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錬金術師編
00エピローグ
しおりを挟む「最近、面白い楽器弾きがいるそうではないか」
平たい石の上でうずくまっていた男の頭上から、泥をへらでかき混ぜるようなネチャネチャとした声が響いた。
「面白いかどうかは別にして、腕は確かなようだよ」
顔を上げることもなく、銀の鈴が鳴るような美しい声で男が答えた。
「聴くところによるとウードのような楽器を弾くらしいな」
「ああ、なんでもギタラという楽器らしいけど、ウードよりも美しい甘美な音色の出せる楽器だよ」
「それは楽器の性質かね、それともその楽器弾きの腕がいいからかね」
「さあね、多分両方じゃないのかな。ウードとは違ってプレクトラム(鳥の骨や亀の甲羅で作られた棒状のピックの役割を果たす物)は使わず直接指で弦を弾くからね」
「では、今度のイード=ファルド(イスラム教の断食明けの祭り)には、その男も招くのかね」
「悠久の時を経て蘇りし偉大なる邪神クトゥルフよ、私が既にイスラムを棄教していることをお忘れか」
「おお、そうであったな、アルフレッド・アルハザード。かつては神に最も愛され、今は神を最も呪う者よ」
アルフレッド・アルハザードと呼ばれた男が初めて顔を上げた。目鼻立ちの整った端正な顔立ちではあるが、何故か全ての輪郭がぼやけているように見える。
グフ、グフ、グフという地を這うような笑い声が響いた。
「しかし、近々演奏を聴く機会があるのではないかな、このアイレムの街で」
アルフレッドはそう言って柱の乱立している荒廃した砂漠の都市を見回してから、クトゥルフを見上げた。
クトゥルフ烏賊のような用な触腕を無数に生やした、巨大な針爪を手足に、ぬるぬるとした鱗に覆われた山のように大きな体に蛸のような頭を乗せ、背中には蝙蝠のような細い翼を生やしている。下半身が長い剛毛で覆われているため、立っているのか座っているのかさえ分からない。
その眼下では巨大な黒猫が丸めた尻尾に顔を埋めるようにして体を横たえている。
「最近ではその姿が気に入っているようだなニャルラトテップよ。しばらくアルハザードと共にいるがいい、お前の餌である面白い破滅が味わえるかもしれないぞ」
名前を呼ばれてニャルラトテップが顔を上げて大きく欠伸をした。姿は猫そのものであるが、サファイア色に美しく輝く瞳が特徴的だ。
四本の足で立ち上がり、背筋を伸ばしてクトゥルフが言ったように、アルフレッドの足元に近づき、けだるそうに座った。
「では、その楽器弾きの演奏を楽しみに待つとしようか。分かっているとは思うが、もし、その演奏が気に入らなかった場合は……」
声の主に対してアルハザードが口を開こうとした時には、クトゥルフの姿は徐々に希薄になり、不気味な笑い声と共に虚空の彼方へと消えて行った。
後には腐った魚介類が放つような生臭い臭気が立ち込めていた。
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