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錬金術師編
10ホムンクルスと賢者の石2
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10.ホムンクルスと賢者の石2
アルハザードと神谷はパルケルススの研究所の一階に宿泊させてもらうことにした。
食事に関しては、神谷が邪神に1曲軽快な曲、スペインの作曲家アルベニスの作品「アストゥリアス」を聴かせることにより、コーヒーとサンドイッチの夕食を摂ることができた。
布団はなかったが、ソファーの上に横になるとなんとか眠る体制になることができた。明かりはもちろんランプで、電気にはないほんのりとした明るさは、眠るには丁度良かった。
顔に朝日が当たり、神谷が目を覚ますと、すでにアルハザードがソファーに座ってお茶を飲みながら、分厚い本を読みふけっていた。本は室内にあったパルケルススの著作のようだ。
「ずいぶん早いんだね」
「やっと起きたか、寝顔は見られたくないんだ。魔術が解けて、素顔になっているからね
」
昨日チラと見たアルハザードの「切り落とされた」顔を思い出して、背筋に悪寒が走った。
「さて、そろそろパラケルススがやって来るはずだ」
アルハザードが立ち上がって、本を書棚に戻した。
「君はもう朝食をすませたのかい」
「いや、僕は基本的にあまり食事をする必要がないんだ」
「何故だい、まさかダイエットしている訳じゃないんだろう」
「ダイエットなんていうのは、食べ物があふれている国の人間しかしないものだよ。野生の動物に太り過ぎの個体がいないようにね」
「じゃあ、君は食事を摂らなくても平気なのかい」
「平気だよ、二~三日何も食べなくても、どうってことないよ。昔の過酷な体験がそうさせたのさ」
確かに彼の受けた経験は神谷などの常人では、到底生きていられるものではない。いくら不況とはいえ、飽食の時代に生きていることに変わりはないのだ。
間もなくパルケルススが部屋に入って来た。
「おや、一月ぶりじゃないか。ホムンクルスと賢者の石のできばえを見にきたのかね、どうやって部屋に入ったのかは分からないが」
「ええ、その通りですよ。わざわざ一月待ってきたのですよ」
「どういうことだ」
神谷はアルハザードの顔を見た。
「簡単なことだよ、こいつに一月先のこの部屋に運んでもらっただけのことだよ。夕べ、正確には一月前の演奏の夕食代のおつりだそうだ。もっとも、一月飛んだのは神谷だけで、僕はその間この部屋でこの男に見つからないようにこの部屋の本を読みあさっていたんだよ」
アルハザードが肩で丸くなっている黒猫を見た。アルハザードのパルケルススに対する呼び方がかなりぞんざいになっっているような気がする。
パルケルススはアルハザードの存在に気が付いていなかったのか、それならば彼にとっては、一月前に帰って行った客が急に部屋の中に現れたということになる。
しかし、勝手に部屋の中にいたことについては、深く詮索する気はないようだ。
これも邪神の力なのだろうか。
「こいつらにとっては、どうってことない居眠りしながらでも簡単にできることなのさ」
「成果を早速見たいかね。では、二階に上がるとしようか」
パラケルススに続いて二階に上がった。
相変わらず部屋は雑然としていた、しかも昨日(いや一月前か)よりも悪臭が強くなっている。
鼻を押さえたくなるのを我慢してあたりを見回すと、机の上に置かれたフラスコの中の気体が透明に近くなり、中を確認できるようになっている。近づいて顔を寄せるとそこには裸の小さな人間らしきものが、こちらに背中を向けて座っていた。
「これがホムンクルスですね」
「そうだよ、まだ完全体ではないがね。もう自分の意志で手足を動かすことくらいはできるよ。人間で言えば赤ん坊といったところかな」
アルハザードの言葉にパルケルススが得意げに答えた。
神谷はフラスコの反対側に回ってホムンクルスを正面から見た。白い蝋で作られたマネキンのような体の上に載っている頭を下に向けて、人間で言えば、項垂れているような姿勢を保っている。
「これに知能はあるんですか」
「前にも言ったとおり、ホムンクルスは生まれながらにして、あらゆる知識を身につけている。間もなくだよ、こいつが完全体となるのは」
人間とは違い、完全体となって初めて誕生と見なされるのだろうか。
「問題は人間の精液に混ぜたとされる薬草だな。それさえ分かればこれは僕にも作れる」
いつの間にかアルハザードが隣でフラスコを凝視していた。
「次に賢者の石だが、それはこっちだ」
パルケルススが引き出しからビーカーと取り出した。中にはやはり卵状のものが入っているが、前回見た時よりも全体の色が茶色くなっている。
「発酵がすすんでね、ほぼ完成しているよ」
「では、卵ではなくなったんですね」
「うむ、賢者の石そのものではないが、限りなく近い物といっていいだろうね」
「手に取ってみても構いませんか」
「いや、それはだめだ。今は熟成の期間だからね、取り扱いに繊細さが必要なのだよ。私でさえ触れないくらいだからね」
