1 / 73
錬金術師編
00エピローグ
しおりを挟む「最近、面白い楽器弾きがいるそうではないか」
平たい石の上でうずくまっていた男の頭上から、泥をへらでかき混ぜるようなネチャネチャとした声が響いた。
「面白いかどうかは別にして、腕は確かなようだよ」
顔を上げることもなく、銀の鈴が鳴るような美しい声で男が答えた。
「聴くところによるとウードのような楽器を弾くらしいな」
「ああ、なんでもギタラという楽器らしいけど、ウードよりも美しい甘美な音色の出せる楽器だよ」
「それは楽器の性質かね、それともその楽器弾きの腕がいいからかね」
「さあね、多分両方じゃないのかな。ウードとは違ってプレクトラム(鳥の骨や亀の甲羅で作られた棒状のピックの役割を果たす物)は使わず直接指で弦を弾くからね」
「では、今度のイード=ファルド(イスラム教の断食明けの祭り)には、その男も招くのかね」
「悠久の時を経て蘇りし偉大なる邪神クトゥルフよ、私が既にイスラムを棄教していることをお忘れか」
「おお、そうであったな、アルフレッド・アルハザード。かつては神に最も愛され、今は神を最も呪う者よ」
アルフレッド・アルハザードと呼ばれた男が初めて顔を上げた。目鼻立ちの整った端正な顔立ちではあるが、何故か全ての輪郭がぼやけているように見える。
グフ、グフ、グフという地を這うような笑い声が響いた。
「しかし、近々演奏を聴く機会があるのではないかな、このアイレムの街で」
アルフレッドはそう言って柱の乱立している荒廃した砂漠の都市を見回してから、クトゥルフを見上げた。
クトゥルフ烏賊のような用な触腕を無数に生やした、巨大な針爪を手足に、ぬるぬるとした鱗に覆われた山のように大きな体に蛸のような頭を乗せ、背中には蝙蝠のような細い翼を生やしている。下半身が長い剛毛で覆われているため、立っているのか座っているのかさえ分からない。
その眼下では巨大な黒猫が丸めた尻尾に顔を埋めるようにして体を横たえている。
「最近ではその姿が気に入っているようだなニャルラトテップよ。しばらくアルハザードと共にいるがいい、お前の餌である面白い破滅が味わえるかもしれないぞ」
名前を呼ばれてニャルラトテップが顔を上げて大きく欠伸をした。姿は猫そのものであるが、サファイア色に美しく輝く瞳が特徴的だ。
四本の足で立ち上がり、背筋を伸ばしてクトゥルフが言ったように、アルフレッドの足元に近づき、けだるそうに座った。
「では、その楽器弾きの演奏を楽しみに待つとしようか。分かっているとは思うが、もし、その演奏が気に入らなかった場合は……」
声の主に対してアルハザードが口を開こうとした時には、クトゥルフの姿は徐々に希薄になり、不気味な笑い声と共に虚空の彼方へと消えて行った。
後には腐った魚介類が放つような生臭い臭気が立ち込めていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる