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錬金術師編
01魔人からのお誘い
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「その曲はなんていう名前がついているんだい」
不意に背後から声をかけられて、神谷徹はギターを弾いていた手を止めた。
後ろを振り返ると、そこに立っていたのは最近知り合ったアルフレッド.アルハザード、もちろん日本人ではない。千三百年以上昔に「狂えるアラブ人」と呼ばれた異世界の魔人だ。
「曲のタイトルなんか訊いて、どうするんだい」
「いや、中々いい曲なんでね。今度アイレムの町で弾いて貰おうかと思っただけだよj
「また、蛇や蠍の前でかい」
「いや、今度はちゃんとした客を招待しようと思っているんだ」
「その客というのは、もちろん普通の人間ではないんだろう」
「普通の定義がよく分からないが、人間ではないことは確かだよ」
その言葉が冗談ではないことを神谷はよく分かっていた。アルハザードには冗談を言って他人を笑わそう等という発想は微塵もないのだ。
「この曲はアルハンブラ宮殿の思い出という曲で、作曲したのはフランシスコ.タレガという百年くらい前のスペイン人だよ」
アルハザードの足元では大きな黒猫が体を丸めるようにして眠っていた。
「最近は猫を飼っているかのかい」
アルハザードが足元を見つめてから、クスリと笑った。
「今は猫の姿をしているけど、これだって邪神の一人なんだよ。それも宇宙の始まりのころから存在している、かなり高位の存在らしいよ」
「そんな凄い神様がなんで君の足元で居眠りをしているんだい」
「さあね、もしかすると僕たちを監視しているのかもしれないね」
「監視されるような覚えがあるのかい」
「さあ、こちらにはなくても、あちらの都合ということもある。何といっても人知の及ばないもの達の考えることだからね」
神谷の住むマンションの押し入れの扉が異世界に通じるようになって一月になる。
きっかけは、押し入れの中で見たことのない黒く分厚い本を見つけたことだった。その本を何気なく開いた瞬間に、目の前の情景が一変し、見慣れた押し入れの中が異世界へ繫がる情景となっていた。
異世界とはいっても魔界や剣と魔法の世界などではなく、千三百年前のアラブの世界、それも魔道書「ネクロノミコン」の世界だ。
神谷が押し入れの中で見つけた本こそが「ネクロノミコン」だったのだ。
押し入れの中が見渡す限りの荒野に変わり、その景色の中からカンドウラと呼ばれる女性のワンピースのような白い服を身にまとい、頭にはクウトラという布を被った明らかに中東系の人間が突然現れた時には、てっきり昼間から夢を見ているのかと思ったが、それが夢ではなく現実であることを知り愕然となった。
しかし、人間とは思った以上に現実に対応する能力に長けているらしぐ今では目の前の魔人、アルフレッド・アルハザードと普通に会話ができるようになった(アルハザードが流暢な日本語を喋れることが大きな理由なのだが)。
しかも、この現実離れした異世界を体感できるのは神谷だけらしく、一度は水道管の点検で業者が部屋にいる時にアルハザードが現れたが、業者には魔人の姿が見えないようで、普通に点検をすませて帰っていった。
唯、この中東の魔人には、他人に対する配慮という概念が全くないらしく、昼夜、神谷が寝ていようが食事していようが、お構いなしに突然現れるのだが、独り者で女気のない神谷にはこれまでアルハザードの出現によって困ったことは眠りを妨げられることくらいなものだった。
「こんどは、中世のヨーロッパに行ってみようと思うんだけど、一緒に行ってくれるかい」
これはお誘いのことばではあるが、涼しげな声には有無を言わせぬ圧力があった。相手は異界に住む魔人だ。神谷に断るという選択肢はないのだ。
「そんな所に行く理由は?」
「賢者の石だよ」
アルハザードが美しい声のトーンを更に上げて応えた。
「賢者の石?」
神谷も名前だけは聞いたことがある。
「どこから、そんな物のことを聞いたんだい」
「アニメ、日本のアニメだよ。この前この部屋に来た時に、神谷がいなかったから、テレビをつけて、何気なく眺めていたら、その石を使った魔法使いのアニメを目にしてね」
情報源は神谷と大差なかった。千三百年前のアラブ人にとって、テレビは魔法の箱だ。そこに映っているものが如何に幼稚であろうとも、試してみずにはいられないのだろう。
「中世ヨーロッパの錬金術師に尋ねれば何か分かるかもしれない」
「何も分からないかもしれないよ」
「それは行ってみなくてはね。どうだいスイスあたりに行ってみないか。有名な錬金術師がいるらしいよ」
「そいつは何ていう名前だい」
「パラケルススっていうらしい。なんでも、賢者の石を使って、人造人間を作ったらしいんだ」
人造人間? 現代の科学の技術を駆使しても、数年前にクローンの羊を作ることに成功したというニュースを聞いたことがある。それでさえ大々的に報じられたのに、中世のヨーロッパで人造人間を作った人物がいるとは、
かなり怪しい情報を通り越して、絶対にあり得ない話だ。
「それで、その時代へ飛ぶために神谷のギタラが必要なのさ」
「どういうこと」
「それは、その時に教えるさ。楽しみにしていてくれよ。その時のためにもう少し賑やかな曲を練習しておいてくれ」
