22 / 55
本編
友達とはライバルであり
しおりを挟む
一試合目は残った生徒が降伏し、俺たちの不戦勝。
続く二試合目は舞原が制圧し、二勝目。
更に三試合目から五試合目までこれといった障害もなく突破し、第六試合へと進んだ。
「はあ、疲れる……」
俺はゆっくりと息をついた。
「どの口が言っているのよ。貴方、一試合目以外何もしていないじゃない……」
「ほんとにそう。全部私たちだけでやってるじゃない!」
「一つ異を唱えておくと、ミサ、お前も何もやってないだろ……」
「はあ? 何言ってるのよ。ちゃんと活躍してたでしょ!」
「残念だが、防御専門とは言え、後ろで何もせず、攻撃が来るのをずっと突っ立ってることは活躍したとは言えない」
「くっ…………」
ミサは悔しそうにそう漏らした。
だが、事実だ。俺もほとんど何もやってないが、それはミサも同じ。お互い様としか言えないわけだ。
「一応確認だけど、分かってる?」
「「何が?」」
そう切り出した舞原に対して、俺とミサは揃って聞き返す。
舞原はわざとらしく大きくため息をついた。失礼な奴だ。
「次の試合ではボーナスチャンスを使うから覚悟しておいてって、さっき言ったはずなんだけど……」
「ああ、そう言えば……」
ミサは納得したようだが、俺はそんな話は聞いてないぞ。
「だがいいのか? 大会初日に使っちまって、何か狙いでも?」
チャンスは一チームにつき三回まで。ハイリスクハイリターンなその権利は逆転をかけて使うものだと思っていたが。
「ええ、取り敢えず、初日には西園寺たちに並んでおきたいのよ」
一番警戒している西園寺のチームは初戦でボーナスチャンスを成功させ、五試合が終わった時点で 9ポイントと現在トップを独走している。それを追うのが、俺たちのチーム含む、現在まで全勝の5ポイントのチームたち。
ここで俺たちがボーナスチャンスを成功させれば5ポイントプラスの10ポイント。その後の西園寺たちの試合も奴らは勝利と仮定すると、初日で並ぶことになる。
「まあ、お前の考えには従うつもりだが、『西園寺のチームがチャンスを使ったから』という理由なら、俺は反対するぞ」
そうなると、この試験で奴らに振り回されることになる。そうなった場合に待ち受ける結果は敗北。俺たちのチームが奴らに利用され、大事なところでポイントを落とす。そんなの目に見えている。だからこそ、そのような理由ならば、俺は反対する。
「流石にそんな理由じゃないわよ。だけど、西園寺のにはプレッシャーはかけておきたいのよ。だから、一枚はここで切らせてもらう。いいわね」
「別に、舞原がいいなら、私はいいわよ」
「俺も異論はないが、ミサ、お前のその言葉の裏を取ると、俺の提案は絶対に飲まないって言っているように聞こえるが?」
「当たり前じゃない。あんたの考えなんか、舞原の足元にも及ばないわ。言うだけ無駄よ」
「…………泣いていいか?」
最近、かなり酷い扱いを受けている。特にミサから。
そろそろ犯罪でも犯してでも俺の弱みを握ってきそうだ。特にミサから。
もう、俺はいじめられていると言ってもいいのではないか。特にミサから。
それに、今日の一試合の俺の実力を見た生徒たちは皆、口々にこう言ったらしい。
「ドーピングだ」と。
もう俺の精神にはヒビがいくつも入ったよ。失礼な生徒たちばっかりな学校だ。
まあ、それはそうとして……。
「で、あと何分後なんだ?」
「いや? もう時間よ。用意しなきゃ」
「次からはもう少し早く相談してくれ」
楽観的なのはお前じゃないか? という言葉は飲み込んでおいた。
