美海は照れくさそうに頬を赤らめながら自分の愛器を紹介してくれた。
 「知ってる?ストラディバリウスって楽器それぞれに愛称がついてるの。デュ・プレのチェロはダヴィドフ。のちにヨーヨ・マが使っているの。選ばれた人たちに繋がれていく楽器達の系譜。素敵よね」
 美海は目を輝かせながら話をする。
 「神器って感じでかっこいいよな。そなたにこいつを授けようー!勇者は神器ダヴィドフを手に入れた!みたいな、さ」
 聡が少し悪乗りしながら話を盛り上げる。
 「ふふ」
 美海がほほ笑んだ。
 「seagull か。いいね。僕らの街にぴったりだ」
 僕がそう続く。
 「むむむ。でseagull ってなんて意味だっけ?」
 聡がすっとぼける。
 僕はやれやれといった気持ちになった。
 「カモメよ」
 翔子も話に入りたくなったのか、美海よりも先に答えた。
 「カモメ?そいつはよかった。で僕が用意したプレゼントってのはこれなんだ」
 そう言うと聡はスカレーのぬいぐるみを取り出した。
 「それあの時のクレーンゲームの戦利品じゃないか?」
 二人で横須賀芸術劇場を視察にいった時に聡がゲットしたものだ。
 「そうだよ。非売品なんだからレアものだぜ?」
 はいっと自信たっぷりに美海に手渡す。
 「ありがとう。私スカレー好きなの!」
 美海はうっとりとスカレーを眺める。
 「それじゃスカレーには特等席で聴いてもらおうかな」
 そう話すと美海は客席の真ん中に降りてスカレーを座らせた。
 皆が一同に笑いあった。
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