親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

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錬金術師編

09ホムンクルスと賢者の石

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 パラケルススに続いて階段を上り、研究室のドアを開けると、そこは一階とは違い、フラスコや細かく砕かれた鉱石の入ったビン、分厚い本などが散乱していた。
 
 一階をきれいに掃除していても、これでは全くの無駄だと思えるほどに誇りがあちらこちらに積っている。
「そこに座ってくれ」

 パルケルススに勧められた椅子に二人そろって腰を降ろしていると、パルケルススが人の顔の大きさ程もあるフラスコを目の前の椅子の上に置いた。
「これがホムンクルスだ」
 ビーカーには湯気とも煙とも見える白い霧状のものが充満していたが、顔を近づけ、目を凝らしてよく見ると白い塊がうごめいていた。

「これは人間精液百人分と薬草を蒸留器に四十日間入れて密閉し、腐敗させてからフラスコに移したものだ。まだ人間の形はしておらんが、後一月ほどで人らしくなるはずだ。大きさはこのフラスコの中に納まるくらいだがね」
「人の形になるだけですか」

「ホムンクルスは生まれた時からあらゆる知識を身につけている、フラスコの中でしか生きられないのだがね」
「ふーん」

 アルハザードがフラスコの中を凝視しながら「その薬草というのは」パルケルススに訊いた。
「それは今はちょっと教えられないな。実験が成功したことが確認できたら教えても構わんがね」
「それじゃあ、賢者の石について教えてもらおうかな」

 アルハザードがフラスコから顔を離した。
「こちらに来なさい」

 パルケルススに促され、部屋の北側だろうか、窓とは反対側の戸棚の前に立った。

 パラケルススが扉を開いて中から大きなビーカーを取り出した。

「これが賢者の石ですか」

 中には大きな卵にしか見えない物が入っていた。
「これは卵さ、でも普通の卵ではないよ」
「卵は卵でも賢者の石の卵さ」

「すると、この卵がいずれは賢者の石になる、ということですか」

 アルハザードが訝しげに訊ねた。

「これは硫黄と水銀と塩を結合させた物だ。ただし、その硫黄は金から、水銀は銀から抽出した物だ。塩はこの二つを抽出する際に、抽出される物質の精機、プネウマと言うのだが、この三つをアタノールという炉で加熱した物がこれだ」

「それが賢者の石の卵?」

「との通り、これをしばらくこの状態で保管していれば完成するはずだ」

「しばらくというのは、どのくらいですか」

「そうだな、後一月といったところかな」

 奇しくもホムンクルスが誕生する時期と重なる。

「神谷、一月もここに留まるかい」

「いや、僕にも仕事がある。ここは一月後に出直すという方が、現実的じゃないのかな」

「そうだな」

 アルハザードが肩の上の黒猫を見た。猫が小さな声で「ニャー」と鳴き、顔を体に巻き込むようにしてうずくまった。

「今晩一晩眠って、明日の朝になればそれで済むと言っているよ」

「どういうこと」

「さあね、それ以上は教えてはくれないんだ、取り敢えずこいつの言う通りにしようよ、どうせ、こいつの気が向かなければ帰れないんだし」

 そうか、この邪神の機嫌を損ねたら、このままこの時代に置き去りにされるということも、あり得る訳だ。

「そうだよ、だからできるだけ、こいつの機嫌を損ねないようにしないとね」

 アルハザードが黒猫の頭を撫でながら、クスリと笑った。
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