俺たちはステージに立つや否や、チャンスを使い、相手のチームは一人のメンバーを選び始める。ちなみに相手はD・Eクラスの生徒で固めたチームだ。そして、長考の末、相手が選んだメンバーは、
「予想はしていたけど、まさか初日とはね。よろしく頼むよ、零」
出てきたのは汗衫だった。
これは珍しい。てっきり、俺は西園寺を連れて来ると思っていたのだが、予想が外れた。まさか汗衫とは…………。
「……汗衫の相手は任せるわよ……」
「ああ、お前は他の奴を頼む」
静かに耳打ちしたところで教師の声がかかる。
「それでは、双方準備が整ったと判断し、試合開始」
瞬間、汗衫が動いた。――んだろう。何せ残像もよく見えず、汗衫が消えていたのだから、まあよく分からなかったのは相手も同じ。何故なら、俺も動いているから。
轟音が響き、汗衫が繰り出した膝蹴りを右拳で真正面から受け止める。
「また強化してきたか、相変わらず暇だな」
「お前こそ、今まで力を隠してきたくせに」
汗衫の能力は、『脚力を倍増させる能力』。脚に使う力は倍増されるという能力だ。一見、そんなにも強力とは言えないと感じる。だが、これが間違いだ。
この能力の強さは根本的なところにある。この能力は脚力を“倍増”させる能力。そう、“倍増”なのだ。西園寺の『身体能力を五倍にする能力』のように詳しい数字がない。つまり、鍛えれば鍛えるほど、倍増される力は増幅する。
理論的に無限に強くすることが可能なのだ。
そんな奴に真正面で戦おうなど、意味が無いことだ。
俺以外は。
俺は、汗衫から距離を取る。やれやれ、流石に真正面はやり過ぎたか。
「いって~。流石にしびれるな」
手をプラプラと振るう。
「それはこっちのセリフだ」
同じく汗衫も膝が痛むらしい。
「ただ、楽しいな」
汗衫らしい言葉が飛んでくる。
たった一撃。一瞬の攻防。
されど、その一撃で俺たちは互いに警戒しあう。
刹那、今度は俺から動いた。勢いよく地を踏み抜き、直線的な軌道で汗衫との距離を一気に縮める。だが、それをよけられない奴ではない。
簡単によけると、すぐさま反撃を繰り出す。
足を大きく振り上げ、大きく振り下ろす。
「あっぶな……!」
鋭いかかと落としを間一髪でよけ、俺は左からのフェイントを交えて、右フックを打ち込む。
「……くっ……」
会心の一撃とはいかないが、命中したその攻撃に、汗衫は思わず苦悶の声を漏らした。
だが、これで手を休めるほど、俺は甘くない。
すぐさま、左拳のアッパーを振りぬくが危険を察知した汗衫は回避行動をとり、よけて見せる。
「やるな。さすがというべきか……」
「それもこっちのセリフだ。実力は隠しているとは思ってはいたが、まさかここまでとはね……」
疲労で言えば、一撃を貰った汗衫の方がたまっているが、その差はないに等しい。まだまだ油断はできない。まあ、はなからするつもりはないが。
俺は一度深呼吸をすると、もう一度、汗衫へと地を蹴る。今度は回り込むようにして、背後を狙う。だが、汗衫も完璧なタイミングで回し蹴りで合わせてきた。俺は咄嗟に予定変更。勢いはそのままに反撃を狙いつつ、警戒しながら転げるように蹴りを交わすと、こちらからも、地面すれすれの蹴りで、相手のバランスを崩す。汗衫は落ち着いて対応し、飛び上がってそれをよけると、そのままかかと落としを繰り出す。
「まっず……!」
またも転げるように躱し、反撃は未だに出来ていない。
ここで手を休めては、再度攻められる。早急に結論付け、かかと落としの後隙に汗衫の懐へと潜り込むように動くと、手刀を横薙にふうる。当たらないのは分かっている。それでも俺は攻撃を繰り返す。
「さっきから、打撃ばかりだなっ……!」
「おっ……!」
手刀を完全によけた汗衫は俺の胸倉をつかむと、地面に打ち付けるように投げ飛ばす。仰向けに倒れた俺だが、追撃を仕掛けようと俺の顔を覗き込んだ瞬間、俺は容赦なく右ストレートをその顔面に叩き込む。
後ろに大きくよろめき、またとない隙が生まれる。それを俺は逃さない。すぐさま起き上がると、渾身のボディーブローを腹部に叩き込み、汗衫は地面に突っ伏した。既に腕時計には赤いランプが点滅している。
「ふう……」
実に危なかった。力を調整しているとはいえ、ここまで追い詰められると流石に俺も焦る。今回は何とかなったが、全てがそううまくいくとは限らない。いつか敗北することだって勿論あり得る。だからこそ、その可能性をどこまで縮められるかがポイントだ。
周りを見ると、舞原は既にチームメンバーを倒し終わっていた。こちらもかなりの強者だな。さすがだ。
「やっと終わったのかしら? この試合は貴方待ちよ」
「ミサ、本当は?」
俺はどや顔で文句を言ってきた舞原ではなく、ミサに真実を問う。
「ついさっき、一分前ぐらい」
「誤差だな」
ともかくとして、一応ボーナスポイントとして、5ポイントは手に入れた。これで俺たちの現在のポイントは計10ポイント。今日は残り一試合なのだが、この相手が厄介なのだ。
「次が正念場ね。ここで負けることは許されないわ」
次で負ければ、一ポイント失われ、9ポイント。西園寺のチームに並ぶということは不可能になり、優勝は遠のく。勝つ以外方法はない。
俺たちは連続的に試合を行うため、すぐさま隣のステージへ。既に相手チームは待っていた。
「で、あんたたちがうちらの相手ってわけね」
「まあ、関係ないけど」
今回の相手、Dクラスの双子の姉と弟の槙田燐と聯。どちらも同じような能力を持つ者だ。
「双方揃ったようなので、試合開始」
教師の声が響く。戦いの時間は待ってくれない。まだ試合を終えてから三分も経ってない。だが始まってしまっては後には戻れない。既に賽は投げられた。後はそれに身を投じるだけで十分だ。
数分間、睨み合いが続く。互いに様子をうかがうが、別にもらえる情報は少ないはずだ。つまりは時間の無駄。
俺は静かに地を踏みぬき、一瞬にして二人との距離をゼロにする。そして、流れるままにボディーブローを放った。だが、更に次の瞬間には俺の体は宙に浮いていた。
宙に浮いていた?
「…………! マジかよ!」
理解するのに数十秒を有するほどの一瞬の出来事。その時間があだとなったのか、受け身が遅れ、この試験では初めて、全身に走る痛みと出会う。
俺はすぐさま状況整理。きっと、今の一瞬で俺の拳を捌き、かつ、俺を綺麗に投げ飛ばす動作を同時に行ったということなのだろう。純粋な能力だけでなく、素の身体能力の高さが窺える。
「マジか……。ここまで綺麗に投げられるとは夢にも見なかったな」
俺は二人を一瞥する。当の本人は無表情のまま立ち尽くしている。
俺は再度息を整える。
体に疲労がないといえば嘘になる。先程の汗衫との一戦で確実に疲労は溜まっていることだろう。ただ今はそれを感じないだけだ。きっと動きには多少の制限が付く。演じられるのは最高で互角までだと断定した方が良さそうだ。
疲れるが、やるしかない。ちょうど楽しくなってきたし、溜まっているであろう疲労も体を温めていた際に溜まったものと認識すれば何も問題はない。条件は大丈夫。傍観者たちも一度は俺の実力を見ているわけであるから、そんなには驚きはしないだろう。
俺は首をコキコキと鳴らしながら、誰にも聞こえないような声量で呟いた。
「一皮むきますか。そして、」
「後悔するなよ?」
