親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

文字の大きさ
9 / 73
錬金術師編

08錬金術師とホムンクルス

しおりを挟む
 ギターをケースから出して足代をセットして構えた。チューニングを確かめてから、少し間を取り一曲目を弾き出した。
  曲名は「愛のロマンス」、映画「禁じられた遊び」のテーマソングである(世間では「禁じられた遊び」が曲のタイトルと勘違いしている人が多いが、「愛のロマンス」が曲のタイトルである。

 スピードをゆっくり目に保ち、雑音が出ないように細心の注意を払う。

 ギターは弦楽器の中でもフレットがあるため、左手の押さえそこないなどでびれ音が出やすい楽器なのだ。神谷は左の移動の際に微かに指を浮かせるという技術を使って、雑音を最小限に抑えている。これは簡単そうに見えて中々真似のできない高等技術だ。

 演奏が終わり、再度チューニングを確かめていると、

「素晴らしく美しい音ではないか。もう一曲頼むよ」

 パラケルススが頬を緩めて呟いた。隣ではアルハザードがクスリと笑っている。

 神谷が次に選んだのは先程(と言っても時間の流れがまるで分からないのだが)砂漠の廃墟で演奏した「パラグアイ舞曲」を作曲したバリオスの作曲した「フリア・フロリーダ」という曲だ。

 バリオスの作品の中では珍しくテクニカルではない、ゆったりとしたロマンティックな曲だ。


「彼が弾いているのは何という楽器かね」

 パルケルススがアルハザードに小声で話しかけた。

「ギタラという楽器らしいですよ」

 答えたアルハザードの肩の上で黒猫の姿をした邪神が、いかにも眠たそうに大きな欠伸をした。やはりこのようなゆっくりとした曲はお好みではないらしい。

「今までにあの楽器を見た記憶がない、何故だろうね」

 当たり前だ、この時代にはない楽器なのだから。

「しかし、素晴らしい音色だ。もう少し聴いていたいのだが、私も何かと急がしい身でね。賢者の石とホムンクルスだったね、いいだろう、私の研究の成果を見せてやることにしよう」

 演奏が終わるとそれを待っていたアルハザードが「神谷、また合格したよ。彼の研究の成果を教えてもらえるようだよ」アルハザードが歌うような口調で声をかけてきた。
「その楽器を見せてもらえるかな」
 パルケルススが神谷に近づいてきた。
 少し迷ったが、賢者の石とホムンクルスの情報のために、ギターを手渡した。

「君はこの楽器をどのくらい弾いているのかね」
「六歳の頃から弾いてますから、もう二十年になりますね」
「やはり子供の頃からの修練か、でなければあのような美しい音は出せないということだな」
 子供の頃から練習をしていても、汚い音しか出せない者はたくさんいるのだが。

 パラケルススが右手の指で弦を弾いた。「ビシッ」という雑音が発せられた。
「指先で弾く楽器ですから、指の手入れをしていないと、いい音は出ませんよ」
「リュートの演奏は聴いたことがあるのだが、この楽器のような良い音ではなかったし、音量も小さかったな」
 そのリュートの末裔がこの楽器だとは言えない。

「定期的に私の所に来て演奏をしてくれると、何か新しい発想が湧いてくるような気がするのだが、お願いできないかね」
「ええ、大丈夫ですよ」
 また、アルハザードが神谷への断りもなしに勝手に答えた。
「定期的にって、そんな約束して大丈夫な訳ないだろう」
「それはこれから彼の研究の成果を見てから決めよう。もし、彼の研究が役に立つものであれば、希望は叶えなればね」
 
  アルハザードの希望のためになぜ自分が使役されなければならないのか?
「それは神谷のためになることかもしれないからさ」
「それはどういうことだい」
「もし、賢者の石やホムンクルスが本物なら、神谷だって不老不死になれるかもしれないだろう」
 アルハザードが本気とも冗談ともとれる口調で言いながら、クスリと笑った。

「僕は別に不老不死なんかになりたくないよ」
「どうしてだい、死という恐怖から解放されるんだよ」
「そうかな、不老不死なんか唯退屈なだけじゃないのかな」

 年をとらないことによって、膨大な知識が得られるとも思えないし、楽器を弾く技術にしても限界があるだろう。そのような状態で永遠の命を与えられても、二百年もすればやることがなくなってしまうのではないのだろうか。
「ふ一ん、中々さばけたことを言うね。もし僕が切り落としの刑にあった時にそういう考えを持てたら幸せだったのかな」

 アルハザードが珍しくうなだれた。その時、アルハザードの顔が鼻と耳を切り落とされた醜いものに見えた、ほんの一瞬であったが。
「危ない、ちょっと気を許すと顔にかけてある魔術が解けてしまうから、気を抜けないんだ。見たろ僕の顔を」
「うん、一瞬だけどね」
「僕が欲しいのは永遠の命ではない。まともな体に戻りたいだけなんだ」

 魔人となり邪神を友としているアルハザードだが、常人としての幸のみが欠如しているのだ。
「では、二階の研究室に案内するとしようかな」
 パラケルススが椅子から立ち上がった,
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...