アルハザードが再びクスリと笑い、足元の黒猫が大きく伸びをしてゴロゴロとのどを鳴らした。
不意に背後から声をかけられて、神谷徹はギターを弾いていた手を止めた。
後ろを振り返ると、そこに立っていたのは最近知り合ったアルフレッド.アルハザード、もちろん日本人ではない。千三百年以上昔に「狂えるアラブ人」と呼ばれた異世界の魔人だ。
「曲のタイトルなんか訊いて、どうするんだい」
「いや、中々いい曲なんでね。今度アイレムの町で弾いて貰おうかと思っただけだよj
「また、蛇や蠍の前でかい」
「いや、今度はちゃんとした客を招待しようと思っているんだ」
「その客というのは、もちろん普通の人間ではないんだろう」
「普通の定義がよく分からないが、人間ではないことは確かだよ」
その言葉が冗談ではないことを神谷はよく分かっていた。アルハザードには冗談を言って他人を笑わそう等という発想は微塵もないのだ。
「この曲はアルハンブラ宮殿の思い出という曲で、作曲したのはフランシスコ.タレガという百年くらい前のスペイン人だよ」
アルハザードの足元では大きな黒猫が体を丸めるようにして眠っていた。
「最近は猫を飼っているかのかい」
アルハザードが足元を見つめてから、クスリと笑った。
「今は猫の姿をしているけど、これだって邪神の一人なんだよ。それも宇宙の始まりのころから存在している、かなり高位の存在らしいよ」
「そんな凄い神様がなんで君の足元で居眠りをしているんだい」
「さあね、もしかすると僕たちを監視しているのかもしれないね」
「監視されるような覚えがあるのかい」
「さあ、こちらにはなくても、あちらの都合ということもある。何といっても人知の及ばないもの達の考えることだからね」
神谷の住むマンションの押し入れの扉が異世界に通じるようになって一月になる。
きっかけは、押し入れの中で見たことのない黒く分厚い本を見つけたことだった。その本を何気なく開いた瞬間に、目の前の情景が一変し、見慣れた押し入れの中が異世界へ繫がる情景となっていた。
異世界とはいっても魔界や剣と魔法の世界などではなく、千三百年前のアラブの世界、それも魔道書「ネクロノミコン」の世界だ。
神谷が押し入れの中で見つけた本こそが「ネクロノミコン」だったのだ。
押し入れの中が見渡す限りの荒野に変わり、その景色の中からカンドウラと呼ばれる女性のワンピースのような白い服を身にまとい、頭にはクウトラという布を被った明らかに中東系の人間が突然現れた時には、てっきり昼間から夢を見ているのかと思ったが、それが夢ではなく現実であることを知り愕然となった。
しかし、人間とは思った以上に現実に対応する能力に長けているらしぐ今では目の前の魔人、アルフレッド・アルハザードと普通に会話ができるようになった(アルハザードが流暢な日本語を喋れることが大きな理由なのだが)。
しかも、この現実離れした異世界を体感できるのは神谷だけらしく、一度は水道管の点検で業者が部屋にいる時にアルハザードが現れたが、業者には魔人の姿が見えないようで、普通に点検をすませて帰っていった。
唯、この中東の魔人には、他人に対する配慮という概念が全くないらしく、昼夜、神谷が寝ていようが食事していようが、お構いなしに突然現れるのだが、独り者で女気のない神谷にはこれまでアルハザードの出現によって困ったことは眠りを妨げられることくらいなものだった。
「こんどは、中世のヨーロッパに行ってみようと思うんだけど、一緒に行ってくれるかい」
これはお誘いのことばではあるが、涼しげな声には有無を言わせぬ圧力があった。相手は異界に住む魔人だ。神谷に断るという選択肢はないのだ。
「そんな所に行く理由は?」
「賢者の石だよ」
アルハザードが美しい声のトーンを更に上げて応えた。
「賢者の石?」
神谷も名前だけは聞いたことがある。
「どこから、そんな物のことを聞いたんだい」
「アニメ、日本のアニメだよ。この前この部屋に来た時に、神谷がいなかったから、テレビをつけて、何気なく眺めていたら、その石を使った魔法使いのアニメを目にしてね」
情報源は神谷と大差なかった。千三百年前のアラブ人にとって、テレビは魔法の箱だ。そこに映っているものが如何に幼稚であろうとも、試してみずにはいられないのだろう。
「中世ヨーロッパの錬金術師に尋ねれば何か分かるかもしれない」
「何も分からないかもしれないよ」
「それは行ってみなくてはね。どうだいスイスあたりに行ってみないか。有名な錬金術師がいるらしいよ」
「そいつは何ていう名前だい」
「パラケルススっていうらしい。なんでも、賢者の石を使って、人造人間を作ったらしいんだ」
人造人間? 現代の科学の技術を駆使しても、数年前にクローンの羊を作ることに成功したというニュースを聞いたことがある。それでさえ大々的に報じられたのに、中世のヨーロッパで人造人間を作った人物がいるとは、
かなり怪しい情報を通り越して、絶対にあり得ない話だ。
「それで、その時代へ飛ぶために神谷のギタラが必要なのさ」
「どういうこと」
「それは、その時に教えるさ。楽しみにしていてくれよ。その時のためにもう少し賑やかな曲を練習しておいてくれ」
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