続く二試合目は舞原が制圧し、二勝目。
更に三試合目から五試合目までこれといった障害もなく突破し、第六試合へと進んだ。
「はあ、疲れる……」
俺はゆっくりと息をついた。
「どの口が言っているのよ。貴方、一試合目以外何もしていないじゃない……」
「ほんとにそう。全部私たちだけでやってるじゃない!」
「一つ異を唱えておくと、ミサ、お前も何もやってないだろ……」
「はあ? 何言ってるのよ。ちゃんと活躍してたでしょ!」
「残念だが、防御専門とは言え、後ろで何もせず、攻撃が来るのをずっと突っ立ってることは活躍したとは言えない」
「くっ…………」
ミサは悔しそうにそう漏らした。
だが、事実だ。俺もほとんど何もやってないが、それはミサも同じ。お互い様としか言えないわけだ。
「一応確認だけど、分かってる?」
「「何が?」」
そう切り出した舞原に対して、俺とミサは揃って聞き返す。
舞原はわざとらしく大きくため息をついた。失礼な奴だ。
「次の試合ではボーナスチャンスを使うから覚悟しておいてって、さっき言ったはずなんだけど……」
「ああ、そう言えば……」
ミサは納得したようだが、俺はそんな話は聞いてないぞ。
「だがいいのか? 大会初日に使っちまって、何か狙いでも?」
チャンスは一チームにつき三回まで。ハイリスクハイリターンなその権利は逆転をかけて使うものだと思っていたが。
「ええ、取り敢えず、初日には西園寺たちに並んでおきたいのよ」
一番警戒している西園寺のチームは初戦でボーナスチャンスを成功させ、五試合が終わった時点で 9ポイントと現在トップを独走している。それを追うのが、俺たちのチーム含む、現在まで全勝の5ポイントのチームたち。
ここで俺たちがボーナスチャンスを成功させれば5ポイントプラスの10ポイント。その後の西園寺たちの試合も奴らは勝利と仮定すると、初日で並ぶことになる。
「まあ、お前の考えには従うつもりだが、『西園寺のチームがチャンスを使ったから』という理由なら、俺は反対するぞ」
そうなると、この試験で奴らに振り回されることになる。そうなった場合に待ち受ける結果は敗北。俺たちのチームが奴らに利用され、大事なところでポイントを落とす。そんなの目に見えている。だからこそ、そのような理由ならば、俺は反対する。
「流石にそんな理由じゃないわよ。だけど、西園寺のにはプレッシャーはかけておきたいのよ。だから、一枚はここで切らせてもらう。いいわね」
「別に、舞原がいいなら、私はいいわよ」
「俺も異論はないが、ミサ、お前のその言葉の裏を取ると、俺の提案は絶対に飲まないって言っているように聞こえるが?」
「当たり前じゃない。あんたの考えなんか、舞原の足元にも及ばないわ。言うだけ無駄よ」
「…………泣いていいか?」
最近、かなり酷い扱いを受けている。特にミサから。
そろそろ犯罪でも犯してでも俺の弱みを握ってきそうだ。特にミサから。
もう、俺はいじめられていると言ってもいいのではないか。特にミサから。
それに、今日の一試合の俺の実力を見た生徒たちは皆、口々にこう言ったらしい。
「ドーピングだ」と。
もう俺の精神にはヒビがいくつも入ったよ。失礼な生徒たちばっかりな学校だ。
まあ、それはそうとして……。
「で、あと何分後なんだ?」
「いや? もう時間よ。用意しなきゃ」
「次からはもう少し早く相談してくれ」
楽観的なのはお前じゃないか? という言葉は飲み込んでおいた。
俺たちはステージに立つや否や、チャンスを使い、相手のチームは一人のメンバーを選び始める。ちなみに相手はD・Eクラスの生徒で固めたチームだ。そして、長考の末、相手が選んだメンバーは、