仕方なく、二人はビーカー越しに眺めるしかなかった。
アルハザードの肩の上で黒猫が「フン」と鼻を鳴らした。
アルハザードと神谷はパルケルススの研究所の一階に宿泊させてもらうことにした。
食事に関しては、神谷が邪神に1曲軽快な曲、スペインの作曲家アルベニスの作品「アストゥリアス」を聴かせることにより、コーヒーとサンドイッチの夕食を摂ることができた。
布団はなかったが、ソファーの上に横になるとなんとか眠る体制になることができた。明かりはもちろんランプで、電気にはないほんのりとした明るさは、眠るには丁度良かった。
顔に朝日が当たり、神谷が目を覚ますと、すでにアルハザードがソファーに座ってお茶を飲みながら、分厚い本を読みふけっていた。本は室内にあったパルケルススの著作のようだ。
「ずいぶん早いんだね」
「やっと起きたか、寝顔は見られたくないんだ。魔術が解けて、素顔になっているからね
」
昨日チラと見たアルハザードの「切り落とされた」顔を思い出して、背筋に悪寒が走った。
「さて、そろそろパラケルススがやって来るはずだ」
アルハザードが立ち上がって、本を書棚に戻した。
「君はもう朝食をすませたのかい」
「いや、僕は基本的にあまり食事をする必要がないんだ」
「何故だい、まさかダイエットしている訳じゃないんだろう」
「ダイエットなんていうのは、食べ物があふれている国の人間しかしないものだよ。野生の動物に太り過ぎの個体がいないようにね」
「じゃあ、君は食事を摂らなくても平気なのかい」
「平気だよ、二~三日何も食べなくても、どうってことないよ。昔の過酷な体験がそうさせたのさ」
確かに彼の受けた経験は神谷などの常人では、到底生きていられるものではない。いくら不況とはいえ、飽食の時代に生きていることに変わりはないのだ。
間もなくパルケルススが部屋に入って来た。
「おや、一月ぶりじゃないか。ホムンクルスと賢者の石のできばえを見にきたのかね、どうやって部屋に入ったのかは分からないが」
「ええ、その通りですよ。わざわざ一月待ってきたのですよ」
「どういうことだ」
神谷はアルハザードの顔を見た。
「簡単なことだよ、こいつに一月先のこの部屋に運んでもらっただけのことだよ。夕べ、正確には一月前の演奏の夕食代のおつりだそうだ。もっとも、一月飛んだのは神谷だけで、僕はその間この部屋でこの男に見つからないようにこの部屋の本を読みあさっていたんだよ」
アルハザードが肩で丸くなっている黒猫を見た。アルハザードのパルケルススに対する呼び方がかなりぞんざいになっっているような気がする。
パルケルススはアルハザードの存在に気が付いていなかったのか、それならば彼にとっては、一月前に帰って行った客が急に部屋の中に現れたということになる。
しかし、勝手に部屋の中にいたことについては、深く詮索する気はないようだ。
これも邪神の力なのだろうか。
「こいつらにとっては、どうってことない居眠りしながらでも簡単にできることなのさ」
「成果を早速見たいかね。では、二階に上がるとしようか」
パラケルススに続いて二階に上がった。
相変わらず部屋は雑然としていた、しかも昨日(いや一月前か)よりも悪臭が強くなっている。
鼻を押さえたくなるのを我慢してあたりを見回すと、机の上に置かれたフラスコの中の気体が透明に近くなり、中を確認できるようになっている。近づいて顔を寄せるとそこには裸の小さな人間らしきものが、こちらに背中を向けて座っていた。
「これがホムンクルスですね」
「そうだよ、まだ完全体ではないがね。もう自分の意志で手足を動かすことくらいはできるよ。人間で言えば赤ん坊といったところかな」
アルハザードの言葉にパルケルススが得意げに答えた。
神谷はフラスコの反対側に回ってホムンクルスを正面から見た。白い蝋で作られたマネキンのような体の上に載っている頭を下に向けて、人間で言えば、項垂れているような姿勢を保っている。
「これに知能はあるんですか」
「前にも言ったとおり、ホムンクルスは生まれながらにして、あらゆる知識を身につけている。間もなくだよ、こいつが完全体となるのは」
人間とは違い、完全体となって初めて誕生と見なされるのだろうか。
「問題は人間の精液に混ぜたとされる薬草だな。それさえ分かればこれは僕にも作れる」
いつの間にかアルハザードが隣でフラスコを凝視していた。
「次に賢者の石だが、それはこっちだ」
パルケルススが引き出しからビーカーと取り出した。中にはやはり卵状のものが入っているが、前回見た時よりも全体の色が茶色くなっている。
「発酵がすすんでね、ほぼ完成しているよ」
「では、卵ではなくなったんですね」
「うむ、賢者の石そのものではないが、限りなく近い物といっていいだろうね」
「手に取ってみても構いませんか」
「いや、それはだめだ。今は熟成の期間だからね、取り扱いに繊細さが必要なのだよ。私でさえ触れないくらいだからね」
仕方なく、二人はビーカー越しに眺めるしかなかった。
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