「予想はしていたけど、まさか初日とはね。よろしく頼むよ、零」
出てきたのは汗衫だった。
これは珍しい。てっきり、俺は西園寺を連れて来ると思っていたのだが、予想が外れた。まさか汗衫とは…………。
「……汗衫の相手は任せるわよ……」
「ああ、お前は他の奴を頼む」
静かに耳打ちしたところで教師の声がかかる。
「それでは、双方準備が整ったと判断し、試合開始」
瞬間、汗衫が動いた。――んだろう。何せ残像もよく見えず、汗衫が消えていたのだから、まあよく分からなかったのは相手も同じ。何故なら、俺も動いているから。
轟音が響き、汗衫が繰り出した膝蹴りを右拳で真正面から受け止める。
「また強化してきたか、相変わらず暇だな」
「お前こそ、今まで力を隠してきたくせに」
汗衫の能力は、『脚力を倍増させる能力』。脚に使う力は倍増されるという能力だ。一見、そんなにも強力とは言えないと感じる。だが、これが間違いだ。
この能力の強さは根本的なところにある。この能力は脚力を“倍増”させる能力。そう、“倍増”なのだ。西園寺の『身体能力を五倍にする能力』のように詳しい数字がない。つまり、鍛えれば鍛えるほど、倍増される力は増幅する。
理論的に無限に強くすることが可能なのだ。
そんな奴に真正面で戦おうなど、意味が無いことだ。
俺以外は。
俺は、汗衫から距離を取る。やれやれ、流石に真正面はやり過ぎたか。
「いって~。流石にしびれるな」
手をプラプラと振るう。
「それはこっちのセリフだ」
同じく汗衫も膝が痛むらしい。
「ただ、楽しいな」
汗衫らしい言葉が飛んでくる。
たった一撃。一瞬の攻防。
されど、その一撃で俺たちは互いに警戒しあう。
刹那、今度は俺から動いた。勢いよく地を踏み抜き、直線的な軌道で汗衫との距離を一気に縮める。だが、それをよけられない奴ではない。
簡単によけると、すぐさま反撃を繰り出す。
足を大きく振り上げ、大きく振り下ろす。
「あっぶな……!」
鋭いかかと落としを間一髪でよけ、俺は左からのフェイントを交えて、右フックを打ち込む。
「……くっ……」
会心の一撃とはいかないが、命中したその攻撃に、汗衫は思わず苦悶の声を漏らした。
だが、これで手を休めるほど、俺は甘くない。
すぐさま、左拳のアッパーを振りぬくが危険を察知した汗衫は回避行動をとり、よけて見せる。
「やるな。さすがというべきか……」
「それもこっちのセリフだ。実力は隠しているとは思ってはいたが、まさかここまでとはね……」
疲労で言えば、一撃を貰った汗衫の方がたまっているが、その差はないに等しい。まだまだ油断はできない。まあ、はなからするつもりはないが。
俺は一度深呼吸をすると、もう一度、汗衫へと地を蹴る。今度は回り込むようにして、背後を狙う。だが、汗衫も完璧なタイミングで回し蹴りで合わせてきた。俺は咄嗟に予定変更。勢いはそのままに反撃を狙いつつ、警戒しながら転げるように蹴りを交わすと、こちらからも、地面すれすれの蹴りで、相手のバランスを崩す。汗衫は落ち着いて対応し、飛び上がってそれをよけると、そのままかかと落としを繰り出す。
「まっず……!」
またも転げるように躱し、反撃は未だに出来ていない。
ここで手を休めては、再度攻められる。早急に結論付け、かかと落としの後隙に汗衫の懐へと潜り込むように動くと、手刀を横薙にふうる。当たらないのは分かっている。それでも俺は攻撃を繰り返す。
「さっきから、打撃ばかりだなっ……!」
「おっ……!」
手刀を完全によけた汗衫は俺の胸倉をつかむと、地面に打ち付けるように投げ飛ばす。仰向けに倒れた俺だが、追撃を仕掛けようと俺の顔を覗き込んだ瞬間、俺は容赦なく右ストレートをその顔面に叩き込む。
後ろに大きくよろめき、またとない隙が生まれる。それを俺は逃さない。すぐさま起き上がると、渾身のボディーブローを腹部に叩き込み、汗衫は地面に突っ伏した。既に腕時計には赤いランプが点滅している。
「ふう……」
実に危なかった。力を調整しているとはいえ、ここまで追い詰められると流石に俺も焦る。今回は何とかなったが、全てがそううまくいくとは限らない。いつか敗北することだって勿論あり得る。だからこそ、その可能性をどこまで縮められるかがポイントだ。
周りを見ると、舞原は既にチームメンバーを倒し終わっていた。こちらもかなりの強者だな。さすがだ。
「やっと終わったのかしら? この試合は貴方待ちよ」
「ミサ、本当は?」
俺はどや顔で文句を言ってきた舞原ではなく、ミサに真実を問う。
「ついさっき、一分前ぐらい」
「誤差だな」
ともかくとして、一応ボーナスポイントとして、5ポイントは手に入れた。これで俺たちの現在のポイントは計10ポイント。今日は残り一試合なのだが、この相手が厄介なのだ。
「次が正念場ね。ここで負けることは許されないわ」
次で負ければ、一ポイント失われ、9ポイント。西園寺のチームに並ぶということは不可能になり、優勝は遠のく。勝つ以外方法はない。
俺たちは連続的に試合を行うため、すぐさま隣のステージへ。既に相手チームは待っていた。
「で、あんたたちがうちらの相手ってわけね」
「まあ、関係ないけど」
今回の相手、Dクラスの双子の姉と弟の槙田燐と聯。どちらも同じような能力を持つ者だ。
「双方揃ったようなので、試合開始」
教師の声が響く。戦いの時間は待ってくれない。まだ試合を終えてから三分も経ってない。だが始まってしまっては後には戻れない。既に賽は投げられた。後はそれに身を投じるだけで十分だ。
数分間、睨み合いが続く。互いに様子をうかがうが、別にもらえる情報は少ないはずだ。つまりは時間の無駄。
俺は静かに地を踏みぬき、一瞬にして二人との距離をゼロにする。そして、流れるままにボディーブローを放った。だが、更に次の瞬間には俺の体は宙に浮いていた。
宙に浮いていた?
「…………! マジかよ!」
理解するのに数十秒を有するほどの一瞬の出来事。その時間があだとなったのか、受け身が遅れ、この試験では初めて、全身に走る痛みと出会う。
俺はすぐさま状況整理。きっと、今の一瞬で俺の拳を捌き、かつ、俺を綺麗に投げ飛ばす動作を同時に行ったということなのだろう。純粋な能力だけでなく、素の身体能力の高さが窺える。
「マジか……。ここまで綺麗に投げられるとは夢にも見なかったな」
俺は二人を一瞥する。当の本人は無表情のまま立ち尽くしている。
俺は再度息を整える。
体に疲労がないといえば嘘になる。先程の汗衫との一戦で確実に疲労は溜まっていることだろう。ただ今はそれを感じないだけだ。きっと動きには多少の制限が付く。演じられるのは最高で互角までだと断定した方が良さそうだ。
疲れるが、やるしかない。ちょうど楽しくなってきたし、溜まっているであろう疲労も体を温めていた際に溜まったものと認識すれば何も問題はない。条件は大丈夫。傍観者たちも一度は俺の実力を見ているわけであるから、そんなには驚きはしないだろう。
俺は首をコキコキと鳴らしながら、誰にも聞こえないような声量で呟いた。
「一皮むきますか。そして、」
「後悔するなよ?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる